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41 百合園花音は手を伸ばした 2


 

「――覚えてる? 最後に一緒にお風呂に入った時のこと」

「え? 一緒に?」


 一緒にお風呂に入ってたのなんて精々幼稚園の頃までじゃなかったか。


 ん、でもそういえば。 


「7才の時。桃子姐さんに突然電話で呼び出されてさ」


 ……その頃の記憶は今となっては曖昧だ。


 俺の両親が交通事故で亡くなって桃子さんと住み始めた直後。



 桃子さんもまだ大学生になったばかりで、泣き止まない俺をどうしていいのか分からなかったんだと思う。

 そこで泣きついたのが、当時7才の花音だったという訳だ。


「あの日、花音は俺の傍にずっといてくれたよな。一緒に夕飯食べて、風呂入って」

「夜、また悠斗が泣いちゃったからさ。一緒に寝てあげたんだよ」


 覚えてる。俺が寝付くまで、ちっちゃな手で俺をポンポン叩いてくれた。


「懐かしいな。どうしたんだよ、急にそんな話」

「ちょっと昔話がしたくなったの」



 キュ。水栓を閉める音。浴室の影がゆらりと動く。



「じゃあ俺、外出てるから」

「タオル取って」


 浴室の扉の隙間から、花音の手が伸びてくる。


 摺りガラス越しの花音のシルエットは思ったよりも鮮明に肌色を映している。


「は、はい、これっ!」

「ありがと」


 肌色のシルエットをタオルの白が覆っていく。


 なんだろう、今日の花音の俺との距離感は。

 テンパってるのは俺だけで、花音にとっては7才の子供と変わらないのだろうか。


 俺は脱衣所から出ると、台所で水を飲む。


 ダイニングテーブルの上に置いておいたスペアキーは無くなっている。

 葉世里の奴、ようやく帰ったか。


 ……あいつ、放っておくとここに住みかねないからな。


 テーブルの上、スマホの画面が光り始めた。誰かから電話がかかってきている。


 弥美か羽衣先輩か。俺はスマホに手を伸ばす。



「出ないで」



 花音の声。随分と早く出てきたな。


「着替え、あれで大丈夫だったか?」



 パチン。



 部屋の電気が消える。


 身体にタオルを巻いた花音が薄闇の中、立っている。



「ちょっ、花音! 服なら脱衣所に」



「……そうね」



 鳴り続ける着信音。



 水を飲んだばかりの喉がからからに渇いている。



 無理につばを飲み込むと、俺は鳴り続けるスマホの電源を切った。


 花音の肩が、小刻みに震えている。



「冷えるだろ。俺の部屋、来るか?」


「……うん」



 俺は花音に手を差し出す。


 花音はビクリと一度身体を震わせてから、目を伏せ、差し出した俺の手を取ろうとする。



 くちん。



 ――え。この音って。


 固まる二人。



 ガチャリ。桃子さんの部屋から出てきた葉世里は漫画本をパラパラめくりながら、


「悠斗、これの9巻って持ってるか?」


「お前、まだいたのかよ!」


 しかもこいつ、なんでまた俺のワイシャツ着てるんだ。


「いるならなんで声かけないんだよ!」

「なんかエロイ雰囲気だったから。気を使って声をかけなかったぞ」


 ストン。ドヤ顔のまま、落ちてくるトランクス。


「やっぱこれ、大きいな」

「そしてなんでまた俺の下着を履いてんだよ!」

「一度脱いだ下着、もう一度履くのは苦手だ」


 恐る恐る花音を見ると、バスタオルの上から腰に工具ベルトを巻いているところだ。

 なんだそのマニアックスタイル。



「……埋めるか」



 え。花音さん、何をですか?  


「悠斗は何もしなくていいから。全部私が」


 モンキーレンチを抜き取ると、具合を試すように手の平にぱちんと打ち下ろす。


「よし」


「よしじゃないって! 待って待って待って! 花音、お前何する気だ!」

「止めないで。こんなとこ見られてこのまま帰す訳には」


 トランクスを履き直しながら、葉世里はぼんやりと花音を見やる。 


「そうか、あんた百合園花音だっけ。こないだも言ったが、私は理解ある方だ。多少のおイタは目をつぶろう」

「よし、埋める。絶対埋める」


 葉世里に詰め寄ろうとする花音を羽交い絞めにする。


「悠斗、放してよ!」

「待てって、花音! いいから葉世里、お前帰ってくれ!」


「でもまだ洗濯機が回ってるから」

「へ? 回ってたのって、お前の洗濯物?」

「今日体育があったから体操服も一緒に洗おうかと」


 自宅か。なんだその普段使いぶりは。


「ただいまー!」


 玄関から響く桃子さんの声。ああ、これ以上の要素を投入するのは止めてくれ。


「悠斗! S席! 無気力ハンドルの千秋楽S席ゲットしたぞ!」


 口調で分かる浮かれ具合。


「駅前の満喫、中継局から近くて回線が速いって聞いてたけどホントにとれるとは――ん、なんで灯り消してんだ?」


 灯りに照らされたリビングの様子を見た桃子さん。顔の上で笑顔が固まった。


「えーと、あれ。修羅場ってるっぽい?」


 誰のせいだ。


 いやしかし、正直桃子さんの手でも借りたい。


「桃子さん! 手伝って!」

「悠斗、異性関係の不始末は自分で解決しないと。私も若い頃、カプの解釈違いで血で血を洗う争いを」


 いやそれ異性関係じゃないし。


「色々言いたいことはあるけど! あるけど! とにかく葉世里にちゃんとした服を着せて、帰ってもらってくれ!」

「あら、葉世里ちゃん。ずいぶん可愛い恰好ね」


「桃子叔母さん、これの9巻ってどこ?」

「それなら私の仕事机かな。おいで、服も貸してあげる」


 桃子さんは葉世里を自分の部屋に連れて行きながら、振り向きざま俺にウィンクをしてみせる。


「悠斗、今日は貸しにしとくからね」


 葉世里のことは頼んだぞ。だがしかし。



「言いたいことあるからな! ほんと色々あるからな! マジだぞ、マジで!」



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