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1. 世界も性別も変わったらしい。

目を覚ましたら、ふかふかのベッドの中だった。どうやら寝かされていたらしい。


一人暮らしのワンルームがすっぽり収まりそうなほど大きい部屋には、落ち着いた家具が誂えられている。レンガ作りの立派な暖炉からはパチパチと優しい音が響いており、不思議と心が落ち着いていく。


ゆっくりと上体を起こしてみると、壁にかかった鏡に顔が映った。


「何これ……」


金色の髪に長いまつ毛、まだあどけない身体。映った顔は、10歳くらいの少年だった。呆然とした顔でこちらを見つめている。思わず手で頬を触ると、鏡の中の少年も手を動かした。


……過労で変な夢を見ているのだろうか。たしかに、仕事終わりに終電に揺られながら、人生をやり直せたらと想像したことはある。


電車の中で疲れ切って眺めるだけのSNSに不意をついて流れてくる同級生の結婚報告を見ては、何度も心が荒んだものだ。婚姻届にウェディングドレスに生まれたての赤ちゃん。どの写真にも、無表情でいいねを押してきた。そんなときは、別に徳を積んでいる訳ではないのに、修行僧のような気持ちになった。


そもそも、就職した会社がいけなかったのだ。上司に与えられたノルマをこなさなければ、とプライベートの時間を削るのに比例して、段々と任される仕事量が増えていった。こんな会社は辞めようと思って転職活動を始めると、きまって直属の先輩が辞めてしまった。そして、仕事に穴は開けられない、もう少し仕事が落ち着くまで、と続けていたら、気付いたら3年も経っていた。


そんな毎日だから出会いがなくても仕方ない、と自主弁護をして、出会う努力もしてこなかった。このままじゃいけないと思いつつ、現実逃避に恋愛小説を読み漁るのは楽しかった。あわよくば、王子様や騎士様のようなイケメン男性に求愛されたいと思ったのも、1度や2度ではない。


しかし、ショタコン趣味はない……と思う。それも「ショタになりたい」趣味なんて、私の深層心理のどこを探してもないはずだ。


考えを巡らせていると、窓から風が吹き込んでカーテンをめくりあげ、陽差しが何かをキラリと光らせた。不思議に思って光を見やると、青い宝飾の嵌められた細身の剣が立てかけてあった。それを見た瞬間、頭の中がとてつもない既視感で覆われた。私はこの剣を()()()()()






「レオン様、お目覚めですか」


ノックの後に、先程のお姉さんが入ってきた。同時に、自分の物ではない記憶が鮮明に蘇った。

ーー侍女のメアリー。


「メアリー……?」


日本語ではない言葉が、自然と口から溢れていた。一瞬だけぎょっとしてしまったが、表情には出ていないはずだ。


「お身体は大丈夫そうですね。それでは、医師を連れて参りますので、少々お待ちください」


どうやら杞憂に終わったようだ。安心した顔のメアリーが部屋から出ていったところで、頭の中の記憶を探る。そこには、山田玲奈ではない記憶が、確かに存在した。


ーーレオン・サラモンド、10歳。剣の名門、サラモンド家の長男。父は王都の騎士団長で、母は元伯爵令嬢。将来は父の跡を継いで騎士団長になるため、稽古に励んでいる。


なるほど、異常事態だ。他人の記憶がはっきりとある。それに、夢は騎士団長だなんて、およそ日本どころか現代でもない。頭が痛くなってきた。






「失礼しますよ」


今度は、白いローブの男性が入ってきた。

ーー()医師のルイド先生。


聖医師なんて言葉、日本語の辞書には載っていない。医師っぽいけれど、ただの医師ではなさそう。


ルイド先生に腕を取られ、脈を確認された。その後は、関節を曲げたり伸ばしたり。うーん、医師っぽい。されるがままになっていると、ルイド先生は安心したように呟いた。


「大丈夫そうですね。本当に、間に合って良かったです。レオン様の眼が閉じられたときは、もうどうしようかと思いましたので」


「何があったのですか?」


いかにも幼い顔をして、小首をかしげてみた。可愛い子供にやられたら、何でも言ってしまうこと間違いなしだ。さっき鏡で見た感じ、この少年の見た目だけは良い。中身は私なので、言わずもがなだけれども。


「混乱して覚えていないのですね。もう大丈夫です。魂は私の聖魔術で繋ぎ止めました。死者の世界に手を突っ込んで、引っ張り出したのです。倒れられてからすぐでしたので、間に合いました。」


ルイド先生は笑っているが、私は冷や汗が止まらない。聖医師は、現代医学とは関係のない怪しい職業だった。そして、ルイド先生は、ヤブ聖医師だった。恐らく失敗しましたよ、と思わず心の中でつぶやいてしまった。


「レオン様がいなければ、アマリリス様は大怪我をなされたでしょう。妹を庇うお姿、立派でした。」


妹?小首を傾げてみると、ルイド先生は微笑んだ。


「レオン様は、2階から落ちたアマリリス様の下敷きになられたのです。お陰で、アマリリス様がお怪我をせずに済みました。ほら、アマリリス様も、そんなところにいないで入って来てください」


ルイド先生の視線を辿ると、ドアの前に少女ーーアマリリスが立っていた。


「お兄様、ごめんなさい。私が悪かったんです。2階からお庭を見ていたら、身を乗り出しすぎてしまったんです。でも、助けてくれてありがとうございます。お兄様がご無事で本当に良かったです」


唖然としていると、アマリリスは走り去っていった。ルイド先生も、一礼してあとを追いかけて行った。


静かになった部屋で100回考え、答えは一意に定まった。

私はどうやら、妹に潰された哀れな少年に生まれ変わったらしい。

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