27 放課後デート? 3
「え、いや、全然駄目じゃない! けど。え、え、本気なの?」
俺はわたつく羽衣先輩に手を差し出した。
「ええまあ。じゃ、入部届くれませんか」
「……へ?」
口を半開きのまま、固まる羽衣先輩。
再起動するまでにかかった時間は、桃子さんからもらったお下がりのノートパソコンとどっこいだ。
「あ、そっち? そっちなの?!」
そっちって何がだろう。俺の方こそ聞きたいです。
「そ、そうよね! 何かおかしいと思ってた! ちょっと待って、すぐ出すから」
マントの内ポケットからくしゃくしゃの紙束を取り出す。
「ごめんね! いつでも書いてもらえるように持ち歩いてたから」
「構いませんよ。今まで遅らせてきた俺が悪いので」
記入済みの入部届を受け取った羽衣先輩は、余程嬉しいのか身を震わせる。
「ついに、ついに新入部員が。これで、これで廃部の危機が……」
うん、よかった。良いことをすると気分がいいなあ。
「来月までにあと三人入ってくれれば廃部を免れる。ありがとう、ようやく我がギルドの存続に光が見えてきた」
え、嘘。その光、結構遠いぞ。
「えーと、とりあえずクラスの友達に名前だけでも貸してもらうとかどうでしょう」
「あの、私、クラスに友達いないから……」
これは悪いことを聞いた。というか辛いので聞きたくなかったぞ。
「俺、クラスの連中に頼んでみますから」
「そ、そうか。ありがとう」
続く無言に気まずくなった俺は茶葉を手に取った。
「この一番高かったやつって、そんな珍しいんですか?」
「これはシンガポールの高級茶葉でな。一度飲んでみたいと思っていたんだ。しかもこれって平行品じゃなくて正規店経由ではないかな」
缶のラベルを読もうとするが、目隠しで読みにくいのか。角度を変えたり近付けたり遠ざけたりする羽衣先輩。
まるで定年間際の教頭先生を彷彿とさせる。
「先輩。この部屋薄暗いんで、それ外したらどうでしょう」
「いや、その」
口ごもる羽衣先輩。
「すまない。私、他人と目を合わせるのが苦手で」
「……あ、すいません。こっちこそ事情も知らずに勝手なこと」
再びぎこちない沈黙。
またやってしまったか。うかつな発言に気をつけねば。
俺が反省していると、ふと立ち上がる羽衣先輩。
そのまま立ち去るのかと思いきや、俺の隣に座ってきた。
「先輩?」
「練習相手になってはくれまいか」
「え? 練習?」
「つ、つまり邪眼の力を抑える訓練も必要ということだ。前世で共に戦ったユートなら、邪眼の影響など受けはしまい」
えーと、つまり目を合わせる練習台ということか。
並んで座る羽衣先輩は大きく深呼吸をしてから目隠しをほどき始めた。サラサラと衣擦れの音が耳をくすぐる。
なんだか俺も緊張してきたぞ。
ごくりとつばを飲み込む音が耳にやたら大きく響いた。
「こっちを、見てくれるか?」
声の先には初めて見る羽衣先輩の素顔。
俺は恥ずかしさにまともに見ることができず、思わず視線をそらした。というか近い。近いよ羽衣先輩。
「それでは練習にならない。ちゃんとこっちを見てくれないか」
「は、はい」
美人な人だろうと半ば予想をしていたが、現実はそれを軽く超えてきた。
整った顔立ちは少し日本人離れしていて、可愛いよりも先に綺麗という言葉が浮かんできた。
長いまつげに囲まれた大きな瞳は、吸い込まれそうな淡い緑色。俺の顔が映っている。
「先輩、その瞳……」
「祖母がアイルランドの生まれでな。生まれつき、こんな色で」
恥ずかし気に視線を逸らし、外した目隠しに手を触れる。
「子供の頃、男子達にからかわれて。中学に上がってからは女子からも悪い噂を流されて」
あー、それは多分。
「綺麗だからですよ」
「へっ!?」
「男子は構って欲しかったからで、女子は嫉妬というか」
例えば小学校の頃、先輩がクラスに居たらどう感じただろう。
「俺だって、クラスにこんな綺麗な子がいたら気になって仕方ないでしょうね」
「え、え、あの。その、ありがと」
白い肌を赤く染め、うつむく羽衣先輩。
……ん。あれ、俺何言ってんだ。雰囲気に流されて、俺、とんでもないこと言ってないか。
「き、綺麗とか、男子から言われたことないから」
「あくまでも一般論と言うか! いやいや、忘れてください!」
「か、構わない。それより、もう少し練習をさせてくれ」
羽衣先輩が身体を乗り出してくる――――