24 既成事実2
超常現象研究会の部室。
薄暗い部屋の中、ソファに身を埋めた俺は、大きく息を吐いて天井を眺める。
「なんか思ってたのと違う……」
なんだろう。
初見では違和感しかなかった先輩が一番まともで、一目見て心奪われた美少女がこれほどのやっかいさんとは。
いや単に比較の話で羽衣先輩がまともかというと何とも言えないが。
ふと視線を下ろすと、テーブルの上にクッキーの入った籠がおかれている。
この雰囲気、手作りか。
羽衣先輩、お菓子作りもするんだな。
「ユート、今日も来てたのか」
「あ、お邪魔してます」
「構わん。お互い敵の目を逃れる身。この部屋には二層に渡る守護の術式が施されている。安心して羽根を休めるがいい」
コンビニの袋を下げてソファに腰を下ろそうとした羽衣先輩の目がテーブルの上に留まった。
「お茶菓子か。気を使わせたな」
「あれ、これ羽衣先輩が持って来たんじゃないんですか?」
「いや。私ではないぞ」
じゃあ誰だ。降りる沈黙。
「とりあえずお茶を入れよう。ウバがまだ残っていたはずだ」
このタイミングでスマホの着信音が鳴る。
……なんだか嫌な予感しかしない。
《クッキー美味しかった?》
メッセの差出人は濡葉弥美。そうか、弥美の差し入れか。
……えーと、彼女にLINEのID教えてないんだけど。
《一緒にいる女は誰?》
続けざまのメッセに俺は思わずトーク画面を閉じた。
「ユート、どうかしたか?」
流しでポットに水を入れながら、羽衣先輩が俺を不思議そうに見つめている。
「いやいや、なんでもないです。友達からちょっとLINEが届いて」
凄まじい勢いで増えていく未読メッセージ。震えが止まらないスマホ。
俺は半ば諦めの境地でトーク画面を開いた。
《私のお弁当を断って》
《そんなところで》
《知らないと思ってた?》
……やばい。
今度は俺の震えが止まらない。
指が震えて入力もままならない内、次々と増えるメッセージ。
何なんだ。
そもそも俺と弥美は付き合っているわけでもないのに、何でこんなことに。
《ちょっとした気の迷いだよね》
《私に言ってくれたら》
《そんな女にできることなら》
《全部してあげるよ》
《今なら許してあげる》
《もう会わないって》
《その女に言って》
……あれ、俺達もう付き合ってたっけ。
結婚? 結婚か?
段々と思考能力が奪われていくのを感じる。
俺は考えるのを止めて、増え続けるメッセを眺め続けた。
《既読無視》
《私そういうの嫌いだな》
《どうして》 《どうして》
《返事して》 《返事》 《して》
《どうして返事くれないの?》
《それと》
《その部屋の紅茶》
……紅茶?
何故かここでメッセが止まる。
ふと目を上げると、棚の紅茶缶を選んでいる羽衣先輩の後ろ姿。
1分は経った頃だろうか。届く一通のメッセージ。
《飲まない方がいいよ》
! 俺は読み終えるが早いかスマホを投げ捨て羽衣先輩に突進した。
「ちょっと待ったあっ!」
「きゃっ!」
羽衣先輩の手から茶缶を奪い取り、そのままの勢いで戸棚に突っ込む俺。
頭上から缶やティーバッグが降り注ぐ。
「どうしたのユート! 怪我はない?」
茶葉まみれになった俺を気遣い、手を伸ばしてくる羽衣先輩。
茶葉に触れさせまいと、俺は慌ててその手を掴む。
「ちょ! ちょっと、ユート」
「俺がお金出すんで、紅茶の葉っぱ全部買い直しましょう!」
「え? でもまだ沢山」
「いつも部室を使わせてもらっているお礼です。放課後、買いに行きますよ。構わないでしょう?」
「そ、それは構わないけど。え? え? そういうこと?」
何故か照れた風に手の平を頬に当てる羽衣先輩。あれ、何だこの反応。
「あの、そろそろ手を……」
「え? あ、すいません!」
慌てて手を離すと、顔を赤らめて目を逸らす羽衣先輩。なんか気まずいぞ。
シュンシュンシュン。
ヤカンから聞こえる湯気の音。
「あ、火を止めないと」
羽衣先輩は火を止めると、こちらを見ずにそのまま部室から出て行こうとする。
「あの、先輩」
「じゃあ、放課後。西門で待ち合わせで」
「え。あ、はい」
パタパタと走り去る羽衣先輩。
あれ、これはやらかしたか。
羽衣先輩にすっかり引かれてしまったに違いない。
俺は落ち込みながら周りの惨状を見渡した。
まずは茶葉の掃除をしないと。
それから念のためカップとポットも洗い直しだ。
……あれ、ちょっと待って。
紅茶の葉っぱ、一緒に買いに行くことになってる?