17話 昔の話
どうして、俺は黙っていたのか……か。
「…………というと?」
いきなりの質問で戸惑う。
イマイチ質問の意味が分からない。というより、意図が掴めない。
「一応、私たち中学から同じクラスで、黒江君はそうでもないかもしれませんが、私の視界にはよく黒江君が映っていたんです」
「え? ……マジで?」
「まあ、目立っていましたから。話しかける人は少なかったですけど、いつも独りだったので。周りの人たちも陰口……みたいなことを喋っていたときもありまして」
「それは……俺にも少しは聞こえていたから知ってはいたけど。そんなに目立ってたってのは初耳だったな」
高校で好奇の視線に晒せれることはあったけど、あれは別にイジメなんかではなかったし、変に目立っていたつもりはなかった。それでも、ずっと独りってのは注目を浴びてしまうこともあるのか。
陰口といっても、「アイツいつも一人だな。全然喋らないし」みたいなのがほとんどだけど。
うん? よくよく考えれば、陰口されるってことは目立っているってことか?
「それで、どうしてそう思ったの?」
「なんでそこまで口を開かないのか、頑なに拒むのか、見てて気になりまして。話したとしても、誰かに何かを頼まれたときくらいで。自分からは話に行きませんでしたよね?」
「……よく見てるな」
「い、いえ。やっぱり目が自然と黒江君を追っていましたので。私も友だちが多いわけではなくて、1人でいることが多く、手持ち無沙汰なときにふと……」
「まあ、確かに高校で鬼塚と仲良くなるまで喋らなかったな。中学でマトモに話したことほぼない気がするし。それこそ頼み事か授業くらいしか」
「は、はい。それからこうやって、少しずつ黒江君と話す機会が増えたから、何となく知りたいな……と」
つまるところ、ただの興味本位ってことか。にしては、随分と畏まって聞くのな。
「……そんな大した理由があるわけじゃないからな。えーっと、簡単に言うと、小学生のときイジメ受けて軽く人間不信に陥ってた。っていうか、今もまだそこそこ拗らせている」
「えっ…………」
俺でも九条さんが驚いているのが見て取れる。
「あっ……。そ、そうでしたか……」
「んー、そこまで驚かれてもな。こんなに黙っている奴なんて、ただのコミュ障のぼっちか過去に手酷い目に遭ったとか色々と想像つきそうだけども」
「一応はその、もちろんイジメとかも考えましたけど、黒江君がそんなすんなり語ったことに驚いたので」
「あー……いやまあ、隠すようなことじゃないから。聞かれたら答えるよ」
わざわざ話してくれたんだし。
「えーっと、小学校は俺ら違うよね?」
「は、はい。多分ですけど校区が違うはずです。……それで、イジメって……」
「ちょっと自分語りみたいな感じになるけどいいかな?」
「は、はい。私から聞いたことですので」
自分の過去を思い返す。
あまり触れたくない記憶。
あの大地震のトラウマとはまた違う、俺が忌み嫌っている出来事。
「……始まりは俺が小学5年生の頃だったな。クラスが同じだった1人の女子が始めにイジメられてたんだ。クラスのいわゆるカースト上位の女子数人がその子に向けて色々やったんだよ。物を奪ったり、バレないようにノートを破ったり、靴を隠したり、陰口も当然あった。あー、でも、暴力はさすがになかったかな」
「その子は先生などには相談しなかったのでしょうか……?」
「かなり内気な子だったからな。こう言っちゃなんだけど、九条さんもけっこう内気な性格だよな?」
「は、はい……」
「それは俺もなんだけど。多分俺や九条さんより内気な子でな。親にもできなかったんじゃないかな」
親や知人に迷惑かけたくない。相談できる心境じゃない。下手に相談して、より反感を買ってしまったら悪化してしまう。
イジメられているせいで心が弱くなってそんことを思ってしまう。よくあることだ。
「他のクラスメイトは見て見ぬ振りをしてたんだよ。その女子グループがまあ厄介だったことで。いわゆるガキ大将的な奴と仲が良くて、下手に突っ込んだら自分も巻き込まれるって考えが共通してあったんだろうな」
空を見る。若干曇ってるなー。まだ暗くはない。なんてことを考えつつ語る。
「今では俺はこんなんだけど、当時はやけに正義感が強い子どもでさ。色々と首突っ込む性格で」
「それは……想像つきませんね」
「だよな。自分でもそう思う。で、見事に思いっきり首を突っ込んだんだよな。ちょうどその子の私物に手を出しているところに『そんなことして恥ずかしくないのか? めちゃくちゃダサいぞ』って言った」
「それから……どうなってんですか?」
「見事なまでにターゲットが変わった。その子はもう眼中にないかってくらい被害が俺の方に来たな」
「……それは…………」
「おまけにさっき言ったガキ大将的な奴も加わってな。しかも周りの人、先生とかにはバレないような形で仕掛けていたから先生もなかなか関与してこなくて……」
こう口で言うのは簡単だが、俺からしたら当時は精神が相当参っていた。
奏さんたちに迷惑かけたくないから相談せず……これさっきの話と繋がっているな。完全に俺のことじゃないか。
服で隠れるような箇所を殴られ、自身の物を壊され、隠される。
奏さんたちには心配かけまいと無理矢理日常を過ごした。いつも通り学校へ行き、イジメを受け、それがずっと続いた。
加えて、俺は養子であり、どこか日常のズレを感じたまま生きてきた。血の繋がっている人は本当はいないという事実が俺の心のどこかに存在し、自分だけは周りと違うという気持ちがあった。そのせいか、頼れる人は学校にはいなかった。話す人は少しはいたが、特別仲が良いっていう関係の人はいなかったな。
家では迷惑をかけないように過ごし、学校では誰かに助けてほしいと願った。正義感が強いとか聞いて呆れる。そんな矛盾を抱えながら時を過ごした。
「……その、最終的にはどうなったんですか?」
「いくらバレないようにやってても、所詮は小学生だからな。最後は先生たちにバレてかなり大きな問題になったよ」
「そ、そうでしたか……!」
嬉しそうに声をあげる九条さん。
「……まあ、それでも2ヶ月くらいは続いたけどな…………」
「……そ、そうでしたか。えっと、どのように事態が発覚したのですか?」
「確か誰かが先生にチクったんだっけ……。ああ違う違う。さっきさ、俺の前にイジメられていた女子がいたって言ったじゃん?」
「あぁ、はい。黒江君が助けた女の子ですね」
……あれ助けたうちに入るのだろうか? その子自体を救えたわけではないよな。なんつーか、身代わりになっただけで。本当の意味ではこれっぽっちも助けたとは思えない。
俺もその子も心の傷をずっと背負ったままだろう。
そして、その傷は、ふとした時間でフラッシュバックし、心を確実に蝕むモノ。完全に癒やされることはない代物。
イジメというのは、そういうことだ。そんな軽く済ませているが、実際の内容はただの犯罪だ。子どもだからって赦させるモノではないと思う。
「その子が急に転校して、先生側からしてかなり気になったらしく、色々とアンケート取ったりしてその子へのイジメが分かったみたいでな。流れで俺のイジメも発覚した感じだな。クラスメイトが俺へのイジメ現場を見ていたらしくて、アンケートで先生に教えてくれたと」
かなり大騒ぎになった。その首謀者たちは先生たちに問い詰められ、全てを吐いた。けど、その内容は俺には伏せられていたから、俺が知る由はない。俺に気を遣ったのだろうよ。
全校集会でも取り上げられたらしい。オマケにそこそこ大きな事件となってマスコミも殺到した。なにせ、自殺者などはいないものの、いきなり転校した子がいた上にかなり長期に渡ったイジメだったからな。
あれだけ奏さんたちに迷惑かけたくないと思っておきながら、けっきょくは心配かけまくって、たくさん迷惑をかけてしまった。陽太郎さんや凪にも心配された。
「言ってしまえばこれだけだけど、当時の俺からしたらあのイジメで心も身体もズタボロになってな。親……たちに迷惑かけたくないって思いながらも誰か助けて……ってずっと願ってかなり月日が過ぎていった」
ふぅ……とひと呼吸つき、一旦の話を終える。
「それで……話さなくなったことだけど、単純にイジメのショックで人間不信になったってことかな。下手に関わったせいで自分が怖い思いをして周りにも迷惑かけて……だったら、自分から動いて損するのなら関わるのは止めよう。別に周りがどうなろうと自分さえ良ければ後はもうどうでもいいって思うようになった」
結果、中身が空っぽな人間の出来上がりだ。
「なるほど。……黒江君は不登校にはならなかったのですか?」
「そこは問題なかったかな。学校自体を嫌ったわけではないから。ほら、実際中高ときちんと通ってるし」
そりゃ、早く気付いてくれって気持ちはあったけど、だからって動けなかった俺が学校側にどうこう言える筋合いはない。少しでもSOSのサインを誰かに送れたらまた結果違っただろうか。……そんな『もし』を考えても仕方ないな。
「そうですね。確かに黒江君が休んだ回数は少なかった気がします」
勉強は得意ではないけど、特別嫌っているわけでもない。だからこそ、学校という空間は嫌いではない。嫌っているのはアイツらなだけであって。
「何回かは風邪で休んだ覚えがあるけどな」
「……あ、その、イジメの加害者の人たちはどうなったのですか?」
「そのイジメの事件がマスコミによってそれなりに報道されてな。近所からの視線にその親たちが耐えきれなくなって、家族共々遠くへ引っ越したと。それも全員。どこに行ったかは知らないし知りたくもない」
どうせ俺たちに傷を植え付けた事件なんか忘れて適当に暮らしているだろうさ。
イジメの加害者なんてそんなもんだよ。被害者にとって忘れられない出来事でも、加害者なんて学校で起きた日常の一部でしか捉えていない。そんな認識の差があるのだから、当然色々と考えが合わないんだよな。
「とまあ、俺の話はこんなところ」
「すみません。辛いことだったのに、わざわざ……」
「別に気にしないよ」
嫌な記憶だけど、もう済んだ出来事だ。今さらどうこう言ったところで何も変わらない。
あのイジメがあったから、確かに人間不信に陥った。でも、あれがあろうとなかろうと、元々俺は口下手で人見知りだ。多分そんなに変わらない。まあ、今ほど酷くはならなかっただろうけど。
…………唯一変わったと言えば、単純に何か構わず首を突っ込むような性格ではなくなったということ。そして、かつての夢を失くしたということ。それだけだ。
「っと、ちょっと長くなったな。悪い。そろそろ帰るか」
ガラケーを見ると5時に近い。雲も立ちこもっており、そこそこ暗い。明日は天気悪そうだな。
「あれ、ガラケーなんですか?」
「うん。まあ色々安いし、スマホがほしいとは思ったことないし。これで充分」
「便利ですよ? ちょっした調べ物とかゲームとか」
「俺は時間知れたり、家族と連絡取れたりするだけでいいからな」
これといって、特筆すべき趣味なんてない。せいぜい読書だ。だからまあ、必要最低限でいいんだよ。
「じゃ、帰ろうか」
「ですね」
お互いベンチから立ち上がる。すると――――
「あれ……?」
「ちょ、危ない」
フラッといきなり九条さんが倒れそうになった。咄嗟に俺は腕を掴み軽く引っ張る。もうちょいやり方はなかったと思うが。
その勢いで倒れるのは阻止できた。……問題は九条さんが俺に寄りかかっていることだ。
「ご、ごめん!」
「いえ……。私の方こそすみません。助かりました」
パッとすぐに離れた。
というより、めっちゃ近くで女子と触れ合ってドキドキした……。
「大丈夫?」
「はい。ちょっと立ちくらみしただけです」
「あー、寝不足とか?」
「そうですね。それに最近寝てもなかなか疲れが取れなくて……」
確かに若干疲れてそうな雰囲気が伝わる。
「なら早く家に帰らないとな。ゆっくり休んで」
まあ、無事そうなら良かった。もう足はふらついてないっぽいし。
「……はい。そうします。ではまた学校で」
「うん。またな」
そうやって、お互い公園から別々の方向へと足を向けた。




