【7-2話】ウザい後輩と二人で東京デートをする話②
「人多すぎ、なにこれ」
「まあ、東京ですからねえ」
お昼ちょっと前。僕らは高田馬場のスタバにいた。僕らの住む街にはスタバなんてオシャレなものはなく、最寄りの店舗に行くにも車で30分近く走らせる必要がある。
そのため、都会の象徴たるスタバなるものを一目見ようと、休憩がてら立ち寄った次第だった。
「人多いし、なんかみんなオシャレ。麦わら帽子被って白タンクトップに股引履いて外歩いてるおじいちゃんとかどこにいんの」
「田舎にしか生息してないんですよ」
向かいに座ったさくらが飲み物を啜る。僕はスマホで、他に受ける予定の大学の最寄り駅を調べる。
東京はクモの巣のように線路が張り巡らされているので、どこに行くにもそこまで時間はかからない。どこから回ろうか、と頭を悩ませる。
「次どこ行きます?渋谷?原宿?」
「それお前が行きたいだけだろ……」
「まあそれもありますけど。あのあたりにも、先輩が受けそうなレベルの大学あるじゃないですか」
「あそこはダメ。キラキラしすぎ。入っても絶対周りの空気についていけない。ウェイしかいない」
「先輩の進路選びの基準どうなってんの……ていうか偏見えげつなくないですか。もはや失礼」
さくらはため息を吐いて、
「もしかして、今回オープンキャンパス回ってるのって学生の雰囲気見るためですか」
「むしろそれ以外にあんのか」
それを聞いて、さくらは呆れたように「キャンパスの施設見るとか、講義の様子見るとか色々あるんじゃないですかね」と言った。
「なるほど。盲点すぎたな」
「で、見てどうだったんですか学生の雰囲気は。どこがよかったんです」
「二番目に行ったとこかな。ウェイっぽい人たちも背伸びしてウェイしてる感あって好感が持てた」
「ほんと失礼だなこの人……刺されても文句言えないレベルでは」
僕は飲み物を啜りながら、「まああと2つくらい見て終わりかな」と言うと、さくらが「じゃあ終わったらどこ行きます?」と声を弾ませた。
「家だな」
「それ、もしかして私のこと誘ってます?」
「頭の中お花畑なの?曲解しすぎじゃない?帰るんだよお互いの家に」
さくらは「ぶー」と頬を膨らませて、「せっかく東京来たんですし、遊んで帰りましょうよお」と不貞腐れる。
いや、お前が勝手についてきただけなんだけど。心の中で呟いて、一息に飲み物を飲み干した。
「……まあ、全部見終わってから考えような」
そう言って、立ち上がる。慌てて立ちあがったさくらが、「ちょっと待ってくださいよ」とずずずっとストローを吸った。
〇
「もう無理、人多い無理。ほんと無理。終わり。帰ろう」
「今日それしか言ってなくないですか。大都会東京の感想それしかないんですか先輩は」
あれからいくつか大学を周り、僕らは御茶ノ水にいた。
聖橋の上に立ち、眼下を流れる神田川とその横を走る線路を見下ろす。改装中の御茶ノ水駅舎を見ると、東京っていつもどこかしら工事してるよなという印象を受ける。
「もういいや、僕は。大体気になってる大学は回れたし。目的達成」
「じゃあ、この後どうします?どこ行きますか?」
「そうだな……帰る?」
「どれだけ帰りたいのこの人……」
さくらは呆れたようにため息を吐く。時間を見ると、まだ14時少し過ぎたくらい。
まあ、少しくらい観光して帰ってもいいか。あんまり早く帰ったところで、今日は勉強する気にもならないだろうし。
「どっか行きたいところあるか?」
僕がそう問うと、さくらは「渋谷か原宿」と答えた。どうやらこいつは大都会東京の街を二つしか知らないらしい。
「両方人多いからダメ」
「23区内で人少ない場所なんてないですよ。練馬くらいでしょ」
「なんでしれっと練馬disったの?」
練馬だって色々あるだろ。としまえんとか。石神井公園とか。
ふと後ろを振り返る。橋の先には木立が広がっていて、その向こうに大学や病院のビルの群れが連なっているのが見える。
そういえば、小さい頃あのうちのどれかに祖母が入院していて、お見舞いに来たことがあったっけ。
「──神頼みしてくか」
「え?」
ぼんやりと当時のことを思い出しているうちに、ある女性のことを思い出した。
あの神社で出会った、一人の不思議な女性。なぜ今まで忘れていたのだろう。
脳裏に鮮明に思い浮かぶ記憶。あの夏の日の出来事。
僕が歩き出すと、遅れてさくらもついてくる。
「どこに行くんですか?」と問いかける彼女に、僕は振り返らないまま答えた。
「神田明神」




