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35話 試験をするらしい

しかしトレイにあるカードは僕一人分だけ。

 これに、ブリュネさんが眉をひそめる。


「この子の分も用意するように、言ってなかったかしら?」


低い声で告げるブリュネさんに、彼が驚く。


「え、本気で言っていたんですか!?」


あの様子だとどうやら本当は、レイの年齢だと駄目なようだ。


「いいのよ、私が許可するわ」


「しかしですね……」


ブリュネさんがそう言っても、彼はなおも渋る。

 それはそうだろう、普通はこんな幼児を戦うこともある仕事に就けようとは思わないだろうしね。

 ともあれ意見が合わないことで、これは駄目かなと考えていた僕だったんだけど。


「そうだ!」


ブリュネさんが「いいことを思いついた」という顔をした。


「ボウヤ、私と手合わせしない? それで決めましょうよ!」


「はい?」


この意見に、職員の男が「なに言ってるんだコイツは」という顔をしている。


「レイと、ブリュネさんが試合ですか?」


僕も驚いた声を出すと、話をまるで他人事みたいな顔で聞きつつ、シロと一緒にお菓子をモグモグしていた当のレイが、お菓子を頬張ったまま顔を上げる。

 ……レイ、もうちょっと口に入れる量を加減しようか。

 リスの頬袋みたいになっているから。

 でもこのレイを、人と戦わせるってことが不安なんだけど。

 さっきの酔っ払い相手もそうだったけど、人相手の戦い方を知っているようには思えない。

 なにせいきなり止めを刺しに行くくらいだから。

 しかしブリュネさんはやる気のようで。


「大丈夫よぉ、ワタシだってこんな子相手に本気出したりしないわ。

 ちょっとどのくらい動けるのか見るだけよ」


「ですがね」


「いやぁ……」


この意見に、男と僕は渋い顔をする。

 彼と僕とは考えていることが真反対だろうけど。

 そんな僕たちの反応を横目に、ブリュネさんはソファから立ち上がり、レイの傍へ行くと膝をつく。


「ねえボウヤ、レイちゃんっていうのね。

 ワタシとちょっと遊ばない?」


「あそぶ?」


「そうよ、戦いごっこをして、倒れた方が負けなの。

 楽しく遊ぶのよ」


レイはブリュネさんの言葉を聞いて、僕の方を見ると。


「あそぶ?」


そう言って首を傾げる。

 ああ、遊ぶという行為をしたことないもんね。


「うーん、リンク村でベルちゃんとたまに追いかけっこして楽しんだだろう?

 ああいうのをやろうってさ。

楽しくするのが遊びだから、相手を泣かしたりしちゃダメなんだよ?」


「ないちゃダメ」


レイが「わかったぞ」と言いたげにコックリと頷くが、本当にわかっているのかな?


「じゃあ決まりね!」


レイの反応を了解と受け取ったブリュネさんが、嬉しそうに立ち上がる。

 というわけで、レイとブリュネさんが試合をすることとなった。

 え、マジで?


というわけで部屋から移動して現在いるのは、冒険者ギルドの裏にある、冒険者たちが訓練のために使う広場になっている場所だった。

 そこに並び立つブリュネさんと、幼児のレイ。


「なんだなんだ」


「今からなにが始まるんだ?」


訓練場を使っていた冒険者たちが、手を止めて野次馬となって群がる。

 そんな中で僕はレイの傍にしゃがみ、小声でくれぐれも言い聞かせている最中だった。


「いいかい? レイ。

 今からやるのは試合っていうので、止めを刺しちゃダメなんだよ?

 ブリュネさんはレイがどんな子で、どんな風に動くのかを知りたいんだって。

 だから魔物とかにするみたいに全力で殴ったり蹴ったり、いきなり息の根を止めにいったらダメ、わかる?」


戦いを始めると、レイに僕の声が届くのかわからない。

 なのでこうしてブリュネさんは「敵」ではないんだって何度も話しているのだ。

 ブリュネさんがどれだけ強いのか未知数だが、レイは鬼神スキルMAXの生体兵器なのだ。

 レイが本気を出したら、ブリュネさんの人生が終わる可能性が高い。


「あそぶ」


僕の心配に、しかしレイは「わかっているとも」という顔で頷きを返す。

 それが逆に不安だ。

 僕の「遊び」とレイの「遊び」は、本当に同じ認識なんだろうか?


「そろそろいいかしらぁ?」


僕の尽きない心配なんて知るなずのないブリュネさんから、そう声をかけられた。


「大丈夫よぉ、ワタシだって子どもをイジメる趣味はないから」


そう言ってカラリと笑うブリュネさん。

 こうなっては、レイを信じるしかないか。


「レイ、『楽しく』だからね」


最後の念押しに再びコックリと頷くレイから、僕は離れた。

 そして改めてブリュネさんを見ると、手に持っているのは木剣だ。

 ブリュネさんの戦闘スキルの中では剣が一番低いんだけど、それは本気でやらないという現れなんだろう。


「じゃあいくわよ」


ブリュネさんがそう言うと、軽く木剣を構えた。

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