56話 商業ギルドにて
そして到着した商業ギルドの建物は、冒険者ギルドから荒々しさや雑多な感じを取り除いた、まさに銀行みたいな場所だった。
僕は開いている窓口へ行って、そこに座っている受付のお姉さんに冒険者ギルドのカードを見せた。
「すみません、口座を作りたいんですけど」
「はい、わかりました」
お姉さんは僕のカードを受け取り、コンピューターのような物体に差し込んだ。それから待つことしばし。
お姉さんは僕にカードを戻しながら言った。
「トツギ・アキヒサ様、新技術料の支払い依頼がございますね」
「……はい?」
言われたことの意味が分からず、僕は間抜けな声を上げる。
ちなみにレイは僕の足元に座り込んで、長くなるのを見越して出しておいた積み木でシロと遊んでいる。
ともあれ、詳しく説明を求めたところによると。
新技術料の支払者は、リンク村の「森のそよ風亭」のグルーズさんと、ここニケロの街の「とまり木亭」のご主人。
それぞれフレンチトーストとパンケーキの提案料らしい。
聞いてないよ、そんなの!
これに驚くなという方が無理だけど。
そう言えばリンク村の食堂で、ガイルさんとギルドが云々という話をしていたか。
グルーズさんは僕がどこかのギルドへ登録すれば、いつか商業ギルドへ口座を作りに行くだろう、と考えたのかもしれない。
そして「とまり木亭」のご主人は、完全なるサプライズだろう。
それにしても二人とも、フレンチトーストとパンケーキを独占しようと考えなかったんだな。
まあ僕でも作れるくらいに作り方は簡単だし、遅かれ早かれ真似する店が出てくるだろうから。
それくらいなら登録してしまって、「元祖」の称号を得た方がいいと考えたのかも。
とにかくこれで、また思わぬ収入を得てしまったわけで。
これはちょっと値が張った買い物ができちゃうかも!?
そんなこんなをしていると、僕の足元でレイが積み木の大作を作り上げていた。
けど過去を振り返らない質らしきレイは、気前よくガッシャーんと壊してしまい。
むしろ周りで積み木の完成を見守っていた大人たちが、「あぁ~」というため息を漏らしていた。
鍛冶屋と商業ギルドでレイをかなりほったらかしにしていたので、そのお詫びを込めて屋台通りへ行っておやつ休憩にすることにした。
買ったのは黒パンを揚げて蜂蜜を絡めたもの。
多分古くなった黒パンのリメイクなんだろうけど、サクサクとした食感で案外美味しい。
シロにも揚げパンをやりながら、レイに話す。
「レイ、あとお布団を買ったら終わりで、宿に帰るからね」
「おふとん?」
「そう、旅中でも安眠したいからね」
旅の時間が長くなれば、いつまでも毛布に包まって済ませるのもどうかと思うんだよね。
どうせなら、ちゃんとした布団で寝たいじゃないか。
幸い鞄のおかげで荷物は嵩張らないわけだし。
泊りがけの仕事に行くことになるなら、絶対に布団を買おうと思ってたんだよね。
そんなわけで、おやつを食べ終えた僕たちはリーゼさんに事前に教えてもらっていた寝具店へ向かうと、無事フカフカの布団をゲットした。
それから宿へ戻ると、厨房の片隅を借りてパンケーキやおかずの作り置きに励む。
作るのは、念願の牛丼だ。
実は鍛冶屋で買っていた大麦を炊く用の鍋で、ご飯を大量に炊く。
ちなみに大麦の炊き方は簡単で、大麦を倍量の水で中火で茹で、しばらく蒸らしたら完成だ。
母さんが健康志向だったから、よく大麦のご飯を炊いていたんだよね。
この炊き立ての麦ご飯入り鍋を鞄に入れておけば、いつでも炊き立てが食べれるわけだ。
そして牛丼の具はレイでも食べやすいように、これまた鍛冶屋で買った鍋でトロトロに柔らかく煮込む。
肉を事前に玉ねぎっぽい野菜とオラの実オイルに漬けておくことが、柔らかく仕上げるポイントだ。
ちなみに煮込むタレはさすがに僕一人だと手に余るので、牛丼作りを興味深そうに見守るご主人に味のイメージを伝えて監修してもらった。
醤油がまだ見つけられてないので、日本の牛丼を完全再現というわけにはいかないけど、なんとかそれっぽい味になった気がする。
そしてご主人が牛丼をお店のメニューに出すにはちょっと難しいけれど、賄いとして食べたいと言ってきた。
まあ、高級店路線なここ「とまり木亭」だと、確かに牛丼をメニューに載せたらイメージ違いかな。
異世界牛丼は二人の合作なためもちろんOKした。
大麦を炊いたことには驚かれたけど、地域によっては食べるんですよと話すと、そんなこともあるのかと納得してくれた。
地域っていうか、異世界だけどね。
そんな牛丼を仕込んでいる間、僕はご主人に商業ギルドへ行ってきた話をした。
「びっくりしましたよ、もう」
「ははっ、っていうか口座作るの遅かったな」
冒険者ならいつか商業ギルドで口座を作るだろうから、その時の驚かせようと思ったらしい。
うん、予想通りだった。
驚かせた詫びだと、ご主人からピクルスを譲ってもらったけどね。
ありがたく美味しく食べさせてもらいますとも!





