46 鴨下初音2
「濡葉さん、登校拒否みたいなことになってて―――」
「ええっ?! ――んぐっっ!」
思わず里芋を丸呑みして悶え苦しむ俺の背中を初音先生がゲシゲシ叩く。
「笹川君、大丈夫?!」
「だ、大丈夫です。何とか生きてます」
そんなことより。ちょっと連絡取れない内に弥美がそんなことに。
「弥美の件、詳しく話してもらえませんか」
「うぇ? でも生徒の個人情報だからあまり詳しくは」
「そこを何とか!」
俺は背中に当てられていた初音先生の手をぐいと掴んだ。
あからさまに動揺する初音先生。よし、ここはもう一押しだ。俺は先生ににじり寄る。
「あ、あの、その……ち、近いです、笹川君」
「友達の力になりたいんです。先生、お願いします!」
「そ、それがね。濡葉さん、前の学校でも色々あって転校してきたから心配で。笹川君や百合園さんが仲良くしてくれて嬉しいんだけど」
「うんうん、それでそれで」
「それで、えっと。最近、繁華街で彼女を見かけたって噂があって。一緒にいた人達があんまり評判良くないというか、男女関係に奔放というか」
え、ちょっと待って。どんどん聞き捨てならない方向に。
「それで、一緒にいた人達って誰ですか!?」
俺はソファの隅に初音先生を追い詰めた。
顔を覆う髪の向こう側、怯える瞳が僅かに見える。
なんか罪悪感で胸が痛いが、これも弥美のためだ。
うん、決して先生の怯える様がなんかちょっと可愛いからではない。
「いえ、それ以上はその、個人情報ですので。……続きは五所川原さん、お願いします」
へ? 羽衣先輩?
見れば仁王立ちの羽衣先輩が俺を見下ろしている。
「……ユート、何をしている」
「え、いや。ちょっと先生に教えて欲しいことがあって」
「ほう。先生を押し倒して何を教えてもらおうというのだ……?」
「だから、その」
「正直見境の無い男だと思っていたが、先生にまで」
いやいや違いますって。先生、何とか言ってください。
「違うの、五所川原さん。そんなんじゃないから」
ようやく先生が間に入る。
……ブラウスのボタンを留め直しながら。
ああ、互い違いに留めちゃったんですね。
いやでも、このタイミングで直すこと無いと思うんです。
「不用意に二人切りになった先生も悪かったの。あんまり笹川君を責めないで」
ちょっと待ってマイティーチャー。
言い方。ねえ、その言い方、非常に良くない。
ポン。
俺の頭に何か柔らかいものが当たって床に落ちる。
羽衣先輩の後ろから、ひょっこり顔を出したのは藻瑚ちゃんだ。
藻瑚ちゃん、おやつのマシュマロ投げないで。
「お姉ちゃん、さっさとこいつクビにしちゃってよ」
もかもかとマシュマロを頬張りながら、藻瑚ちゃんは軽蔑の眼差しで俺を睨む。
学校どうした。
この雰囲気をやわらげようと思ったのか。
先生が手をパンパンと打ち鳴らした。
「みんな怖い顔しないで。一緒にご飯を食べましょう。さあ、全員座って座って」
先生、なんか面倒なことを言い出したぞ。
俺達は強引に座らせられる。
仕方ない。さっさと昼飯を食って、この場を離れよう。俺は目の前のマシュマロに手を伸ばす。
……あれ。俺の弁当どこ行った。
「この煮物、結構いけるじゃない。ねえ、焼売一個しか入ってないの?」
藻瑚ちゃん、なんで俺の弁当食ってんだ。
「ほら、あんまりがっつかない。ちゃんとお弁当持ってゆっくり食べなさい」
「笹川君、お菓子ばっかり食べてると身体に悪いよ。先生のおかず、分けてあげようか?」
なんかナチュラルに弁当が奪われた気が。
「藻瑚ちゃん。その弁当俺のなんだけど」
「話しかけないで、このケダモノ」
取り付く島もない藻瑚ちゃん。
助けを求めるように先輩を見たが、俺の方を見ようともしない。
「ご飯って、みんなで食べると美味しいんですね。私、誰かとご飯なんて何年ぶりかな」
先生、悲しいことを言わないでください。
……ああもう、分かりましたよ。食いますよ。
俺はマシュマロを口一杯に頬張った。