【1-3話】告白されるたびにわざわざ僕に報告しに来るウザい後輩の話③
短編版の3/3話目です。
多少の加筆修正をしましたが、本筋は短編版と変わりません。
次話より、基本1話完結方式の日常話となります。
とどのつまり。
花見川さくらが男とキスしているところを見せつけて、彼女には恋人がいるのだと思わせる──それが、僕の考えた対応策だった。
しかし、この策にはリスクが伴う。二人が恋人ではないと思われた場合、悪い噂が流れてしまう可能性がある。
例えば。
一つ、花見川さくらは付き合ってもいない男と卑しいことをするような女だという噂。
二つ、花見川さくらが三年の男に無理やり卑しいことをされていたという噂。
この二つが学校中に広まった場合、僕とさくらの今後の高校生活、ひいては進路にまで影響を及ぼす危険があるのだ。
だから──誤解を与えることなく、確実に。花見川さくらと僕が付き合っているとストーカーに思わせる必要がある。
そのためには。
「……まあ、私はいいですけどね」
冷めたような表情を浮かべて、さくらは呟いた。
「別に、先輩と付き合ってるフリをするくらい、どうってことないですよ。興味のない男子に思わせぶりな態度をとるのと同程度に造作もないことです」
「それと比較されると少々複雑なものがあるな……」
花見川さくらと僕が付き合っているフリを日常的にしてしまえばいい。
自分たちから、付き合っているという嘘を周囲に発信していけばいい。
事後処理は少々面倒にはなるけれど、間違いがなく、確実に。誤解を与えることはなく、僕らは付き合っていると周りに思わせることができる。
「まあ、しばらくしたら別れたことにしてしまえばいいさ。昔からお互いを知っているから、恋人としてはなんか違ったとか適当な理由をつけて」
古文の単語帳をめくりながら呟く。本当にこれは日本語なのだろうか、と疑わしくなるような言葉の羅列に頭を悩ませる。
さくらとキスをしたフリをした翌日の放課後。例によって、僕は一人教室に残って受験勉強を進めていた。
さくらと付き合い始めたという嘘は、既に日中のうちに、親しい友人には広めておいた。
さくらの方も同様で、学校中に話が回るまでさほど時間はかからないだろう。
「別にいいんじゃないですか、別れたことにしなくても。男に付きまとわれることもなくなりますし」
「いやそれだと色々問題があるだろ……」
さくらは机に頬杖を突いて、窓の外を見つめている。
開け放たれた窓から吹き込む風が、彼女の髪を控えめに揺らしていた。
「むしろ、このまま本当に付き合って──」
さくらが何かを言いかけた時、一層強い風が吹いて、カーテンをばさばさと大きな音を立ててはためかせた。
そのせいで、彼女の言葉は僕の耳まで届かなかった。
「え?なんて?」と、僕が聞き返すと、彼女は「なんでもねーです」と、つんとした表情でそっぽを向く。
静寂が二人の間を満たす。参考書のページが擦れる音だけが、二人きりの教室内に響き渡る。
「……ていうか、なんでまたお前いるの?さっさと帰れよ」
「嫌ですよ。昨日の今日ですし、まだストーキングされるかもしれないじゃないですか」
まあ、確かにそれは一理あるけれど。
そのせいで、僕の受験勉強が更なる遅延を発生させるわけで。
「ていうか」
ずいっ、と机の上に身を乗り出して、彼女は僕に顔を近づける。
僕は思わず仰け反って距離をとる。けれど、さらにその分彼女は身を乗り出して距離を詰める。
「彼氏彼女、ってことなら、毎日一緒に帰らないとですよね?」
「いや、それは違うだろ……」
「違くない」
花見川さくらは、口の端を歪めて、意地の悪い笑みを浮かべる。
その微笑みの中に、幼いころの面影を感じた。彼女が新しいおもちゃを手に入れた時の、小悪魔のような笑顔。
そして楽しそうな、弾んだ口調で。彼女は、思わせぶりにこう言った。
「私と付き合うって、そういうことだから」
まあ──告白されるたびにわざわざ報告しに来ることがなくなるなら。
このウザい後輩に付き合ってやるのもいいかと。そう、僕は思ってしまうのだった。