01 タオルは服に入りません
「まっ、待って待って! 服着ろって! 見えてるって!」
ずぶ濡れのまま風呂場から飛び出した俺は、震える手でバスタオルを腰に巻いた。
背中に残る柔らかい感触は、つまりその、あれなのか。乙女の秘密の丘なのか。
いやちょっと待て。
俺は深呼吸して心を落ち着かせる。
何が起こったのか一旦整理しよう。
今日は確か。
俺を待ち伏せる皆をまいてマンションに帰った後、ひと汗流そうとシャワーを浴びていたはずだ。
ただそれだけ。
まあ、それだけというには色々あったが、過ぎてしまえば何も変わったことは無い日常の一コマだ。
……何故か家に入れた覚えもない藍撫葉世里が俺の背中を流し始めるまでは。
「葉世里、何でお前がうちの風呂にいるんだよ!」
気が付けばリビングはびしょ濡れだ。ああもう、桃子おばさんに怒られるぞ。
「桃子おばさん、いつでも遊びにいらっしゃいと言った」
藍撫葉世里が素肌にバスタオルを巻いただけの格好で脱衣所から姿を現す。
小柄で幼児体系と思っていたが、何と言うか出る所は出ているというか。
ああもう、なんなんだこれ。
何でどいつもこいつも俺の話を聞いてくれない。
「ばっ! お前、服を着ろって!」
「大丈夫、ちゃんとタオルを巻いてる」
タオルは服じゃない。どうやって言い聞かせようか迷っていると、
ピンポンピンポンピンポンピーンポーン
追い立てるように容赦なく鳴り響くチャイム連打の音。
『悠斗さーん、電気のメーター回ってるから居るのは分かるんですよー! 何で出てくれないんですかー!』
「ひっ?!」
部屋の中まで響くこの声は濡葉弥美。
多分、世界で一番この場に居合わせて欲しくない人物だ。
「悠斗、私が出よう」
言ってそのまま玄関に向かう葉世里を俺は慌てて押し留める。
「いや、まずいってその恰好!」
「この声は濡葉弥美だ。女同士なら見られても大丈夫」
待って待って。そういう意味じゃない。
君の裸体より俺の命が大切だ。身体からホカホカと湯気立ってるし。
『他に誰かいるんですかーっ? もしもーしっ!』
ドンドンドンドン。ついには扉を叩き始めた。
『給湯器が動いてますよー! 止めなくて大丈夫ですかー?』
ああもう、怖い。弥美、あんた可愛いのになんで俺にこだわるんだ。
「だから、こんなところ他の人に見られたら」
「嫁が一緒に風呂に入るのは普通のことだ」
「いやいや、あんた嫁じゃないぞ。いいか、俺達は同級生。言い方変えても友人だぞ。友人、一緒に風呂に入らない」
葉世里は少し戸惑ったように首をかしげると、ポツリと呟く。
「桃子おばさんが嫁に来ないかと言った」
「あの人、誰にでもそう言うから!」
一瞬、葉世里の瞳に寂しげな色が浮かんだのは気のせいか。
彼女は相変わらず無表情のまま目を伏せて、
「悠斗、彼女がいないと聞いている。私が仮の嫁で問題無い」
え、なんか健気だぞ。
……いや、そうか? 訳の分からない状況が続いて麻痺してないか、俺。
「えーとね、君が嫌いなわけでなくて、高校生は高校生らしく、清く正しい人間関係をだね」
「分かった。確かに悠斗は私に手を出していない。清い交際だ」
そもそも交際していないが、事ここに至っては些細な問題だ。
「うん、そうだ。じゃあ、まずは服を」
「安心して。濡葉弥美にもちゃんと話をしてこよう」
うわ、待て。なんでその恰好で行こうとする。
葉世里の小さくむき出しの肩に手をかけると、俺達は濡れた床に足を滑らせてもつれあって床に倒れた。
「いてて……。あ、葉世里、大丈――」
言いかけて俺は言葉を失った。
仰向けに倒れた葉世里のバスタオルは完全に外れて、四つん這いの俺の下、無防備な姿をさらしている。
固まる俺の腰から、満を持してバスタオルがはらりと落ちる。
見つめ合う二人。
「悠斗……」
『いーるーんーでーすよねー! あーけーてーくーだーさーい!』
ドガドガドガドガ。扉への攻撃は更に熾烈さを増している。
とはいえいくら弥美でも扉をぶち抜いたりまではできまい。この隙にまずは葉世里に服を着せて――
『弥美ちゃん! 悠斗が中で倒れてるって?』
『はい! 花音さん、早く開けて下さい!』
「花音っ??!!!」
この声は百合園花音?!
弥美め、扉をぶち壊しそうな奴まで呼んだのか。状況は更にややこしいことに。
というか、花音が来たということは。
「あいつ、合鍵持ってる!」
ガチャガチャガチャ
俺の身体の下には全裸の藍撫葉世里。
扉の外には百合園花音と殺気立った濡葉弥美。
絶体絶命。何でこんなことになったんだ。
俺が求めていた運命の恋って、こんなのでは無かったはず。
それもこれもあの日の占いが全ての始まりだ――