墓守の魔女はのんびりと暮らしています
とある魔女の、小さな庭のある魔女のおうち。
それは美しい湖と、緑豊かな森に囲まれた場所にちょこんと建っています。
「今日もいいお天気ですね」
穏やかな日差しのそそぐ湖を窓から眺めて、魔女はにこにこと言いました。
今日も穏やかな朝の景色に、魔女の心は安らいでいます。
ほんわかとした笑みの似合う、とても優しげな美貌。
魔女の名がちっとも似合わない彼女ですが、身に付けているのは黒いローブです。
そんなローブの上からエプロンを付けて腰で結んでいるので、唯一の魔女っぽさも台無しですが、優しそうな雰囲気はより増しています。
「さて、おうちのことをいたしましょう」
こじんまりとした家の中で、魔女は鼻唄を口ずさみます。
広くはないですが、赤いとんがり帽子のような屋根が可愛い、長年暮らす我が家です。
魔女はのんびりと朝食を食べました。
その後に洗濯ものを干し、さして汚れてもいない家の掃除を終えれば、特にする事がありません。
でも、魔女は楽しげです。
「今日のお墓参りをした後は、木の実を取りに行きましょうか」
美味しい木の実のクッキーに想いをはせながら、魔女は軽い足取りで家を出ました。
右手には杖を持ち、左手にはカゴを下げて。
「旦那様は、今日も大人しく眠っておられるでしょうか?」
まるで恋する乙女のような顔で、永劫の魔女は呟きます。
彼女は不死で、夫は人間でした。
当然のように先立った彼の、お墓に行くのが魔女の日課なのです。
彼女は、墓守の魔女。
仲の悪い5つの国に囲まれた、『魔女の庭』にもう何百年も住んでいます。
誰も勝てない上に、昔お世話になった偉い人も多いので、誰も彼女の庭には手を出せません。
これは、そんな魔女がのーんびりと神族を育てたり、巨大な書庫ドラゴンにところにお出かけして本を読んだり、枯れそうなユグドラシルにお水をあげに行ったりするお話です。
「あなた、今日は良い天気ですよ」
墓に備えたクルミのパンを取り上げ、今日のお供えはリンゴのジュース。
「好きだからって、飲みすぎてはダメですよ?」
お墓を指差して厳しそうな顔を作る魔女ですが、ちっとも迫力がありません。
旦那様も、草葉の陰で、はいはい、と笑っていることでしょう。
そして木の実拾いに森に向かう道で、魔女は妙な一団を見つけました。
近くにある帝国の兵士たちで、馬に乗った者ばかり。
全身甲冑姿で、軍旗の代わりに白旗を上げながら、ゆっくり何かを探すように進んでいます。
時折、探し物以外にも怯えるように周りを見回す彼らに、魔女はぷくっと頬をふくらませました。
「もう、ここは私の敷地だといつも言ってるでしょう?」
夫と共に暮らしている場所にズカズカと入ってくる無礼者たちです。
魔女は杖先を彼らに向けて、反対の指をパチンと鳴らしました。
実際には、スカッ、とでも表現した方がいいような、大した音も鳴らない感じで。
しかし、たったそれだけの仕草で、騎士たちの一団はかき消えて跡形もなくなりました。
「白旗を上げていたので、殺すのはやめてあげます。……旦那様にも叱られてしまいますし」
魔女は、時空の魔法で彼らをこの大陸のどこかに飛ばしたのです。
どこに飛んでいくかまでは、魔女も知りません。
「困ったものです、まったく」
庭先にフンを落としていく猫を追い払ったくらいの気持ちで、改めて森に向かおうとした魔女は、道中で1人の少年に出会いました。
「あら」
「っ!」
3歳くらいのその少年は、ひどく怯えた顔で魔女を見ています。
んー、と腕を組み、頬に手をそえて悩んだ魔女は、やがてポン、手を打ちました。
「もしかして、あなたが彼らの探し物だったのでしょうか?」
その横で命を落とした騎士に守られていたようで、ひどく怯えています。
幼いですがいい服を着ているので、魔女はいい家の子かと思いました。
「でも、親御さんはいないみたいですね」
ひょい、と彼女を抱き上げ、魔女は優しく微笑みました。
「お迎えが来るまで、私のおうちにいらっしゃいな」
魔女がまた指をパチンと鳴らすと、騎士が土に埋まってその上にサクラの若木が生えました。
「今日は今から木の実を取りに行って、おいしいクッキーを焼くのですよー」
少女をあやしながら、魔女は森に向かいました。
そこは魔女の敷地。
いさかいの絶えない周りの国から『最凶魔女絶対防衛領域』と呼ばれる、紛争地帯のど真ん中。
穏やかな湖と気候、小さな山と草原のある穏やかなその地は、数百年の間一度も荒らされたことのない楽園。
彼女は自分の拾ったその少女が、太古の血を引くとある帝王の独り子であり、策略によってこの地へと追われた事など、ちっとも知りませんでした。