53話 レイの癇癪
ブリュネさんの農園を訪れてしばらく、僕たちはニケロの街周辺での狩りに精を出していた。
というのも、冒険者ギルドで調べた結果、やはり街周辺の狩場とされる場所では、魔物の群れが相次いで目撃されていたのだ。
ギルドとしてはこれはなにが原因なのかと、ゴルドー山への調査隊派遣を急いでいるようだ。
そしてこれでまたもや初心者が行ける現場が減ってしまい、冒険者ギルドには連日初心者たちが苦情を言い立てる姿が目撃されている。
そして僕たちはというと、なにかの切っ掛けで群れている魔物が暴走しては危ないというとこで、ニールさんから群れている魔物の間引きを連日依頼されている。
宿への滞在費なんかは十分稼げているんだし、あまりあくせく働くこともないかと思うんだけどね。
ニールさんが大変そうなのを見ると、つい「やりましょうか?」って言っちゃうんだよね。
ああ、悲しいかな社畜根性……。
けどさすがに、三歳児を連日仕事へ付き合わせるのはどうなんだろう?
子供の育成環境としてはイカンだろう。
そんな風に考えた僕は、ある日レイにこう切り出してみた。
「ねえレイ、毎日お仕事ばっかりだと疲れるよな?
だから今日は僕一人でお仕事に行こうかと思ってるんだ。
レイはシロと宿でお留守番……宿で待っておくかい?」
僕ができるだけ穏やかに話しかけると、レイは最初無反応だった。
けどだんだんとこの世の終わりのような顔になり。
「いやー! レイもいくー!」
大音響で叫び、地団太を踏んで泣き出した。
いつも超絶無口無表情のレイが、まさにギャン泣き体勢。
「レイ!? ちょっと!?」
こんなに激しく泣くレイなんて初めてで、僕はオロオロとするばかり。
「いくのー!」
「わかった、わかったよレイ」
叫び続けるレイをとりあえず抱き上げ、トントンと背中を叩いて落ち着かせようと試みていると。
「どうかしましたか!?」
するとそこに、宿の女将さんであるリーゼさんがやってきた。
どうやらレイの泣き叫ぶ声は一階にまで聞こえたようだ。
「すみませんお騒がせして、実は……」
こうなった経緯をかくかくしかじかと説明すると、リーゼさんは困ったような顔をした。
「アキヒサさんの気持ちは分かりますし、私としては可愛いレイちゃんを日中私たち夫婦で預かりたいくらいですけど。
本人が行きたいと言うのだし、こんなに泣いているのを無理に宿に留めるのは可哀想よ」
「まさに、今そう思っています。
まさかこんなに泣かれるとは思わなくって」
そうリーゼさんと話す間も、レイは叫ぶのは止めたものの。
グズグズと鼻水を鳴らしながら「いくんだもん」と呟いていて、宿へ置いてけぼりに断固反対の姿勢を示している。
僕は三歳児に社畜生活を強いるなんて事態を避けたかっただけなんだけど、レイからすると「置いて行かれる」という喪失感の方が強かったようだ。
……そうだよね、僕はこのレイの唯一の保護者なんだ。
普段無口だからつい聞き分けがいいと勘違いしちゃうけど、精神年齢0歳児で。
保護者と離れるなんて、不安じゃないわけないか。
「そうだねレイ、ごめんね変な事を言っちゃって。
今まで通りに一緒にお仕事しよう」
「……ん」
僕がレイを抱き上げて目線を合わせてそう言うと、レイは涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔でコックリと頷いた。
まあレイが疲れたら、魔物が入らない結界を張ってピクニックしてもらえばいいんだし。
そう神経質になることもないのかな。
こんな大騒ぎをして、その日は仕事をするのをやめにして、一日レイとゆっくり過ごした、翌日。
「今日はどんなお仕事があるかね~」
「まものたいじ」
僕たちがそんな話をしながら、朝から冒険者ギルドへ依頼を見にやって来たら。
「あれ……」
見たことのある背格好の人を見かけた。
「もしかして、ガイルさん?」
「あ? おぉ、アキヒサじゃねぇか」
僕がそう呼び掛けるとこちらを振り向いたのは、リンク村で出会ったガイルさんだった。
「ちゃんとチビもいるな」
「ん」
ガイルさんの視線が僕の足元に向くと、そこにいたレイが胸を張って存在を主張しつつ、抱えていたシロを持ち上げた。
「なんだぁ?
ウィングドッグの子どもたぁ珍しいな」
そのシロを、ガイルさんがしゃがんでしげしげと見る。
そう言えば、シロについて改めて誰かに聞いたことがなかったな。
「このあたりだと、ウィングドッグは見ないんですか?」
この際だからとガイルさんに聞いてみると、「ああ」と頷く。
「もっと離れた場所に住んでいるはずだぜ」
「やっぱりそうなんですね。実は……」
僕がシロを発見した状況を説明すると、ガイルさんが立ち上がりつつ「なんとまぁ」と零すと、呆れ顔でシロに目をやる。
どんくさいと言いたいんだろうなぁ、僕も同じように思ったし。





