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Ūberschuss  作者: よしひと
第一章
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第一章 四節

四節

【少女崇拝】


賛美せよ。彼女は我らが愛しき主。

賛歌せよ。彼女は汝らが慈しむべき弱き者。

供与せよ。汝らは彼女の糧であり、贄である。

認識せよ。汝らは彼女に仇なし、反した者。


此れを以て己を愚かであると知れ。

此れを以て己で贖い、頭を垂れよ。


其は即ち、汝らの救い。

彼女を、崇め讃えよ。彼女を満たせ。


この『過度』なる名の下に、我は汝らを律す。



…さて、彼女は今日いつ気付くのか。

これでもかと呪いを込めて作った料理ではあったものの、あそこまで嬉しそうに、味わって食べるのを見てしまうと、情という情が芽生えてしまうものである。


悪魔の清くもない呪いであるが、彼女の乾いた心が少しでも満たされるようにと、ささやかに願いを込めて。






 ギリギリで学校に着くなり、今までとは真逆の対応が待ち受けていた。よく知らない女の子が、おはようだなんて言ってきた。正直、不気味というか。突然掌を返すなんて都合がいいと憎らしく思ってしまうのは良くないことだけど。当たり障りなくおはようと、愛想笑いを浮かべて返した。特段心当たりもなかったし、この進学校の特質を考えて、もしや成績が全部上位だったのではと無駄に期待したけれど、そんなこともなくて逆にしょげ返ってしまった。順位表では、自分の名前はいつも真ん中か、ちょっと上の方にあるくらいだ。英語は普段通り一番上だけど。いずれにせよどれだけ私が頑張っても、他の目は変わらないはずだった。足がないから足を引っ張ると陰口を叩かれたこともあったし、まあ確かにそう思われるかとも諦めていたから。小さくため息をつきながらも廊下を歩く。いつもの騒々しさはまるでない。誰もが稚拙に夢を見るような、『いい学校』そのもののように、普通の話し声が聞こえる。普通の話題が聞こえる。誰の心にも障らないような話題だらけだ。本当にどうしたのだろう、教育委員会でも来ているのかと思いふと顔を上げて、


 絶句。その言葉が正しい。何も言葉が出てこないどころか、腹の底から体が震え上がるほどの寒気。凍てついたような恐怖が走った。


 全員が、…こちらを、見た。数多の双眸がこちらを見ている。私を見ている。私の顔を見ている。私を。そして 笑った。まるで皆が私と親しいかのようだった。当たり前のように友情を振りかざしてくる。今まで、散々、誰も見なかったくせに。誰も私を認識しなかったくせに。尋常ではない怒りがこみ上げてきた刹那、ふと思い出す。


『私…もっと皆に…皆に、向き合ってほしかった』


 ああ、そうか。と腑に落ちた。あの悪魔に、そういえば私は言ったのだ。自分の本心。諦め捨てた願いを。それが今、ここで果たされたのか。果たされたらどうなるのだろう。あの悪魔は—今朝、私に家庭の朝を思い出させてくれた非業の彼は、地獄に帰るのだろうか。それとも力を使い果たしてしまうのか。彼は私と住むと言ってくれたから、そんなことはないと思いたいけど。

なんとか平常を持ち直して、廊下を歩み階段を登る。あの、たくさんの人間が一斉にこちらを向いて笑むという和製ホラーめいた異様な風景はあまり見たくないので、視線を落として見慣れた床と一寸先を交互に見ながら、足早にして自分のクラスにたどり着く。教室に入るなり、先ほどと同じような異様な風景が一瞬広がって、


「―――――!!」


「み 美っ、美代子さまが!」


「いらっしゃった!」


 甲高い歓声。湧き上がる雄叫び。皆が皆はしゃいでいる。狂ったように悦び躍る彼らに、声が出なかった。全て―狂っているのだ。私という存在に沸き、私という存在がまるで神や救世主の類でもあるかのように、私を見れば忽ち、普通の会話をしていたというのにも関わらずそうするのだ。確かにみんなに向き合って欲しいと言った。確かに認識して欲しいと言った。確かに願った。でもこれは、度が過ぎる。もはや認識や親愛だとかそういった程度ではない。心酔、崇拝、狂信―そういった類のもの。人としての接し方ではない。きっと今の彼らは私が死ねといえばそうするのだろう。私が捧げろといえば全てを捧げるのだろう。それほどまでにこの空間は私に全てを向けていた。


「こら、やかましい。出欠確認するぞ」


 がらり、背後の戸が開いて担任が教室に入ってくる。この担任も、私を見なかった。いつも視界の隅に追いやっていただろうに。こいつも私を見るなり、尊いものでも目に入れるようにしてくるのだ。



「ああ― 球磨野!よくきてくれたなアア 先生、お前が怪我なく学校にこれるか心配で。いやあ無事でよかった。本当に良かった。疲れたろう、ささ、席にお座りなさい。」


「は…ハイ。」


 引いてしまいがちな態度をとってしまったが、今の担任には大した効果はないだろう。


 最早滑稽だった。これはなんというかその、やり過ぎだ。私の一挙一動を皆が喜び、いちいち尊ぶ。だが、毎日の決められたスケジュールとなると途端に今までの騒ぎは鳴りを潜めて機械的にこなし始めるのを見ると、ずっと狂っているというわけでもなさそうだった。出欠確認や今日の連絡の時などは皆静かに聞いていたし、講義となれば、私が先生に当てられて何か言わねばならなくなった時以外は皆いつも通りに大人しく聞いてたり、質問したりしている。私が少しでも彼らの注意を引いてしまうことになるその時が引き金なのだと理解した。だから、いつも通り目立たないようにしていればあまり変わりはない。ぶつかったりしたら土下座する勢いで謝られたり、触れてしまえば陶酔させることがあるけど。帰ったらユヴァシャズに相談しよう―居てくれるといいなと考えて、彼が悪魔だということをすっかり忘れてしまっている自分に気づいた。既に家族だとか近しい者として認識してしまっているのだ。まさか自分もお隣さんみたいに刷り込まれ始めているのかと思うと、少し恐ろしい。他のクラスメイトたちに対しては慈悲も可哀想だともすら感じないが、彼らもそうなのだろうか。自分の知らないうちに、まるで最初からそうだったかのように固定概念を植え付けられ、知らないうちに誰かの思惑通りになっているだなんて。まるで虫にでも寄生されているかのようで、何とも救いが無い。今までの待遇を考えると同情もできないはずなのに、自分がその立場だと想像するといてもたってもいられなくなる。


「ねえ、知ってる…」


 せめてもの救いみたく、赦された彼らの時間の中で為される彼らの自由。その一つであろう、ありがちな噂話に聞き耳を立ててしまう。私の帰路の途中にある、廃工場の都市伝説。前にも聞いた。肝試ししにいった学生だとか、悪いことをしにいった不良だとかが帰ってこない、らしい。そんなの自業自得だ。なんでそんな危険な場所に出向くのだろう。廃工場だというのだから、錆びた天井が落ちたり、階段の柵が外れて踏み外したりだとか、劣化した床が割れて鉄骨が落ちたり、ボルトの雨に見舞われたりと…そういう危険な事故なんて、十分予想される。予想されるのだから、それがたとえ誰かの意図的なものだとしても事故とみなされて、真実はわからなくなってしまうことだってあるかもしれない。それも考えずに、己の欲求や興味のためだけに命を捨てていくのは、やはり学生、やはり青春の愚かさというものなんだろう。今ではその噂も、大分足やら尻尾やらが付けられて、滅茶苦茶な派生すら生まれていた。今までの犠牲者の怨念が宿っているからだとか、昔そこは墓場だったからだとか。あの廃工場は倒産した企業が、リストラで自殺が相次いでその霊が、あそこで黒魔術の儀式を行って悪魔を呼び出した奴がいる、いじめられた女の子の霊、凶暴な浮浪者、隠れ住んでいる超能力者、ポルターガイスト、etc.どれも、子供が面白がって作る怪談話や、オカルティックなものを好む人たちによる扇動みたいなものだ。本当のことなんか誰も知らないのに、よくもそんなに思いつくなあ、と思う。








「実際は、女子高生が勉強目的で…というのが正解」


 もう動かなくなった女の子の遺体を見下ろす。それにしてもこの子はどこかでみたことがある気がする。最近だったかな、と思いじいっと眺めてみた。可愛い顔をしていたから、なるべく顔には傷がつかないように殺してあげた。殺す直前、なんでこういうことするのと、泣いていた気がする。彼が私にかけた魔法は学校でのみ発動するのだろう。ごめんねと言っても聞いてくれなかったから。

 思い出した。この子は今朝、私に一番におはようと言ってきた女の子だ。学校では信仰同然みたいな態度だったのに、出れば態度が変わるというのは少々悲しいものがある。元から、便乗してそのまま仲良くする気は無かったけれど。友達になるならそれなりに段階を踏んだ方がいい気がする。ただ今日は、なかなか面白い1日だった。正気のかけらも感じられない様子なのは怖いけど、隔絶された寂しい環境よりは何倍もマシだ。これがもっとナチュラルな感じなら、学校が楽しくてたまらなくなるのだろうか。


 目を開いたまま死んでいる遺体に、ゴム手袋越しに触れ、そっと眠らせてあげる。安らかな死に顔には見えた。落下させた鉄板は、彼女の左肩から胸の真ん中を通り、そのまま腹部の右側へと突き出て、真っ二つにしたのだ。一瞬だった。配置さえしっかり覚えておけば、事故と見せかけてこうやって殺すのは容易い。彼女は死の直前まで足掻いてくれた。死にたくないと泣いてくれた。その強い生への執念は、とても綺麗で、とても生き生きとしていて、私には…無いものだ。無くしてしまった、というのが正しいだろう。すぐ諦めてしまうから、足掻き方がわからない。だから生をいまいち実感できない。なんで生きているんだろう、なんの取り柄もないのに、生きていて何になるんだろうという疑問しかない自分にとって、人の生とは死の直前になり始めて見えるものだと分かったのだ。私が生きるのを諦めないためには、一生懸命に生きる必要がある。あるのだけれど、その一生懸命とは何か。それがわからないから、こうして何度も手にかけてしまう。快楽のためではない。自分を誇張するためでもない。人として、敬意をもって、人の在り方を教えてもらうために私はこうして命を奪うのだ。ティーンエイジャーのくだらない、娯楽的で低俗な、自己顕示欲を満たすことを目的とした快楽殺人ではない。これは、探求。学問と同等なものだ。私が生きるための。生きていればいい、生きているだけで幸せなのだと言ったあの時の両親の言葉を理解するための。忘れてしまった、生への執着を取り戻すための。

今まで手にかけてきた人たちも、今日私のために命を落としてしまったこの女の子も、良いものをたくさん見せてくれた。学ばせてくれた。それに対するせめてもののお礼として、私は今日も命が静まり返ったこの場所で、綺麗な夕暮れの下で一人。


「ありがとう」


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