30話 旦那さんはすごい人
カウンターに取り残された僕らが、ボーッと待っていると。
「ほら、この人たちよ!」
そう言いながら、あの彼女が優しそうな男の人を連れて戻って来た。
「あんたたちかい?
グルーズさんからの紹介状を持って来たっていうのは」
「あ、はいそうです」
彼の質問に、僕は肯定の返事を返す。
ちなみにグルーズさんというのは、「森のそよ風亭」の旦那さんの名前だ。
「リンク村で『森のそよ風亭』という宿屋に滞在しまして。
そこの方から『ニケロの街へ行くなら宿を紹介してやる』って言われまして。それを貰いました」
「リンク村だと!?」
僕の説明に、彼は仰け反って驚愕する。
「まさか、そんな近くにいたとは……」
そしてガックリと肩を落とす彼の様子に、僕はなんのことかわからず、戸惑うばかりだ。
「あの、それで宿泊はできるんですかね?」
恐る恐る尋ねる僕に、二人はハッとした顔になる。
「もちろんよ! それにぜひお話を伺いたいわ!」
というわけでよく状況がわからないながらも、とりあえず三日分で前金を払った。延長したい時は、その都度ということで。
こうして彼女の方に案内された部屋は、落ち着いた雰囲気でまとめられた、居心地のよさそうな室内だった。
明るい光が差し込む窓からは、外の景色がよく見える。
僕たちが荷物を置いて寛いでいると、一旦離れた彼女がお湯を張った桶を持って戻って来た。
このお湯で旅の汚れを落とすのだ。
やはり彼女はこの宿の女将さんで、名前をリーゼさんといった。
「さっきはごめんなさいね。
主人はグルーズさんがどこにいるのか、ずっと探していたものだから」
「そうなんですか?」
それはまた、どういった理由だろうか。
なにか悪さをしたとかじゃないといいんだけど。
グルーズさんは強面だったけど、いい人だったし。
そんな僕の不安を感じ取ったのか、リーゼさんが「悪い話じゃないのよ」と前置きしてから、説明してくれた。
「うちの主人とグルーズさんは、以前に同じ料理店で働いていたの」
そこは有名な高級料理店らしく、グルーズさんは料理長だったそうだ。
高級料理店の料理長とは、それは確かにすごいな。
日本でもそうした立場の料理人は、一目置かれるものだし。
そしてご主人はそんな料理長を尊敬して慕っていたという。
「グルーズさんの料理のファンもたくさんいたのだけれど、突然店を辞めてしまったの。
娘さんが病弱でね、空気のいい土地に行くって言って」
娘さんって、あのベルちゃんが?
「すっごく元気な娘さんでしたけど」
「あら、じゃあ元気になったのね。よかったわ。
リンク村は空気のいい所だし、水や食べ物も美味しいですものね」
ともあれ、突然店から去って姿を消してしまったグルーズさんに、ご主人はすごく気落ちしてしまったらしい。
それまで仲がよかったのなら、置いてけぼりにされた気分になったんだろうなぁ。
けれどグルーズさんの方も、相談しても引き留められるのがわかっていたから、あえてなにも言わずに姿を消したとか?
僕の想像でしかないけど、あの人のことだから意地悪でじゃない気がする。
「でもリンク村にいたって知らなかったのなら、あの夫婦は元々あの村が故郷だったとかじゃないんですか?」
「いいえ? 二人とも確か王都の生まれだったはずよ。
だからビックリしちゃったわ」
僕の質問に、リーゼさんは本当に驚いた顔になる。
そうか、リンク村はあの夫婦がベルちゃんのために探して、たどり着いた場所だったのか。
それにそんなにスゴい料理人なら、あの食堂目当ての客がいるのは分かる気がする。
たとえ遠回りでも、美味しい料理って旅の目的にだってなるからね。
「でも、そんな有名な店にいた料理人なら、すぐに知れ渡りそうなものですけど」
「あの人ったら、自分から名声を吹聴するような柄ではなかったし、そもそも立場に執着してもいなかったもの。
だからあっさり店を辞めてしまえたのでしょうし」
なるほど。
あまり自己主張する質じゃないっていうのは、なんかわかる気がする。
でもこうして紹介状を書いてくれたってことは、グルーズさんの方はこの店の事を知っていたっていうことで。
「主人は『独立したい』って言って店を出て、ここに店を構えたの。
だから知っているお客様はそれなりにいて、その頃からのお客さんも結構いるのよ」
こうしてここの宿の料理が美味しいって話が、リンク村まで流れたっていうのはあり得る話だ。
なにせ多少遠くても道沿いにある村なんだから。
人に歴史ありっていうけど、本当にそうなんだなぁ。
ちなみにこんな話題に全く興味のないレイはというと、シロをお湯の張った桶に浮かべて遊んでいた。





