勘違いの限界に挑戦だっ
やあみんな、元気にしているかね?
俺も元気だっ! なぜならば『元気』と書いて「俺」と読むくらいなのだからな!
おや、話がそれてしまったな、軌道修正しよう。
―おおっとおっ!、修正も何も、まだ何も話していなかったなっ、これはまた失礼したっ。
そうそう、実は先ほど彼女からSNSでメッセージが届いたのだ。
そのメッセージが、これっ!
「ねえ、今度友達から『VASEVALL』を一緒にしない?って誘われてるんだ、君もどうかな」
『VASEVALL』?
ううむ、これはっ…、VAS・EVALL『ヴァス・エヴァール』とでも読むのだろうか?!
よし『ヴァス・エヴァール』を健作、じゃない「検索」してみよう。
うーむ、化学素材、イタリアン?!
何だかさっぱりわからん!
よおしっ、ここは彼女に変身だっ、おっと「返信」だったな、
「『VASEVALL』とは何の事だ?」
「えー知らないの?」
「説明してくれっ」
「あたしに、『説明』なんてむずかしい事要求するー?」
…言っては何だが彼女っ、『説明という行為』をできない人間がこの世にいることを、俺は初めて知ったぞ!
いや、しかしっ、そういう彼女を何故か俺は避難できない、いや、「非難」だったか?
ううむ、何だか彼女が絡むと、俺の日本語がおかしくなるっ!
思考にイレギュラーを起こす存在っ!
さすが、マクスウェルの小悪魔ちゃん、だなっ!
おおっ、そして今、SNSで送られてきた彼女の説明文が、ここにっ!
よしっ、これを読み明かせば『ヴァス・エヴァール』の真実が、解明できるのだっ!
ふむ、わずか六行、シックス・センテンシィズ、ではないか。
楽勝だな。
彼女の文はこう始まっている。
「まず、ピッチャーというのがいるんだよ」
おおっ、いきなりの難題だっ、『ピッチャー』だと?!
む、たしかそのような容器があったな、よし検索してみよう。
〈容器 ピッチャー〉と…
ふむ、『取っ手と注ぎ口をもつ水差し』…なるほどっ。
いや、しかし恐らくここから一歩も二歩も踏み込まねばなるまい!
そうっ、俺は見逃してはいない、確かに文には『ピッチャー』が『いる』とあった!
そうっ、ピッチャーはずばり、人間に違いない!
すなわちっ、「取っ手と注ぎ口をもつ『人間』」なのだっ!
…ん、もしやその人は、口から水があふれ出して、ぴちゃぴちゃと音を立てているのでは?!
おおっ、だからぴっちゃー、かあっ!
納得の考察っ、素晴らしいぞ俺っ、最初の難関も楽々クリアだあっ!
次の文は、「で、タマを投げるんだー」
ほほう、今度は楽勝だな。
ふふふ、『タマ』とくれば猫に決まっている!
もちろん念には念を入れて検索する事も忘れない。
〈猫 タマ〉と…
ほう、最近は「タマ」という名の猫は少ないのか、嘆かわしい。
しかし、待てよ、確か『投げる』と言ったな? しかも『タマ』を『投げる』ということは―
なんとおっ、動物虐待ではないのか?!
い、いや、落ち着け俺、まだたったのツー・センテンシィズだ。これからどんなどんでん返しがあるか分からないっ。
そう、人生には「待ち」の姿勢も時には必要っ!
更に文は続く。
「そしてそれを、うつ!」
ほう、今度はまたシンプルだな。
うつ、といえば注射に決まっている。まあ、検索するまでもなかろうが。
〈うつ 注射〉…
ふむ、『持続性注射剤の効果と副作用について』…?
『ヴァス・エヴァール』というモノはこのような知識が必要なのか、奥深いな。
ん、すると投げた猫に注射をするのか?
それとも注射をした猫を投げるのだろうかっ?
う、ううむっ、また次への課題なのかっ!
『ヴァス・エヴァール』よっ、手ごわいなっ!
なに、次は…
「うまく打てばヒットになって飛んでいくんだよ」
〈猫 ヒット 飛ぶ〉と…
ほほう、ジャンプする猫の写真集がヒットしているのか、かわいいではないか…♡。
…はっ、こんな所でほっこりされてしまうとはっ?!
心の隙を突く憎いヤツだなっ、『ヴァス・エヴァール』! 油断できないぞおっ!
心して次を考察しよう。
「もっとうまく打てば、フェンスの向こう、はるか彼方まで飛んでいくんだ、気持ちいいよー」
うん? 今の言葉は聞き捨てならないぞっ。
「猫がはるか彼方に飛んでいく」だとおっ、これは一体?!
…そうかっ、俺ははた、と膝を叩いた。
はっ!
こ、これが世に聞く『はたと膝を叩く』という行為なのか、生まれて初めて行ったぞっ!
今俺は、『はたと膝を叩く』童貞を卒業できたっ、ありがとう彼女っ。
う、理由は分からないが、何故か彼女に感謝してしまった!
ノリとして許してくれたまえ、諸君!!
そうっ、そうなのだ、ここでさっきの『注射』が生きてくるのがわかるっ!
何と言う伏線回収っ! これはもう匠の領域ぃっ!!
なんとっっ、『注射』は猫に『飛行能力』を与えるものだった、とは!
それが自然っ、ナチュラル、オーガニックッ!
しかし続く彼女の言葉に、俺は驚愕してしまうのだ。
「でも、打ちそこなったらゴロになってアウトになっちゃうんだ」
なにっ、ゴロ?
それは、雷の音ではないのか?
はっ、まさかっ、注射を打ち損じると、天罰が下り雷に打たれるということなのかっ?!
〈天罰 雷 アウト〉と…、なになに、
「落雷による年平均被害者数は20人、うち死亡者数は13.8人であり、被害者の70%が死亡している」、と?
おおおっ、なんとっ!!
年間にこんなにも、『ヴァス・エヴァール』の犠牲者がいるなんてーっ!
そうっ、いま『ヴァス・エヴァール』の全貌が、真実がっ、明らかになる!
『ヴァス・エヴァール』とはっ、
口から水があふれ出して、ぴちゃぴちゃと音を立てている取っ手と注ぎ口をもつ人がっ―
実験に身を捧げて下さる猫の犠牲のもと―、
天罰を恐れず、死を賭して注射の技術を磨くことだったのかあっ!
いまっ、俺はモーレツに感動しているっ!!
…おおっ、そして、彼女から追伸だ!
「わかったー? 今週の土曜の朝8時に、いつもの河原の公園でやるから、用意してきてね」
なんとぉっ、「用意してきてね」だとぉっ?!
うむむっ、これは生半可な覚悟では、用意は出来まい!
心して臨もう、いざっ!
うぅむ、今までの考察からして、用意するものは、
「猫」「注射器」だな!
いや待てよ、まず『口から水があふれ出して、ぴちゃぴちゃと音を立てている取っ手と注ぎ口をもつ人間』にならないといけないのだったな?!
ううっ、どのような修行を何十年重ねれば、そのような境地に到達できるのだろう、想像もつかないっ!
くそぉっ、今は諦めるしかないのかっ!
しかし、しかぁしぃっ、いつかなって見せるぞっ!
「ぴちゃぴちゃ男に、俺はなるぅっ!」
はっ、しまった注射の薬剤を忘れる所だった!
だ、だが…『猫に飛行能力を与える』薬剤などあっただろうか?!
いやっ、俺は「当たって砕けろ」が身上っ!
俺は薬局を駆け回る。
なぜだ、何故協力してくれないんだ、薬剤師さんっ!
『猫に飛行能力を与える』薬剤をくれっ、という俺の切なる希望を、何故ッ、わかってくれないのだあっ!
単に、猫に飛行能力をっ、翼をっ、与えるだけではないかっ!
くそおっ、どこかに「猫に翼を与える」屋さんは、無いのかあぁっ!!
ふっ、真実を求める探究者に、現実は厳しいものだな…
しかしその時俺は、ふとコンビニの棚を見て、衝撃を受けてしまうっ!
…これだ! そうだ、飛行能力を、翼をっ、与えてくれる薬剤、いや、飲料があったじゃないかっ!!
よしっ、これで…、いやっ、最後の最後にっ、天罰の雷対策をせねばなるまい!
ふふふっ、神よ、科学の粋に震えるがよい!