1 伝染ーそして始まる騒乱の物語
※白々しいようですが「この作品は全くのフィクションであり、実在の国家、人物、組織その他とは何の関係もございません」。それから2020/8/24付けで、前話の日付を改訂し曜日を付けました(執筆中の続編に曜日がかかわるので)。しかし手が回らずに齟齬が生じている可能性がございます...すみません。
異世界を制圧した「魔王軍」は人知れず日本に上陸した。その目的が明らかになる一方、異世界から来たという少女に助けを求められた高校生亜森数真は...
―*―
2040年1月16日(月)、山形県某市
…なぜ、こうなった?
「あ!おいしいです!」
僕は、目の前でチョコパイをかじる少女を見て、110をコールすべきか悩んでいた。
明らかに風貌から鑑みて、日本人ではない。そして異世界などと言い出すからには、信じることはないにしても、何か事情があるのだろう。
「よし分かった。異世界から来たんだな?」
「し...ゴホン!」
ああチョコパイって粉多いからな。喰いながらしゃべるなよ。
「はいお茶」
「あ!この飲み物も!おいしい!
信じて!くれるんですか!?」
「ならなんで日本語をしゃべっているのか聞こうか?」
ダウト過ぎる。
「ええと!これ!私は!あなたの!言葉を!喋っては!いないんです!」
「は?」
「これ!そういう!魔法!なんです!」
魔法?言うに事欠いて…
「疑うなら!ほかの国の!人に!聞いてもらって!ください!」
「…仕方ない、自信は買おう。
ほれ、何か喋ってみ?」
端末を出して、翻訳モードを起動し、録音する。世界中の主要言語を参照し、それぞれを翻訳、適切な該当言語を特定して英文に翻訳する優れもの...日本語版がまだないのが欠点だけど。
「fcvzf!hghhbv!dxgfc!gh!bthvbrzcgvyf!cghvbdf!gtcgvhbd!」
え?はい?なんですって!?
「ですから、『じゃあ!話します!聞いて!いますか!私の!名前は!ルイラ・アモリです!』って!言ったんです!」
い、いや...「該当言語ナシ エラー」って...じゃあ、僕が耳を傾けている時だけ、日本語になってるのか?
「はむはむ...おいしい!」
「どうなってるんだ?」
「私の言葉は!聞いている人の!一番わかる!言語に!聞こえるんです!」
なるほど、だから最初に言語を特定してから翻訳する端末じゃ、翻訳できずにデフォルトのアルファベット置換になったのか...なるほどアクセントの「!」だけは同じ数...
「なるほどね。とりあえず、少なくとも主要言語に分類されるべき言語を使っていないことはわかった。」
グーグル接続である以上、世界中の公用語を網羅しているはず...先住民族の言葉...それこそアイヌ語とかは同じエラー表示になるってトリセツにもあったが…
「で、他に、なんかあるのか?」
認めよう。もし手から炎を出したり、宙に浮いたりするなら、さすがに異世界人だそれは。
「…未来が!見えます!」
「は?」
今なんて言った?未来が、見える?
「…難しいかもしれないが、よく聞け。時の因果律という物があってだな、事象は過去から未来へ進むんだ。未来がわかったらおかしいだろう、未来をもとに過去が変わってしまう。」
「いえ!その!…変えることは!できないんです!」
「…なら因果律には反しない、のか…?」
「…それと!私の意思とは!関係なく!見えるんです!
…あっ!」
「どうした?」
「誰か入って!来ます!」
…一応鍵でもかけるか。
「そこ、ベッドの下に入れ。」
「はい!」
「入るわよー!」
か、母さん!?
ガチャガチャ...バタン!
鍵をかけたドアが、ちょうつがいごと、外れた。
…なるほどね。「変えることは出来ない」か。
「あらら。」
「…母さん、直すから、どいてくれ。」
...110をコールするのは、詳しく事情を聴いてからでも遅くなさそうだな。
―*―
「続いてニュースの時間です。
正月3日に半島に侵攻した人民解放軍ですが、未だ核関連施設を占領したまま北朝鮮軍とにらみ合いを続けている模様です。
これに対し本日米国国防総省は...」
『物騒ねえ。』
母さんが、他人事のように言う。
『山田さん、ここで今回の騒動について、振り返ってみることにしましょう。
今日は半島情勢専門家、ジャーナリストの全承白氏にもお越しいただきまして...』
「戦争になるのかしら。」
他人事ではない。もしルイラの言った通りなら、マジで戦争になる。
『そもそも始まりは正月の3日、突如として中国の人民解放軍が中朝国境を越境し、電撃作戦により、北朝鮮の核関連施設に侵攻したことにありました。
えーこの施設では元旦に核実験が実行された可能性が示唆されていまして、国際社会では制裁の一種とみられていましたが、しかし戦闘が発生したという情報や、人民解放軍の上層部が一度現場の暴走だとしてのちにに撤回したことなどから、きなくささが増してきた、と...いうことですね。』
「母さん、夜食にカップ麺もらっていいか?」
「…運動しないと太るわよ。」
―*―
「何しに来たんだ?」
「あの...!
魔王が!来てるんです!」
「魔王?それはまた…」
「争いが!増えてはいませんか!?」
「争い...?半島のことか?」
「…手遅れですか…!」
「え?」
「魔王軍の魔力は!集団の悪意と攻撃性を!増幅させるんです!」
集団の悪意と攻撃性...?
「個人個人にはかからないのですが...!
…呪いなんです!一人一人が優しくても!集団全体は!攻撃的かつ!残忍な悪意の塊に!なってしまうんです!」
「…おい、本当か?」
「事実、3カ国連合は!世界のほぼすべてを!糾合したのに!討伐に失敗し!」
「…空中分解して崩壊した、か...」
集団の悪意と攻撃性、か...確かに、人間が集団化すると、一人一人では片鱗もなかった悪と凶暴さの側面が見えることがあるからな...
「すると、戦争は...」
「必ず!拡大します!」
―*―
魔王軍による「集団の悪意」は、少しずつ伝染していくらしい。
最初は中朝国境に近いところの軍隊、そして徐々に、軍や政府の上層部へ。一気に集団に伝染した悪意は、はじめ現場の暴走を抑えようとした上層部をもミイラ取りのミイラにしてしまったのだろう。
ー「集団の悪意は、人間集団の!欲望を!抑制できなくするんです!」
…本能的に領土拡張欲のある「国家」なんて集団に、運悪くも「集団の悪意と攻撃性」が伝染してしまった、と...
言われなくても、そこから先はわかる。
最初に侵攻した、つまり伝染した部隊は中朝国境、そこからわき目振らず越境した。つまり、魔王軍はその付近...おそらくは問題の核関連施設に現れたのだろう。そして隣県での不審船大量漂着と、現にここにいるルイラ・アモリ。おそらくは魔王軍は今、日本にいる。
…ロクなことに、ならないな。
ニュースサイトの「東北でストライキが頻発」という記事を見ながら、嘆息した。
「で、どうすればいい?
言っておくけど僕は勇者でも何でもないし、少しばかり頭はいいけど体力はない。何が頼みなんだ?」
「…わかりません!」
「わからんか…なぜに?」
「私が!あなたと一緒にいる姿が!予知できたんです!」
「…一応確認しよう。イヤ?」
するとルイラは、青い目をウルウルさせて、チョコパイの袋を突き付けてきた。…大して年代が違わない女子を餌付けしたのは、罪悪感が...
いくらかわいいかろうとも、人の話を聞こうとしないとわかったので、あきらめてチョコパイを取りに行くことにした。
―*―
2040年1月17日(火)、山形県某市
「なあ康介、ちょっと昼休み、屋上に来てくれ。」
そういって呼び出した内川田は、しっかり屋上に現れた―なぜか彼女を連れ。
「なんだ亜森?」
「なんなの亜森くん?」
…中井、相変わらず校則すれすれのギャルっぽいぞ...まあギャルでも何でもないどころかお嬢様であることを鑑みると、中井家は人ひとり預けるには教育方針的にアウトか。
「で、だ...」
いや、カオスに陥る一歩前みたいな話、どうやってすりゃいい...
「…頭おかしい話をする。5分黙れ、いいな。」
そして、僕は昨日の話をした。
―*―
2040年1月16日(月)、山形県某市
「ルイラ、で、いいんだよな?」
「はい!苗字が同じ!ですので!」
「まとめるから、間違いがあったら指摘しろ。
一、ルイラ・アモリは異世界生まれ17歳、魔王軍に訳あって加わり、朝鮮半島を経由してここに来た。
二、魔王軍は『集団の悪意、並びに攻撃性』を増幅させ集団が欲望に沿って行動するようになる呪いを伝染させる。戦争などの混乱が頻発するであろう。
三、ルイラ・アモリの使える魔法は、発言が聞いている相手の言葉に聞こえ、聞いた言葉も自分の言葉に聞こえる『自動翻訳』。そして、意図していないのに、変えることのできない未来が見える『絶対未来視』である。」
「あってます!」
「で、二つ質問な。
一つ目。どうして魔王軍にいた?スパイか?」
「…言えません!」
「信用度が下がるぞ。」
「…むしろ!信用していただくために!言えません!」
「…ややこしそうだってことはわかった。
二つ目。魔王軍の狙いは何だ?
核実験で現れたのはまあわかる。無茶苦茶なエネルギーだからな、無茶苦茶な事態になってもおかしくない。どうやってきたのかはともかく。」
「ええとそれはですね!『星降りの儀』って言って!行きたい世界で星が降ったときに!同じところで星を降らせると!世界がつながるんです!」
「なるほど、隕石のエネルギーを使ったのか。それで、なんか知らんが、両側の世界で力が加えられたところが、つながった。
…まあ来てしまったものは仕方ない。どうしてこっちとタイミングを合わせられたのかも、まじないとか言われたらわからんから聞きたくない。
で、何しに来たんだ?日本まで。世界征服したいならわざわざこんな島国に来なくていいし、魔力なり呪力なり欲しいなら勝手にゴルゴダの丘なり沙羅双樹の下なり行けばいい。何しに来た?」
「その、魔力なんです!」
「いや、わからんぞ。」
「…知りませんか!3つの、王家が持つ伝説の宝!伝説によれば!2700年前にこちらへ持ち出されたはずなのですが!」
「日本にある、王家の、3つの宝...!?三種の神器かっ!」
「その3つがそろうと!『天地の定めをないがしろにする力』っていうのが!得られるらしいんです!」
ますますファンタジック。言い方から鑑みるに、彼女も知らないようだ。
「…とりあえず、僕には何ともならない。
明日、信用できる、権力とのパイプがあるやつに話す。今日はもう寝ろ。」
「あの!どこで寝れば!?」
いちいちアクセント付けるな。強気に聞こえるわ。
「…客をそんなところで寝かしたくはないが、見つかるとあれだからな...」
親に話すわけにもいかない。話が広がれば、狂人扱いする奴がたくさんとパニックに陥るやつが少々出るだけ、第一時間帯を考えれば話を聞かずに騒ぎ散らして警察沙汰になるし、僕が誘拐容疑で補導されるのはうれしくないとして、ルイラが狂人扱いされるのはとてもよろしくなさそうだ。
「というわけで布団を持ってベッドの下に入れ。」
「え...」
「それとも押し入れで寝るか?
…僕だって男だ。こっちにそんな気がなくても、冤罪沙汰になる可能性はある。ベッドの下なら狭いから、まあことは起きないだろう。
…というわけで、ハニートラップ目的と思われたくないなら、夜はベッドの下から出てくるな。」
―*―
2040年1月17日(火)、山形県某市
「お前、結構えぐいな。初対面の泊りに来た女子をベッドの下に押し込むとか。」
「おい、この信じがたい電波話への、最初の感想がそれか康介。」
「まあお前は拷問したって嘘は吐かない...なに美久」
中井が、康介の首を腕で締めている。
「ねえ、信じがたいと思うよね、コースケ?」
「いや美久、お前も亜森が嘘なんかつかないってあたたた!」
「思うよね?」
「思う、思うから!ギブギブ!」
…なんだこの二人。
「ってわけで、放課後、亜森の家へゴー!」
…そんな気はしてた。
―*―
3人で帰宅すると、僕が買ってきたばかりのチョコパイを目にした瞬間、ルイラ・アモリは飛びついてきた。
「…これが、ルイラ・アモリさんだ。」
「わー、かわいい!」
中井が、ほっぺをつまんで遊んでいる。
「ほっほ!はひ!ふふんへふふぁ!」
「…これはたしかに国籍不明な感じだなあ。」
「で!この方たち!誰ですか!」
「お、マジで日本語に聞こえる!そしてなんか変!」
「ああ、僕の友達。金持ちと、その許嫁。」
「どうも内川田康介です。」
「中井美久だよー!美久でいいよ♪」
「…お前ら、楽しそうだな...」
順応性が高いリア充どもめ!
「ルイラ、もう一度、一から全部話せ。」
「えっ!話してくれたんですよね!」
「僕の言葉では何か間違いがあるかもしれん。」
「はい!わかりました!」
「うわいい子。」
…そう思うなら見習え!
―*―
「…聞けば聞くほどなんかもうあり得ない話だね。」
「亜森が認めるんでなきゃ信じないな。」
なんだその全幅の信頼は。怖いな。
「あの、理屈と合理の塊みたいな亜森が言うんだから間違いねえ。」
「名前にすら、『数字にだけ真実がある』って言ってるぐらいだもんね♪」
「…名前についてはこれ以上指摘するな。数学者の気の迷いだこんな名前。」
いちいち考察・検討を加えなければ気が済まない厄介な性格については反論の余地はないが。
「で、なんかマジなんだろうってのはわかった。
…どうしよう?」
「…いつもみたいにコースケ、お金でどうにかならないの?」
「あのなあ…中央の政治家を動かしたりするには全然足りないだろ。せいぜい警察が動かないようにしておく...のも、この情勢で緊張感が高まってちゃ無理じゃないかなあ...」
「…なんもできないの?」
「ありていに言えば、そう。」
「康介、中井、そういうことじゃなくて、こいつを預かってくれるだけでもいいんだが...お前ら家広いだろ?」
「え!ダメ!ですよ!」
ルイラが、チョコパイをはむはむするのをやめて叫んできた。
「…まず、粉を吹くな。それから、親だっているのにうるさい。」
「え、親に言ってないのか?」
「…説明できる?」
「…信じてもらえそうにないな、俺なら。」
「…私んちも。」
「そういうこと。で、なんでダメなんだ?」
「ええと!苗字が!同じじゃないですか!」
「ああうんそうだね。で?」
そもそも文字がかな文字に対応しているわけないから、「る」に対する「LU」「RU」みたく、微妙に違う可能性も高いと思うがな。
「それで!ええと!ちゃんと意味が!あるんです!」
「そうなのか?」
「そうです!」
…怪しい。怪しいが…
「…誰の家においても同じか?」
「一応保存食でよければ父さんのグループから食事を融通するよ。」
「ああ康介、サンクス。」
「俺たちの仲だろ?気にすんなって。」
「私にも、なんか頼みがあったら、言ってね♪」
―*―
2040年1月18日(水)、山形県某市
「とりあえず、共同生活をするにあたって、ルールを決めておこうと思う。
ってかお前、ついつい聞かずに来たけど、いつ出てくんだ?」
「三種の神器に、動きがあったら!です!たぶん10日!くらいです!」
「…大丈夫か一人で」
「…訳は、聞かないで!ください!大丈夫です!」
…そのややこしそうな訳を聞かずに済むならいいし、死にに行くのでないなら、10日くらいは隠し通すか。
「とりあえず、寝るとき、それから2階に親が上がってきた時はベッドの下。
食べかすを出さない。食事は何とかするから飲食を何とかしようとしない。トイレも見張りしないとだからことわりを入れること。」
「…いないときはどう!するんです!?」
「……えー」
学校行ってるとき?どうするんだろうね。
「魔王軍についてきたぐらいだし、戦場にいたんだろ?半日くらいどうにかできない?」
「…はい!します!」
そんなはきはき応えられても辛いんだが。
「それから、間違っても数真って呼ぶな。」
「…でも!同じ!苗字ですよ!?」
「妥協はしない。僕がルイラって呼ぶから、亜森なり亜森さんなりくんなり好きにしろ。」
「アモリさん...わかりました!そうします!」
―*―
2040年1月21日(土)、山形県某市
朝早くにいきなり中井が尋ねてきて、正直びっくりした。
「どうした?早いぞ。」
「えーとね亜森くん、デートしよ♪」
「康介の父さんに首飛ばされるぞ。」
「浮気じゃないよ。ルイラちゃんに服必要でしょ?」
「要らんと思うけどな。どうせ部屋から出たらすぐ戦いみたいだし。」
「…亜森くん、デリカシーないね。」
「そんなもん要るか?」
「ルイラちゃんに愛想つかされるよ?」
「で?」
そう応えると、中井は明らかに嫌そうな顔をした。そりゃそうだ。
「…はあ。中井、そこの戸棚の上に貯金があるから、適当に使ってくれ。」
「えっ?お金使わないのは知ってるけど、いいの?」
「良くないと思うなら口止め料だと思って納得しろ。」
家主が出さないで誰が出すんだ?
「…亜森くん...
わかった、じゃあ行こ♪」
…結局連れ出されるのか...
仕方なく、ベッドの下で死んだように眠るルイラを引きずり出すことにした。
―*―
ネットショッピングが発達した2040年、逆に、同じ商品・同じ値段でも、「わざわざ店で買った」ことは一種のステータスになっている。どちらかというと「恋人と買った」「家族と買った」「友達と買った」というステータスだが。
そしてこの3人もまた、わざわざ駅ビルまでやってきていた。
「うーん、ルイラちゃんの銀髪と白い肌はきれいだけど...」
ルイラが、目をキラキラ輝かせながら服を見比べている。
「…これとこれかな?」
仏頂面の亜森を尻目に、女子二人はどんどん進んで行く。
「…そういえば、異世界から来たんだよね?下着ってどうなってるの?」
「え!?あ、私の国ではあんまりないですよ!」
「じゃあ今、ノーパンノーブラ?...困ったね...」
中井は亜森に目を向けてため息をつきながらも、ルイラを別の階に連れて行った。
待つこと数十分。
「亜森くん♪」
「アモリさん!」
「似合ってる?」「似合って!ますか!?」
レモン色の肩の出るブラウス、ミニスカートに茶色のコートを着崩した中井と、襟の大きく白い長そでに青いロングスカート、灰色のコートのルイラ。
「…暖かそうでいいんじゃないか、ルイラ。それと中井、風邪ひくぞ。」
「し、心配してくれるんだ...」
中井が、にやける口元を袖で隠す。
「美久さん、アモリさん、この服、大事にします!」
ルイラが、満面の笑みでほほ笑んだ。
―*―
2040年1月22日(日)、山形県某市
…僕自身の愚かさに反吐が出る。
昨日の買い物に使ったカバンを見返し、思わず笑ってしまった。
「…どうしたのです!?」
「ああ、ルイラ、ちょっといいか?」
「はい!?」
顔の両側を押さえ、左耳の後ろの髪に、キキョウの花飾りをつけてやる。
「わあ!きれいです!」
「昨日買ってやったのに渡すの忘れてた。ごめん。」
「いえ!」
嬉しそうにクルクル回っているー同い年くらいとは思えない―ルイラ。平和だ。
―*―
2040年1月22日(日)、台湾海峡
「ミ、ミサイル確認!早い!」
「慌てるな!ビーム砲用意!」
超音速ミサイルをはじめとする数千発の殺意の群れが、海峡越えて殺到する。
台湾本土からは、開発に成功したばかりのマイクロ波レーザービーム砲「龍炎」をはじめとする迎撃火器が発動し、ほとんど全自動でミサイルを自爆に追い込む。
「…おかしい。なぜだ?
ただでさえ北が緊張の中、しかも昨年まで友好的だったのに...
…今年に入ってからのチャイナは、何かおかしい。」
台湾に来ていた米軍の軍人は、しきりに首をひねり、「CIAに、調査の強化を要請しよう」とつぶやいたーそれこそが、米軍、アメリカ、そして世界中に「集団の悪意と攻撃性」をばらまくことになるとは知らずに。
―*―
2040年1月23日(月)、山形県某市
「アモリさん!何してるんですか!?」
いちいちアクセントを上げないでほしい。止められてるのかと思うだろ。
「勉強だ。」
「勉強!?え!貴族だったんですか!?」
思わず、キーボードを手放しそうになった。
「貴族?いや、この国に貴族はいないぞ。」
「では!平民!?」
あー、中世レベルなら貴族しか勉強せず平民は小さいころから働かされるってこともあるのか。
「ほえー、では昼間も!学校へ!?」
「まあなあ。
…って、ルイラは勉強したことは?」
「魔法学なら少々!…」
「読み書きと計算は?」
「必須ですよ!魔法学には!」
ああそう。
「じゃあプログラミングでも教えるか。」
「プロ!グラ、ミング!?」
「途中で切るな。」
ちょっとフラミンゴみたいに聞こえたな。
タブレットのプログラミング学習の復習画面を呼び出す。テスト前に皆が何周したか愚かにも競ってるアレー学校の課題をそのままテストに出す教師がいるわけないと、どうして学べない...
「ちょっと見てろな。」
中学の時の課題から、基礎的なものをいくつかやって見せ、仕組みを説明する。
「ほー、計算がこんなに簡単に...!IT!すごいです!」
「そうか?」
…平成世代の人間じゃあるまいし今時IT技術に感動するなんて。
「…と、これで一通りだ。やってみ?」
すると驚いたことに、ルイラはするすると打ち込み始めた。
「…おいおい、初めてだよな?」
「はい!でも、私の言葉で、魔法式の論理式なので!楽勝です!」
-プログラミング言語は結局英語。だから英語で厳密な論理の元書かなければならないけれど、ルイラの魔法は声だけではなく文字にも適用されるらしい。彼女自身の言葉は受け手には受け手自身の言葉に感じられ、彼女が受ける言葉は彼女自身の言葉に見えるなら、プログラムなど、ルイラには作文と大して変わらないのかもしれない。そして、偶然にもJavaが異世界の魔法言語と同じ構文だというなら...
「ルイラ、魔法は、どれぐらいできたんだ?」
これでもし、かなりできたというなら、その能力をプログラミングに移植できれば、いきなりトップレベルプログラマーの誕生か…?
「…私、魔力が...ないんです...」
アクセントが聞こえないほど弱弱しい声から、なんとなく、魔法を使えないということはわかった。しかし魔力がないならば翻訳の魔法はいったいどうやって使うのかという疑問は残る。自然界からかと考えてもいいが、この物理世界に魔力なんてあってたまるか。
...一度、魔法の仕組みを聞き出して、再解釈したほうがよさそうだな。
「それでもわかるのか?」
「はい!習ったので!」
…いったいコイツは、もともと何だったんだ?
聞かなければならないことが増えたけれど、それを聞いて何かが変わってしまうことを畏れるほどに異常事態になれてしまった僕自身のアホさ加減に反吐が出そうだった。
―*―
2040年1月24日(火)、山形県某市
「ふーん、そうか、へえ、それでイチャイチャと教師と生徒ごっこを...」
「…感嘆してるところ悪いが康介、6時間やってからこの前のテスト解かせたら、お前より点数良かったぞ?」
「え」
「コースケ、今度お勉強ねー」
「げ」
おいおい大丈夫か康介...ご愁傷さま。
「それで、亜森くん...もしかして、ルイラちゃん好きになったりしてないよね?」
…まさか。
「おいおい、普段なら口に出して『まさかそんな無駄なことをするはずないだろう』って言い放ってるところだぞ...」
言おうとしてたんだよ。
「ま、まさか亜森くん...そうだよね、一緒に1週間も暮らしてたら、そういうこともあるよね...」
「待て、待て中井。なぜそうなる...?」
「違うの...?」
「違う。断じて違う。断じて違う。」
馬鹿話をしつつも、別れ道まで来る。
…なんかうるさい、まさか!
パトカーが家のほうへ向かうのを見て、僕は一瞬にして血の気を引かせた。
「おい、あの家...!」
「まずいってコースケ!」
「ああ!親父に頼んでみる!」
...くそっ!すっかりマヒしていたが、親のいる状態で人ひとり匿うなど出来るわけなかったか…
この「集団の悪意、攻撃性の増大」を用いて世界大戦シナリオでもよかったのですが、収拾はともかくとうてい終戦後の物語が書けないし、続編をディストピアものにする希望はないのでしません。効果は「ふつうはたらくはずの政治的・人道的配慮を大国の軍隊ができなくなり暴走する」程度のレベルで個々人には効果なく100人程度では影響はなく、かろうじて「大企業の従業員」程度の集団が「はずみでデメリットを軽視してストライキに突入する」レベルの暴走を集団に引き起こす、一種の呪いです。