30 新生超常現象研修会始動(仮)
汚れてもいい恰好で。
休日に花音からそう言われたときは何があるのか決まっている。
「おーい、遅いぞ悠斗」
足場の上から手を振るのは花音。インパクトドライバーを片手に何やら作業中。
刷毛を手に木の板に塗料を塗っているのはジャージ姿の弥美だ。
「あ、悠斗さん。お待ちしていました」
「悪い。当番の家事が終わらなくて」
言いながら、俺はその光景に目を見張った。
超常現象研究会の部室でもある裏庭の小屋だが、南側の壁が大きくぶち抜かれて真新しい大きな掃き出し窓がはめ込まれている。
その外にデッキと屋根を作るようで、骨組みが半ば出来上がっていた。
一体いつの間にこんなことに。
「久しぶりだな悠斗君。元気してたか」
「ご無沙汰してます、留蔵さん。腰の調子はどうですか?」
作業の手を休めて声をかけてきた、ゴツイ白髪の男性は留蔵さん。
花音の祖父の代からの従業員で、昔に仕事中の事故で怪我をして以来、職人の指導と花音の世話役をしている。
両親が仕事で不在気味の花音にとっては、もう一人の親みたいなものだ。
「悠斗、お前遅いぞ……」
息も絶え絶えに地面に転がっているのは朔太郎だ。
悪い、学生との兼業主夫も結構大変なんだぜ。
足場からスルスルと降りてきた花音は朔太郎にお茶のペットボトルを手渡した。
「じゃあみんな、一服入れてお茶でも飲もうか」
俺は何もしていないがいきなり休憩だ。
「どう? 凄いでしょ。図面も私が引いたんだよ」
「ああ。凄いな、これ」
しかし、一つ気になることがある。
「部室の改装なんて、良く羽衣先輩が許可してくれたな」
入部の許可さえまだなのに。
「え」
缶コーヒーを持つ花音の手がぴたりと止まる。
ん。あれ、ひょっとして。
「あー、これって先輩の許可が必要な感じの」
マジか。無許可か。
「いやいや、新入部員(仮入部)が勝手に部室の改装するのはまずくないか」
「ねえ悠斗、先輩の連絡先知らない? 上手いこと言質とって、それから施工したってことに」
うん、考え方の根っこが黒い。百合園建設の次期社長、いいのかそれで。
「あーっ、しまった! 工事開始前の現場写真に今日の日付と時間を入れちゃった!」
「あら、そのくらいフォトショで簡単に修正できますよ。得意ですから任せてください」
弥美はこともなげに言う。お前もか。
しかし、これはまずいぞ。
羽衣先輩、扉をぶち抜かれた日ですら保健室でうなされたのに、こんな光景を見たら寝込むことは必須だ。
朔太郎が悩む俺をつつく。
「なんだよ朔太郎。俺、ちょっと忙しいんだ」
「お前の言う羽衣先輩とはあの人のことか?」
そこには呆然と立ち尽くす羽衣先輩。なぜここに。
「顧問の先生がなんかやってるよって教えてくれて」
「あーっ、先輩待ってました! 凄いでしょ、図面見てください!」
花音は明るく押し切る作戦に出たらしい。図面を手にグイグイと先輩ににじり寄る。
「ほらほら、中からデッキに出られるんですよ。これがイメージ図で、こっちが立面図です。いいでしょー」
「でも、壁が……」
「ああ、それは」
ふと、花音は声を落とし、目を細める。
「……最近、部室でいかがわしい行為に至る男女がいるらしくて」
ビクッ。怯えて身をよじる羽衣先輩。
「あ、あの、それは……」
「風紀上、外から見えるように大きな窓がないと。それとも先輩。何か不都合でも」
「いえ、その、あの……」
やばいぞ、羽衣先輩が生まれたての小鹿のように震えだした。
俺はすかさず間に割って入る。
「ほら先輩。このデッキとか、猫が集まりますよ」
「猫……ちゃん……?」
目隠し越しにも分かる虚ろな瞳に、小さな光がともる。
「デッキに屋根ついてるから、雨の日なんて猫まみれですよ。良かったですね」
「猫まみれ……」
青ざめた頬に色が差し始めた。よし、もう一息だ。
「部員も揃ったし。廃部の危機もこれで免れますよ」
「部員――」
羽衣先輩は皆の顔を見渡す。最後に俺を穴が開くほどじっと見つめてから、俺にだけ聞こえるように呟いた。
「ユートの馬鹿」
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