閑話 食事処にて
「じゃあ、今日からこの面々での作業になるから。お互い、切磋琢磨して腕を磨いてほしい。
初めはまぁ、少々違和感があるかもしれないけれどね」
食事処の調理場にて。
俺、サヤ、ハイン。そして料理人に扮する兇手三人。その向かいに、村の女性が二人、緊張した面持ちで立っている。
一人はユミル、十四歳。もう一人はカーリン、十七歳。
ユミルの家庭は祖父と弟の三人暮らし。今回、氾濫対策で畑を手放すこととなり、新たな稼ぎ口を得る必要があった為、料理人を目指すこととなった。
カーリンは、どちらかというと真逆。両親と祖父母、曽祖母に加え、一姉三妹一弟という、大家族の二子だ。女ばかりの家庭で、早く嫁ぐ様にせっつかれるのが嫌で、家を離れる為に新たな職を得たいと思ったらしい。
今日の朝食作りで、賄い作りの雇用は終了となった。雇用延長するのは、この二人のみだ。
そして、試験的に、料理を共有し合う。
俺たちの常識でいうと、料理人というのは料理を秘匿するものだ。特別な技術には特別な価値がある。その考えでいくと、料理は作れる者が少ない程、価値が高いとなるのだ。
まあ、そんな常識の中で、己の持ってる料理を無償で提供しあえと言っている俺たちが、どれくらい常識外れかって話だな。
「なぁ……マジで言ってんのか」
「マジだよ。実際、この前ケチャップの作り方聞いて帰ったのはどこの誰だった?」
にこりと笑って言うと、ガウリィが渋面になる。
そう、この前。兇手としての仕事をこなしに来た際、夕食に出た牛肉のケチャップ炒めに驚愕し、作り方を聞いて帰ったのだ。
エレノラとダニルはそれを聞き、じっとりとした目でガウリィを見る。
二人の表情に、ガウリィが視線を泳がせている状況を鑑みるに、ケチャップの作り方、秘匿してるな。
「今回は、まあ手始めということで、もう一つの調味料。マヨネーズから、作ってみようと思ってます」
サヤがそう言うと、料理人一同が驚愕を通り越し、戦慄いた。
「ち、調味料って……味の要になるものホイホイ教えるって⁉︎」
「まだあんのか⁉︎あの赤いやつ以外にも⁉︎」
「美味しいですよ、マヨネーズ。マルさんなんて、マヨネーズの日は朝から肉と卵を朝食に出しても文句言いません」
『あの旦那が⁉︎‼︎』
驚愕を通り越して半狂乱になっている。
まあ、正直マルは、まともに食事をしてくれるだけで驚愕ものだからな。
ここに来てから三食きっちり食べているのが、正直信じられない時がある。学舎での、俺たちの努力はなんだったんだ……。
料理人らの反応に、ユミルら二人もビクビクしている。
サヤはいつも、さして気に留めるでもなく、簡単に料理を教えていたけれど、普通はこんなか、下手したら殺生沙汰にだってなりかねないのが料理の漏洩だ。
盗んだり盗まれたりという事件は、とてもよく聞く。
「御託はともかく、始めましょう。いつまでたっても進みません。昼食の賄い作りだってあるのですから」
状況を見守っていたハインが、しびれを切らしてそんな風に言ってきた。
なので、サヤもそうですね。と、手を動かすことにした様だ。
「今日の昼食は、私の国で言うところのベーコンタマゴサンドです。なので、マヨネーズ、沢山練習出来ますよ。
では、ユミルさん、カーリンさんはもう何度も作ってますから、ガウリィさんたちに教えてあげるところからになりますね。紙と筆も用意してありますから、書き写す必要がある様でしたら……」
「要らん」
「そうですか? じゃあ、基本のマヨネーズから、いきましょうか」
サヤがそう言うと、ユミルカーリンが、宜しくお願いしますと頭を下げた。
二人で連れ立って、調理場に併設されている貯蔵庫に向かう。
抱えて出てきたのは、阿利布油をひと瓶。酢を二瓶、塩に胡椒、そして持参して来た卵だ。
セイバーンの農家は大抵鶏を飼っているので、卵は毎朝手に入るのだ。各自宅で食しているが、余るものは村の代表がかき集め、数日に一度、メバックに売りに行く。
ここ最近は、賄い作りで使う為、うちが全て、買い取っていたのだけど。
鶏は良いよね。残飯で育つし。虫も勝手に取って食べる。更に肉も食える。うちも飼いたいと、何度思ったことか。領主の館の一角で鶏を飼育するわけにもいかず、我慢しつつ、村人から卵を買い取ってるんだよな。
「基本の材料はこれだけです。
まず、卵一個分から作りますね。
あ、卵は、必ずその日産みたての、新鮮なものを使って下さい。生で食すことになるので、食あたりに注意です。
卵黄一個に、酢を匙で一杯、塩と胡椒を投入したら、練り合わせます。
しっかりと練り合わせたら、そこに阿利布油を、やはり匙一杯ずつ、入れながら、ずっと攪拌を続けます」
サヤの説明を聞きながら、ユミルとカーリンがその作業を進める。
攪拌に使うのは、サヤが金物屋に特注して作ってもらった、針金を束ねた様な器具だ。
肉叉などでかき混ぜたのでは、腕が千切れそうになる程攪拌が大変なのだそうな。
ユミルとカーリンが、攪拌と油の投入を、疲れたら交代しつつ続けて行くと、ドロドロしていた黄色い液状のものが、白っぽく、もったりとしてくる。見慣れたマヨネーズの状態だ。
はぁ、作ってるところは初めて見たな。こんな風にしていたのか。
匙で十杯程の阿利布油を入れ、攪拌したところで完成だ。
出来ましたと、料理人三人にそれを差し出すと、呆然とした顔で固まった三人は、ハッと我に返った。
「嘘だろ⁉︎ これなんなんだ‼︎」
「こんな作り方誰が思いついたの……なんでこんな風になるの……」
「うわあああぁぁ、しかも作り方簡単だった、簡単だったよ⁉︎」
いや、返ってない。なんか、更に混乱してるな……。
状況を見守っていたハインが、おもむろに、端に置いてあった賄い用の胡瓜の束から一本を取り出し、適当な棒状に切り分けた。
それをマヨネーズに突っ込んで、更に料理人の口に突っ込む。
「騒いでないで、さっさと試食して下さい」
問答無用。兇手相手だから、容赦無いな……。
マヨネーズをつけただけの胡瓜をモグモグと咀嚼した料理人らは、脱力したように蹲ってしまった。
「ううううぅぅ、美味い……」
「嘘だぁ、しかも作り方、簡単だった……」
まだ言ってるな。簡単だったのがそんなに衝撃なのか……。
「あの、お取り込み中のところ、申し訳ないのですが、これ、基本の作り方なので。
他にもたくさんの作り方、混ぜるものがありまして、それによって味がまた変わって来ます」
サヤの言葉に、激震が走った。
料理人と、ハインにだ。
何それ聞いてないぞ⁉︎ と、ハインの顔が言っている。
「ユミルさん、カーリンさん、ハーブお願いします」
サヤがにこやかに促すと、二人が頷いて、持参した荷物の中から布に包まれた雑草を取り出す。
綺麗に洗われ、水分を拭き取ってあるものだ。
その葉の部分を千切り分け、包丁で細かく刻んでいく。
「この葉は、まあ……雑草なのですけど、私たちは、食せる雑草としてハーブと呼び分けてます。
今日のハーブは、香芹、迷迭香、目箒。えっと、私の国では、パセリ、ローズマリー、バジルって名前でしたけど、綺麗に洗って、水気を拭き取ってあるものです。その葉の部分を細かく刻んだら、それもマヨネーズに混ぜちゃいます」
作ったマヨネーズの中に、細かく刻んだ葉を余さず投入した。恒例の攪拌だ。
ぐっちゃぐっちゃと掻き混ぜて、満遍なく混ざったところで、今度はかまどに火を入れた。平鍋を焼いて、薄切りの麵麭を炙る。
程よく焦げ目がついたら、それに先程の、葉を加えたマヨネーズを塗った。
「はい、試食です」
あ、ちゃんと俺やハインの分もある。
皆、迷わず手を伸ばし、それを口に放り込んだ。
うわっ、鼻に抜ける香りがなんとも爽やかだ。味も何処となく、風味豊かになっているというか……美味だなぁ。
「あ、味が違う……」
「本当……草を入れたのよ?雑草でしょ?」
味を吟味する一同をよそに、サヤはかまどの平鍋を下ろし、水を張った鍋に、卵を投入した。
茹で卵を作るようだな。
それを済ませてから、試食場所に戻る。
「葉っぱを入れただけで結構変わるでしょう?面白いですよね。次は、ガウリィさん方に、マヨネーズを作って頂きましょうか。
一人卵一個分ずつ、挑戦してみて下さい」
そう促され、ガウリィらは顔を見合わせた。
そして、ガウリィとダニル、女性陣という二組に分かれ、それぞれがマヨネーズに挑戦する。
攪拌に失敗すると、液状のままになるので頑張って攪拌して下さい。油は一度に沢山入れず、匙一杯ずつですよと、サヤが注意を飛ばす。
そうしつつ、サヤは俺とハインを呼んだ。
「こっちも、別の味のマヨネーズ、作りませんか?」
口元に手を当てて、悪戯にワクワクしたような表情で、こっそりとサヤが言う。
俺とハインは顔を見合わせた。
俺もやって良いとか、言い出すとは……それはもう、勿論。
「やる」
◆
程なくして、マヨネーズは無事に完成した。
俺たちの手元にも、若干黄味の強いマヨネーズが出来上がっていた。
「では、味比べをしましょう」
ニッコリと笑ったサヤが、麵麭にマヨネーズをそれぞれ付けて皿に盛る。
明らかに色が違う俺たちの作ったマヨネーズ。
「な……ぜ、全部味が違う……」
「本当……私とガウリィたちの作ったのも味が違う……」
おおぅ、俺たちの作った分が、違う味なのは分かる。が、まさか、二人が作ったものにまで味の差があるとは思わなかった。
ユミルとカーリンが、愕然とする三人を見て、クスクスと笑った。
「サヤさん。もう種明かしをしましょう」
「そうですよ。なんだかびっくりしちゃってるもの」
そう言って、酢の瓶から、中の酢を小皿に少量移す。
同じ瓶に入っていたが、色が違った。これは……?
「種類が、違った?」
「種類は一緒ですよ。けど、酸味が違いました。酢の種類、油の種類を変えても味が変わりますよ。あと、大蒜、蜂蜜、砂糖、辛子、柑橘類の果汁、山葵等々、入れる材料や分量を変えると、また変わってきます。
ちなみに、私たちが作ったのには、辛子と蜂蜜を加えてあります」
俺たちの作ったマヨネーズは、また一層深みがあるというか、とても好みの味だった。
「ハインさんやレイシール様は、私の隠し味調理に慣れてらっしゃいますから、複雑な味の方が好ましくなってるかと」
そんな風にサヤが言う。うん。凄い美味。ピリッとしつつまろやかで、なんとも好ましい。
「どう思いました? 料理の共有。こういった部分に、価値があると、私の国では考えてます。
同じものを作っても、好みや用途で味は変わります。
例えば、今日の賄い、ベーコンタマゴサンドをつくるにしても、子供用なら基本のマヨネーズに蜂蜜を混ぜたもの。大人用なら、ハーブ入りなど、きっと食べる方によっても、好みの味が変わります。
でも、それぞれが皆美味しいでしょう? 自分だけでは思いつけなかった材料の組み合わせを、他の人が見つけるかもしれない。それを教えて貰えたら、作れる料理の幅は、うんと広がります」
サヤの言葉を、料理人三人は、呆然と聞き入っていた。
それでもまだ少し、不安そうな顔をしている三人に、今度はユミルが口を開く。
「あの、私……賄い作りをやらせて頂いてから、二十以上の料理を覚えました」
料理人の面々が、脳天を撃ち抜かれた様に固まった。
まさかそんなにあるんですか。そんな顔ですね。
視線を彷徨わせる三人の考えていることが、手に取るように分かるなぁ。
数十種の料理を教えてもらうのと、自分の技術を教えるの、どっちが得かと必死で考えている。
「半月程度で、同じ材料で、味が全然、違ったりして……おじいちゃんも、元気が無かったのに、最近は明るくなったんです。ご飯が美味しいって、言ってくれます」
「私も、結構沢山覚えました。最近は、家で新しい組み合わせを試してみたり、色々工夫してるんだけど……やっぱり、基本をまだあまり、知らないから……もっとしっかり、沢山のことを覚えて、美味しいものを作りたいんです。あ、あとうち、食べれる雑草は結構詳しいかも。
大家族だから、食べれるもの探しは、子供の頃から日課だったの」
カーリンがそう言って、ニカッと笑う。
あ、これはあれか。サヤだな。交渉する様にって、きっと指導している。
自分の価値を、二人に示せって。ただ一方的な関係ではなく、お互い対等に教え合える関係を作れる様に。
二人の言葉に、眉間にしわを寄せた三人の中から、エレノラが口を開いた。
「乗った! 私は私の技術を提供する。
その代わり、二人の知識を提供してもらう。
こういうの良いね。凄くワクワクする。私の技術を、素人に取られるだけの話じゃないって、分かったし、十分価値を感じたよ」
「あっ、抜け駆け無し! 俺も乗った」
「こらっ、誰がやらねぇっつったよ! 俺もやるに決まってんだろ!」
エレノラに続き、男性陣二人も慌ててそう言った。
その様子を見たサヤが、笑みを深くする。
ちらりと横目で伺うその顔は、とても美しくて、ドキドキした。
優しい表情。男装していても、そんな表情の時のサヤは、本当に美しい。
と、サヤがすっと足を踏み出し、鍋を確認しに行く。
「では、まとまったところで、次です。
賄い作りを進めましょう。先程と同じ要領で、卵黄の数を増やし、マヨネーズを作ります。最後に、全部を混ぜ合わせれば、味も均一化されますから、酢の酸味は気にせず進めちゃいましょう。
それから、食事処の食事とは別に、この食事処の賄いを、作るのはどうかと思うんです。
新しい料理の研究を兼ねて。
よくできたと思う料理は、お客様に提供して行くんです。毎日そうやって新しいものに挑戦していれば、どんどん品数も増やせますよ。
さしあたって、今日は私がマヨネーズを使った新しい料理を提供しておきますね。
刻んだ玉葱と茹で卵、胡瓜の漬物を混ぜ込んだら、白身魚の料理によく合うタルタルソースと呼ぶものになりますので、今日の我々の昼食はそれで」
まだあるんですか⁉︎
料理人三人が、固まったのは言うまでもない。




