23話 初めてのプレゼント
しかしベルちゃんは安心したら身体に力が入らなくなったようで、立って歩けそうにない。
僕はレイをコートに引っ付け、ベルちゃんを抱き上げて、村へと戻ることにした。
うーん、日本にいた頃は十歳の子供を抱き上げて歩くなんて体力、なかったはずだけど。すごいなこの身体。
それにしても、ベルちゃんは一体どんな用事で森まで来たんだろう?
「ベルちゃん、どうして一人で森に来ちゃったの?」
僕は叱る口調にならないように、努めて静かに尋ねる。
子どもって一見無茶に見えることをしていても、ちゃんと理由があるものだ。
それが、大人にとってはくだらない理由だったとしても。
かくいう僕も昔、似たような経験があるしね。
ベルちゃんはグズグズと鼻を鳴らしながら、僕とレイを見た。
「アキヒサお兄ちゃんとレイちゃん、明日行っちゃうんでしょう?」
そう言ってベルちゃんは、ずっと握っていたものを見せてくれた。
それは綺麗な薄紫色の花だ。根っこごと引っこ抜いたのか、土がついている。
「あのね、このお花、この森にしか咲かないお花なの。
怪我なんかをあっという間に治す薬が作れるんだって、旅の人が言ってた。
だから、レイちゃんに持っていってもらおうと思って」
ベルちゃんの話に、僕は胸があったかくなる。
そうか、ベルちゃんは小さなレイの旅の安全を願って、ここまでこの花を採りにきたのか。
きっと子どもの足でここまで来るのは、大変だっただろうに。
僕はベルちゃんを地面に降ろすと、レイと向き合うように立たせた。
「レイ、ベルちゃんがとっても素敵なプレゼントを用意してくれたよ」
僕がそう言ってベルちゃんの背中を軽く押す。するとベルちゃんがレイに向かってあの花を差し出した。
「コレ、レイちゃんにあげる。
レイちゃんが怪我をしちゃ嫌だけど、もし怪我しちゃってもコレで直してね」
ベルちゃんの言葉に、レイがきょとんとした顔をする。
そんなレイの小さな手に、ベルちゃんが根っこが付いたままの花を乗せた。
するとレイは、握りつぶしてしまわないように、恐る恐ると言った様子で握る。
どうすることもできず固まっているレイに、僕は尋ねた。
「レイ、こういう時になんて言うのか、わかるかな?」
レイは僕を見て、ベルちゃんを見たら、やがて口を開く。
「……ありがとう」
僕は「よくできました」という気持ちを込めて、レイの頭を優しく撫でて、ベルちゃんを抱きしめた。
それから村へ戻ると、「森のそよ風亭」の前で、女将さんと旦那さん、そしてベルちゃんを捜索していた村人たちが待っていた。
「おかあさぁぁん! おとうさぁぁん!」
ベルちゃんが一直線に両親の元へ駆けていく。
「ベル! どこに行っていたんだい!?
心配させてこの娘はもう……!」
泣き笑いの顔で叱る女将さんの傍らで、旦那さんが僕に向かって深々と頭を下げる。
「兄ちゃんが見つけてくれたんだってな。
ありがとうよ、本当に。
しっかし、ベルはなんだって森なんかに行ったんだ?」
疑問顔の旦那さんに、僕は事情を伝えた。
「ベルちゃんは、レイにこの花をプレゼントしたくて、森に探しに行ったんだそうです。
でも迷子になって、帰り道がわからなくなったって」
この話を聞いてレイが握ったままの花を見た一同は、「なるほど」といった顔をする。
「俺らに言ってくれりゃあ、一緒に探しに行ったのによぅ」
ベルちゃんを探していた村人の一人が、なんとも言えない顔をする。
叱るに叱れないって所かな。
ベルちゃんはきっと内緒で探して、僕とレイをビックリさせたかったんだろう。
こうしてベルちゃん行方不明事件は幕を下ろし、翌朝。
僕とレイは、リンク村の入り口にいた。
旅立つ僕らの見送りのために、雑貨屋の店主さんに木工工房の親方、「森のそよ風亭」の親子、他食堂で交流のあった村人が見送りに来てくれた。
「短い間ですが、皆さんにはお世話になりました」
「また寄っとくれ、サービスするからさ」
皆に向かって頭を下げる僕に、女将さんがそう言ってカラリと笑う。
その女将さんには、ベルちゃんがしがみついている。
「ベルちゃん、貰ったお花は大事にするね」
「大事にしちゃダメ! ちゃんと使ってね!」
笑いかける僕に、しかしベルちゃんが真面目な顔で言った。
ベルちゃんに貰ったあの薄紫色の花は、植木鉢に植え直して持っていくことにした。
昨日のうちに女将さんから、いらない植木鉢を貰って植えたんだけど。
今朝起きたら、部屋に置いてある植木鉢に植えられた花を、レイがじぃーっと見ていたっけ。
きっとなにか感じることがあったんだろう。
こういうことの積み重ねが、レイを優しい子に育てていくんだろう。
それにレイが初めてもらったプレゼントだから、大事にしないとね。
その植木鉢は、失くさないようにちゃんと鞄に入れてある。
こうして短い滞在だったが思い出がそれなりにできて、名残惜しい気持ちになるが。
気持ちにキリを付けて旅立つことにする。
「それでは皆さん、お元気で!」
「兄ちゃんも、達者でな!」
手を振って歩きだす僕らに、見送りの皆も手を振ってくれる。
そして、リンク村を出てゆっくりと遠ざかって歩いていると。
「レイちゃーん、また来てね!」
ベルちゃんの声がした。
後ろを振り向いたレイが、戸惑うように僕を見上げる。
そんなレイを安心させようと、僕は微笑みかけた。
「そうだね、また機会があったらここに戻ってこようか。
これが永遠の別れじゃないんだから、何度だってリンク村に来ればいいんだよ」
僕は「難しいかな?」と思いつつ、レイにそう語りかける。
するとコックリと頷いたレイは、ベルちゃんに向かって小さな手を振った。
「またね」
そんな小さな呟きのような声が、果たしてベルちゃんに届いたたかどうか。
「レイちゃーん!」
でも、笑顔で手を振るベルちゃんを見ていると、きっと通じた気がして。
僕はレイと一緒に、ほっこりとした気分でリンク村を後にしたのだった。





