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53 俺と君



 ついに訪れた土曜日。



 相変わらず弥美とは連絡が取れない。



 ――待ち合わせ場所で、俺は帽子を深く被り直した。


 朔太郎も羽衣先輩も配置についている。

 俺は漫画雑誌を開き、待ち合わせでもしている風で羽衣先輩を見張っている。



 今日の作戦はこうだ。


 まずは藍撫葉世里。

 彼女はここにはいない。弥美の家を見張り、出てきたところを捕まえて何とか説得する作戦だ。


 葉世里が弥美を説得。


 葉世里が説得。


 ……俺は止めたんだ。

 必死で止めたんだけど、みんな言うこと聞いてくれない。



 次は朔ちゃんこと久我朔太郎。

 俺から少し離れた場所で、奴も羽衣先輩の見張りだ。


 最近買ったマウンテンバイクで、いざという時の機動力を確保する。



 そして作戦の要、羽衣先輩。


 緊張の面持ちで迎えを待っている。


 黒いワンピース姿は、すらりと高い背丈と綺麗な顔と合わさりかなり目立っている。

 それにしても羽衣先輩美人だなあ。


 ぼんやり見惚れていると、スマホが震えだした。


 葉世里からだ。


「もしもし?」

『濡葉弥美、家から出てきた』


「よし、捕まえたか?」

『家の前からタクシーに乗ってどっか行った』


 そうきたか。

 第一陣、陥落だ。


 スマホで二人に報告しようとした矢先、一台のミニバンが羽衣先輩にゆっくり近付いていくのが見える。



 黒光りした車体と窓に貼られた鏡面フィルム。


 ミニバンの陰に入って羽衣先輩の姿が見えなくなる。



 ……あれ、これ大丈夫かな。



 俺は思わず立ち上がる。


 間もなくミニバンは再発進した。



 ――そこに居た羽衣先輩の姿を消して。



「羽衣先輩っ?!」


 車に乗ったの?! どういうこと?!


 考えている暇はない。

 俺は朔太郎に駆け寄る。


「追いかけろ! 早く!」

「お、おう!」


 自転車をこぎだす朔太郎。


 ……遅い。走って追い抜いたぞ。


「おまっ! もっと早くこげよ!」

「俺、このタイプの自転車は苦手でな」


 そんな話は早く言え。


 ミニバンは交差点を曲がり、姿を消そうとしている。


「貸せっ!」


 朔太郎から自転車を奪うと俺は猛然とこぎだした。



             ◇


 

 曲がり角の先、車は信号で停まっている。


 俺は息を切らしながら全力でペダルを踏み続ける。


 ナンバーが読み取れるほどの距離まで来た頃、信号が青に変わる。

 あっという間に車は遠ざかるった。


 ……エンジン対人力、分が悪すぎる。

 車は再び角を曲がる。


 続いて角を曲がった俺は、更に遠ざかる車に向かってペダルを踏み込んだ。


 ……考えろ。車はどこに向かっている?


 この付近の地図は頭に叩き込んできた。


 車が国道に向かわないことから、目的地はこの界隈のはず。


 確かこの先は旧市街だ。

 ライブハウスやクラブが何件かあり、WINDSのイベントが良く行われている。


 ふと、ハンドルのスマホホルダーに目が留まる。

 GSPアプリを忘れてた。


 足を止めてスマホを取り付けるが、俺の手は早くも疲れで震えている。


 車は信号に捕まっていて、かろうじて視界の中だ。

 俺は再び自転車を漕ぎだした。たった数分の全力漕ぎで足の感覚が無くなりかけている。


 ……今まで読んだ漫画の中の主人公は皆、根性で車に追いついていたぞ。しかもママチャリで。


 信号が変わり、車は一瞬ウインカーを光らせて角を曲がる。


 スマホのGPSアプリが羽衣先輩の居場所を捉まえた。

 矢印の位置は、やはりさっきの黒いミニバンだ。


 車はまた角を曲がり、視界から消えた。


 距離はどんどん広がるが、居場所は掴んでいる。


 矢印の行先は読み通り旧市街の最深部方向。

 その先を右折して公園脇の道を通るか、その手前の交差点を直進して袋小路の方向に行くかだ。


 俺は思い切って、道順をショートカットして一気に距離を詰める策に出る。


 奴らが袋小路に行くのなら最悪そこで追いつけるし、公園脇の道に賭けて先回りすればワンチャンあるかもだ。


 俺はろくに前も見ずにペダルを回した。

 やがて矢印は公園前で右折する。


 ビンゴだ。


 このままなんとか追いつけるか。

 足ブレーキで曲がり角をクリアしつつ、俺は力任せにペダルを踏む。


 視界の端でスマホを確認する。

 信号も障害物も無いのか、矢印の速度は容赦なく増していく。まずい、このままでは追いつけない。


 焦りだした矢先、矢印が突然公園の横で停まった。



 何故こんなところで停車?



 公園でバーベキューとか、健全路線というオチじゃないだろな。


 俺は更に道順を変更し、最後の力を振り絞り一気に最後のワンブロックを走り切る。


 矢印はまだ動かない。


 ついに、追いついた。俺は路地から矢印の真横に飛び出した。




 そこに黒い車の姿は―――無かった。


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