9 終戦ー「天地の定めをないがしろにする禁忌」
自殺したテライズ・アモリから「魔王」たる力を受け取った亜森数真は、テライズの娘にして彼の恋人、ルイラ・アモリを救うため、2つの世界を敵に回す。
投げ捨てた末の、彼の判断は…?
―*―
2040年8月15日(水)、高千穂峰
「亜森…」
「亜森くん…」
私はコースケと、亜森くんの背中を見つめていた。
真っ黒なマントが翻って、威圧感がすごい。
「行っちゃうの…?」
どうしても、その言葉が、こぼれた。
「私たちの、手の、とどかないところへ…」
「…中井、康介と、幸せにな。」
亜森くんが、手を、開いた。
マントが広がり、黒い円が、無数に浮かび上がる。
「『穿肉』。」
「っ!」
右足のすねに、鋭い痛みが走る。
「み、美久!?」
それでも私は、一歩踏み出そうとした。
そして、今度は左足に、耐えきれない痛みを受けて、転んだ。
「美久!足に、穴が!」
身体をなんとか起こして見ると、両足にそれぞれ、ペンほどの太さの、地面が見える場所がある。
「さて、どうするか…」
亜森くんは、振り返ろうともせず、光の路へ踏み出している。
…そっか、私―
-捨てられたんだ、ね…
―*―
ポロポロ泣く美久を抱きしめ、包帯を取り出しながら、俺は考えた。
俺たちの友情は絶対だ。亜森が、悪意から美久を傷つけるわけがない。まして両足に穴をあけるなんて重傷…
「そうか、亜森、俺たちがついてこられないように…」
ははっ、水臭いじゃないか、数真よう。
―*―
突如として出現した、天空の路。
九州にいたどの勢力も、驚喜して行動を再開した。
初手はアメリカ、第3・4・7機動部隊。海が白駒だけで埋め尽くされた碁盤に見える、それだけで世界の残りの海軍すべてに匹敵できるであろう大勢力が、一斉にミサイルを放射した。
トマホーク巡航ミサイルだけで100を超え、その他、対地改修型対艦ミサイルハープーン、さらに対空ミサイルまで含めれば、もう煙で空が見えない。
そのすべてが、1分弱にして、高千穂峰から北に向かってかかる天の路へ、殺到した。
真っ白な煙を曳きながら、どういう装置とプログラミングなのか狙いあやまたず殺到するミサイル。白い筒は、すべてが人間より大きく、迫力を以て、上から、下から、前から、後ろから、右から、左から、亜森数真を襲おうとしていた。
「カズマ様、私が。」
「いらん。」
髪を広げようとするルイラを押さえ、亜森数真はそのままその手を広げ振り下ろした。
マントが風を受けて広がり、豪風を全方位へあおる。
すべてのミサイルが、驚いたことに、風に吹き飛ばされてクルクル回転しながら遠くへ飛ばされていく。
「な...」
バギオが、言葉を失った様子で、慌てて退避した光の路の下から浮かび上がった。
―*―
ディペリウス神国軍ー中国義勇軍連合軍は、白い法服の司祭団と灰色のボディの機械化歩兵の群れというカタチで、手を合わせる司祭たちが生み出した空飛ぶ魔法陣に乗り、天の路へ殺到した。
「『意変光』!」
「「「「「『これは聖戦なり。不浄なるすべてを絶せよ!』」」」」」
バギオが太陽光を屈折させたうえですべてガンマ線に変換、接近する司祭に放射すると、司祭は複数の輪唱で魔法障壁を展開し放射線全てを遮断した。
「「「「「『これは聖戦なり。剣は何より早く悪を滅する!』」」」」」
「『波城壁』?」
機械化歩兵が銃を乱射し魔法で貫通属性を付与された銃弾が降り注げば、ルゼリアが屋根のように分子レベル振動の壁を展開し強烈な熱振動を誘起させて一瞬で銃弾を蒸発させる。
空の上下左右から無数の攻撃が浴びせかけられる中を、ルゼリアとバギオは二人空を飛んで必死に天の路への攻撃を防御する。
「ーなあ、二人とも、どうして大して知りもしない僕を助けるんだい?ー」
やけに重たい声が、ルエリアとバギオの脳内へ直接響いた。
「それは、私たちが、テライズ陛下の、弟子だから?」
「なるほど。」
「もともと、3人で魔法の研究をしていたにすぎないである。それが情勢が悪くなって、目をつけられてから、ずっと支えあってきたである。」
「…結局、鑑みるに、僕の評価ではなく、僕を評価したテライズの評価か。」
「いや、もともと、姫を救うための旅だったけど、旅の途中でテライズ陛下が亡くなったならば代替策として、別の魔王を立てて『天地の定めをないがしろにする禁忌』を手に入れてもらうというアイデアはあったのよ?」
「そのテストは『ルイラのために何を犠牲にできるか』か。」
「そうである。『すべて』では不合格であるであった。」
「まあ僕も、すべてを捨てられるなんて胡散臭い答え信用はしないか。」
彼は呟きながらも、走っていた。
風のように走り、はためくマントには大はマント全体から小は小指の爪サイズまで無数の魔法陣が回転している。
山々が、景色がどんどん置き去りになっていく。
―*―
最初にルイラに出会った時、どう思ってたか、もうほとんど思い出せない。きっと「厄介ごとに巻き込まれた」とでも思っていたんだろう。
でも、今の僕は、彼女のために犠牲にして困らない物の中に、自分自身すら入れてしまっている。-実に、不合理だ。
だからこそ、ルイラが最期にしたことを、覆さなければならなかった。
爆発の兆候はなかった。つまりルイラがあのエージェントの自爆を察知したのは、「絶対未来視」によるもの。もっと言えば僕らに何かあるという未来を見たのだろう。
結果として何もなかった。どうしようもないことに、彼女は自分が身代わりになることで初めて、「絶対未来視」の絶対性を打ち破ったことになる。
ならば僕もまた、人としての一線を踏みにじって、それに応えるべきだろう。
「『穿肉』。」
テライズが「魔王」と呼ばれたその秘訣は、このマントにあるようだった。無数の魔法陣はほぼすべての魔法をカバーし、重点的にある生物系魔法をはじめとして攻撃も防御も鉄壁を誇っている。組み合わせて「最も合理的な攻撃」を生み出すくらい、わけもない。
空気を圧縮、弾丸にする。
探知魔法を作動させる。
すべての敵の未来位置を予測するため、知能強化魔法を自分へかける。
そして、風魔法を最大にし、加速、発射。
マントが翻り、力と思念が流れ込むのが感じられる。
周りを飛び回る魔法陣が消え、次々、司祭やロボットたちが落下していく。
目の前に、両手両足から血を流す司祭が落ちてきた。
「…君、僕の行く先を、邪魔するのか?」
白いひげをつかみ、持ち上げる。...真っ白なだけの癖に、本家サンタに失礼な奴だ。
「そんなことは…」
「パーシム・シュライヒュサ、答えろ。」
「なっそんなっ司祭それも私にかけられた精神防御を打ち破るなどありえない」
「アンタらが、もっと言えば神国、教会が神の禁忌を手に入れるためにテライズをそそのかし土壇場で奪おうと考えてたってことは、もう結論が出てるんだ。」
「な、なんだ、と…」
「そもそも一介の研究者に過ぎないテライズが、『禁忌』呼ばわりされるものの正体を知れるはずはない。ルゼリアを危険因子として拉致・拷問したアディルが、一方でその強化を起こしかねないことを伝えるわけがない。以上鑑みれば、アンタらが裏でほくそえんでたことは想像に難くない。
それに、神帝陛下もお聞きのようだし。
…僕たちの世界では『次はないと思え』って言うんだけど、次はないからね…」
決めた。コイツらは許さない。
「墜ちろ、神の手下ども。」
魔法陣を突き付け、足で路の外へ蹴り飛ばす。
痛覚神経を直接痛めつけると同時に、かけられた者が手下だと思っている人物全てを同じ目に合わせる魔法。
「「「「「ぐぎゃああああ!!!」」」」」
四方八方から、叫び声が落ちていく。
前から、何か飛んできた。
「…銃弾?遅いわ。」
魔法で強化した視力の前に、ライフル銃なんて脅威にならない。
銃弾を、デコピンではじく。
前のほうに立ちふさがろうとしていたいくつかのアンドロイドが、頭を吹き飛ばして一斉に倒れた。
踏みつけ、踏み越え。
熱線で焼き。
体内電流操作の要領で回路をショートさせ。
炸薬を爆発させて銃ごと吹き飛ばし。
今さら僕の前に立ちふさがろうなんて。
ああもう。わずらわしい。僕には、待っている人がいるというのに。
―*―
「な、なんなんだあのバケモノは!?」
「隊長!ジミーが!」
「くそっ!」
「死ねえ!」
アメリカ海兵隊は、群れになって、天の道を走る。
スクーターが、隊列成して光のスロープを駆け下る。
無数のロケット砲弾が、白い筋曳いて前へと飛んでゆく。
-それでも、相手を振り返らせることすら、できはしない。
ほとんど恐怖にとらわれながらも、彼らはそれでも追いすがった。
―*―
アディル帝国軍は、愕然の想いを隠せないでいた。
魔王が死んだことを、帝国軍は察知していた。だから、楽勝だと考えていた、「禁忌」と呼ばれるような強大な力を手に入れるのは。
その時点で彼らは、絶大な力を手にした帝国が、2つの世界の全土に帝国旗を掲げるありさまを夢想していた。
ーなのに、この事態は一体何だと言うんだ?
空中の魔法陣の上から、路の先から、彼らはあらゆる攻撃を仕掛けた。
魔法で炎弾を全方位から投げつけ、音速まで加速させた風の剣ではるか遠くから斬りつけ、精神を汚染させ…
しかし、ルゼリアもバギオも、指一本動かそうとはせず、悠々と飛んでいた。そして、真ん中で走る青年のマントが翻るたび、犠牲だけが累積する。
血が空中で噴き出し、炎が渦を巻いて焼き尽くしていく。発狂して墜落していく兵の隣で、地上から撃ちあがった石礫が頭蓋を砕く。
「なんだあれは!」
「魔王以上の、バケモノじゃないか!」
―*―
アメリカ軍も中国軍も異世界の2帝国の軍勢も、半ば呆然自失して空を仰ぐ本官たちには、目もくれなかった。
魔法などわからないが、何かとんでもないことが起きていることだけは、はっきり感じ取れる。
「…ルイラ君は、幸せ者だな。」
今も、血に染まって父親とともに横たわる彼女の遺体を見ながら、本官は空笑いした。笑わなければいけないような気がしたからだ。
もうかなり遠くまで行ってしまったはずなのに、光が明滅しているのが、はっきり見える。
「朝本閣下、お迎えに上がりました!」
何機か、オスプレイ改が上空を飛んでいた。拡声器から、部下たちの声が聞こえる。
「今、何時だ!?」
「7時36分です!」
「まだ12時にはならないか…」
「はい?」
オスプレイ改が着陸し、医務官が中井君の足を手当てする。
「…排除は正午まで許されてはいないが、迎撃・無力化なら可能だよな?」
―*―
「海兵隊を援護せよ!全機突撃!」
「ま、待ってください!」
前方を飛ぶ無人攻撃機の画像に、無人攻撃機操縦係の隊員は戸惑っていた。
「ジャ、ジャパンの無人機が邪魔で、攻撃できません!」
「なんだと!」
「電波妨害を確認!」
「ECCMだ!急げ!」
「た、対空ミサイル!?」
「ソナーに反応アリ!本艦12時距離1000深度100、8時距離2000深度50…
なっ、囲まれてる!?」
「な、自衛隊の総攻撃は正午以降だろう!」
「艦長!ハッキングを受けています!」
「ファ、ファイアウォールが!」
そして唐突に、荒い映像が流れ始める。
「本官より通告する。
貴官らを我が国土より追放したいのはやまやまなれど、正午までの攻撃は禁止されている。
イライラするので、全力でイヤガラセさせてもらう。
せいぜいガンバレ。」
ピッとモニターが途切れる。
「か、艦長…
…全電源、ブラックアウトしました…
…艦隊、漂流です…」
「ガッデム!」
モニターをひびが入るまで叩こうとも、沈痛な雰囲気は払えなかった。
―*―
魔力とは何か。
魔法とは何か。
一歩ごとに、わかってきた気がする。
さっきパーシムとかいう司祭の頭ん中覗いた時に、「一にして全なる神」というワードが出てきたが、まったく魔法の本質をうまく表している。魔法とは、「魔術」「魔法」なんて概念でくくれる簡単なものではなく、もっと訳の分からないものらしい。それも、個人より世界の側に属する。
後ろから走って追っかけてくる、バイクだかスクーターだか。
群れ飛ぶドローン。
前にゆっくり降りてくる、鎧を身に着けた異世界の兵。
…ほんっとうにわずらわしい。非合理的だ。
僕は、説明できない魔法を超越した何かを込めて、腕を振った。
…なるほど「生命力を魔力に変換する」ね。ヒコホホデミめ、えらい叙述トリックだな。
何か説明がつかない事象が起きて、海兵隊員もアディルの兵も中国のロボットやドローン共も、振り落とされるように地上へ転落していく。
その先に、輝く大地ー神社?が、見えてきた。
ルゼリアとバギオが加速して、神社へ向かっていくミサイルを撃ち落としている。
さらに近づくと、神社全体にいくつもの魔法陣が発生し始めた。術者の気配もないのに、途方もない、魔法を超えた訳の分からないものが渦巻いている。光の路は、その中心に続いていた。
思わず、しり込みする。
-ルイラのためだ。
待ってろ、ルイラ。
僕は、さらに一歩を、一歩を、一歩を踏みしめた。
一歩ごとに理解する、天地の理。
そして一歩ごとに理解する、世界の真実。
最後に、僕は社殿の屋根に立っていた。
―*―
-これが、「天地の定めをないがしろにする禁忌」か。
なるほど。
掌握し尽くしたそれを、無造作に振るう。
―*―
世界中の誰もが、背筋に氷水を流し込まれたような不快感を覚えた。
まるで、己の生殺与奪の権利を奪われたかのような悪寒。
ホワイトハウスでは大統領が再選をあきらめ、クレムリンでは大統領が失禁し、中南海では総書記が医者を呼んだ。
世界中の宗教施設で、誰もがとっさに己の神に祈りをささげた。
そして首相官邸では、首相がキーボードをいきなり連打し始めた。
「そ、総理?」
「…これが、我が内閣最後の仕事だ。」
―見出しには、「異世界案件に関する秘匿機関創設について」と、あった。
―*―
すべての生けるもの、死せるもの。
それらすべて、指一本使わず掌握したのが、伝わってくる。
これはまさに、「禁忌」だな。すべての生命を支配する、神の、否、神を超えたものの一端だ。
-思えば、いろいろあった。
ーここまで、膨大なものが、犠牲になってきた。
-僕はそんなもの犠牲にして困らないが、しかし。
-…ここまで血にまみれては、あの日僕は坂で、ルイラを受け入れられないだろうな。
「…甦れ。すべて。」
―*―
「あ、あれ…?」
「み、美久、大丈夫か?」
「う、うん、なんともない…」
「おい、包帯ほどくなよ…って、傷、なくなってる!?」
「…そっか。」
やり遂げたんだね、亜森くん。
―*―
「う、あれ、俺確か落っこちて…あれ?」
「ジョージ!無事か!?」
「…あれ、お前、頭砕かれてー」
―*―
「うっ…確か私は…
…結局禁忌は奪えなかったか…
神帝陛下、申し訳ありませぬ。」
―*―
「俺、乗機ごと…
あれ?なんで滑走路の端で寝てるんだ?」
「みんなー!生きてるかー?
俺は生きてるぞおー!」
「あなた…うう、死んだって聞いてたから…っ」
「…ビルの解体現場?私、何でこんなところで寝て…?
…バケモノ!?って、どこにも…あれ?」
ー*―
「帝国軍しょーくん、我々は生き返った!」
「…閣下、こんな相手に又戦いを挑むのはちょっと…」
「…そうだな。撤退準備いーそぐ!」
―*―
「いびつなるものよ。平穏のため失せろ。」
―*―
「…生き返ったのでしょうか。それにしても、殺伐としていますね。」
エージェントは呟いた。そしてふと身体を起こしー
-訓練の成果も忘れ、立ち尽くした。
眼下には、無数の金色の同心円が幾何学的な直線と曲線を以て地平線の向こうまで埋め尽くしている。
ふと、エージェントは後ろに気配を感じた。
魔王テライズ、そして、その愛娘ルイラ。その二人が、空を仰いで立ち尽くしていた。
…作戦は失敗、なのか…?
そうロシア語でつぶやいたエージェントの胴体に、巨大なムカデがかみつき、スーツごと骨まで真っ二つにかみちぎった。
-もう、エージェントは生き返らなかった。
巨大ムカデはキバを開いて勝利を宣言するかのように身をもたげ、そして、まるで砂の像であったかのように崩れ去った。
小指ほどの大きさのトビズムカデが、ちょろちょろと岩場の影へ逃げていった。
―*―
「…そして来訪者よ、あるべきところへ帰れ。」
―*―
「…お父様!」
「ルイラ…!?」
「…そうだったのですね!お父様!」
「…許して、くれるか?」
「はい!」
「そうか…ありがとう、ルイラ…」
「それと…」
「ああ、式は、どちらの世界の風習で挙げようか」
「カズマさんならきっと!『そんな儀式でどうになる縁じゃないのに非合理的な』とか!言いそうです!」
「ルイラも、カズマくんとの子が育ったら、立派な結婚式を挙げさせてやりたい気持ちが…
…っ!?」
「いやそんな!まだ早い話で!って、お父様?」
「…彼は、そうしない道を選んだようだ。」
「えっ…」
「二つの世界、二つの神話が混じることを、許すわけにはいかなかったみたいだな…」
「…でも!私!待ってますから!いつか!私たちが幸せになれる世界まで!」
すべての命を救い、生死を掌握する高みへたどり着いた亜森数真。しかし、まだ、それでハッピーエンドと言うわけにはいかない…
次回、最終話です。




