29 黒猫視点 ~あの後のやっかいさん
「うん。そう、扉壊しちゃってさ。木製の造作品だから修理できると思う。今日はとりあえず陽が沈む前に塞げれば」
部室での騒動後。
百合園花音はスマホで通話をしながら、部室の壁をコツコツ叩いて回っていた。
笹川悠斗は気分が悪くなった羽衣を保健室に連れて行ったので、部室には花音と弥美の二人だけが残された。
弥美は退屈そうに本棚の本を見るでもなく眺めている。
「南側の壁なんだけど。元々柱も入ってないし壁だけで支えてるから、補強入れてぶち抜けないかな。今回は私が図面引いていい? うん、うん、ありがと留蔵。また後で」
花音は通話を切ると、今度は壁や天井の写真を撮り始める。
「これからうちの人が来てくれるから、応急手当だけ済ませるわ。週末から本格的に工事に入るから」
「なんだか大事ですね」
弥美は足元にまとわりつくキジ猫を無関心に眺めつつ花音に歩み寄る。
「それはそうと花音さん。話が違いませんか」
「へっ!?」
いつの間にか花音の背後にピタリと張り付いていた弥美が肩越しに声をかける。
「悠斗さんの件は保留と決めたのに。『悠斗は私のもの』なんですか?」
振り返ろうとした花音だが、弥美に後ろから左右の二の腕を掴まれ身動きが取れないことに気付いた。
弥美は無言で顔を寄せてくる。花音の耳に吐息がかかる。
「あ、あれはそう、言葉の綾よ! ほら、あの先輩が変な気を起こさないように」
「……本当に?」
耳元でぼそりと呟く。
「もちろん! ほら、あいつは弟みたいなもんだから」
「ですよね。安心しました」
弥美は手を離すと、笑顔で部屋の中を歩き始めた。弥美の足に蹴られそうになったキジ猫が慌てて部屋から逃げ出す。
「……まあ。弟ってことは私の物と言ってもあながち間違いでも」
「そうですね。本当に二人、姉弟みたいで羨ましいです。私達なんてカフェで恋人同士に間違えられちゃって」
「へ、へえ……。まあ、今週末、私達も行くんだけどね。カフェに」
「あら、良かったですね。私達が二人で行った場所ですから間違いありませんよ。悠斗さんから誘ってくれたぐらいですから」
弥美は長い髪をかき上げながら、
「彼って、意外と強引なんですね」
――訪れる沈黙。静かな緊張感が部屋に満ちていく。
開け放しになった出入口、黒猫が月のように黄色い瞳で二人を見つめている。
「あの、そういえば悠斗さんと先輩遅くありません?」
「先輩が気分が悪いからって保健室に連れて行っただけでしょ。心配するような――」
言いかけて、二人は顔を見合わせた。
「弥美ちゃん。あの人、噂と違ってかなり美人だったよね。ハーフ?」
「話によればクォーターとか」
再び訪れる沈黙。
「私、先輩が心配なのでちょっと様子を見てきます」
「私も行くわ。先輩が心配だから」
足早に部屋から出て行く二人。
黒猫は二人を身軽にかわすと、置物のようにピンと座ってひと声鳴いた。