52 羽衣さん頑張る3
……もう20分も経っている。
不安だ。先輩に何かあったのではないか。
俺は部室を出ては入ってを繰り返す。
「落ち着け。愛撫さんが迎えに行ってくれてるから大丈夫だ」
朔太郎、お前はそう言うが。
目隠ししないと人前に出れない先輩が、何の因果かイベサー幹部を色仕掛けだ。
ハムスターに猫カフェの常連になれと言ってるようなもんだぞ。
俺が我慢できずに外に出ようと立ち上がると、扉が開いた。
葉世里に肩を借りながら、フラフラの羽衣先輩がよろめきながら入ってくる。
「おーい、手を貸してくれー。先輩、電池切れかけだ」
「先輩、しっかりしてください!」
息も絶え絶えの羽衣先輩を二人で何とかソファに寝かせた。
「私、紅茶淹れるぞ」
「朔太郎、猫を連れて来い!」
「分かった!」
俺は何をしていいか分からないので、とりあえずハンカチを羽衣先輩の顔にかける。
「……が、頑張った。私、頑張った」
先輩、なんかうわ言のように呟いている。
「うん、頑張りましたね。偉いですよ、先輩。ほら猫です、猫」
朔太郎が連れてきた黒猫を羽衣先輩のお腹に乗せる。
猫を撫でているとようやく落ち着いてきたのか。
羽衣先輩は大儀そうに身体を起こし、青ざめた唇で葉世里の淹れた紅茶を啜る。
「私。もらった。イベント。紹介状」
言語能力の回復にはもう少しかかりそうだ。先輩は弱々しく一枚のカードを差し出した。
受け取ったカードは黒光りのするプラスチック製で、テレビで見たセレブの持つブラックカードを彷彿とさせる。
表には「GRADE - BLACK DIAMOMD」の文字。
裏返すと手書きの銀文字で地図と日時。
仕上げに阿久津先輩のサインが書いてある。
……何だこの胡散臭さ。
「幹部が特に参加を許した女性にだけ渡すんだって」
なんかちょっと自慢気な羽衣先輩。
猫の癒しでようやく元気が戻ってきたのか。頬にも色が戻ってきた。
「ありがとうございます、羽衣先輩。後は俺達に――」
「だけど。私、どんな服着てけばいいのか」
はい? 羽衣先輩、ちょっと待って。いやマジで。
「……先輩。本当に行かなくてもいいんです」
「え……そうなの? 楽しいゲームとかカラオケとかあるって」
なんだそのチョロさ。後輩として本気で心配だ。
「ゲームもカラオケも、今度みんなで行きましょう。いいですね?」
「え、みんなで? うん!」
「あれ、この場所って」
開催は今度の土曜日、時間は17:00。
俺はスマホで地図の場所を確認する。
隣町の駅裏の目立たない一角だ。
日時計やベンチがあるばかりで、とても店があるようには見えない。
スマホをのぞき込んだ羽衣先輩は、
「イベントって随分変わったところでするんだね」
と独りごちてから、「ああ」と合点がいったように頷いた。
「あれでしょ。バーベキューとかするんでしょ」
いくらパリピでも駅裏で勝手に火を焚いたりしないぞ。
それにしても先輩、独自の陽キャ妄想が先走りはしてまいか。
「いや先輩。これって待ち合わせ場所で、ここから移動するんじゃないですかね」
うーん、これはちょっと話が違ってきたぞ。
待ち合わせ場所に俺がいたところで、阿久津先輩は顔を出さないだろうし。
羽衣先輩は目隠しを器用にクルクルと巻き付けると、安心したように大きく息をついた。
「よし、それは任せるがいい。待ち合わせ場所に来た輩から、場所を聞き出せば良いのだろう?」
「え、でも危ないですよ」
「ふ、パラダ砦の包囲戦に比べれば容易いものだ。あの時はユートの魔炎紋の覚醒が無ければどうなっていたことか」
「えーと、そうですね。懐かしいですよね。それはそうと、危なそうなら絶対について行っちゃだめですよ。建物とか物陰には絶対入らないように」
「うむ、分かった」
「念のため、スマホに位置確認のGPSアプリを入れておきましょう。お互いに所在地が分かるように。ほら、朔太郎もスマホを出してくれ」
二人はスマホを取り出した。
なんか葉世里もスマホを取り出したのは気になるが。
「……葉世里お前、この件が終わったらアプリ、絶対に消せよ」
「任せとけ」
珍しく無表情を崩し、にやりと笑う葉世里。
ああもう任せたくない。なし崩しに葉世里と連絡先まで交換する羽目になったし。
俺は溜息をつきながら、みんなの顔を見回した。
……そう、ひとつ気になることがあるのだ。
「それとみんな。このことは花音には言わないでくれ。あいつ、無茶するから」