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06 転校生 ~濡葉弥美1

 今朝の花音かのんは少しおかしくはなかっただろうか。

 なんかやたら踏み込んで来るというか。

 

 いやまあ、元々花音かのんはちょっと変わっている気がしないでもないけど。

 それともお守りを意識し過ぎて、そう見えただけなのか。


 教室でぼんやり物思いに耽る俺に朔太郎がウザさ5割増しで絡んでくる。


「おはようだ、兄弟」

「朝からなんだよ、暑っ苦しいな」

「つれないやつだな。こないだは同じGを拝んだ仲じゃないか。最高だったな、兄弟」


 うん、まあ否定はしない。


「やはり大人の女は良いな。俺の恋愛理論にも新たな展開がありそうだ」

「そういや、朔太郎。お前もお守りを売りつけられたのか?」

「お守り? 何の話だ」


 あれ、違うのか。適当にごまかす俺を深く追求するでもなく、朔太郎は怯えたように身を震わせた。


「ねえ、Gとか大人の女って何のこと?」


 殺気。いつの間にか背後に立つのは百合園花音ゆりぞのかのん


「えーと、その、なんだろうね」


 いやな汗が背中を伝う。視線で朔太郎に助けを求めたが、こいつ目を逸らしやがった。


「ちょっと朔太郎。悠斗に変なことを吹きこまないでよ。それと」


 花音かのんは背後から俺の両肩をガッチリ掴むと、耳元で囁いた。


「悠斗。放課後、じっくり聞かせてもらうからね」


 言い残して立ち去る花音かのん


「お、お前責任とれよな。放課後、俺を一人にするなよ」

「そんなことより。転校生が来るって話は聞いたか」


 朔太郎は話題を逸らそうとそんなことを言い出した。


「またそんな。一年生の5月なんて、こんな半端な時期に」

「本当だ。さっき日直が呼ばれて机と椅子を運び込んだんだぞ。完全に決まりだろう」


 言われてみれば確かに机が一組増えている。

 そんな話をしている内に担任の鴨下初音かもしたはつねがふらふらと教室に入ってきた。


 鴨下初音かもしたはつね

 若い女性教諭だが、猫背な上に顔がいつも髪で隠れているので、正直どんな顔をしているのか誰も知らない。


 「実は美人派」と「コメントしずらい地味顔派」でクラスは真っ二つに割れている。

 ちなみに俺は新興勢力の「美人という程ではないが見慣れると癖になる顔派」だ。


 転校生の噂はクラス中に広まっているらしい。

 いつもはなかなか静かにならない教室が一気に静まり返る。


「えー、皆さん。あの、なんというか。今日は、このクラスにですね」


 珍しくクラスの注目を集めて緊張したのか、初音先生はしばらく言葉に詰まってから、


「あ、皆さんおはようございます」


 深々と頭を下げた。つられて挨拶する俺達。

 頑張れ、先生。


「それでですね、転校生が来たのです。えーと、それでは拍手でお迎えください」


 なんでだよ。戸惑いの声と半々のまばらな拍手に迎えられ、転校生が入ってくる。


 教室の微妙な空気も、現れた女生徒の姿に一気に吹き飛んだ。


「それでは自己紹介をしてください」

「はい。濡葉弥美ぬればやみです。小岩井東高から来ました」


 ゆるりと会釈をした転校生はしっとりと潤んだ瞳に長い髪。


 ――――見忘れる訳がない。


 この間、占いの館ですれ違った美少女だ。


 改めて彼女を見る。

 どう贔屓目に見てもかなりの美少女だ。ざわめきが波のようにクラスを覆う。


 興奮したのか、隣の席の朔太郎が机に油性マジックで謎の式を書き始めた。

 お前、せめて水性にしておけ。


 とはいえ、俺も半ばモニターの向こう側でも見ている気分でボヤっと少女を眺めていた。


「えー、濡葉さんはお父さんの仕事の都合とかその辺の理由で引っ越して来ました。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」


 初音先生は黒板に彼女の名前を書こうとして、サンズイを書いたところで腕が止まった。

 いやもう先生、ちょっとポンコツ過ぎやしませんか。


 それに気付いた濡葉弥美ぬればやみはチョークを手にしてサラサラと続きを書いた。


「ごめんなさい、先生。私の苗字珍しいかも知れませんね。あらためて、クラスの皆さんよろしくお願いします」


 パチパチパチ。何故か拍手を始める朔太郎。

 拍手は次第に周りの席に伝わっていき、最後はクラスメート全員の拍手が彼女を覆う。


「えーと、それでは濡葉さん。どこでも好きな席に座ってください」

「え? いいんですか?」


 いやいや聞いたことないぞ、そんなシステム。しっかりしてよ、マイティーチャー。


 濡葉弥美ぬればやみは拍手に包まれながら後ろの空いている席に向かっていたが、何故か俺の前で突然立ち止まった。


 え、まさか俺の席が狙いなのか。


 聞き慣れないルールに翻弄される俺に向かって、濡葉弥美ぬればやみはにこりと微笑む。

 俺の心臓がびくりと一瞬止まったのは、錯覚なのか現実か。


 改めて近くで見る彼女はまるで細部に渡って作りこまれた芸術品。8Kに耐えうる画質とはこのことだ。


「あの、その席ですが、お譲りいただいていいでしょうか」

「あ、あの」

「もちろん! 喜んで!」


 言いかけた俺の言葉をかき消して元気よく立ち上がったのは朔太郎だ。

 言葉は俺ではなく、隣の朔太郎に向けて発せられたらしい。


 朔太郎は教室の後ろの空席と自分の机を入れ替えると、執事のように椅子を引いた。


「さあ、お座りなさい」

「すいません、無理を言ってしまって」


 そうか。彼女は隣の席になるのか。

 高鳴る胸の鼓動を感じつつ、そっと視線を向けると偶然なのか彼女と目が合う。


「初めまして。濡葉弥美ぬればやみです。これからよろしくお願いしますね」

「俺は笹川悠斗。こちらこそよろしく」


 当然、初めましてだ。

 俺が一方的に見ていただけで、彼女が俺のことを認識していたとは思えない。


 だが、その次に彼女が発した言葉に、今日一番のどよめきが教室を包んだ。


「悠斗さん。お昼ご飯、ご一緒させてもらっていいですか?」

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