18 スマブラは話の後で1
到着早々、朔太郎は挨拶もほどほどに俺を部屋に引き込んだ。
……ふっ、欲しがり屋さんめ。全くこらえ性のない奴だ。
「今日来てもらったのは他でもない」
「おう。こないだみたいにはいかないぜ。俺のカービィが全部吸い込んでやる」
そう、俺はこの日に備えて特訓をしてきたのだ。今日こそは雪辱を――
「いやスマブラは話の後だ」
「話? なんだよ改まって」
「このところ、俺の恋愛理論にほころびが生じている」
朔太郎は深刻そうに言うと、付箋だらけのノートを俺の前に置く。
何気に開いてみると、ここしばらくの出来事が赤ペン入りで細かく書かれている。
「原因は分かっている。濡葉弥美だ」
……はい、そんな気はした。朔太郎は掌で顔を隠しながら、やれやれと首を振る。
「濡葉弥美は確かに可愛い。可愛いが行動は常軌を逸している」
そこには全面的に同意だが。
「理論に当てはめるとお前に惚れているのは間違いないが、何故会ったばかりのお前にあそこまで執着しているのか分からない」
「うんまあ、彼女は少し変わった子だしな」
我ながらかなり控えめな表現だ。
「彼女、クラスでも微妙に浮いているぞ。話しかける女子は多いが、女友達と呼べるのは花音くらいだ」
まあ確かに壁というか他人を踏み込ませない雰囲気がある。
転入以来、入れ替わり立ち代わり彼女の周りには人が絶えないが、誰とも仲良くなった気配は無い。
「お前、本当に濡葉弥美と面識はないんだな」
「ああ。あんな美人と知り合いなら、忘れてる訳ないだろ」
「で、お前はどうなんだ。彼女のことをどう思っている」
おっと、その話か。見た目はもちろん好みだし、あれだけ好意を示されれば嬉しくないはずはない。
だがしかし。
「俺には不釣り合いなほど魅力的な娘なのは分かる。が、正直ちょっと怖い」
言ってから、俺の脳裏を弥美の無表情な瞳がよぎる。
瞬時に下がる体感温度。
「いや、ちょっとじゃない。すげえ怖い」
「まあ、分からんでもないが。そういやお前、最近校舎裏に出入りしているだろ」
俺の様子で察したのか、話題を変える朔太郎。
……しかし何で校舎裏のことを。
言葉に詰まった俺を見て、朔太郎の眼鏡がきらりと光る。
「……女だな」
「なっ、なにを根拠に」
実を言うとここ最近、弥美から逃れるように超常現象研究会の部室に出入りしているのだ。
研究会の他の部員はといえば、三月に全て卒業していて羽衣先輩は部室に一人切り。
日頃の彼女はマントにチクチク刺繍をしているのが常だ。
俺は紅茶とお香の匂いに包まれてそれをぼんやり眺めるのが日課になっていて、最近は何か合鍵まで渡されている。
「わざわざ花音や弥美の目を盗んでコソコソしていれば明白だ。濡葉弥美がお前にこだわる理由とも何か関係があるのか?」
後半は違うが、そこまでばれているのなら仕方ない。
心のオアシスを詮索されるような真似はされたくない。俺はポケットからお守りを取り出した。
「なんだこれは。お守りか?」
朔太郎は訝し気にお守りを眺める。
「実はこないだの占いでこれを――」