34 五所川原藻湖2
俺は妹の藻湖ちゃんに歩み寄る。
「こんにちわ、俺は後輩の笹川。お姉さんにはいつもお世話に」
「気やすく話しかけないで」
藻瑚ちゃんは俺をキッと睨みつける。
あれ、なんで初対面でこんなに嫌われてんだ。
「ちょっと、藻瑚」
「だってお姉ちゃん、うちでもこいつの話ばっかりじゃん。最近、急になんか落ち込んで心配してたんだよ」
「えっ! ちょ、ちょっと藻瑚!」
目に見えて慌てる羽衣先輩。
え、そんなに俺って先輩に迷惑をかけていたのか。
「先輩、俺のせいで落ち込んでたの?」
「そ、そんなことない! ユートが来てくれて――」
「分かってるんだから。こいつがお姉ちゃんをモテアソンデ捨てたんでしょ!」
っ?!
なんだその誤解。
「藻瑚、あなたちょっと黙ってて!」
「モゴモゴッ!」
藻瑚ちゃんの口を塞ぐ羽衣先輩。
「ユート、この子の言うことは気にしないで! 昔からお姉ちゃんっ子で」
「あの、それよりそろそろ手をどけてあげた方が」
なんか藻瑚ちゃんの顔が赤くなってきてるし。
息、出来てるんだろうな。
「大丈夫。この子、頑丈で風邪とかひいたことないし」
藻瑚ちゃん、足をバタバタさせ始めたぞ。
「本当にね、ユートが来てくれて嬉しかったんだよ」
「そうなんですか?」
「先輩たちみんな卒業しちゃって、見学者も誰も来なくて。私の代で無くなっちゃうんじゃないかって凄く不安だったから」
羽衣先輩は恥ずかしそうに俯きながら、
「私の淹れたお茶、美味しいって言ってくれたし」
そうなのか。先輩の役に立てたなら嬉しいけど。
照れ隠しに頬をぽりぽり掻いてみる。
やたらかみついてきた妹さんも、今の話を聞いてくれれば分かって――
あれ、藻瑚ちゃんのこと忘れてた。顔色がなんか青黒いぞ。
「先輩! 手、手!」
「あ!」
「ぷはぁっ!」
ようやく解き放たれた藻瑚ちゃんは涙目で俺を睨みつける。
「笹川ユート、あんた私を殺す気!?」
なんで俺。なんという理不尽。
「お姉ちゃん! こんな男と二人切りなんて絶対ダメ! イカガワシイことをされるに決まってる!」
「ユートは紳士だから、そ、そんないかがわしいことなんて。ねえ、ユート?」
何故かもじもじと頬を赤らめる羽衣先輩。いや、そんな風にふられても。
「ちょっとあんた! お姉ちゃんになにしたのよ!」
「いやいや、何もしていないって!」
うん、してはいない。しそうになったけど、まだ何もしてないぞ。
「藻瑚、安心して。ちゃんと女子部員も入ったから。しかも二人も」
「ほんと?」
疑わし気に俺達の顔を眺める藻瑚ちゃん。
「――ええ、ホントですよ」
唐突に割り込む弥美の声。
「うわ、弥美いたのか」
「ええ、ずっと」
軽く答えると、弥美は藻瑚ちゃんの前に歩み出る。
「こんにちわ。私、新入部員の濡葉弥美っていいます。お姉さんにはいつもお世話になってます」
藻瑚ちゃんはポカンと弥美の顔に見惚れている。
弥美が手を伸ばそうとすると、先輩は庇うように藻瑚ちゃんを抱きしめた。
僅かに苦笑しながら手を引く弥美。
「嬉しいです。先輩に入部を認めて頂けたみたいで。それに」
弥美に見詰められ、思わず顔を赤らめる藻瑚ちゃん。
「藻瑚ちゃんともいい友達になれそうだし」
この展開に羽衣先輩は助けを求めるように視線を送ってきたが、すいません俺もどうにならないです。
ごめん、と手を合わせる。
そんな俺の様子を見て、羽衣先輩は声を出さずに口をパクパクして見せた。読唇術を使うまでもなく分かる六文字。
『ゆ・う・と・の・ば・か』