02 運命の人と結ばれたい
運命の人と結ばれたい。
大なり小なり、みんなそんなことを夢見ているんじゃないだろうか。
互いの内面を認め合い、心から愛し合う本物の愛がそこにあるはずだ。
「そんなこと言ってるから彼女がいないんだぞ」
放課後の道すがら、俺に駄目出しするのは久我朔太郎。
幼稚園の頃からの腐れ縁で、高1の今まで何だかずっと一緒にいる。
「お前だっていないじゃんか」
「ふふ、分かっていないな。俺の恋愛理論が完成した暁には彼女などより取り見取りだ」
朔太郎は得意げな表情で眼鏡をクイッと押し上げた。
ここだけ見れば完全に頭脳派キャラだ。なにしろこいつは見た目だけで生徒会長候補にまでなったことのある男だ。
「優斗、お前テレビなんてアニメくらいしか見ないだろ。それではモテないぞ」
「うーん、俺ドラマとか興味ないしなあ」
「お前の至らないのはそういうとこだ。女ってのは基本、男のことがふんわり苦手なんだよ。だから見た目や共通の話題で心の距離が近付いてから、ようやく内面を見てくれる」
「なるほど。だから第一印象に繋がる身だしなみや共通の話題になる流行りモノには気を使え、か」
確かに筋は通っている。が、しかしだ。
「でもさ、運命の人なら、会った瞬間にビビッて来るんじゃないかな」
「ふふ、青いな。女の心は裸眼視力0.1だぞ」
そうなのか。いや、訳分からん上に語呂まで悪い。
「お前、なんでそこまで分かってて彼女いないんだ」
「う、うるさい。お前こそ、花音と仲がいいではないか。あいつ顔は悪くないし、とっとと付き合えばよいだろう」
百合園花音か。
同じく幼稚園からの幼馴染だ。
とあるきっかけから俺の姉代わりを自認しているが。さて、恋愛フラグがたった覚えなどない。
「花音はただの幼馴染だろ。完全に弟扱いされてるし、脈無しだぜ」
「同じ幼馴染なのに相手にされていない俺の立場はどうなるんだ」
「知らねーって。それよりさ、今日寄りたいところってこのビルか?」
そう、今日はこいつに寄り道を誘われたのだ。
「ここの5階に占いの館ってのがオープンしたのは知ってるか。無料チケットを二枚もらったから、お前に一枚恵んでやろうと思ってな」
「それこそ女子を誘えば良かったのに」
「……断られたんだ。手あたり次第に声をかけたんだぞ」
あー、うん。悪いこと聞いたな。
エスカレーターで占いフロアに近付くにつれて女子の制服比率が高まっていく。階数と比例して上がる場違い感。
「あれは津和山高の制服だな。さっきすれ違ったのが宗清学院と戸田西高。おい、純真女子もいるぞ。調査研究のために声をかけてみようか」
「ナンパしに来たんじゃないだろ。なあ、お前声デカいって」
「おい、悠斗。ちょっと見ろ!」
「だから声がデカいって――」
呆れながら言いかけた俺は言葉を失った。
エレベーターで降りてくる少女の姿に、思わず目を奪われたのだ。
私服姿の少女は艶のある長い黒髪。
華のある整った顔に浮かぶ物憂げな表情。
辺りを圧倒する美貌に、俺と朔太郎はぽかんと口を開けながら黒髪の美少女を目で追う。
すれ違いざま、俺とチラリと目が合った。
「……なにあの美少女」
「イベントで若手のアイドルが来てたんじゃないのか!?」
朔太郎は興奮気味にスマホで調べ始める。
こんな地方のデパートにあんな可愛いアイドルが……?
興奮冷めやらぬまま、目的の階に着いた俺達はフロアを見回す。
プリクラやアクセサリーショップが並ぶ中、ど真ん中に大きく占いコーナーが鎮座している。
「あそこのカウンターで受付をするみたいだな。あ、おい、朔太郎!」
粒々アイスを回し食いしている制服乙女に、朔太郎が吸い寄せられるように近付いていく。
「こら、勝手に近付かない。めっ」
「待て。俺の計算だと、あの中にさり気にまぎれこめば、女子のあーんをゲットすることが」
よし、その計算は間違っている。
俺は朔太郎を引きずって受付カウンターに向かう。
「いらっしゃいませ。占い師を選んでください」
満面の笑みで迎えてくれた受付嬢は、丸いボールがポヨポヨ揺れる浮かれカチューシャをつけている。銀色の制服と相まって、まるで宇宙人だ。
差し出されたタブレットには占い師の写真が並ぶ。どうやら何人かの占い師から自分で選ぶシステムらしい。画面にはそれぞれに趣向を凝らした占い師たちが。
薔薇占いのマダム吟子、タロット占いの魔法使いロココ、ハムスター占いの青空遥、生ハム占いのホムンクルス中川……。
多くの占い師の中、俺の目が吸い付けられたのは水晶玉占いのプリンセス綾乃だ。
「おい、悠斗。こいつは他の奴らとは訳が違うぞ」
朔太郎も気持ちは同じだ。交わした視線で全てが伝わった。
プリンセス綾乃は衣装も黒ずくめの魔女風だが、何より目を惹くのは衣装の胸元にぽっかり空いた穴だ。
そう。なんというか、たわわな谷間が丸見えなのだ。
このサイズ感を何に例えようか。ふと俺の目に朔太郎のカシオ製の腕時計が目に入る。
「G-SHOCK……か」
「ふっ、今日この時のため、親父はこれを入学祝いにしたのかもしれん」
朔太郎はゆらりとタブレットを見下ろすと、大きく腕を振り上げた。
「だが、俺はあえてこれを選ぶ!」
奴の指がタッチしたのは、予想だにしていなかった占い師だ。
「ファッション占いのパピ子? お前もプリンセス綾乃が気になっていたんじゃないのか」
「クラスの女子に、プリンセス綾乃を選んだと知られたらどう思われる? ググられてこの写真が出てきたら、全てが水の泡だ」
泣いている。朔太郎が番号札を握りしめ、男泣きに泣いている。
「これが俺の恋愛方程式第9番だ。お前は男道を行け。全てを託したぞ」
俺は宇宙人娘が差し出すタブレットに真っすぐ指を伸ばした。
タッチした指の先は、そう。プリンセス綾乃の胸元だ。
元気よく叫ぶ受付嬢。
「プリンセス綾乃さん、ご指名入りましたー!」