36話 幼児VSオネェ
「はじめ!」
ブリュネさんが合図を発した瞬間。
「……」
レイが無言で地面を蹴ったかと思えば姿を消し、気が付けばブリュネさんの真横にいた。
「速ぇ!?」
野次馬から驚愕の声が上がる。
その体勢から繰り出されるレイの蹴りを、ブリュネさんが木剣で受け止める。おお反応してる、凄い!
あ、でも木剣が折れないから、レイも一応手加減をしたらしくてホッとする。
一方でレイは木剣を足掛かりにして、さらに高く跳躍する。
どうやら狙うは頭か。
レイは身体が小さいから、身長差から的を絞らないと狙うのが難しいもんな。
確実にダメージを与えようと思ったら、自然と防御が難しい頭狙いになるんだろう。
しかしそれも躱されて、レイは一旦ブリュネさんから距離をとって着地する。
「こんな子どもなのに、なんて重い蹴りなのかしら」
ブリュネさんが木剣を握り直しながらそう零すが、僕からはレイが魔物相手の時と違って、威力を抑えているのがわかる。
しかしそれからは、両者のまるでバトル漫画のような応酬が続く。
レイから繰り出される蹴りや拳を、ブリュネさんが受け止める。
ブリュネさんからは攻撃しないのは、これがあくまでレイのお試しの試合だからだろうか?
……受け止めるので精一杯、とかじゃないよね?
でもなぁ、なにせレイはビックベアやイビルボアを一撃で仕留める幼児だし。
それが生身の人相手に力が向かうとなると、けっこうな圧を感じるんだと思うよ。
あれだ、人が突然熊の前に放り出されると、硬直して動けなくなるみたいな。
だからレイが力を加減しているとはいえ、受け止めるブリュネさんだって凄いんだと思う。
僕がそんなことを考えながら、まるで残像が見えそうな両者の対決を眺めていると。
「面白いじゃないの、この子!」
なんと、ブリュネさんが剣を捨てた。
そして僕から見えた、レイのいつも動かない表情が、微かに笑ったのが。
あ、ヤバい、なんかスイッチが入った気がする。
鬼神スキルの本気は、下手したらこの場にいる全員に被害が出かねない。
「待ってレイ、そこまで! 『氷結』!」
僕はレイが地面を蹴る直前にかろうじて間に合った魔術で、レイの足元を凍らせた。
レイはしばしもがいていたが、やがて動くのを止め。
「……うごかない」
そう言って僕を見たレイは、いつものレイだった。
よかった、レイがすぐにクールダウンしてくれて!
多分レイが本気なら、この足の氷だって砕きそうな気がするし!
「動けなくしたからね。
レイ、今本気で止めを刺しに行こうとしたでしょう?
それはダメだって説明したよね?
そういうのを反則って言うんだよ?
これは試合だから、反則したら負けだね」
「……!」
レイが「ビックリ!」という顔をする。
「レイ、負けを素直に認めるのが、試合の決まりなんだよ」
僕がそう告げると、レイはしょんぼりして頷き。
「……まけ」
そう言った。
レイの初の負けである。
でも負けることで得ることもあるわけで、これもいい経験なはず。
そうなると、この試合を提案してくれたブリュネさんに感謝だな。
そのブリュネさんはというと、呆気にとられた顔をしている。
「……なんなの、これは」
そうだよな、レイの本気を知らないと、僕が勝手をしたってことになるもんな。
「すみません割り込んでしまって。
この子に良くない兆候が出たもので……」
「それはどうでもいいのよ!
その氷は一体なんなのよ!?」
僕の謝罪に、しかしブリュネさんの指摘したのは違うことで。
え、こっち!?
「なにって、魔術ですよね?」
疑問形ながらもそう話す僕に、ブリュネさんが頭をかきむしる。
「馬鹿を言うんじゃないわよ!
魔術であんな威力が出るわけないじゃないの!?」
そして絶叫されてしまった。
……そうなの?
それから場所を移動して、再びさっきの部屋――ブリュネさんに執務室へとやって来て、再びソファーに向き合って座っている。
「で、アレが魔術ですって?
冗談だったら面白いとは思うけど」
そう言って渋い顔なブリュネさんに改めて聞いた話によると、魔術についての認識が、僕とこの世界の人たちとで違うみたいなんだよね。
ブリュネさん曰く、魔術といえば生活で使うちょっと便利な技。
蝋燭に火をつけたりとか、そよ風を吹かせて涼んだりとか、両掌に水を溜めたりとか、小石を生み出したりとか。
その程度のもので、主に生活に使う技なのだという。
すなわち、攻撃魔術なんてものは存在しないと、そういうわけで。
「はぁ? そんなわけないでしょう」
これを聞いて僕は思わずそう漏らす。
だってあのコンピューターは「なんとか生きていける」って言っていたんだよ?
それって最低限の力なんだって思うよね?
あれか、千年単位のタイムラグ。
コンピューターが知っている時代から、魔術が廃れているのかも。
だとしたらこれはマズい、レイよりも僕の方がマズい気がする。
レイは異常に強い幼児というカテゴリーだが、僕は謎の攻撃魔術を扱う危ない男という認識になりかねない。
「えっと、僕の故郷では、魔術とはこういうものなんですよね」
「はぁん?」
そう誤魔化す僕を、ブリュネさんがジロリと睨む。
怖いんで、睨むのやめてもらえませんかね?
あのコンピューターからすごいスキルを貰っても、中身は小心者の社畜なんですから。





