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15 弁当対決1

『ひょっとしてあんた、のろけてるの? わたしに?』


 電話の向こう側、百合園花音は不機嫌を隠そうともせずそう言った。


 そうか。今の話がのろけに聞こえたか。よし、全然伝わってないぞ。


「あのな、花音。俺の話聞いてたか?」

『弥美ちゃんが押しかけ女房してきたって話でしょ。運命の相手が見つかったようで、それはそれはようござんしたね』


 なんだこの話の流れ。それとも俺が知らないだけで、住所を教えてもいないのに飯を作って待っててくれるとか、良くある恋の始まりなのか。美少女は治外法権か。


『……ねえ、悠斗。それであんた弥美ちゃんに弁当作ってもらうことにしたの?』


 え、花音も弁当の話か。なんなんだ一体。


「断り切れなかったから、作ってくるんじゃないかな。悪いけど、明日の昼休みも付き合ってくれないか」

『まあ、構わないけどさ。私も弁当作ってくからね』

「なんでだよ」


 いや、ホントなんでだ。余計な軋轢を生まないで欲しい。


『今日の昼間、私が弥美ちゃんに何言われたか覚えてる?』

「確か友達になれて嬉しいとかなんとか」


『そっちじゃなくて! 弁当が茶色いとか言われたのよ。悠斗あんた、何にも思わなかったの?!』

「あー、そういや花音の作るご飯、茶色いよな」

『……』


 スマホ越しに伝わってくる殺気。やばい。地雷を踏み抜いたか。


「あ、あの、花音の作る料理はとても美味しいぞ」

『今更何よ。赤青黄色、バリバリに染め上げてやるから。ちゃんと食べなさいよ』


 出来れば青はやめてくれ。


『……んー、でも弥美ちゃんのこと、ちょっと気になるけどさ』

「え? 気になるって」


『ほら、お母さんとの電話の様子が変だったんでしょ? 今日の昼休みも、お母さんの話が出たら様子がおかしくなったじゃん』

「あー、そっちの話か。確かにあれは少しおかしかったけど……」


 とはいえ、親と子の関係ってのは自分には分からない世界だ。


「俺が言える話じゃないからね。花音、何かあったら力になってあげて――――」


 どたん。リビングから大きな音。

 やばい、桃子さんがテーブルから落ちた音だ。


「桃子さんやばそうだ。それじゃ花音、また明日」


 俺は逃げるように通話を切った。


 桃子さんの救出に向かいながら、俺は心に決めた。


 ……明日は二人にはっきり言おう。色々面倒だから弁当は作らなくていい、と。



             ◇



 屋上で照り付ける五月の日差しの中。

 タオルを頭の上から掛けている濡葉弥美の姿に俺は思わず頬が緩んだ。


 なんか高校野球を応援する女子みたいで可愛い。

 

 ……いやいや今日を最後に弁当作りを断るんだ、しっかりしないと。

 でも可愛いよな。


 弥美は包みを開いて、曲げわっぱの弁当箱を取り出した。


「久しぶりに茶巾寿司作ってみたんです。いかがですか」


 差し出された弁当箱には薄焼き卵に包まれた茶巾寿司がきれいに並んでいる。

 寿司の上には小海老と三つ葉が彩られていて、思わず箸をつけるのをためらう。


「こんな綺麗だと食べるのがもったいないな」

「悠斗さんに食べてもらうために作ったんですから。さ、召し上がってください」

「あ、茶巾の中、ちらし寿司になってるんだ」


 なるほど、綺麗なだけではなく味もいい。第一ちらし寿司は俺の大好物だ。


「あら。花音さんもお弁当、作ってらしたんですか?」

「え、あの」


 なんか気まずそうに弁当箱を背後に隠す花音。

 そういや花音も弁当作ってくるとか言ってたな。


「どうしたんだよ。花音も一緒に食べようぜ」

「う、うん。そうね」


 花音がおずおずと取り出したのはお重に詰まったちらし寿司。

 絹さやと錦糸卵が色鮮やかに散りばめられている。


「悠斗、これ好きだったと思って」

「あ、懐かしいな。昔良く、俺の誕生日に作ってくれたよな」


 花音もちらし寿司って、そんな偶然あるんだろうか。

 差し出されるまま皿を受け取る。


 さり気なく弥美の様子を窺ったが、完璧に制御された表情からは何も読み取れない。


「ど、どう? 弥美ちゃんのみたいに綺麗じゃないけれど」

「うん、いつも通り美味しいよ」

「悠斗さん、こっちはおかずも色々あるので食べてください」


 今度は横から弥美が弁当箱を差し出してくる。


「こっちが湯葉シュウマイとエンドウ豆の温サラダ。蕗と筍の炊き合わせも柔らかくできたと思うんですけど、お口に合うかどうか」

「えーと、うん、頂くよ」

「あとこれ、鶏ごぼうの甘辛くしたのも入れてみました。男の子って」


 ちらりと花音を一瞥してから、


「茶色いのが好きらしいから」


 その言葉に花音の眉がピクリと上がる。また変な空気になりだしたぞ。

 どこに控えていたのか、カラスが上空を旋回し始める。


「はは、今日はちょっと茶色が品切れでね。はい、おかずにブロッコリーとベーコン炒めたから」

「悠斗さん。私のもどうぞ。はい、あーん」

「ちょ、ちょっと弥美ちゃん。学校でそれはどうかと思うんだけど」


 可愛い女の子二人に挟まれて手作り弁当を勧められる。


 昔読んだ漫画にそんなシーンがあった気がするが、主人公はこんな緊張感に包まれていたのか。

 ラブコメ、油断ならない。


 朔太郎は何やブツブツ呟きながら手帳に書き込んでいるばかりで役に立ちそうもない。



 ――俺は覚悟を決めて片っ端から料理をかき込んだ。

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