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3 敗戦ー鏡明の真実

 ー異世界から現れ高校生亜森数真のもとに転がり込んだ少女、ルイラ・アモリと、それを追って山形のある街を襲撃した魔王軍。

 亜森数真、ルイラ・アモリら4人は、魔王軍をどうにかしようと伊勢へ向かう。

 そして両者は激突。亜森は敗北と共に、真実を知る…


・朝本覚治

 謎の生物集団の山形襲撃に対し任命された、陸自の対策部隊隊長。事態の深刻さを悟り、今後の戦いのイニシアティブをとっていく。

                    ―*―

 「…私の世界の!神話を!聞いてください!」

 ルイラの話は、そんなところから、始まった。

 

                    ―*―

 ルイラの世界には、昔、すさまじい力を持つ、「神子通ミコト」と呼ばれる魔術師たちがいた。そして、世界すらゆがめるその力で、微妙なパワーバランスを保っていた。

 それらのうち幾人かが、ふと思いついた。

 -この世界では、ミコトたちのパワーバランスのおかげで、途方もない力を持っているのに、一般人と大して変わらず、王侯にひさまずかねばならない。もちろんそれは、最強に等しいミコトたちが権力を得ることは万能感を持たせることにつながり、下手すれば支配民を不要に感じて消しかねないという考え、ミコトの助けを得るために善政を敷く王侯と民との助け合いで謙虚さを感じるミコトというバランスもまたあった。

 -しかし、「別の世界」なら?

 もちろん、魔法は己の世界のことわり、ミコトたちとて、異世界で魔法が使えるとは限らないことは気づいていた。

 しかし、ミコトの中で最強の、星の動きを操るミコト「ヒコホホデミ」が、「天地の定めをないがしろにする禁忌」なる魔法らしきものを手に入れたことに始まり、命を魔力に変えることで空間魔力0の地で魔法を行使する手段を獲得した眷属たちが、「星降りの儀」で世界に穴をあけ、「天孫降臨」を起こし異世界に渡った。ちょうど2700年前のことである。

 天界から地上に至ったミコトたちは、不完全ながら「天地の定めをないがしろにする禁忌」を手に入れた。その後彼らは数代で魔法を手放し、禁忌を3つのかけらにして、国の宝にした。

 その後ルイラの世界では、最強のミコトをはじめ数名のミコトが消えたことでパワーバランスが崩壊。一時はすべてが死に絶えるかと思われたが、「真なる神の使い」を名乗るミコトによる宗教集団を中心に、海洋国家「ディペリウス神国」と陸上国家「アディル帝国」の世界国家へ民衆がまとまっていき、ミコトたちは激しい争いの中わずかなオーパーツを残し姿を消していった。

 それから、2600年以上がたった。

 ある天才が、神歴2700年、かつて魔術の始祖と呼ばれた最初のミコト、イザナギとイザナミが世界にかけたプロテクトが消滅するだろうと算出した。そうなれば、ミコトほどの圧倒的な力がなくとも、「星降りの儀」で異世界に渡り、「天地の定めをないがしろにする禁忌」を得られるだろうと。

 2700年で、魔法なき世界がいかに変貌したのか全く分からない。加えて言えば、生命力を魔力に変換する魔法も、逸失した。あまりにも、「ただの天才」では弱く、それどころか夢の実現にはもしかしたら、世界を自ずからに敵に回すような力を得る必要があるかもわからなかった。

 -だから天才は、世界を蹂躙し、魔王になった。異世界で戦えるほどの力を得るため、限定的にはかつてのミコト並みの力を手に入れ、その過程でやむを得ず世界国家二つを土下座させ、無数の魔物を従え、2国の魔法使い全てに星降りへの協力を強制した。

 魔王は、「二つの世界をかける者、『虚ろに響く世界の理』にたどり着かん」という伝承の言葉を信じ、次はこの世界と敵対して3種の神器を掌握、「虚ろに響く世界の理」、「天地の定めをないがしろにする禁忌」と呼ばれる魔法を我が物にしようとしている。だからルイラは、せめて別の世界にまで迷惑はかけまいと、魔王軍から離れて、危機を伝えにやってきた...


                    ―*―

 「…それは、史実か?」

 「はい!」

 …あまりにも、まずい。

 たかが神話とまともに取り合わなかった日本神話に、符合している。

 ちょっと調べたところ、日本神話では、世界を作ったイザナギノミコト、イザナミノミコトが日本列島はじめいろんなものを作り、彼らの子孫の一部が天孫降臨して3種の神器をもたらし、その子孫の神武天皇が東征して日本を治めるに至った、そういうことになっているらしい。

 「ちょっといい?ルイラちゃん、そっちでは今は、神歴?2700年なんだよね?」

 「はい!『ヒコホホデミ』がこちらに渡ったため争いが始まり!神をまつって祈るようになった!年からです!」

 「…亜森くん、紀元前660年って、神武東征の終わって、即位した年ってあるんだけど。

 「…天孫降臨と神武東征がごっちゃになったか…

 …いや、事の重大さを鑑みれば隠蔽意図が働いたのかもしれないな。」

 「…亜森、いずれにしろ、ヤバくないか?」

 前の助手席から、康介が聞いてくる。

 「…事態の壮大さを鑑みれば、結果もそれだけ大規模なものになるんだろうな。

 ルイラ、その、最終目的だっていう、『天地の定めをないがしろにする禁忌』って言うのは、いったい何なんだ?」

 「わかりません…!失伝していて...!」

 まあ2700年か...そりゃそうだ。

 「で、亜森くん、どうするの?」

 さてどうするか...

 「康介、これを伝えられそうな奴はいるか?信頼できる人間、僕らを狂人扱いしなさそうな人間は。」

 あの魔王軍襲撃が、政府でどう扱われるのか。テロないし集団幻覚とでも決めつけられるか、それとも人智を超えた超常現象を認めるか。一日でも惜しいかもしれないなら、待ってはいられない。

 「…あんまりいないな。」

 「じゃあどうする?」

 「…お金ならある。俺は亜森、お前について行くぜ?」

 「わ、私も!」

 「…そうか。じゃあまず向かうべきは...」


                    ―*―

2040年1月25日(水)、山形県某市

 「正体不明の攻撃」を何者かから受けた山形の町へやってきた本官は、愕然を禁じえなかった。

 あちこちで上がる煙。

 爆破とも違う、正体不明の何かに貫通されたかのような穴で壊された建物。

 それなりにはあるはずのオスプレイ改の装甲には、摩擦熱か何かで溶けた痕跡のある大穴が貫通している。

 「閣下、これ、マッハ3は出ていないと...」

 ビルやオスプレイ改の残骸を調査していた部下は、同じ計算結果を示すいくつもの端末を示し、眉根をひそめた。

 目撃者によれば、これらはすべて、「大きな翼を持った、首の長い化け物」「プテラノドンのような体を持ち、クビナガリュウのような長い首の先から黄色い光を放つ怪物」に撃たれた結果らしい。

信じがたいが、目撃者も、記録映像も多すぎる。

 完全に未知の生物からの病原体流出を警戒して張られた規制線の内側で、防護服装備の研究者が、無惨に打ち砕かれた怪物の死骸を取り巻いている。

 「どうだ?

 …既知の生物に、類似種はあるか?」

 小声で、たまたまそばにいた研究者に尋ねる。

 「…いえ。DNA配列は、既存のあらゆる動物のどれにも分類できないことを示しています。また、全ての個体で変異が見られない、いわばクローンであることが明らかとなりました。」

 「作られた存在かもしれない、そういうことか?」

 「いえ、断言はできませんが…

 …それから、見当もつかない正体不明の器官がいくつか見受けられるそうです。」

 「ほう?例えば?」

 「…くちばしは、衝撃波にも耐えるだろう、合金でできていました。さらに首の内部には、広範囲で、神経が複雑な幾何学模様をなしている箇所があるようです。

 「ご、合金?」

 そんなものは生物とは呼ばないだろうが…

 「幾何学模様とは?」

 「これです。」

 「…」

 絶句した。

 タブレットに表示された、ピンクの皮膚を走る黒い細い筋。その全景は、息子が好きなアニメに出てくる、「魔法陣」に、とてもよく、似ていた。

 「…マスコミには、この魔法陣のことだけは、知られてはならん。」

 副官が、はい?と言いながらも苦笑した。

 「…魔法陣、ですか?ははっ、まさかそんな。」

 「じゃあ聞くがな、あれだけの破壊をもたらすものを撃ちだす怪物、ビルよりも大きかったらしい山のような、ヘルファイアミサイルで傷つけることのできない怪物...そりゃこの世のものじゃねえだろうよ。こだわってどうすんだ?常識に。」

 笑い事では、すまない。ただの翼竜がオスプレイ改落とせるなら、ステルス戦闘機が前後からつぶされて撃墜されるなら、そんなもん魔法となんも変わらん。

 俺は、先が思いやられて暗澹たる気分になった。なにも、知らなさすぎる。

 「一等陸佐!事情を、深く知っているという人々をお連れしました!」

 …いいタイミングだ。それとも、できすぎているか?

 「初めまして。わたくし、内川田グループ会長の、内川田康蔵と申します。」

 「こちらこそ初めまして。本官は、『山形異生物襲撃事件』調査部隊隊長、陸上自衛隊一等陸佐、朝本覚治であります。」


                    ―*―

2040年1月28日(土)、三重県伊勢市

 魔王軍とやらが狙っているのは、日本では天皇家に由来するものと伝わり、ルイラの世界では「ミコト」なる存在が創造したと伝わる「3種の神器」。では一体、それはどこにあるのか?

 ...これが、はっきりしなかった。そもそも2700年前のものがその通り残っているかなぞだったが、ネットで調べた限り、一応「八咫鏡」は伊勢神宮に、「草薙剣」は熱田神宮に、「八尺瓊勾玉」は皇室にあることにはなっているが、しかしこれも、形代レプリカが失われたり、源平合戦や南北朝の乱で、どうも怪しい。現におおもとの日本神話が天孫降臨と神武東征を混同しているぐらいだから、妄信は禁物すぎる。 

 そんな中、また、ルイラが倒れた。 

 起きた時、彼女は「未来が見えた!」と言って、それから、何とか詳細に説明してくれた。

 燃え堕ちる神社、次々撃墜される軍用機、そして、血を吐く僕。

 …回避できない未来だと言うのは嫌なことだけど、それでも、慰めの言葉を捜すのは無意味だ。それが定められた未来だと説明されたなら、逆らうのは無意味。ならば、生かすしかない。

 -そして、燃え堕ちることが決まった神社こと、伊勢神宮に、僕らは来ていた。

 荘厳な神殿を見て、ルイラが目を伏せる。

 「…ルイラちゃん...」

 「皆さん、本当に...!

 私が!私は!」

 言いたいことはわかる。彼女の見る世界が絶対だというなら、それはもう、未来を決めているのと大差ない。

 「私は、この神殿を...!燃やしてしまう...!また。皆...!」

 ルイラは、崩れ落ちた。

 「中井、いったん、離れよう。目立つ。」

 ルイラの声は、声が向けられていない者には日本語として聞こえない。不安定な情勢で、おかしな外国語で号泣する銀髪碧眼の少女は、確実にトラブルの種になる。

 さて、これからどうするか...


                    ―*―

 「うう、ごめんなさい!取り乱して!しまって...!」

 「いや、何も謝ることじゃない。」

 「で、でもっ…!

 ...私はいつも、予言してばかりで!未来を変えることは!できなくてっ...!

 …結局、皆さんを苦しめているのも!私の!予言なんです!」

 「…ルイラ、そんなことはない。」

 どうして東北のへき地から、伊勢までやってきてしまったのか。いろいろ考えたが、結局、ルイラの助けになりたい、慣れるのは僕らだけだ、そう思っているからだということがあった。

 最低でも、事態が、政府が自力で「魔法を使う勢力の侵攻」と気づくまで、ルイラを、他の人間には託せない。よりにもよって、僕に助けを求めてきたのだから。

 「そうだよ。私は、ルイラちゃんのためにいるんだよ?」

 「別にルイラがそうなるって言ったから来たわけじゃないぜ。」

 「…皆さん、ありがとう!ございますっ...!」

 ルイラが、泣きつかんばかりの勢いで頭を下げてくれる。その後ろの空に、何かが見えた。

 「ルイラっ!」

 慌てて飛びつく。

 「わひゃあっ!」

 「あ、亜森くん!?」

 …玉砂利がいたい。

 「…いきなり押し倒すなんて、これは草食系男子の名は返上か?」

 「…なんか見えたんだよ。」

 「あの...!なにも、見えないですよ...!」

 あれ…

 「心配のし過ぎか...?」

 ちょっと、過敏になりすぎたか…?

 ゴウン!

 風が、吹き抜けた。

 ドォン!

 背後から、爆音が響く。

 「…違ったらしい。急ぐぞ!」

 ー空全体が、赤く光っていた。


                    ―*―

 そのカラスは、その日もまた、曇り空を悠々とんでいた。

 気候変動によって自然餌が減ってしまった現代、毎朝のゴミあさりは必須と言ってもいい。その生ゴミもバイオマスやらコンポストやらで減少した今となっては、カラスにとって餌探しは同族や人間との戦争だ。

 だから、朝早くから周囲に気を配り、餌を見逃すまいと緊張し続けていたカラスは、背後に何かの雰囲気を感じてすぐに姿勢を翻した。

 もちろん、透明化していた対象は、カラスの視力でも見つけることは出来ない。しかし飛行に伴うかすかな音、そして、大群の飛行による風圧までも消し去ることは出来なかった。

 タカやハヤブサのような猛禽類とは圧倒的に異なる、人知を超えた、巨大な何か。野生の本能が、一刻でも早く逃げろとカラスをせかす。

 カラスの背後で、曇り空が、赤い光を放ち始めた。雲の中で発生した全天を覆わんばかりの光ー魔力放射(チェレンコフ)光は、次第に数十の同心円に収束し、同心円は雲のすぐ下に浮かび上がり、円と円の間の輪っかに文字が生まれていき、一方で同心円同士が直線や折れ線でつながれていく。

 やがて雲の下一面が、赤い文章入り幾何学模様に変化し、そして、光が次第にどす黒く変わっていく。

 カラスは逃げた。必死に。後ろから照らす赤い光は、何よりも恐ろしい、そう感じ、必至で逃げた。

 魔法陣が、赤をなくし、完全な漆黒に変わる。

 そして瞬間...

 カラスは、身体にとてつもない違和感を感じた。

 空のあちこちから、叫び声が聞こえる。それは、悲痛の叫びか、それともー

 -新生の、産声、か?

 そこにカラスはもはやいない。

 ギェエェエェエーーー!

 地球上の生物にはありえないような、恐怖の権化のような鳴き声。それが、曇り空の下、あちこちで響きあった。

 

                    ―*―

 「うわっ、なんだありゃ!」

 康介が、空から次々舞い降りてくる鳥...鳥?を見て、眉を顰める。

 ...色だけ見れば、カラスの黒をしているものが大半ではある。雀の茶色模様やハトの灰色模様もあった。ただ、驚くべきはそのすべて、足のような何かが二つ生えていることであった。よく見えないが、タカの足とヒトの足のキメラみたいな羽とアンバランスでゴツイ脚が一律に生えている。翼も巨大化しているように見えるし、極彩色のとさかをつけているものまでいる。全体的にもう、正気を疑う怪鳥だった。

 一羽の豪脚が生えた鳥が、地面をこすり、高みへ登っていく。そしてそのまま、僕らが影にしているお堂に、逆落としに突っ込んでくる。

 …バレたか。

 「逃げろっ!」

 ルイラの手を引いて飛びのくと同時に、お堂の屋根が吹っ飛んだ。

 狙われてはたまらないので、走る。逃げまどいパニックになっている参拝客をかき分け、逆走し、本殿に向かう。

 ふと振り返れば、何百羽という異形の鳥が、頑強そうな足で地面をこすっては、上空高く舞い上がり、逆落としに降下してはまた地面をこするということをやっていた。石か何かを拾っては勢いをつけて落とすというのがその目的のようで、水たまり大のクレーターやはじけ飛んだ瓦に混じり、頭から血を流して身動きもせず倒れ伏す人々がちらほらいる。

 「当たったらシャレにならんだろーな!」

 シャレにならんじゃない、100メートル以上から加速付きで落下した石なんて、頭蓋骨砕けるじゃすまないぞ。

 「ヤバいって!どこ行くの!?」

 「本殿!」

 これが魔王軍の攻撃なら、狙いは神器「八咫鏡」にあるはず。ならば最低でも、鏡をぶっ壊せば勝ちだろう...そんな刑法上の罪で済まないことなどしたくはないが。

 ネットで調べた限り、すでに焼失説などもあるが、おそらく伊勢神宮正殿にはあると思われた。冗談のように長い階段を駆け上り、パニックになってもつれ合って転がり落ちていく参拝客を無視して、正殿の前へ。そこでもまた、神官たちが半ばパニックを起こしつつも鏡の避難がどうと話していた。

 「すみません!」

 「こら、君たち!」

 警備員が、僕の肩をつかむ。

 「今、八咫鏡はどこに!?」

 神官と警備員が、一気にビクッと繰り向いた。 

 「鏡が危ないんです!」

 信じてもらえるか正直知ったこっちゃないが、それでも、心配をあおるだけでも有意義だろう。

 「鏡が、危ない...?どういうことだね?」

 初老の神官が、目を合わせ、聞いてくる。

 「…先ほどの空の光、見たでしょう?」

 「ああ。見たね。」

 「…どう思いました?」

 大人が20人以上見つめてくるが、気おされてはいられない。…主役であるべきルイラが背中に隠れているのがアレだが。

 「…魔法陣、とでも、言うんじゃないだろうね。」

 「…それ以外に、どんな説明がありますか?」

 「…さあ?とにかく君たち、ここは危ないよ?」

 「お願い、聞いて!」

 中井が、僕の隣に立った。ルイラの手を握った気配がする。

 「私たち、山形から来たの!」

 何人かが、「山形...」とつぶやいてひそひそしている。

 「山形でも同じような感じになって、そのあと、怪物に襲われた!ここもそうなってる!おっさんら、早よ対応せんと俺らの町の二の舞だぞ!」

 康介が、足を強く踏み出し、訴える。

 「…わかった。危険な状況に、尋常じゃない状況になったことは、わしらも認めている。

 …じゃが、それと、『神器が危ない』ことへのつながりが、全くわからん。」

 「…それは...っ!」

 いくらなんでも、ここで魔王軍がどうと主張するのはリスキーすぎる。信じてもらえるとは思えないから―(僕の話を無条件に信じる親友たち以外には)伝えなかったわけで、ここで伝えてどうにかなるなら、こんな危険なことは最初からしかるべき筋にゆだねている。

 その時、ルイラが叫んだ。

 「とにかく!早く!神器を!」 

 僕らには意味不明な叫び声にしか聞こえなくても、言葉を向けられた神官や警備員にはわかったらしい。

 「取り返しのつかない!ことになる!前に!」

 ルイラが、コートから小さな紙筒を取り出し、広げる。

 「嘘ついて!ごめんなさい...!『我が意を照らせ!意光変ライト・シフト』!」

 瞬間、紙の周りに、黒い同心円ー魔法陣―が現れて、それが、まばゆい光を発した。

 腕で目を覆うその隣で、誰かが駆けだす。

 「ま、待て!」

 視界が回復するのを、待ってなどいられない。僕は、走り出した。

 …嘘?どんな嘘を、ついたんだ?


                    ―*―

 「陛下、アレ、わたくしの魔法でございますである。」

 「…お前、陣を渡したことがあるのか?」

 「…わずかな者にしか。我らの出現で空間魔力が高まっておりますから、魔法を一度でも扱ったことがある者なら、ここでも低範囲ながらも光変換ができるである。」

 魔法は、基本的に、魔力を込めた幾何学模様によって作動する。自分の魔力または空間魔力を放散して魔法陣にし、その魔法陣によって魔法のカタチを指定、魔力量によって魔法の出力を指定する。逆に言えば、よほど魔力慣れしていない人間でもなければ、異世界人は皆、魔法陣さえ渡されれば限界保有魔力量までの出力の指定魔法を使えてしまうのだ(だから新たに魔法を構築しようという物がおらず、2700年で衰退したのだが)。

 それゆえ、魔法陣を書いた紙は汎用的ならば商品化され、プレゼントにも選ばれ、特に強力なものは、大切な人にしか贈られない。

 「…アンタが渡しそうな人…?ここにいないのは、姫だけじゃないの?...見てくるわ?」

 「…いやルゼリア、これは私の責任だ。私が見に行く。」

 「陛下、気を付けるである。」

 「ほんとよ?陛下、実戦では心もとないし?」

 魔王は、二人の直臣の心配を無視し、一直線に降下していった。

 

                    ―*―

 「おい、君たち、何をして...!?」

 僕は、あっけにとられていた。

 ネットで調べた限り、八咫鏡は、宮中のレプリカでさえも木箱に収められ厳重に保管され、天皇ですら見ることができない。本物は明治天皇が「以後天皇ですら見てはならない」と言い残したのを最後に、誰も見たことはない、はず、だった。

 「…この鏡、なんで、箱の上にデカデカ載っているんですか?」

 僕らの目の前にあるのは、古びた茶色い木箱の上に、怪しい輝きを放つ、銀色の巨大な円がのっかっているありさまだった。

 「…君たちが出したんじゃないのか!」

 「…男女二人で持ち出せる大きさに見えます?」

 明らかに30㎝定規より大きい直径。鏡というよりは内側にあるいぼのような普通の突起とわずかなへこみのために、特殊な皿に思われた。しかも結構分厚い...イメージと違った。誰だ最悪壊せばどうにかなるとか考えたやつ、無理だろう。

 「…昨日は?」

 「いえ、昨日も、今朝も、確かに箱の上にはなにも...っ!」

 巫女の方が、あたふたと神官に告げている。

 …じゃあまさか、この襲撃と同時に、出現した、のか?

 「とにかく、運び出さなければ!皆、力を貸せっ…!」

 神官や警備員たちが、へたり込む。いや、僕も、全身に力が入らない。

 足元、床全体に、黒い魔法陣。

 ルイラだけが立ったまま、真上を見つめている。

 「…来る!」

 ー瞬間、屋根が、消え去った。

 すっかり見えるようになった曇り空で、煙を吐き飛び交う何かがいる。そして、一直線に向かってくる、黒い光も。

 腕にも足にも力が入らないが心臓は動くあたりを鑑みると、随意筋だけ麻痺させる魔法、か?

 声も出せない中、黒い光が、僕らの前に降り立つ。

 「…ご苦労だね諸君。娘は返してもらおうか。」

 光が、人、それも、会社の部長でもやっていそうな男の姿になった。翻されるマントと相まって「魔王」の趣だが、しかし、マントの裏地に無数の幾何学模様―おそらくすべて魔法陣―が赤く縫い込まれているのを見ては、男っぷりを賞賛してはいられない。

 「む、す…め?」

 待て、思い当たる人物は、ここには、一人しか...

 「…お父様!私は...!

 …お父様には!ついて!いけません!」

 「ほう?...まあ、しかたない、か...」

 「お父様!もう、こんな、!魔王なんてことは止めて、昔の!優しいころに!戻ってください!」

 誰も息をする以上ののどの動きができないはずなのに、誰かが息をのむ音が聞こえた。

 「…ルイラの頼みでも、できん。」

 …ルイラの父、そう名乗るコイツが、魔王...

 「…ならば、私が父上を!倒します!」

 ルイラが、再び紙を開き、何かをつぶやく。すると、魔王とやらの周りの黒いオーラ?が糸を束ねるように紙へと流れ込み、瞬間、まばゆい光が視界を塗りつぶした。

 「…ルイラよ、父にそれが効かないのはわかっているだろう?」

 光が、魔王の目の前で回転する黒い魔法陣に、吸われるように消えていく。

 「『意光変ライト・シフト』は光の性質を変えるバギオの必殺技。しかしその紙の陣では、見えない光を見えるようにする以上のことは出来ないのではないか?」

 それはつまり、可視光線以外の光を、可視光に変えている、そういうことか?

 「…ですが!」

 「これでも喰らえーっ!」

 後ろから聞こえてきたのは、中井の叫び声。

 真上、すぐ上を、何かの音が通り過ぎ...

 「ふん、この程度か?」

 魔王の右手が、煙を吹くロケット花火をつかみ取っていた。

 そのわずかな間に、中井が僕のほうへ飛びつき、身体が無理に押し飛ばされるとともに、動けるようになる。

 床にはいつくばったままかたまっている中井へ感謝を示すため、ミニスカートがまくれて見えているモノに関しては言及せず、魔王にタックルをかます。

 「…ぬるいな。」

 魔王は、微動だにしなかった。僕だけが、作用反作用を無視したかのように弾き飛ばされる。背中が、脊椎が砕けたかと疑うほど痛い。

 「弱いならば、準備をなせ。ロクに準備もしないくせに、気合だけで立ち向かうなど、愚かなことだ。」

 マントの赤い魔法陣の一つが、黒くなって廻っている。

 「…防御?あるいは反射?いずれにせよ、すごいな...

 …でもそれじゃ、ルイラを連れていけないんじゃないのか?」

 「そんなことはない。君のような考えなしと一緒にするな。」

 魔王のマントの裏地の魔法陣が、またもう一つ、黒く廻り始める。

 木箱の上の鏡が、浮かび上がった。

 「…現れているとはな。やはり。」

 「…そいつは神器『八咫鏡』じゃない、ついさっき出現したらしい、何の変哲もない鉄の鏡だぞ?」

 「…おや、ルイラには言わなかったかな?言ってないな。

 …3種の神器は、『虚ろに響く世界の理』、『天地の定めをないがしろにする禁忌』を手に入れる者ごとに、ふさわしい者が現れることによって、出現するとされているのだよ。察するに先代の入手者の鏡は...」

 木箱のふたが持ち上がり、四面がはがれるように周りに倒れ、大きな黒ずんだ塊が転がり落ちる。

 「…とっくの昔に焼け落ちていた、か。」

 頭の上ぐらいの高さに、浮かび上がる鏡。

 「あと二つ...

 …さあ、来るんだルイラ。」

 魔王が、手招きしながら、いくつもの黒い魔法陣を手のひらの上に浮かばせた。

 「いやです!」

 何かに引きずられるようにして魔王に近づいていくルイラ。

 ルイラが、僕にしがみついた。必死につかんでいるようだが、おかげで、何らかの力が僕自身にもかかって、踏ん張りがきかない。木箱の台にしがみつき、おかげで身体が見えない力との綱引きで幾度となく角にぶつけられる。

 「ふん、まったく...聞かんやつだ...」

 かすかな、慈しみを含む声が、聞こえてきた。

 -急に、視界が、暗く...

 

                    ―*―

 「ールイラ、我が娘ルイラよ、それに、異世界の青年、我が同じ姓を持つ青年よ。-」

 「-お父様!...体内電気操作!ですか?ー」

 「-そうだ...そこのカズマくんに、聞きたいこと、教えたいことが、在ったからね。思考をつなげさせてもらう。-」

 「-…さしずめ有線テレパシーか。とんでもないな魔法って言うのはまったく。-」

 「-カズマくん気を付けたまえ。思考がつながっている今、思ったことは垂れ流しだ。-」

 「-…嘘をつかないことで有名な僕には関係ないな。-」

 「-そうか?私と君は、実に、似た者同士だと思うが。-」

 「-お父様!アモリさんに、なんてことを...!-」

 「-どうでもいいがカズマって呼び方はやめてくれ。異世界にでも飛ばされそうで嫌だ。-」

 「-君は細かいね。

 …そんなことはどうでもいい。

 君、どうして、ルイラを助ける?

 私が見る限り、別にこの国にしょっちゅう戦いがあるわけでも、君が強いわけでもない。何もかかわらなければ、君は平穏でいられたかもしれない。なぜだ?ー」

 「-さあな?僕自身、こんな不合理なことをしようとは。-」

 「-君の精神は、数学者である親に付けられた『数のみが真実である』に代表されるように、合理性、論理性を基盤としている。にもかかわらず君はどうして、不合理で不確実な路に踏み込んだ?ー」

 「-知らん。わからん。知るか。-」

 「-そうか、聞き方を変えよう。

 …ルイラのために、君は、どこまで犠牲にできる?ー」

 「-決まっている。犠牲にして、僕自身が迷惑しない物、すべてだ。-」

 「-…君は、合理主義者というか、機会主義者だね。まあいい...

 …スペアプランとしては上々だ。ルゼリアもバギオも、大したことないからな。ー」

 「-代替策?何のことだ、と言うより、人を勝手に値踏みするな。-」

 「-…しかし値踏みされるのもやむを得ないよ。ルイラには聞かせたくなかったが、君は残酷な人間だからね、話してしまう。-」

 「-お父様、何の、話ですか?ー」

 「-ルイラ、おかしいとは思わないのかい?なぜおまえは、先天的に魔力を持たない身ながら、『絶対未来視』『翻訳』が使えるんだい?ー」

 「-え?空間魔力を無意識に使っているからと、お父様が...-」

 「-いや、違うというなら...ルイラ、神話で、無かったか?魔力なしに、魔法を使う方法...-」

 「-まさかっ…!-」


                    ―*―

 ガバッ!

 「そ、そんな…!」

 私は、あまりのことにお父様の体内電気操作による思考連結から逃れてしまったらしい。

 「ルイラ!」「ルイラちゃん!」

 後ろから、ウチカワダさんと、ナカイさんの呼ぶ声。そして前では…

 …服のあちこちを赤く染め、お父様の魔法陣の上に浮かぶ、アモリさんがいた。


                    ―*―

 「-やれやれ、あの子もまだまだ、子供だ。起きてしまったか。-」

 「-そりゃショックだろうよ。ルイラにとって、救えないことの代名詞、コンプレックスですらある『絶対未来視』が、ルイラ自身の命を以て行われていたって言うならな。-」

 「-そうだ。あの娘には、生命力を魔力に変換する魔法がかかっている。ミコトの血を引く者に先天的に表れる病だ。本来は同時に、魔力を保有できないために魔法が使えず、従って魔力を引き出されないので、他の魔力欠損病と混同される。ー」

 「-それ、魔法が使えないから魔力変換の意味がないのは能動的に自らの魔力を引き出そうとする場合であって、勝手に発動してしまう『絶対未来視』『翻訳』では魔法が使えてしまい、そのために勝手に生命力が消費されている...そんなところだろう?ー」

 「-君、頭も回るね。

 …とにかくそんなわけだ。言いたいことはわかるね?ー」

 「-『絶対未来視』だけならともかく、異世界人の僕らと長く一緒にいれば、『翻訳』の過剰な自動使用により、寿命がどんどん縮まる。だから、ルイラから離れろ。自分がルイラを救う方法を捜すから、邪魔をするな-」

 「-その通り。-」

 「-ちなみに、それを信じていい、根拠は?ー」

 「-君の目の前で、『絶対未来視』の後に、倒れたことがなかったか?ー」

 「-…待て?…………いや、そうか。

 …渡すわけにはいかない。ここでみすみす言いくるめられてルイラを渡したら、馬鹿だ。ー」

 「-そうか…決裂か。-」

 

                    ―*―

 背中から、床へ落ちる。

 「アモリさん!」

 「ああ、大丈夫さ。」

 「ー貴様、ならばその手で示してみよ!」

 「戦い慣れしてないから断りたいんだけどね!」

 いくつもの魔法陣が、魔王の前で回転している。すべてが純黒で、少は手のひら大から大は背丈大まですべて5つ以上の同心円。数も規模も、洒落になってない。

 「お父様、そんなの使ったら!アモリさん死んじゃ」

 -魔王なる何かに鉢合わせる可能性は、ずっと考えてきた。人智の範囲内にそれがあるならば、例え絶対の防壁があろうとも、すり抜ける方策はあるだろうと。だから、準備通りに振りかぶる。

 「喰らえ!」

 魔法陣が、高速で迫ってきて、身体に触れる。全身がおかしくなって、遠く、そして幻覚のようにきらめいてゆく思考の中、投げたモノが、魔法陣の向こうへ落ちていった...

 二次創作SSばかり読んでいたら気分がすぐれなくー脳にもやがかかるようになりました。あれは麻薬みたいなモノですね…

 …とまあそれはともかく、次回以降ついに、自衛隊と魔王軍の全面交戦へ移っていきます。いわゆる「無理なセカイ系」からの脱却を目指したかったのにうまく行ってない気もしますがね…今さら気にしません(終わりまで書いてしまったので)。

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