36 お守りの正体2
……なるほど。オカルト的にはそういう解釈になるのか。
俺は返されたお守りをもう一度眺めてみる。うん、なんというか最初から先輩に相談すればよかった。
「先輩、他にも何か?」
羽衣先輩は難しい顔でお守りを見つめていたが、なにかを思い出したのか。マントを揺らしながら立ち上がる。
「ユート、ちょっと記事を探すのを手伝ってくれ」
「記事ですか。どんなのです?」
羽衣先輩は本棚からオカルト雑誌を取り出すと、俺に手渡す。
「ムーの90年代だ。確か夏の都市伝説が云々とかいうタイトルだったはずなので、年代順に6から8月号を確認してくれ」
先輩の勢いに押され、言われるがままにページをめくる。
探し出してしばらくたった頃、一つの目次に目が留まる。1997年6月号。夏の都市伝説特集だ。
「先輩、これのことでしょうか」
「ああ、これだ。読んでみろ」
――シルクロードを通じてもたらされた、女性の心が分かる不思議なタリスマン『ラーの目』の記事。
内容はさっき羽衣先輩に教えてもらったものと同じようなものだ。都市伝説というか普通にオカルトグッズの紹介だ。
「都市伝説というには随分マイルドですね」
「記事の後半、ここが肝心の都市伝説だ」
俺は記事を読み進める。
――ある男が路地裏の占い師から買ったタリスマン。それは実は逆紋様の『ウジャトの目』だった。
そして男は最後、恋人の手により悲劇的な最期を遂げる。男の死後、お守りはどこに消えたのか誰も知らない……
記事の最後には一枚のポラロイド写真。写りの悪いその写真を見る限り、俺のお守りと瓜二つだ。
「どこに行ったか誰も知らないけど、写真はあるんですね」
「そこはそういうものだから」
断言する羽衣先輩。
「それでだ。その号の広告からウジャトの目の通販も始まっている」
「いやもう、完全に仕込みじゃないですか」
なんなんだ。これ、当時のオカルトグッズか。
力が抜ける俺を尻目、羽衣先輩は広告を凝視する。
「悠斗のお守りは手の込んだ手縫い刺繍だ。とてもこの値段で買えるとは思えない。本来なら一桁違う」
「じゃあ、これは一体なんなんですか?」
羽衣先輩は顔を上げると、ためらいながらお守りに手を伸ばす。
「悠斗が持つそのお守りが、記事に書かれている”オリジナル”という可能性だ」
「だってこの本、何十年も前の物ですよ」
俺が生まれる前の都市伝説、その現物がここにあるというのか。
「上質な刺繍は2,30年くらい問題無い」
俺の持つお守りを指先で撫でると、羽衣先輩は雑誌に視線を戻す。
「記事にはこうもある。この呪いのお守りを手放すには”誰かに譲る”しかない。捨てても燃やしても逃げられないと」
俺の心臓が大きく跳ねる。プリンセス綾乃、まるで同じことを言っていた。
いやしかし。本当にそんなことが。
「どこで入手したかは知らないが、手元に置くのはお勧めしないな」
ここまで来たら、入手の経緯も話すべきか。
「あの、先輩。実はこのお守りなんですけど――」
「なるほど。その名の通り、ちゃんとオカルト研究をしてるのか」
「え?」
いつからいたのか。俺の隣で藍撫葉世里がお菓子をぽりぽり食べている。
ていうか、なんでここにいるんだ。
「……ユート、誰?」
「え、いや、ただの知り合いというか。なぜここに居るのか俺にも全然」
「ほう、知り合いか。ユート、お前の周りには随分沢山の女性がいるのだな」
なんか棘のある口調だ。先輩はちょっと気分を害したように紅茶のカップを手に取った。
「笹川悠斗。お前がここに居ると聞いたから来たのだ。食うか?」
「ありがと。葉世里、なんか用事でもあるのか」
「用事は特にないけど」
ぽりぽりぽり。これ、お菓子じゃなくて節分の時に撒く大豆だ。確かに余るよな、あれ。
呑気に豆を食ってる俺を尻目、葉世里がとんでもないことを言い出した。
「――なくたって、嫁が一緒に居るのは普通のことだ」