32話 幼児×酔っ払い=危険!
宿の受付にいた女将さんに場所を聞いて、歩くことしばし。
「ここかぁ、なんかそれっぽい雰囲気かも」
到着した僕は建物を見上げる。
石造りの二階建てで、剣と盾がモチーフの看板が掛けられている。
日本で小説とかゲームとかでの冒険者のイメージって、荒くれ者って感じなんだけど。
この世界だとどうなんだろうか?
ちょっと緊張するなぁ。
そんなことを考えながら、冒険者ギルドの入り口を開けると。
「なんだよ、もうちょっと高くてもいいだろう!?」
「どうかお願いします!」
「なんかいい仕事ない?」
「おーい、メシ行こうぜ!」
色々と雑多な声が一気に押し寄せてきた。
うーん、人がいっぱいいるなぁ。
「レイ、シロが踏まれないように、しっかり抱えていてくれな?」
レイは誰かに蹴られたりするような、鈍臭いことにはならないと思うけど、シロはもみくちゃになる気がする。
片手で僕のコートを握ってもう片手でシロを抱えていたレイは、僕の意見にコックリと頷いてシロを抱え直す。
でもそれ、シロの首が締まっているみたいだから、ちょっと手の位置を治そうか。
そんなこんなをして中に入ると、入ってすぐはホールみたいになっていて、正面に日本の銀行のような長いカウンターがある。
そこにズラッと人が並んで座っていて、その人たちの前に皆が並んでいる。
あそこが受付で、仕事を貰う場所なんだろうな。
となると、僕たちもあそこのどこかに並ばなくちゃいけないわけで。
さて、じゃあどこへ並ぼうかな。
そんなことを考えてキョロキョロしていると。
「なんだぁ? 邪魔なんだよ!」
背後から男の声が聞こえた。
後ろを振り返ると、三十代くらいの男が立っていた。
剣や防具を装備していて、明らかに冒険者だ。
「あ、すみません」
確かに僕たちが入口すぐのところで止まっていたので、邪魔だなと思って移動して、場所を空けたんだけど。
「子どもとペット連れたぁ、冒険者ナメてんのかぁ、ああ!?」
何故かそのままこっちに絡んできた。
ってこの人酒臭い!? 朝から酔っ払いか!
宿屋でも聞いてきたんだけど、冒険者ギルドには街の子どもたちも登録していて、街中のお遣いみたいな安全な仕事で小遣いを稼いでいるという。
だからレイは幼過ぎるだろうが、連れて行っても怒られるということはないという話だったんだけど。
それに冒険者ギルドには依頼をしに来る人もいるんだから、子どもとペット連れだからと理由で絡むのはいかがなものだろうか?
まあこういう冷静な意見が、酔っ払いに通じるかは謎だが。
しかし、今の僕が気にするべきはそこではない。
鬼神スキル持ちが、あからさまに喧嘩を吹っ掛けられたらどうなるか?
その答えが、目の前で実演されようとしてるのだ。
レイがシロを宙高くにポーンと放り上げ、目にもとまらぬ速さで床を蹴って跳躍し、男の真横で体勢を整え攻撃態勢に入っている。
コラコラ、ビックベアと同じ威力で攻撃すると、人の頭なんて簡単にグロいことになっちゃうからね!?
「レイ、攻撃止めて!」
僕の声に、レイは攻撃を止めてくれたのはいいんだけど。
相手の肩を軽く蹴って体勢を変え、くるりと宙返りして着地する。
……男の頭の上に。
そしてそのレイの頭の上にシロがパタパタと飛んできて、ふわっと着地する。
それはまるでトーテムポールだ。
この様子は、当然この場にいた全員から丸見えなわけで。
ドゥァハハハハ!
周囲からドッと笑いが起きる。
「なにやってんだ、おめえはよぉ!」
「かわいくなったじゃねぇか!」
「ボウやはすげぇなぁ、軽業師の子か?」
やんや、やんやと囃し立てる周囲に、その酔っ払いの男はただでさえ酒で赤い顔を、ますます赤くしていく。
「てめぇら、みんな馬鹿にしやがってぇ!」
そう叫んで上半身をブルりと振ると、当然ながら当然ながらレイとシロはバランスがとれなくなって落ちる。
それでもスマートに床に着地したレイには、競技なら10.0をあげたい。
それにしても、この頭に血が昇っている酔っ払いの男をどうすればいいのか?
魔術でなにかいい手があるかと考えるが、まだそれほど魔術の技を試していない。
こうした場面での、敵を傷付けずに無力化する手段が必要だったなと、今更ながらに思い知る。
しかし今考えるべきは反省ではなく、目の前の男をどうするかということだ。
早く手を打たないと、今度こそレイが本気で攻撃してしまいそうだ。
こうして、僕は最善の手を思案していると。
「なぁにをしているのかしらね、全く」
カウンターの奥から、静かな声が響いた。





