65話 気になるレイ
「レイ、どうした?」
口の周りに大麦のご飯つぶをたくさんつけているのを、とってやりながら聞くと。
「やま」
するとレイが、ゴルドー山を指さした。
「気になるのかい?」
「やっぱり、なんかいる」
尋ねる僕に、レイがコックリと頷いた。
普段、あまり自分から主張をしないレイが、こうまで繰り返し言うのって、珍しいことで。
これを無視するわけにはいかないよね。
それに、なんだか調査隊の事が心配になってきたかも。
生体兵器がこんなに気にしていることを、いくら上位冒険者といっても、本当に大丈夫なのか?
もしレイなみに強い魔物とかが出たら、太刀打ちできないよね?
いや、レイ並みの魔物とか、そうそうないとは思うんだけど。
けどなぁ、うーん……。
一度、ゴルドー山に登ってみるか?
いっそ、それがいい気がする。
ゴルドー山は現在、入山規制がかけられていて、調査隊以外はいないはず。
誰とも会わないようにこっそり登ってちょっと様子を見て、こっそり降りるっていうのはどうだろう?
僕がそんな思案をしていると。
村人であろう髭モジャ男が、こちらへ近づいて来ているのが見えた。
「なあ村長、ウチの息子をみてねぇか?」
そしてモーリスさんに、困った顔でそう話しかけてくる。
「ヤン、なんだトムか?
大方、そこいらで子ども同士集まって遊んでいるんだろう」
モーリスさんが言う通り、広場から離れたところから子どもの歓声が聞こえてくるんだけど。
ヤンさんは首を横に振る。
「そう思ったんだけどな、どこにもいねぇんだわ。
あんなことがあったばっかりだから、一応ちゃんと探しとこうと思ってるんだが」
なるほど、目を離した隙にいなくなったから、無事な姿だけ確認するつもりでいたら、どこにもいないと。
「あの、トムくんという子は幾つですか?」
「あ? ああ、あんちゃんが冒険者か」
僕が尋ねると、ヤンさんはモーリスさんばかり見ていたようで、初めていることに気付いた顔をした。
頭の中がトムくんのことで一杯で、他の事が考えられないんだろうな。
「トムは今六歳だ」
それでも、ヤンさんが答えてくれる。
六歳か、じゃあ意外と遠くまで行けちゃう年齢ではあるな。
そりゃあ心配だろう。
「こんな賑々しい時にトムのことで騒がせるのも悪ぃと思ってよ。
カミさんと二人で探しているんだけどなぁ」
ボヤきと心配が混ざったようなヤンさん。
うーん、僕もスキルで探してやりたいところだけど、生憎そのトムくんという子を知らないんだよね。
それでも、なんとかなるのかな?
僕はこっそりパネル地図を表示させる。
このパネルはレイにも見えるから、誰にでも見えるんだと思うけど、実際に見せたりはしていない。
けれども出来るだけ気付かれないようにと、設定を弄って背景の透明度を上げている。
だからよーく見ないと気付かれないはずだ。
で、その地図で試しに「人間の六歳の男の子」という条件で検索をかけてみる。
すると村の子であろう反応が複数写る中。
「うん?」
なんと一つ、村の外に反応があった。
しかもゴルドー山方面だ。
「あの、ゴルドー山って、六歳の男の子が一人で滞在するような決まりがあったりしますか?」
山の神事的な理由があるかもしれないと思って、一応聞いてみたんだけど。
「は? そんな素っ頓狂な決まりがあるわけないだろうが」
ヤンさんが目を丸くして、モーリスさんも「なに言ってるんだコイツは」みたいな顔になる。
「あのですね……」
僕がこの反応についてどう説明するかと、迷いつつも切り出そうとした時。
「アンタ、大変だよ!」
そう叫びながらこちらへ駆けて来たのは、小さな女の子を抱えた女の人だった。
「ギルのところの嬢ちゃんじゃねぇか。
親父さんはどんな具合だ?」
ヤンさんが心配顔を消して、優しい顔になって女の子に話しかける。
「あの娘の父親は、一番酷い怪我でしてね。
トツギさんが間に合わなかったら手当てが遅れて、死んでしまっていたかもしれない。
本当に助かって良かった。
幸いにもギルは出血が止まるのが早かったし、他にも軽症者は気が付いたら傷が無くなっていたりと、不思議な現象が起きたみたいですが」
その傍ら、モーリスさんが僕に説明してくれる。
ああ、あの怪我人たちの中でも酷そうだった人か。
明日の朝に完治するように治癒をかけたけど、症状を軽くする効果はすぐに出たみたいだ。
そして軽症者は明日を待たずに治った人がいると。
安心してください、ギルさんも明日の朝には治っていると思われますので。
口には出せないから、心の中で教えておく。
そんな僕の内心はともかくとして、女の人は慌てていた。
「それが大変なんだ、ギルのために薬草をとってくるって、トムが……!」
「はぁ!? もしかして村の外へ出たのか!?」
女の人が懸命に説明するのに、ヤンさんが驚く。
ってことはつまり、トムくんは一人でこっそり村から出て、薬草を探しに行ったってこと?
まさかの単独行動とか、そりゃめちゃくちゃ危ないよね?
「あたしが、泣いていたから、トムがまかせろって」
女の子も大変な事態だと理解できたのか、涙目になっている。





