―――を胸に生きることにした
暗闇の森と呼ばれた森は一度入ると暗く陰湿で人の不安に入り込むような冷気を纏った森だった。人々決して引か寄らず、森へ入ろうとはしなかった。
―――あそこは黒い魔女に侵された森だ。一度入ったら魔女に捕まり、人体実験で死ぬより恐ろしい苦痛を味わうことになるだろう。
そう囁かれていた。
女魔術師メリルが暗闇の森で見つけたのは死にかけた少女だった。
「ふむ、ジョセフ、これはどういうことかな?」
「さあ、プロ同士の殺し合いですかな」
メリルが少女を観察しながら傍らに控える執事のジョセフに尋ねるが、彼は表情を変えず興味が無さそうに答えた。
少女は拷問を受けた痕跡が見られ、長く苦痛を与えるように傷を与えられていた。
素人の仕業には見えないから玄人がやったと思われる。
少女自身も普通の村娘とは思えない格好をしていることから、玄人同士の殺し合いで負けて死にそうになっているようだ。
至る所に刃物傷を作り大量の血を流している。身動きが取れないよう掌はナイフで串刺しに刺され、地面に縫い付けられている。
片目はくり抜かれ、空洞が覗いている。少女はすでに虫の息だった。
「困るんだよなぁ、人の土地に勝手に入ってきて、都合がいいからって死体を捨てていくの。うちの土地は何時からゴミ捨て場になったんだろうね⁉ 不法投棄は犯罪だよ。
……全く、今度とっちめないといけないねぇ」
そうニヤリと笑ったメリルは死にかけた少女に万能薬エリクサーを投与した。
メリルが遊びで作った試作エリクサーの性能は虫の息だった少女の命を繋ぎ、一命を取り留めた。
少女は歪んだ視界に映る愛しい人を見上げていた。
愛しい人は嗤って、泣いて、怒って、悲しんで、啼いて、辛くて、楽して、笑っている。
醜く歪んだ表情は汗と涙でぐちゃぐちゃで、拭ってやりたいけど、手はナイフで地面に縫い付けてあるから触れない。
彼女は拷問するように、楽しむように、苦しむように、殺さないように、何度も何度もナイフで少女を刺すが、それでも少女はまだ死なない。
組織に二人で殺し合うように命令された時、疑問には思わなかった。
たまにやるのだ。競うように、争うように、壊れるように、殺し合いをさせる。
だって、それが彼らの仕事だから、生きがいだから。
せっかく訓練して習得したのだから、嫌でもつまらなくても仕事をしなければお金は貰えない。生きて行けない。彼らはそういう風に生きている。作られている。
不備があってはいけないから、こうして監督者が定期的に検査をして改善して修理する。
彼女は正常で少女は異常。彼女は正規品で少女は欠陥品。彼女は強くて少女は弱い。彼女は冷酷で少女は優しかった。彼女は生きて少女は殺される。
ナイフを振り下ろした彼女に少女はにっこり笑って”愛しているよ”と言った。
気が付いたら地獄でも愛しい人のそばでもなく、黒い魔女の家のベットだった。
起きてからずっと仏頂面の少女にメリルは困惑しながら組織のことを聞いた。
それによると少女のいた組織は人が寄り付かないことを良い事に、暗黒の森を暗殺者の訓練場や存在を消したい死体の捨て置き場に使っていると言うではないか。
メリルは領地侵犯だと怒り組織の壊滅を誓った。
すると片目となった少女は自分も一緒に組織の壊滅を行いたいと申し出てきた。
メリルは正直面倒だと思ったが、少女のひとつとなった瑠璃色の瞳は揺るがなかった。
こうして怒りに燃えるメリルに、復讐か、再会か、何を思うのか、―――を胸に生きる少女と、ついでにどうでもいいと思っている執事のジョセフが暗殺組織の壊滅を目論み、暗躍を始める。
彼女は少女を自らの手で殺したことで生きる希望を失っていた。
でも、少女は彼女に生きて欲しかった。だから少女は生きることにした。例え彼女と敵対して恨まれても生きて欲しいから……。
共に生きることは出来なくても、想うことは出来る。だから少女は今日も生きている。