最弱の剣士の逆転ライフ〜最強の剣士も俺の足元にひざまづく
世の中は2つの属性に分けられる。
強者と弱者だ。
力がある世界において、これは必然だ。
力なきものは、強者から搾取される。
つまり、力の有る無しでヒエラルキーが確立されてしまうのだ。
では、弱者になってしまったら、もう人生は終わりなのか?
いや、そんなことはない。
方法は4つある。
1つは、誰よりも努力をし、力を身に付ける。
1つは、強者と仲間になる。
1つは、女神にチート能力を授けてもらう。
そして、もう1つは……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺の名は、シャズナ・クルセイド。
俺は今、王都のメインストリートを歩いている。
今日も道すがら、街の人々から声をかけられる。
「シャズナ様!おはようございます!」
「シャズナ様!新しい武器ができたので、是非今度使ってみて下さい!」
「シャズナ様!特製のパイを用意しますから、食べに来てくださいな!」
俺はこの国では、ちょっとばかり名の知れた存在なのだ。
鍛冶屋は俺に新しい武器の試し斬りをお願いしてくるし、カフェの女将はいつも俺にパイをご馳走しようとする。
別にパイが好きと言った覚えはないのだが…
ちなみに、通常は事前申請をしなければ入ることができない王宮も、俺は顔パスだ。
なぜなら俺は——
「お待ちしておりました、剣聖シャズナ様」
ちょうど目的地に着いたところで、出迎えの人間に声をかけられた。
そう、俺は人々から『剣聖』と呼ばれる存在なのだ。
剣聖という名前により、俺は人々から尊敬と憧れの眼差しを向けられているのだ。
「準備はできております。30分後から開始で問題ないでしょうか?」
出迎えの人間が尋ねてきたので、俺は「おう、問題ないぞ」と答えた。
今日はここ、冒険者ギルドで新人冒険者向けに講演をすることになっている。
まあ新人冒険者向けと言っても、毎回ベテラン冒険者も紛れ込んでいるのだが。
というのも、みな俺が過去に戦って来た魔物との壮絶な戦いについての話に興味があるからだ。
人というのは基本的に未知の事柄を知りたがる生き物だ。
知らないことがあれば知りたい、
美味しいものがあれば食べたい、
強くなる方法があれば知りたい、
楽しい体験ができるならしたい、
そう、彼らのそういった欲を満たしてあげられれば、その分だけ尊敬の念を集められる。だから——
「ただ強いだけでは駄目なのだ!」
俺は冒険者たちに対して話を始めた。
既に講演会は始まっている。
多くの冒険者が、俺に熱い視線を送ってきている。
「強い冒険者はたくさんいる。しかし——」
それだけでは剣聖と呼ばれるようにはならないのだ。
俺が剣聖と呼ばれるようになったのは、ドラゴンを一人で倒したことがきっかけだ。
ドラゴンは、王国の北方にある山脈に生息しており、数千年前から王国の最大の脅威であり、最大の懸念事項だった。
俺はある日、その山脈へ一人で足を踏み入れた。
もちろん、ドラゴンを倒すためだ。
途中、数々の魔物と遭遇しながらも己の剣一つで危険をくぐり抜けていった。
そして遂に、山頂付近でドラゴンと対峙した。
その姿に俺は圧倒された。
想像以上にその体は大きく、その口から吐き出される炎は鉄を溶かし、その爪は岩を粉々に砕く程だった。
その時の俺の装備は、街で買った普通の剣と鎧だ。
ドラゴンの攻撃を喰らったらひとたまりもない。
そこで俺は作戦を立てた。
戦闘における定石は、相手の弱いところを狙うことだ。
ドラゴンの弱いところ——俺は二箇所に目を付けた。
その名の通り一つは目、そしてもう一つが口の中だ。
ここで俺は考えた、目を狙うのは危険だと。
なぜなら、目を傷つけただけでは致命傷を与えることはできず、逆に攻撃直後に反撃を喰らう可能性があるからだ。
どんなに熟練者であろうと、攻撃をした直後には一瞬の隙ができてしまうものだ。
だから俺は、ドラゴンの口に攻撃を絞ることにした。
ただ問題なのは、口から吐き出される灼熱の炎だ。
普通の攻撃では、炎によって剣が溶かされてしまう。
まして、その時持っていた剣は、街の武器屋で買った普通の剣だ。
こちらから攻撃を仕掛けた瞬間に、炎を吐き出されたらひとたまりもない。
そこで俺は、とっておきの技を出すことにした。
その名も
【エアリアルストラッシュ】
この技は、光速並の剣速で何度も斬りつけることで、空気を一瞬で真っ二つにすることができるのだ。
この技を放った直後は、あたかもそこに異次元空間が現れたかのように、周りとは違う空気が存在する空間になる。
つまり、ドラゴンの炎を瞬間的に打ち消すことができるのだ。
あまりにも強力すぎる技のため、これまで使用は避けてきたが、使うのはここしかないと判断した。
俺は剣を構え、ドラゴンと対峙した。
勝負は一瞬。
ドラゴンが炎を吐いたその瞬間だ。
俺はドラゴンの口を見据えた。
息を飲む。
辺りが静かになる。
そして——
ドラゴンの口が動いた。
今だ!
【エアリアルストラッシュ!】
俺は光速で剣を振るった。
すると目の前に迫り来る炎に、一筋の真空の斬撃が突き進む。
直後、迫り来る炎が上下に割れ、そこに一筋の道が見えた。
そこだ!
俺はその道を突き進んだ。
そして、その先に剣を突き刺した。
一瞬の間を置き、辺りに断末魔の叫びが響き渡る。
その声は大地を揺らし、大気を震わせた。
麓の鳥たちも、一斉に飛び立った。
ドラゴンの口からは大量の液体が吹き出し、その液体が弱まると同時に叫び声も止んだ。
ドラゴンは死んだ。
長年に渡って王国を恐怖と隣り合わせにしてきた原因が取り除かれた瞬間だったのだ。
「——そして俺は、ドラゴンに突き刺さった剣をゆっくり引き抜いた」
俺はそこまで話すと一呼吸ついた。
するとそれまで真剣に話を聴いていた冒険者たちから拍手が起こった。
そう。
これが、俺が剣聖と呼ばれるようになった冒険譚——
ということになっている。
だが、真剣に話を聞いている彼らには悪いのだが、
そんなのは真っ赤な嘘だ。
ちなみに『真っ赤』というのは、嘘つきの刑で首を刎ねられながらも、血染めの顔で最後まで嘘をつき続けた奴に由来する。
ソースは、どこかの誰かの話を聞いたという俺の知り合いの知り合い。
話を戻すが、冷静に考えて俺がドラゴンなんかを倒せるはずはない。
なぜなら、俺は冒険者ランク『B』の剣士なのだから。
ちなみに冒険者ランクは、一番下のFから、最上位のSSまで、全部で8段階ある。
その中のFからCまでは一般冒険者と呼ばれ、Bランク以上になって初めて職業に就くことができる。
つまり俺は、最底辺の剣士ということになる。
じゃあ、なぜ俺が『剣聖』と呼ばれているのか?
まあこれは俺の緻密な戦略という奴だ。
俺は元々、王都から遠く離れた田舎の村の人間だ。
SSランクの剣士という一発逆転を狙うため、村を出てきた。
その旅の途中、俺は何人かの冒険者と知り合い、ともに旅をするようになった。
そいつらは、SランクとかAランクだったから、基本的に俺は後をついて行くだけだった。
ある時、高値で売れるレア素材がわんさか眠る山があるという噂が舞い込んで来た。
皆、ギルドには所属していない野良の冒険者だったため、あまり金は持っていなかった。
だから、高値で売れるレア素材なんていうのは、喉から手が出るほど欲しいものだった。
そこで俺たちは、一先ず金を貯めることにし、その山へと向かったのだ。
ここまで話せば何となく気付くかもしれないが、その山というのがドラゴンの生息する北の山脈だったのだ。
冷静になって考えてみれば分かるのだが、レア素材が豊富ということは、人の手が入っていないということだ。
人の手が入っていないということは、大概それ相応の理由がある。
その山の場合、危険で誰も足を踏み入れようとしなかったということだったのだ。
まあ、そんなことは露も知らない俺たちは、どんどん山奥へと進んで行った。
木々の間をしばらく進むと、開けた場所に出た。
歩き詰めだった俺たちは、そこで一旦休憩を取ろうとした。
そして荷物を下ろした時、奴が現れた。
そう、ドラゴンだ。
ふいのことで、俺たちはすぐに状況を認識することはできなかった。
まさに青天の霹靂だ。
ちなみに『青天の霹靂』とは、青空から突然訳の分からない生き物(読み方の分からない漢字)が降りてきて、アタフタしてしまうという意味だ。
ソースは、どこかの誰かの話を聞いたという、その時の仲間の知り合い。
そうこうしている間に、ドラゴンは俺たちの目の前まで迫って来ていた。
まずい!と思った俺は、すぐ様逃げ出そうとしたのだが、腰が抜けてその場から動けなかった。
そこで仲間に「助けてくれ!」と叫んだところ、奴らは既にその場にはいなかった。
振り向いた俺の目に映ったのは、荷物も持っていた武器も防具も全て投げ捨てて走り去っていく仲間たちの姿だった。
我先にと逃げていく奴らは、その後一瞬で俺の視界から姿を消した。
後になって知ったのだが、無我夢中で走って行った奴らは、崖から足を滑らせて転落したということだった。
とにかくその場に取り残された俺は、「もう絶体絶命だ」と思った。
俺は目を瞑り、俺がこれまでに泣かせて来た数々の女たちに対し、最後の思いを届けた。
——お前ら、俺が話しかけただけで泣いて逃げんじゃねえよ!せめて告白の言葉くらい言わせろよ!
「あばよ!」心の中でそう呟き、俺は我武者羅の境地に達した。
ちなみに『我武者羅』とは、「我は武者となりて社会における全ての理不尽を受け入れる!」という現代社会における諦めの境地のことだ。
ソースは、どこかの誰かの話を聞いたという、ブラックな職場にいた奴の知り合い。
死を受け入れる準備をした俺は、その時を待った。
しかし、俺にその時はやって来なかった。
ビチャ!ドサッ!
俺にやって来たのは、この世のものとは思えない不快な感触だった。
何か生暖かいドロッとしたものが俺の体に降りかかった。
俺は恐る恐る目を開けた。
すると目の前には、必死の形相をしたドラゴンの顔があった。
「ひぃぃっ!」
俺は思わず悲鳴をあげてしまった。
目と鼻の先にドラゴンの顔があるのだ、この状況で驚かずにいられる奴などいないはずだ。
俺はまぶたの神経が麻痺してしまい、目を瞑ることさえできなかった。
そのおかげでドラゴンとしばらく見つめ合うことになった。
俺はいろんな意味で、その時のことが忘れられなくなった。
なぜなら、初めて俺が他人と見つめあった瞬間だったのだから——正確には、それは人じゃなかったのだが。
そのまましばらく見つめあっていたのだが、どうやらドラゴンは俺を好きで見つめていたわけではなかったようだ。
ピクリとも動かず、息もしていない。
よく見ると、ドラゴンの口に何かが刺さっている。
それには見覚えがあった。
そう、仲間が持っていた剣だ。
どうやら仲間が逃げる際に放り投げた剣が、ドラゴンの口の中へ飛んでいき、喉を突き刺したようだった。
——死んでる…?
その直感は当たっていた。
仲間の剣が突き刺さったドラゴンは、既に息絶えていたのだ。
ほっと胸をなでおろした俺は、そこで初めて気づいた、全身が血まみれだということに。
先ほど降りかかった液体は、ドラゴンの血だったのだ。
安堵のためか、腰を抜かしていた俺もようやく立ち上がることができた。
そして改めてドラゴンの姿を見てみると、最初から明らかに弱っていたような感じだった。
俺はふと考えた。
——数千年前から王国を苦しめていたっていうことは、そろそろ寿命が来てもおかしくない状態だったのではないか。
まあ、今となってはわからないが、恐らくそうだったのであろう。
どちらにしても、王国の脅威が取り除かれたことは確かだ。
このことを報せれば、何かしらの褒美を貰えるのではないかと俺は考えた。
そこで、証拠のためにドラゴンの爪を一枚切り取り、王国まで持っていくことにした。
結果は予想以上だった。
ドラゴンの爪を持ち、そしてドラゴンの血にまみれた姿を見た王国の人々は、俺がドラゴンを打ち取った英雄であると勘違いをし始めたのだ。
これはちょうどいいと思った俺は、ハッタリとホラ話をでっち上げたところ、その話が尾を引き、終いには人々から『剣聖』と崇められるようになったのだ。
これが俺の最高の冒険譚であり、最強の弱者大逆転戦略だ。
後世のために一言で言うならこうだ。
弱者大逆転戦略が1つ
『ハッタリをかますこと』
ソースは俺自身。
そういうわけで、俺は『剣聖』としてこの国で生きている。
まあ、『剣聖』ともなると誰も勝負を挑んで来ないし、ステータスが自動的に記載される冒険者カードも自宅の金庫にずっと保管したままなので、誰も俺の本当の実力など知る由もない。
それに、今の世の中が平和すぎるおかげで、『剣聖』の出番など皆無であり、まさに俺の理想の状況が整っているといってもいい。
ただ、常に何手先も見据える頭脳明晰な俺は、そんなことで安心しきってはいない。
来るべき危機に備え、準備を着々と進めている。
それが、今やっている冒険者向けの講演会だ。
冒険者向けの講演会——これは基本的には新人冒険者向けのものだが、実際には俺の話を聞きたいベテラン冒険者も紛れ込んでいる。
これは、俺にとって非常に大きなチャンスなのだ。
何のチャンスか?
それは、凄腕の冒険者をスカウトするチャンスだ。
いつ何時、ドラゴンのような化け物や魔王が復活するか分からない。
もしそんなことが起きれば、確実に俺が駆り出されてしまう。
それだけは絶対に避けなければならない。
なぜなら、俺の実態はBランクの最弱の剣士なのだから。
そのために、俺は自分の周りに凄腕の冒険者を置いておこうと考えているのだ。
どうだ、この明朗会計ぶりは。
ちなみに『明朗会計』とは、明るく朗らかな頭脳を持って今より先の未来の計略を企てることだ。
ソースは、どこかの誰かの話を聞いたという、ギルドの税務課の知り合いの知り合い。
だから俺は、今日も聴衆の顔つきや装備品などをチェックしながら講演していた。
——今日は全体的にレベルが高いんじゃないか?
そう思っていた時だった。
1人の若い冒険者が手を上げた。
「シャズナ様!お願いがあります!」
手を上げた冒険者は、そう言葉を発すると立ち上がった。
その場にいた全員が、その冒険者に視線を向けた。
すると、何やらあたりがざわつき始めた。
「おい、あいつ」
「アズールじゃねえか」
「ああ、そうだ」
「えっ?アズールってあの!?」
「そうそう、剣鬼アズール」
「まじで!?SSランクの剣士の!?」
そんな会話が耳に入って来た。
——剣鬼?SSランクの剣士だと!?
俺は心が踊った。
——そう、彼こそ俺が待ちわびていた人材だ。将来有望の超優良物件!俺の永久就職先だ!
しかし俺は、冷静に落ち着いた声で言った。
「君、名前は?」
すると、その若い冒険者は俺に言葉を返されて嬉しかったのだろう、笑顔で答えた。
「はいっ!僕はアズール・リガンと言いまして、職業は剣士です。やっと先月SSランクまで到達できました」
俺は心の中で「やった!」と思いながらも、無理やり表情を固めながら言った。
「なるほど、SSランクか。おめでとう!そうか、ようやく俺の足元に届きそうな若者が出て来たか」
——よし、この流れで「俺の弟子にならないか」っていうところまで繋げるぞ
そう思いながら、続きを話そうとしたのだが、アズールが先に口を開いた。
「あ、あの、シャズナ様!お願いなんですが!」
——そうだった、こいつお願いがあるって言ってたんだ。まあ、そのお願いを聞く代わりに弟子にしてやればいいか
そう考え、「何だね?」と聞いた。
「はい、実は…。僕を、シャズナ様の弟子にしていただきたいんです!それで——」
「弟子!?」
俺は思わずそう口に出してしまった。
まさか向こうから弟子にしてくれなんて言ってくるとは思わなかったからだ。
でもこれは好都合だ。
相手から言い出して来たことだから、こちらの有利な条件をつけることができる。
「アズールと言ったな。この俺の弟子になるということは、中途半端な覚悟ではできんぞ」
ひとまず決意をみるために、俺はそう言った。
「はい!覚悟はあります!」
「そうか。ただな、この俺と寝食をともにすることになるのだぞ。起きている間が全て修行となる。思っているよりもきついぞ?」
「はい!何でもします!身の回りのお世話から食事の準備、掃除、何でもします!だから——」
「そうか。そこまでの決意があるのか。……分かった。アズール、お前を弟子に取ろう」
アズールの提案に、俺は心が踊った。
——身の回りの世話から何から何までやるだって?完全に楽に生きられるじゃん!
そう思った俺は、その感情を一切表情には出さないようにしながら、声を押し殺し弟子入りを許可したのだった。
俺のその言葉に、会場中は完全にざわめきたった。
なぜなら、俺は今まで弟子入りを全て断っていたからだ。
理由は、俺が楽をするに足る条件がこれまでになかったからなのだが、周りの人間には「俺は弟子を取らない主義だ」と思われていたようだった。
だからこそ、俺が弟子入りを認めたということは、その場にいた者にとっては衝撃だったのだろう。
そんなざわめきを制するかのように、アズールが声を上げた。
「あ、ありがとうございます!じゃ、じゃあ早速、僕と勝負をお願いします!」
「ふぇ?」
アズールの思いがけない発言に、俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「いや、あの、先ほど申し上げた通り、僕と勝負をお願いします!」
「先ほど?」
「はい!弟子にしていただきたいとお伝えした時と、何でもしますとお伝えした時に申し上げました」
「……」
俺は思い返した。
そういえば思い当たる節はあった。
俺が思わずアズールの発言に食い気味で返してしまった時だ。
二度とも、アズールが俺の心にドンピシャな提案をして来たために、思わず口が先に動いてしまったのだ。
——まずい…どうする…俺?
そう思っていると、聴衆が勝手に盛り上がり始めた。
「すげー!剣聖と剣鬼の真剣勝負だーーーーー!!!!!!!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ギルドには、いくつもの冒険者用訓練施設がある。
新人冒険者はそこでギルドの教育係の指導を受けてから冒険に旅立つのだ。
そのため、その施設はあらゆる状況を想定した場を用意している。
その中でも、一番広くて障害物のない訓練場に俺は今立っている。
俺の前方にはSSランクの剣士で『剣鬼』の通り名を持つアズールが立っている。
講演会場にいた聴衆が勝手に盛り上がり、そのままの流れで俺とアズールの勝負が行われることになってしまった。
俺はアズールの申し出を受けた以上、どうしても断ることができない状況になっていた。
俺は今ほど『剣聖』という名を重く感じたことはない。
——本当にまずい。本当にまずい。マジで。マジで。マジ、やばい…
俺の頭の中は完全にパニクっていた。
何も考えられず、ただ前を見て突っ立っているだけだった。
そんな俺の姿を見て、聴衆は言った。
「すげー!さすが剣聖シャズナ様だ。剣鬼を前にしても決して心を乱さない!」
「おぉ!あれぞまさしく剣聖だ!」
「つーかさ、剣聖の戦いを見る機会なんて滅多にないから、しっかり見ないとな!」
——おいおい、俺は今、心が乱れまくりで動けないだけなんだよ!それに、俺の戦いを見る機会がなかったのは、俺が全力で争いごとを避けてきたからなんだよ!
誰に届くでもない心の声を脳内で震わせながら俺は立っていると、ギルド職員の1人が前へ進み出て来た。
「それではこれより、剣聖シャズナ様と剣鬼アズールの勝負を始めます。全員を代表して私が立会わさせていただきます。お二人とも、準備はよろしいですか?」
アズールはまっすぐ俺を見つめ動かない。
俺は頭が真っ白で動けない。
「分かりました!両者準備がよろしいようなので、始めさせていただきます。それでは…………始めっ!!!!」
——っておい!まだ準備できてねえって!うわっ!
俺は心の準備をする余裕もないまま、勝負が始まってしまった。
立会人の掛け声と同時に、アズールは全速力で走って来た。
——速いっ!
想像以上のスピードに俺は思わず萎縮し、膝が折れてしまった。
ガクッ
しゃがみ込む形になった俺だったが、ちょうど頭を下げたその場所をアズールの剣が風が吹き抜けるかのように空を斬った。
——た、助かった…
間一髪のところでアズールの攻撃を躱せた。
もし、しゃがんでいなかった恐らくアウトだった。
一方のアズールは、驚いた表情だった。
恐らく全力のスピードを持って放った一撃だったのだろう。
それを躱されたことにたいする驚きが表情に表れたようだ。
「さすがシャズナ様!じゃあこれならどうです!」
——もう十分だろ!
俺はそう思いながら立ち上がり、剣を構えた。
するとアズールは剣の切先を俺の方へと向けて走って来た。
——突きだ
そう判断した俺は、後ろへジャンプしようとしたのだが、俺の目にはとんでもない光景が飛び込んで来た。
なんと、剣が6本になったのだ。
「出た!剣鬼の十八番の一つ、【ライトニングスラウト】!あまりにも動きが速いため、剣が6本に見えてしまうという秘技!」
聴衆の1人がそう叫んだ。
——まじかよ、そんなに速いのどうやってよければいいんだよ
そう思いながら後ろへジャンプしようとしていた俺は、思わずバランスを崩してしまった。
「うわっ!」
後ろへよろけながら、俺は手でバランスを取ろうと試みた。
すると、バランスを取ろうとした手で持っていた剣が、アズールの剣にぶつかりその勢いを止めた。
「えっ!まさかっ!」
アズールはそう叫び、驚きの表情で一度俺から距離をとった。
俺はまたもや運よく、アズールの攻撃を躱せた。
「さすがシャズナ様だ。まさかここまで簡単にあしらわれるとは」
アズールは何かを勘違いしているようだった。
「でも嬉しいです。これで僕は確信しました。シャズナ様だったら僕のとっておきの技を試せると」
——おいおい、何勘違いをしている!まぐれだまぐれ!とっておきとかいいよ!ってか、もうやめろよ!空気読めよ!
そんな心の声を知る由もないアズールは、一度深呼吸をしてから再度口を開いた。
「この技は恐ろしすぎて、今まで一度も使用したことがないんです。でも今のシャズナ様の動きを見ている限り、恐らく止められてしまうと思います。だから、是非一度試させてください!」
——おいおい!やめろ!俺を殺す気か!まだ間に合う!まだ間に合うんだから!
「………【ブラッディ・スラッシュ】!!!!!」
そう叫んだアズールの剣が、血の色に光りだした。
そして、その剣から赤い閃光が放たれた。
まばゆい光と巨大な風を巻き起こしながら、凄まじい勢いの斬撃が迫って来た。
——ウソだろ!こんなの岩を砕くなんてレベルじゃないぜ!全盛期のドラゴンだって消滅させるレベルだろ!
俺は完全に人生の終わりを覚悟した。
——なんだかんだ楽しい人生だったな。剣聖としてやりたい放題できたからな。それにしてもあのバカ剣鬼。自ら人殺しにならなくてもいいだろうに。これはきっと聴衆も巻き添えを食うだろうな
そう考えながら、俺は両手を開き全身で全てを受けようとした。
——背中の傷は、剣士の恥だからな
そして、斬撃が俺の体に激突した。
「あばよ!」
俺がそう呟いた瞬間、全ての衝撃が消えた。
「……ん?生きてる?」
俺は自分の感覚を疑った。
確実に死んだと思っていたのだが、全てがそのままだ。
自分の体の感覚、そして目の前に広がっている光景。
顔を上げると、前方ではアズールが笑顔で立っている。
その姿を見た俺は、思わず叫んだ。
「バカヤロー!お前は自ら人殺しになるつもりだったのか!」
「シャズナ様、申し訳ありません。でも僕は、シャズナ様のお力を信じていました。あなたなら全て止めてくれるだろうと。そして、やはりその考えは正しかった」
「は?」
確かに冷静になって周りを見て見ると、俺は当然死んでいないし、聴衆も誰も死んでいない。
というか、傷を負った奴さえいないようだった。
一先ずその状況にほっとしていると、アズールが俺の前まで歩いて来て、そして跪いた。
「シャズナ様。僕はあなたの力を侮っていました。まさかここまでのお力をお持ちだとは思いませんでした。この非礼、これからシャズナ様のお側で、この命をかけて償って参りたいと思いますので、何卒お許しを」
俺は良くわからないまま、アズールを見下ろしていると、後ろから声が聞こえて来た。
「シャズナ様、ありがとうございます!」
「身を以て私たちを守っていただきありがとうございます!」
「シャズナ様がそこにいなかったら、私たちは全員死んでいました!」
「剣聖様、あなたは私たちの命の恩人です!」
どうやら俺のおかげで全員の命が助かったことになっているらしい。
——良くわからないが、何だか俺のおかげで全てが丸く収まったようなので、とりあえずよしとしよう
そう考え、俺はアズールを引き連れ家路についた。
その数日後、俺は古のある文献を見つけた。
そこにはこんなことが書かれてあった。
〜弱者の戦略〜
世の中は2つの属性に分けられる。
強者と弱者だ。
力がある世界において、これは必然だ。
力なきものは、強者から搾取される。
つまり、力の有る無しでヒエラルキーが確立されてしまうのだ。
では、弱者になってしまったら、もう人生は終わりなのか?
いや、そんなことはない。
弱者が逆転する方法は4つある。
1つは、誰よりも努力をし、力を身に付ける。
1つは、強者と仲間になる。
1つは、女神にチート能力を授けてもらう。
そして、もう1つは……
『ドラゴンの血を浴びること』