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鏡月の宴

 月の浮かぶ水面(みなも)篝火(かがりび)が赤く躍った。

 跳ねる鼓笛が夜宴を彩り、踊る少女が円座を飾る。


「――ほう、これは」


 月は満月。

 宮中の水苑に開かれた「鏡月(かがみづき)の宴」に招かれた人々は、一人の少女の舞踊に心を奪われていた。

 金環で一束に結われた長い黒髪は篝火に照らされて赤銅色(しゃくどういろ)に染まり、円舞に従って彩鳥(あやどり)の尾羽根のように弧を描いて舞っている。足の運びに揺られて拍を刻む足輪の音は、両の腕輪を重ね鳴らす手の動きと交り合い、情動となって静夜に熱を響かせていく。

 月と火の影に垣間見るその表情は伏し目に隠れ、長い睫毛の(とばり)に瞳の色を窺うことはできない。何かを待つようにその舞いは変わらぬ律拍(りっぱく)で音を刻み続ける。

 鼓笛の拍動。

 急速な音律の変化に少女は躍動した。

 長い髪と袖を翻し、少女は座と座の合間を縫い跳ねた。火影の陰影に少女の舞いは浮き沈み、月下に踊る袖衣(そでごろも)が、花の香を散らしながらたおやかに宴にたなびいた。

 高まる調べに座から自然に手拍子が起こる。音と音とが重なって渾然とした宴の律動に、少女の舞いはさらに艶やかさを増していく。

 (つづみ)の一律。

 突然に笛が鳴り止み、少女も顔を伏せて舞い止んだ。手拍子も絶え音は沈み、鼓の一定の音律だけが打ち続く。

 少女がゆっくりと顔を上げた。

 火の明かりが面差す影を払い、紅頬に(わか)さを薫らす、白塗りの(おもて)があらわになっていく。

 黒の目睫(もくしょう)

 その鮮やかな朱唇(しゅしん)が口端をやわらかく持ち上げると、開かれた睫毛の下から黒真珠にも似た淡く輝く瞳があらわれる。

 そして、細まるまぶたがその目を妖しく潤ませた。

 艶笑。

 鼓の音が絶えた。夜風だけが月の光の静謐に残り、火の粉を散らして水面に映る鏡月をさざ波に揺らす。

 そして波も――止んだ。


見事(アチャロウ)!」


 上座より静寂を貫く声が上がった。そこには頭に赤い羽冠(うかん)を戴いた褐色の肌を持つ壮年の男性が座っていた。

 小柄だががっしりとした体格のその男性は、金銀の箔で縫い飾られた膝丈まである白の長衣を身にまとっていた。首や手足には貴金と貴石で作られた装身具が指の先までちりばめられ、肩には三彩織りの色鮮やかなケープが羽織られている。その胸の結び目に付けられたブローチには鳥の卵よりも大きい、一際目を引く巨大な碧玉(エメラルド)が輝いていた。

 この座にある人々の中で、もっとも豪奢な服装をしたこの男の名はトゥパク・ユパンキといった。


「白き肌の異国の娘よ、よき舞いであった。汝にはこの金鎖を与えよう。ここに寄れ!」


 その太く通る声が少女に投げ掛けられる。右にかしずく男が通訳すると、少女は恭しく一礼をして、トゥパク・ユパンキの面前に(ひざまず)いた。


「大カパック様よりありがたき褒詞、身にあまる光栄でございます」


 この地、太陽の地(インティ・パチャ)(カパック)トゥパク・ユパンキは鷹揚にうなずくと、左に近侍する半裸の従僕が差し出した金銀の鎖の束を載せた皿から、五本の金鎖を取り少女の手に授けた。


「して、娘。名は?」


 トゥパク・ユパンキが訊ねると少女は顔を上げた。

 その黒い瞳に先程までの妖艶の色はなかった。月のように幽玄で茫洋とした眼差しで、少女は畏れることなく大カパックの顔を、その瞳に鏡映しにするように見返した。


「私の名はファラ。ファラーレ・コステロと申します」


 インティ・パチャには耳慣れない名前の響きに、トゥパク・ユパンキはその目を満足気に細めた。

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