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2. 筋肉に全振りらしい。

レオン少年の朝は早かった。


朝日が差し込むと同時にベッドから飛び起き、下着をつける必要があるからだ。つけ終わった2秒後にはもう、規則正しいノックとともにメアリーが入ってくる。


「おはようございます。今日もお早いですね」


朝一から柔和な笑みを浮かべる姿は、メイドの鑑だと思う。


「メアリー、おはようございます」


「まあ、もうお着替えを始められていたのですね。私がお手伝いさせていただきますのに」


この国の貴族は、1人で服も着替えられないらしい。シャツに袖を通すときなんかは、服屋で試着をする感覚で、なんとか耐えられた。


問題は、この国では全裸で寝るのが習慣だということだ。


なんでも、200年前に戦争が終わった後、「寝込みを襲われることがない」平和の象徴として、寝間着を着ないで寝るのが流行し、そのまま定着してしまったらしい。戦争での少子化対策に、どこかの偉い人が流行らせたんだろう。


実際、戦後の少子化対策は、かなりの成果をあげたらしい。寝込みを襲われているじゃないか、と心の中で思わずツッコミを入れてしまった。


100歩譲って、戦後すぐの対策としては良いだろう。これが200年も続き、定着していることが問題なのだ。服を着て寝るのは周りを信頼していない証、なのだとか。迷惑極まりない。国民みんな風邪をひいてしまえ。


ということで、メイドのお姉さんに下着をつけてもらう趣味のない私は、毎朝誰よりも早く起きて、着替え始める必要があるのだ。しかも少年の身体、自分でも見たくないのに、わざわざお姉さんに見せたくない。


ブラック企業も役立つことはあったな、と心の中で苦笑いする。


学生の頃は朝に弱く、朝礼ギリギリに駆け込む常習犯だった。授業中に机に突っ伏しているところを先生に見つかって、教室中の視線を集めたこともある。


そんな私でも、就職してからは無遅刻だった。お金とクビがかかっていると、人は起きられるものなのだ。

……今かかっているのは羞恥プレイだが。


「もう、明日からは私にお手伝いさせてくださいね」


同じことを言われるのは、30回目。


レオンが生まれたとき、メアリーは15歳だった。生まれたときからお世話しているせいか、まだ子離れできていないらしい。いかにも不服そうな顔は、笑みの下に隠しきれていない。


「わかったよ」


答えるのも30回目。

絶対にわかりたくないので、明日も早起きが決定した。






支度を終えて、向かう先は鍛錬場だ。この家の敷地内には、びっくりするほど大きい鍛錬場があるのだ。


サラモンド家のご先祖様は、200年前の戦争で、国境を少数で守り切った人だ。その功績を王に認められ、褒美は何が欲しいかと聞かれたときに、世界一の鍛錬場と答えたらしい。


そして、答えが気に入った王は、サラモンドの家名と侯爵位を無理矢理に与えた。そのせいで、王家の親類の次くらいに位が高いらしい。


それ以来、サラモンド家は武官を纏める家として続いてきた。ちなみに、侯爵位を持つ家は、他にハミル家とコザック家がある。ハミル家は文官を纏めており、コザック家は外交をリードしている。ちなみに、母ーーマリアはハミル家の親戚筋にあたる。






鍛錬場に着く頃には、大抵、父ーーダンが素振りをしながら待っている。


サラモンド家だからといって、必ず騎士団長になれる訳ではない。3年に1度の武闘会での優勝者が、騎士団長となるのだ。ダンは、15年前に先代を打ち破って以来、その職を守ってきた。


実力を保つために、鍛錬を欠かさない。それに、出張で家を空けるとき以外は、毎朝私に稽古をつけてくれるのだ。強くて優しい、まさに理想の男性だ。


「父様、おはようございます」


「おはよう。まずは素振りを1000回な」


「はい!」


「次は打ち込みを1000回」


「はい!」


……10歳の少年に期待しすぎているところが否めない。鍛錬メニューが厳しすぎるのだ。10歳はまだ心も身体も伸び盛りだ。もう少し甘くても許されると思う。


「最後に実践だ。1本でも入れられたら終了だ」


鍛錬の成果は、レオンの身体に染み付いていた。私は必死にダンの剣を避ける。いくら木刀でも、当たったらあざになる。かなり痛い。


そして、1本も入れられず、何本もくらったところで、鍛錬の終了が言い渡される。毎日足はガクガクだ。ちなみに、これまでに1本も決められたことはない。これがサラモンド家の鍛錬らしい。





鍛錬の後は、家族4人揃って朝食をとる。柔らかいパンと野菜とたっぷりのお肉、鳥のささみ添え。普通ならば朝から食べられる量ではないが、厳しい鍛錬の後だから余裕で食べられる。


朝食の後、ダンとマリアは王宮へ行く。ダンは騎士団の訓練、マリアは騎士団の事務仕事をしている。ダンは書類仕事にめっぽう弱く、目を離すとすぐに鍛錬に出かけてしまうらしい。そこで、雑務はほとんどマリアが行っている。ダンは筋肉バカなのだ。


両親を見送った後は、ランニング。たっぷりと20kmほど。その後は中距離の走り込み。昼食と少しの休憩を挟んで、剣術の家庭教師と鍛錬。少し休んで、筋トレ。柔軟をする頃には夕方だ。


夜に両親を出迎えるときには、もう船を漕ぎだしてしまう。


「兄様、鍛錬お疲れ様です。私も早く大きくなって、立派な剣士になりたいわ」


アマリリスまだ5歳なので、1日中無邪気に遊んでいる。レオンは7歳からこの地獄の鍛錬メニューをこなしていたようだが、アマリリスもそうなのだろうか。それとも令嬢教育などするのか。まだわからないけれど、そのうち遊ぶ時間がなくなるのはたしかだろう。






ダンとマリアが帰宅して夕食をとったら、ふかふかベッドに吸い込まれる。10秒後にはもう夢の中だ。


疲れすぎて夢を見ないのは救いだった。夢に見るとしたら、前世ーー恐らく過労死した世界ーーだろうから。


私は、新しい生活に悔いを残さないよう、精一杯生きようと誓った。前回みたいに、良いように使われて死にたくはない。

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