12 UMA 五所川原羽衣2
「ユート、好きなところに座るがいい。湯を沸かすから寛いでいてくれ」
壁や棚に呪術用具が所狭しと並んでいるのを除けば、超常現象研究会の部室は思ったより『まとも』であった。
ランプに照らされた薄暗い部屋の中、お香が焚かれているのか。優しい香りが鼻をくすぐる。
興味本位に壁の本棚を眺める。
オカルト雑誌が80年代から最新号までぎっしり並んでいる。他の本も店で見たことのない物ばかりだ。
「先達の残した貴重な蔵書だ。好きに読むがいい。『多次元世界人との邂逅』、『ナスティルト星雲より地球人への書簡集』あたりが初心者向きかな」
想定されている初心者、レベル高過ぎやしませんか。
とりあえず俺は『あなたの人生が上手くいかないのはトラスモファ宇宙の波動に身を任せていないからだ』という本を手にソファに座った。
最近はこっち系も長いタイトルが流行りらしい。
静かな部屋の中、先輩が食器を取り出す音、やかんの湯気の音だけが微かに聞こえる。
俺がトラスモファ宇宙の秘密を紐解いていると、静かにティーカップが差し出される。
「ありがとうございます。五所川原先輩」
「羽衣で良い。仮名の苗字はいかつくて苦手なのでな」
先輩は前屈みのまま顔にかかる髪をかき上げ、俺をのぞき込んでくる。
「もしくは前世の聖名を呼びたいということなら――」
なんか近い。俺はどぎまぎしながら紅茶のカップを手に取った。
「だ、大丈夫です。羽衣先輩。このお茶、いい匂いですね」
「ふふ。禁断の果実の誘惑は、かつては常春の楽園と引き換えるほどのものであったと聞く」
羽衣先輩は俺の隣に座るとソーサとカップを手に、香りを胸いっぱいに吸い込んだ。ただでさえラインがくっきり出ている胸元が大きく膨らむ。
「アップルティーですか。こんな美味しいの初めてです」
「……分かる? 今月のお小遣いでフォションのアップルティー買ったの。缶、開けたてだから香りも飛んでないよ」
先輩、戸惑うんでキャラはどっちかにまとめてください。
しばらくは無言でお茶を飲む静かな時間が続いた。
薄暗い部屋の中。お茶と混じり合うこの香り、部屋と羽衣先輩のどちらの匂いなんだろう。なんか一日の疲れがじんわりとお茶に溶けていくようだ。
「ユート、そういえば猫の写真はどうする」
「あ、下さい。えっと、どうやって受け取りましょうか」
「我々が理の糸で結ばれれば容易なことだ。我が術式を示そう」
羽衣先輩はLINEのQRコードを差し出してくる。多分IDを交換しようということだ。
「じゃあ友達申請しますね」
「うむ。ではどの写真を送ろうか」
ギャラリーを確認する羽衣先輩の表情が次第に変わり始める。
「な、なんか猫より私がメインの写真ばっかりの気がするけど」
……やばい。我ながら撮影中のテンションはちょっとおかしかったかもしんない。
「ちょっと、恥ずかしいかな。これとか顔がまともに写ってるし」
大丈夫、顔は写ってないから。
「猫と羽衣先輩のツーショットがいいかなと思って。ほら、とてもいい写真ですよ。あ、これとこれ、それにこれをもらっていいですか」
「あ。でもいいの? この写真、私ばっかり目立っているけど」
「むしろそれが」
「え」
いかん、口を滑らせた。変な感じの沈黙の中、羽衣先輩の長い指がスマホをなぞる。
スマホの通知を確認すると、俺は気まずく立ち上がった。
「じゃあ、俺そろそろ帰ります。お茶、ごちそうさまでした」
「待て、ユート。カンドルシアの地での盟約に基づき、再訪を約してくれるだろうな」
「え? どういうことですか?」
ちょっと意味分からないです。
戸惑う俺に羽衣先輩は少し照れたように顔を伏せると、
「えっと、またお茶飲みに来てくれるよね?」
上目遣いに可愛く言い直す。こんなん言われて断れる男はいるだろうか。
「はい、また来ます」
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