1話 登校
あの後シャワーを浴びてから朝ごはんを食べ、奏さんや凪と話しているともう学校に行く時間になっていた。急いで支度を済ませ玄関に移動する。
「お兄ちゃん、早く早く」
「学校別なんだから先行きなって」
「せっかくなんだし、途中まで行こうよ」
「そういうもんか?」
「そういうもん」
むふーっ、といった擬音がつきそうな表情をする凪。いまいちどういう感情なのか分からない。
まぁ、俺たちは普段別々に登校してるからな。凪はよく寝坊するし、俺は早起きして走るからわりと朝の生活リズムは合わない方。今日はわりと珍しくみんなとご飯食べたし。確かにあまりこんな機会は少ない。
「さ、行くよー」
「奏さん、行ってきます」
「お母さん、行ってくるね!」
「いってらっしゃい」
玄関まで見送りにきてた奏さんに挨拶してから本日2度目の外出。
「ところでさ」
「どうした?」
5分ほど歩くと高校と中学校の道が別れる交差点がある。その道中、凪が肩ぐらいまである茶髪(地毛)を揺らしながら声をかけてきた。
「お兄ちゃんもう高2だよね?」
「そりゃな。もう5月だし1ヶ月は経ってるぞ。何を今さら」
「ねぇ、学校に友達いるの? 普段お兄ちゃん、学校の話全然しないけど」
「……一応話す奴はいるぞ」
「ホント?」
「嘘言ってどうする。それだともうただの悲しい人じゃないか」
「……うん? あれ? 奴ってことはもしかして1人だけなの?」
「うっ……目敏いな」
痛いところをついてくる俺の妹。つらい。
「お兄ちゃんったらさ、もっと友達作りなよー」
凪は鞄をぶらぶらさせながらのんびり言う。
「いいんだよ。友達ってのは量より質だろ。数よりそいつとずっと友達でいる方が価値あるだろ?」
「無駄に説得力ありそうなこと言うー……。あ、その人って男の人?」
「まぁな。てか、なんだ、母親みたいなこと言うんじゃない」
「母親って……お母さん、そんなこと言うの?」
「いや全く。奏さんはあまりそこんところ聞いてこないなー」
普段俺から学校のこととかめったに話さないし、奏さんはその辺り踏み込んでこない。個人的にはありがたい。
「それに、俺そんなに友達ほしいわけではないぞ?」
「そうなの?」
「あぁ。というか、そう言う凪だって俺らの前ではこうだが、学校ではけっこう内気じゃないか」
「な、何をー」
「悔しいなら反論してみろ」
凪の通う……というより俺が通ってた中学校で凪のクラスの様子を見たことあるけど、俺ほどではないにしろ、かなりの無口だったからなぁ。
俺も学校ではほとんど喋らないが、それを悲しいとか寂しいとか思ったことはない。周りがどう思うにしろ、俺とは関係ない人だからな。一応話しかけられたらきちんと反応するがな。自分かは話しかけないだけで。…………誰に言い訳してるんだろ。
「似たもの兄妹ってことだ」
「こういうところが似ててもあまり嬉しくない」
「別に友達多いイコール正義ってことでもないだろ」
「そうだけどさー……。まぁ、1人で過ごす時間の方が楽しいから」
「否定はしない」
むしろ肯定するまである。
「とはいえ、お兄ちゃんはアウトドア、私はインドアの性格と随分離れてるけどね」
「アウトドアつっても、俺の趣味読書とかだぞ? そこまで大差ねぇだろ」
「あーあー、あんな毎朝早くからランニングに行く人の言うことなんて聞きませーん」
「……子供かよ。あれはもうただの習慣なだけ。体動かすのが趣味ではないんだが」
「んー……言われてみれば、ちっちゃい頃から大人しく本読んでたね」
「まぁな」
と、凪は手をポンと叩き。
「そっか、お兄ちゃんが家に来てからもう10年だね」
「………………だな」
まただ。ただの何気ない話題なのに、無駄に動悸が早くなる。
あの光景が蘇る。今朝見たあの夢の…………多くの死人の山の中を歩く小さい俺…………。周りが燃えている中、ひたすら歩く俺。
また寒気がしてきた。落ち着け。さっきも同じことがあっただろう。何度も何度も自分に言い聞かせただろ。もう過去の出来事だって。今朝またあの夢を見たせいでこんなことを繰り返してしまう。このアホが。学習しねぇな。
と、自分を罵倒していると、凪に呼び止められる。
「お兄ちゃん?」
「……あぁ、悪い。なんだ?」
「いやー、私さ、お兄ちゃんが家に来たときの日覚えてるんだよね」
「あれなぁ。俺も何となく覚えてるよ」
俺が奏さんに拾われ、黒江家の一員になった日のこと。
…………そうだ、あの大地震で両親を失い、避難所の隅で独り踞ってた時、奏さんが――
『良かったら私の子にならない?』
――――そう俺の手を取ってくれた。
「懐かしいな。あの頃の俺、凪や陽太郎さんにめっちゃビクビクしてたよな」
「そうそう。お母さんの後ろに隠れながら入ってきたんだよ」
「陽太郎さんも驚いてた覚えがある」
「そりゃお母さんが全く話さずにいきなりお兄ちゃんを連れてきたんだもん。お父さんもねー、驚くよねー」
「だな。避難所の運営の手伝いをしてる間、目についた俺を気にしてたからって」
諸々の手続きはいつの間にか終わってたらしい。てか、黒江家の大黒柱でもある陽太郎さんにほぼほぼ相談なしとは……いくら何でも強引すぎな人だ。普段は大人しい性格の人なのに、一度決めたら一気に突っ走る人だからな、奏さんは。だからこそ、今の俺があるわけだが。
「そのわりにはお母さんには最初から懐いてたよねぇ。もうべったりだったよ」
「そうだなー」
今では凪ともこうして会話しているけど、最初はいきなりの変化に戸惑って本当に馴染めなかったな……。5歳より前のことはもうほとんど記憶にないけど、確か俺は一人っ子だったはずだから、新しく妹とか実感わかなかった。まぁ、それは凪も同じだっただろう。お互い最初の方は全く会話しなかったなぁ。
一番最初に奏さんが話しかけてくれたっていうのもあるけど、小さい頃の俺は奏さんといないと色々と不安だったんだよ。
「あの時はまだホント小さかったから」
「んー、それもそうか」
そこは納得してくれる様子。
「ただまぁ……」
「うん? どしたの?」
「あー、何でもない」
あの日、俺は何もかも失って、救われた。
「まぁ、ここに来れて良かったって話」
結局はそこに行き着くわけだ。
「ふふっ……だーねっ」
と、どこか嬉しそうに微笑む凪を眺める。
「お、もう交差点」
「だな」
「っていうか、中学生の私ならいざ知らず、高校生のお兄ちゃんが自宅から歩いて通える範囲なのどうなのよ。電車通学とかしないの?」
「単純に俺の成績に一番合う高校がここらなんだが。悲しいことに」
「まったくー。しっかりしなさいよ」
「待て。俺とお前、そこまで成績に大差ないぞ」
「うっ……痛いとこを」
「あんまり成績良くない俺が言うのもなんだが、勉強しとけ。得するかどうかはともかく、損はしないと思う」
「ぶっちゃけ勉強するより、絵を描く方が楽しい」
「おいコラ」
成績に関しては、総合で精々平均よりちょっと上なのが関の山だ。昔から本を読んでるから国語はまぁ、良かったりするんだが、他が……な? 特に数学。 中学までなら何とかなったが、数Ⅱやら数Bとなるとマジで意味が分からない。ベクトルマジ意味不明。
色んな学校は授業が選択とかで数学を選ばないこともできるんだが、残念ながら俺の通ってる高校は2年までは数学は必修。死ぬ。
「だってさ、最近上げたイラストもかなり反響良かったんだよ?」
「ほう。SNSってやつでか?」
「なにその年寄りみたいな反応…………。お兄ちゃんもスマホ買いなって。そのくらいお母さん普通に許可するよ?」
「買ったところで使わないし。ガラケーで大丈夫。連絡と時間が分かればいいし」
なんだか、そういう贅沢してもオッケーって奏さんは言ってくれるけど、どことなく気が引けることがある。今でも不自由してないし、これ以上ってのは…………なんだか、その、罰が当たりそうっていうか。
ここに来れて良かった。もちろんその気持ちは色褪せない。ただ、あの日独りで逃げた俺は、人並み以上の幸せを望むのはできない。してはいけない気がしてならない。
なんて、馬鹿げた考えはずっと頭のどこかにこびりついたままだ。
「じゃ、私はこっちだからー」
「おう。真面目に勉強しろよ」
「お兄ちゃんこそ」
と、凪はいたずらっ子っぽく笑いながら俺とは別の方向へ歩いていった。
「…………」
そんな凪を見送りながら俺も学校へと足を運ぶ。
今日は授業中意識を失わないように頑張るか。古文は面白いんだけど、数学がな……。やっぱり数学の授業は子守唄。あれを聞けば誰でも一発で寝れる自信がある。
「ん?」
……不意に足が止まる。何か大きな音が鳴っているな。これは……
「サイレンか?」
パトカーや救急車のサイレンが遠くで聞こえた。
「あー、何かあったのかな」
なんて特に何も考えずにごくごく普通なことを呟いた。遠くでって言ってもここから……えーっと…………うーん……歩いてだいたい15分辺りの位置か? サイレンがさっきから同じ場所で鳴っている気がする。信号待ちってわけではなさそうだ。帰りにちょつと寄ってみようかな。あれだ、しょうもない野次馬精神ってやつ。
話はスロースペースになりますが、ご勘弁を……w