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47 花音、大事な話がある1


 

 胸やけだ。



 袋一杯のマシュマロを食べ終えた俺が旧校舎の渡り廊下をフラフラと歩いていると、見知らぬ女生徒に呼び止められる。


「ねえ君、1年の笹川君だよね」

「はい、そうですけど。なにか」


 その女生徒は華やかな顔に笑みを浮かべながら手慣れた風に俺の腕を取った。


 化粧と汗の混ざった独特の匂いが鼻をつく。


 ちょっと待って。俺、これ以上のごたごたは御免なんだけど。


「君さ、同じクラスの濡葉さんと仲いいんだよね」

「え? まあ、クラスメートではありますけど」


 知らぬ間に二人の男子生徒が俺の左右を囲むように立っている。

 軽く着崩した制服と脱色し過ぎた髪。



 ……一人は見覚えがある。


 弥美の転校初日、教室の前で俺に話しかけてきた3年生だ。

 その3年生が笑顔と裏腹の強引さで俺の肩に手を回してきた。


「俺達、学校や年齢を問わず幅広く友達を作る活動をしてるんだけどさ。是非、笹川君にサークルに入ってもらいたくて」

「えーと。俺の名前知ってるみたいですけど、あなた達どなたですか?」


「あれ、知らないのかな。俺、3年の阿久津。こいつが2年の指原で」

「ウチが2年の薬師。よろしくねー」


 なんだこいつら。

 

 懐っこい笑顔の裏、三人とも目は笑っていない。

 正直怖いぞ。


 離れようとすると阿久津先輩は腕に力を込めて顔を寄せてきた。

 僅かに感じる煙草臭。


「それでさ、濡葉さんも誘ってくれないかなあ。彼女、もう一押しなんだよ。お友達と一緒なら入りやすいでしょ?」


 なんだそれ。


 花音が言っていた弥美に付きまとう上級生って、どうやらこいつらだ。


「すいません、そういうのちょっと分からなくて。俺、急いでますんで」

「あれ、誤解させちゃった? 俺達、脅したりしてるわけじゃなくてさ。君、先輩が話してるのに失礼じゃないかな」


 肩を掴む力が増していく。


 これか、これが本当のグイグイか。

 さっきの俺のグイグイなんてちっともグイグイじゃなかった。


 こいつらちょっとヤバくないか。

 初音先生の『評判良くない人達』発言を思い出す。



「皆さん、何やってるんですか」



 緊張した空気をぬるりと切り裂いて現れたのは初音先生。


 俺の身体に腕を回して引き寄せると、ざらりと髪を揺らしながら三人を見回した。



「……あなた達。3―Aの阿久津琉銀明君、2-Cの薬師湯女さん、2-Bの指原騎亜君、ですよね」



 妙な迫力に三人は思わず鼻白む。



「うちのクラスの子に何の用ですか……?」

「やだなあ、先生。僕達、遊びに行く話をしていただけですよ。な、笹川君?」


「そうですね。俺、最近ちょっと忙しいので遠慮します。先生、今からさっき言ってた参考書、見せてもらいに行っていいですか」


 俺はさり気に先生と並んでその場を立ち去ろうとする。


「え? そんな話してましたっけ」


 先生、そこは合わせてよ。


「とにかく、行きましょう。先輩、それでは失礼します」


 先生の背中を押して無理矢理その場を離れる俺。

 三人が追ってこないのを確認して、ようやく胸を撫で下ろす。


「ひょっとして、さっきの人達が先生が言っていた――」


 先生は「しーっ」と言いながら人差し指を俺の唇に当てる。


「個人情報、ですから。当たっちゃうとやばいです」


 それ、正解言ってませんか。


「あの、ありがとうございました。助けてもらっちゃって」

「気にしないでください。私、あなたの先生ですから」


 髪の毛の間から、ニヤッと笑う口元が見える。カッコよかったですよ、マイティーチャー。


「くぁっ!」


 なんか柱にぶつかったけど。



          ◇



 一刻の猶予もならない。


 俺は教室に戻ると、真っすぐ花音の席に向かった。


 女友達と談笑していた花音は俺に気付くと気まずそうに目を逸らす。


「花音、少しいいか」

「ごめん、今ちょっと友達と」


「今から大事な話がある。屋上に来てくれ」

「え……」


 一瞬の間があり、ポーカーフェイスを気取っていた花音の顔が真っ赤に染まる。

 周りの女友達が手を取り合って黄色い悲鳴を上げた。



 ……あれ、これってなんか変な風に取られてやしないか。



「いやいや、そんなんじゃないし! それじゃ先行ってるな!」


 この空気、完全にやらかしたぞ。

 そそくさと逃げ出した俺をクラスの男子どもが取り囲む。


「笹川、お前やるじゃないか!」

「ついに決着の時だな。応援してるぞ!」 


 こいつら、弥美との仲を疑っていた時はあんなに殺気にあふれていたのにどういう訳だ。

 弥美と俺だと駄目で、花音ならいいのか。


「そういうんじゃなくてさ。ちょっと話があるだけだって」

「うん、分かる分かる。最初はそんな感じだよな」

「だよなー」


 何目線だ。

 俺を取り囲むお前らみんな彼女いないだろ。


 花音は花音で化粧ポーチを手にした女子連中に取り囲まれ、なんかワチャワチャにされている。


「そんなんじゃないって。もう、からかわないでよ」

「いいからいいから、私たちに任せて。もっと可愛くしてあげるから」

「笹川の奴、イチコロだって。屋上まで我慢できないかもよ」




 俺は発情期の猫かなんかか。



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