08 転校生 ~濡葉弥美3
昼休み。
百合園花音は電動ドリルをベルトにしまうと、扉を思い切り蹴り飛ばした。
金属片が宙を舞う中、屋上から吹き込む初夏の風。
「じゃ、みんな出ようか」
「おい花音、さすがにまずくないか?」
「大丈夫よ。放課後、直しとくから」
昼休み、花音の提案で野次馬対策に屋上ランチをすることになった。
目立たぬようにという理由なのに、この女、何故いきなり鍵をぶち抜いているのか。
「流石に学校の合鍵までは持っていないんだな」
「公共の施設は入札とか色々あるからね。この学校の改修の時にはちょっとしくって」
何をしくったのかは聞かぬが花だ。花音は慣れた様子でレジャーシートを敷く。
「みんな適当に座ってよ。濡葉さんもどうぞ」
「なあ、俺まだ飯を買ってないんだけど」
「弁当、あんたの分もあるから」
持たされたランチジャーがやたらデカいのはそのせいか。
花音はジャーを受け取ると、中の容器を広げだす。
唐揚げ、ソーセージ、じゃがバタに棒棒鶏サラダ。ゴマ塩を振りかけた大盛ご飯。仕上げは湯気の上る味噌汁だ。
ボリューム感に圧倒されながら、俺は差し出された箸と皿を受け取った。
「で、なんで今日は俺の分もあるんだ?」
「作り過ぎたのよ! なんか文句ある?」
何で切れてるんだこいつ。あ、唐揚げ美味い。
「なあ花音。俺の分はないのか?」
「朔太郎は生米でも食べてなさい」
濡葉弥美は少し戸惑ったように俺達の顔を見回した。
「あの、お二人は悠斗さんのお友達なんですか」
「ああ、ちゃんと自己紹介してなかったね。私は百合園花音。よろしくね。あとこいつは」
「俺は久我朔太郎。濡葉さん、遠慮なく朔太郎って呼んでくれ」
「百合園さんに久我さんですね。よろしくお願いします」
朔太郎のパスを華麗にスルーすると、
「私は濡葉弥美です。どうぞ、弥美と呼んでください」
天使の微笑みに思わず花音も顔を赤らめる。
「私も花音でいいよ。ごめんね、弥美ちゃん。強引に誘っちゃって」
「いえ、私も転校してきたばかりで不安だったのでうれしいです」
濡葉弥美は膝の上で弁当箱を開いた。
色鮮やかな弁当の中身に、思わず皆の目が集まる。
ひじきと青豆の炊き込みご飯、卵焼き、人参のキンピラ、鶏肉のゴボウ巻、いんげんの胡麻和えに小松菜の辛子和え、プチトマトを添えて。
「うわ、弥美ちゃん凄い。自分で作ったの?」
「今朝、緊張して早く起きちゃって。いつもよりおかずが多いかもしれません」
「でもすごいよ、プロみたい。料理、お母さんに習ったりしているの?」
何気ない花音の質問に濡葉弥美の表情が固まる。
「……いえ……お母さんは料理とかしないので……」
あれ。なんだこの反応。濡葉弥美の握る箸の先が微かに震えている。
この空気に気付いたか、花音はわざと明るい口調で話題を変える。
「私なんて簡単な物ばっかでさ。いっつも同じ物ばっかりになっちゃうんだよねー」
「……私もちょっとズルしてるんですよ。前の晩に仕込みだけしちゃうんです。それなら朝から火を通したり盛り付けるだけですから。花音さん、少し食べてみませんか」
こわばった表情をほぐす様に微笑むと、弁当箱を差し出す。
「ありがと。じゃあ、私もこれ」
――一瞬、ちょっと変な空気になったけど、なんか女子たちが和やかな感じだ。
ひょっとして、弥美さんは単に友達を作ろうと、勇気を出して俺に声をかけただけじゃなかろうか。
そこでなぜ俺なのかは知らないが。うん、きっとそうだ。
いくらなんでもこんな美少女が俺に一目惚れとかあるわけが。
「悠斗。卵焼き食べる?」
「うん、もらうよ」
ホッとして卵焼きに手を伸ばした俺に向かって、弥美は不思議そうに尋ねてきた。
「あの、悠斗さんと花音さんってお付き合いされてるんですか?」