72話 幼児VSドラゴン
「臭う、臭うぞ……」
ドラゴンがズシン、ズシンという地響きと共に、こちらへ近付いてくる。
それに合わせて、湖の水がザバァン! と波立って、僕たちにまで水飛沫が飛んできた。
ドラゴンに睨まれたことで、レイはようやく敵対スイッチが入ったようで、前のめりの体勢になる。
「……っ、結界!」
僕が結界を張って防御する、その時。
「フンッ」
ドラゴンが身じろぎをした直後、地面が揺れて僕にもの凄い衝撃が襲って来た。
「かはっ……!」
一瞬の事だったので、僕には一体なにが起きたのか分からなかった。
気が付いたら、洞窟の壁に激突していたんだ。
けどドラゴンが水から完全に出ていて、尻尾を揺らしているのが見えるから、たぶんあの尻尾に叩かれたんだろうと推測する。
けどその尻尾は僕だけを狙ったのか、はたまた単に偶然だったのか。
背の低いレイとシロには当たらなかったみたいで、一人と一匹で取り残されている。
ただ、レイがビックリした顔で僕を見ていた。
シロも無事みたいだけど、白目をむいて気絶しているっぽい。
「……ち、治癒」
僕は全身の強烈な痛みに意識朦朧になりそうになったけど、根性で治癒の魔術をかける。
油断していたつもりはないけど、結界を攻撃が越えてくるなんて想定外だった。
結界の強度を、ドラゴンの尻尾攻撃が上回ったのか?
けど、そんな検証は後でいい。
今はドラゴンの前に一人で取り残されているレイと、ついでのシロが心配だ。
「……レ、に……」
レイにまずはあの場から逃げるように言いたいけど、僕の傷は治癒の魔術で治っても、身体に受けた衝撃の影響なのか、大きな声が出ない。
そのレイは、しばし呆然とした顔で壁にめり込んだ僕を見ていたんだけれど。
「……」
無言でドラゴンを見たかと思えば、弾丸のような勢いで突撃する!
「グァッ!」
レイの体当たりを受けたドラゴンの身体が押し戻され。
バッシャァーン!
ものすごい水しぶきを上げて、湖へ落ちた。
いやいや、あのドラゴンとの質量差で押し勝つって、レイはどんだけなんだよ!?
けど他の魔物であったなら、あの弾丸攻撃で戦闘終了なんだろうけど、今回は様子が異なる。
「……やはりな」
湖からザバァン! とドラゴンが起き上がる。
「小さくなっているので違うかと思ったが。
ワシに生身で押し勝つ存在は、古よりただ一つのみ」
ドラゴンが口を開け、鋭い牙をギラつかせた。
「キサマ、『鬼神』だな!?
なんということよ、マスターにより永遠の眠りの中にいたはずであろうに、なにゆえここにいる!?」
ドラゴンがそう問いかけるのを、しかしレイは聞いていないみたいだ。
ドガァン!
ものすごい衝撃音と共に、レイがドラゴンの顎を蹴り上げた。
「キライ!」
レイはドラゴンにそう叫ぶと、次にパンチを繰り出す。
「グウゥ!」
キックとパンチで、ドラゴンは再び湖に沈む。
しかしそれでもレイは止まらず、ドラゴンへの攻撃が続く。
「これ、まずはワシの質問に答えぬか!
全く、相も変わらず他者の話を聞かぬヤツだな!」
しかしそんなレイの猛攻をものともせず、ドラゴンがまたまたザッパーンと湖に立ち上がる。
おいおい、レイのその名の通り一撃必殺を何度も受けているのに、凄いタフだな!?
ドラゴンだから特別なのか!?
それにしても、このドラゴンはレイを『鬼神』と呼んだ。
鬼神スキルのことを知っているのか?
けどレイは、あのコンピューターの様子だと、少なくとも千年は眠っていたはず。
ドラゴンって、そんなに長生きなのか?
けど、そのレイが初期化されて中身0歳児なのは知らないみたいだ。
あのドラゴンって、話が出来そうな相手ではあるっぽいけど、レイとドラゴンの対決に割って入るのは、僕には無理だ。
確実に巻き添えで第二の人生が終わってしまう。
「……って、あれ?」
レイとドラゴンをハラハラしながら眺める僕の視界に、赤い色がかすかに掠めた。
ドラゴンは茶色いし、レイの服装にも赤い色はなかったはず。
なら一体なんの色……って、あれって血!?
よく見たら、レイの拳から血が出ているじゃないか!?
これまで魔物相手に生身で殴る蹴るをしても、無傷だったレイ。
だけどあのドラゴンは固過ぎたのか!?
「レイ、やめるんだ」
しかしまだ回復が追い付かないのか、さっきよりはマシとはいえ、大声にならない。
けど早くしないと、レイの怪我が酷くなってしまう!
……えぇい、こうなったら強硬手段だ!
「氷結!」
僕はまず、レイに魔術を放つ。レイの身体を氷の塊が包み、そのまま湖に向かって落下し、ドラゴンの背中に落ちた。





