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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第五章
96/515

光の毒

 夕食は大急ぎで済ませた。

 ルオード様が戻られた後は、きっとこの話は続けてられない。

 急かすマルに促され、執務室の長椅子にそれぞれ落ち着いてから、話を始める。

 そうしてまずサヤは、サヤの世界の病気。菌による感染の話を、マルに聞かせた。

 サヤがこの世界に来た初めの日に、俺たちに教えてくれた話。

 大気の中には、菌……サヤの世界ではウィルスと呼ばれているそれが、沢山いること。それが体内に入り、排除しきれないと病になるという。


「これは、一般的な病になる経路です。菌によってなる病を、私たちの世界は感染症と呼んでました。

 ですが、クリスタ様の病は、この菌による感染症ではないと思うんです。

 けれど、その説明をする前に、クリスタ様の病の特性について説明しますね。

 えっと、あくまで、この病である可能性が高い……という段階なので、それを踏まえておいて下さい」


 サヤは少し考えてから、まずこんな話を始める。


「えっと、太陽の光って、何色だと思いますか?」

「……色?」

「太陽の光の色……」

「……夕方なら、赤味がかってたりしますが……?」

「虹を、空に見たことは?」

「そりゃあるさ」

「水の入った水槽などを通した光が、虹みたいになっているのを見たことは?」

「あー……あった気がする」


 何が言いたいんだ……。いまいちよく分からない。

 首を傾げていると「虹って、太陽の光を、色別に分けたものなんです」と、意味不明なことを言い出した。


「陽の光というものは、沢山の色彩が重なっている構造なんです。

 硝子の三角柱があれば再現できるのですけど……無いので、図で描きますね」


 サヤはそう言って、執務机の失敗書類を持ってきて、裏に図を描く。

 三角形を一つ、その三角に刺さる線を一つ描き、三角を通る時、線が折れ曲がり、三角を突き抜けた時、その線が広がる。そんな図を記していった。


「光は、色によって波長が違います。波長が違うと、屈折率が変わります。

 虹は、必ず曲線の外側が赤、内側が紫となります。これは、その波長の差によって分かれた結果なんです」

「あ、あの……クリスタ様のご病気の話が、なんで光の話……?」

「今からその話に移りますから。

 で、その虹の七色。実は色の視認が出来ない、更に外側にも、人には見えない波長の光が存在します。

 今回は……紫の色の内側にある、紫外線について。これが、クリスタ様のご病気に関わってくるものです」


 ちんぷんかんぷんの俺。

 その様子を見て、サヤはまた頭を悩ませる。


「ええっと……レイシール様は、日焼けしますよね?」

「そりゃまぁ……するよ」

「紫外線は、おおよその生命体にとって毒なんです。なので、菌と同じように、体内に多量に入らないよう、身体は防衛します。

 人の体内にはメラニンという物質があるのですが、それが紫外線を吸収したり、身体の表層に出て黒く変色し、紫外線が体の奥底に入ってこない様にしたりします。これのお陰で、光の毒は大半が、身体への侵入を阻まれます。つまり日焼けって、紫外線から体を守る機能なんです」

「光に、毒…………」


 俄かには信じがたいな。

 陽の光は一生浴びて生きていくものなのに、毒があると言われてもな……。


「冗談……では、無いのですね」

「はい。それで、クリスタ様ですが……多分……そのメラニンを、体内で生成することが出来ない体質です。先天性異常の一つなのですけれど、そんな方が、たまに生まれるのです。私の国では、二万人に一人と、言われていたと思うのですが……ちょっとうろ覚えですね……。

 メラニンが生成出来ない方は、日焼けが出来ないお身体です。陽に当たると、すぐに火傷してしまう……つまり、陽に焼けて、肌が黒くなったりなさいません。クリスタ様は、常に、白磁の様に白い肌をされていませんか? 陽に焼けても一時赤くなるだけなのじゃないですか?」

「……あ、ぁ……赤くなって、水ぶくれが起こるだけだと、伺っている……」

「この病の怖い部分は、その火傷ではなく、体内に溜まっていく毒です。

 火傷は、毒が体内に入っている証のようなもの。多量に摂取しすぎると、別の病を引き起こします。

 ……とはいえ、その病が起こるには、相当量の毒を体内に取り込まなければなりませんし、個人の許容量にも差があります。実際起こるかどうかは、半分運みたいなところがあって……必ず起こるとも言えません。

 けれど、普通に、陽の光の下を歩ける私たちよりは、ずっとその病になる可能性が、高いお身体だということです」


 身体に、光の毒を溜めてしまう病……。それは、酷く恐ろしいもののように聞こえた。

 更にサヤは、生まれつきの、身体の構造自体に関わるものなので、この病を治す方法は、サヤの国にもまだ無いと言ったのだ。その言葉に、頭を殴られたような衝撃を受ける。サヤほどの文明世界においても、直せない病……それは、絶望するしかない事実だ。


「クリスタ様は……そんな……そんな大変な、病なのか……⁈」

「……この病は、もう一つの特徴が、瞳に現れます。

 瞳も、光の影響を多く受ける場所なんです。

 クリスタ様は、赤い瞳をされているのですよね? 赤い瞳は、メラニンが全く生成されない人の特徴だったと思うんです……けど……」


 そう言い置いてから、サヤは一度、顔を俯けた。少し眉間にしわを寄せ、不安そうな表情を一瞬だけ覗かせる。


「……この世界の人は、私の世界の人とは違う色素をお持ちの様ですし……赤い瞳だからといって、一概に、メラニンが生成出来ないとは限らない気がしていて……。ただ、クリスタ様は……。陽の光で火傷をする……私たちより、光を強く感じる。と、お聞きする限りは、その病の可能性が高い。そう、思っています。

 クリスタ様は濃い目の灰髪……私が考える病の方の特徴としては……髪の色が、いまいち特徴とそぐわない……でも、個人差がある病ですし、レイシール様がそうであった様に、本来の髪色が違うのだとしたら、一応、特徴の範囲内となるのですが……」

「サヤくん、センテンセイイジョウというものの意味を教えて下さい」


 急にマルが、話に横槍を入れて来た。

 ああ、その単語は俺も気になった。


「先天性異常というのは、命として宿った段階から、何がしかの原因によって身に付いてしまった欠損や変異を指します。

 クリスタ様の病でいうところの、メラニンを作れないというのが、これに当たりますね」

「……なら、獣人も、先天性異常の可能性が?」


 マルがとんでもないことを口にした。

 生まれつき……。た、確かに獣人は、生まれつき……急に、その姿で生まれる。

 しかし、サヤは少し考える素振りを見せた後、首を横に振ったのだ。


「……違うと思います。

 獣人は、遺伝子の変異ではない、別のものです。

 クリスタ様の病は、人の全てに機能として備わっているものの、欠損です。

 でも獣人は、そうではなく……、……ああ、でも普通に考えたら……うん、近いものではありますね。その説明をしようと思うと……ん……」


 眉間にしわを寄せて、サヤは暫く沈黙した。

 手を動かし、新しい裏紙を取ると、サヤの国の言葉で何かを書き込んでいく。それは、平仮名、片仮名、漢字が入り乱れていて、酷く難しいものだった。たまに、その文字をぐるりと円で囲み、または上から塗りつぶし、何かを突き詰めていく様子を見せる。

 そんなふうに暫く時間を過ごしてから、サヤは眉間にしわを寄せた、難しい表情のまま、もう一度口を開いた。


「……すいません……上手く。説明出来るか分からないのですけれど……私が知っている限りのことを、お伝えする努力は、してみますね。

 えっと、まず先天性異常には、二通りがありまして、一つが、ただ偶然、なにかしらの特徴が備わってしまったものや、母体からの影響などにより異常が発生してしまったものを言います。

 たまたま、その人だけがそうなっただけで、子孫にも、影響は及びません。

 もう一つが、遺伝子に刻まれ、子孫にまで受け継がれていく特徴です。遺伝子疾患と表したりもします。

 これを説明しようと思うと、今度は遺伝子の説明をしなくちゃいけないんですよね……。私もこれは、流石に詳しくは、教わってなくて……」


 サヤでもかなり、難しいと思う内容である様だ。すごく悩みながら、サヤは新たな裏紙に、人型をひとつ、描き込んだ。


「遺伝子とは、人の設計図……の様な、ものです。

 例えば私という設計図は、私の父と、母から、半分ずつ受け継がれています。

 父の設計図は、父の父と母、私にとっての、祖父と祖母から、半分ずつ。

 人は、生命として宿ったとき、その両親から贈り物として、半分ずつの遺伝子を受け取ります。それが生命の理で、ずっとずっと昔からそうやって連なって来ていて……マルさんのおっしゃってた先祖返りというのは、一つ前を飛ばし、数代前の特徴が、顕著に現れた場合のことを言い……」


 と、そこまで話して、俺たちの状況に気付いた様子だ。


「……申し訳ありません、上手い説明が、出来なくて……」

「いや、良いんだ……。多分俺たちより、マルは理解できてる筈だし。

 ごめん、一生懸命理解しようとは思ってるんだけど……なんかもう、想像もできない内容で……」


 難しすぎるよね……っ⁉︎

 もう一体自分がなんの話を聞いているのかも分からなくなってしまった。

 ハインに至っては、右から左に聞き流している様子で、理解を放棄したと顔に書いてある。

 サヤは、もう一度考え出した。

 両手で頭を支える様にして、また暫く悩む。


「分かりやすく……。

 では……私という人間が、先祖から引き継がれてきた遺伝子という名の設計図、二万五千枚から作られているとします。

 その設計図は、私の父と、母から、半分ずつ引き継がれました。

 父の設計図は、父の父と母、私にとって祖父母から、半分ずつ。つまり私の中には、祖父母の遺伝子が二割五分ずつ、引き継がれています。曽祖父母の遺伝子はさらにその半分の一割二分五厘……ずっとずっと昔からそうやって連なって来ています。

 つまり、半分は捨てられ、半分が残され、それが私の子孫にも続いていくわけです。

 それでえっと……先天性異常とは、その設計図の一部に、写し間違いがあったようなものです。その所為で、一部の機能に誤作動が出てしまうようになった状態です」


 ああ、それならば分かりやすい。

 ハインも、さっきの話よりは分かった様子で、小さく頷いている。

 よかった。ホッとしつつ、話の先を待つ。


「それで……その設計図、兄弟だと、自ずと似たものになりますよね」

「ああ、それはそうだな。半分捨てるのだとしても、半分は同じものが選ばれるのだろうし」

「そして、全く血縁関係の無い人にも、似た様な設計図は案外あったりするんです。

 例えば……瞳が、一重になる設計図とか、髪が、癖っ毛になる設計図とか」

「ああ、そういう細かいのも設計図にあるのか。うん、たくさんの人が持つ特徴、似ている設計図が存在するというのは、理解出来た」


 そこでサヤは、また悩み出した。

 俺たちが、凄く難しい要求をしていることが、その姿から伺える。

 エーオーとエービーだとオーは生まれなくて……とか、何かよく分からない呪文のようなものを呟きながら、裏紙に不思議な文字を書き込んでいたのだが、その手を途中でピタリと止める。


「うん……やっぱり獣人は、先天性異常ではないと、思います……。

 神話とはいえ、もともと一つの種として存在していたのだから……私の世界での、白色人種や黒色人種といった分類にあたるのだと。異常ではなくて、隔世……!」


 そして、ハッとしたように、顔を上げた。


「あの、前に話した、麦の選別の話、覚えてますか⁉︎

 実が沢山実り、風に強い特徴のものを選び、残していくと、その特徴が強化されるって話ですけど……あれに、似ています!

 似たような特徴の設計図が多くなると、その項目が強化され、その特徴が現れる!

 獣人の特徴が、急に現れるのは、これではないでしょうか。

 設計図の中に、獣人の特徴が現れるものが紛れていて、それの量が多くなったり、重複したりしていると、強く表現され、獣人となる!

 つまり、獣人として生まれたということ自体が、先祖返り、隔世遺伝……と、なります。……推測の話ですけど」


 獣人自体が、先祖返り。それは、衝撃的な話だ。俺たちの祖に、獣人が含まれているということなのだから。獣人は、悪魔の使徒、人ではなく獣……そう言われているのに、我々には獣人が、含まれている⁉︎


「そんなことが、起こりえるのか⁉︎」

「起こりますよ。同じ人で、違う種であるだけなら。

 あ、私だって、そうなんですよ?私の祖は、ホモ・サピエンスですって、これも前に、話しましたよね」


 サヤの話にこくりと頷く。

 その話はとてもよく覚えている。情報の共有が、文明の発展には不可欠だと学んだ話。


「それ、正しくは違うんです。

 確かに、私の祖は、大部分がホモ・サピエンスなのですけれど、実は、ネアンデルタールも、含まれているんですよ。

 私の設計図の話でいきますと……二万五千枚のうち、五百枚から六百枚の設計図が、ネアンデルタール由来なんです」


 頭が吹き飛ぶかと思った。

 二万五千枚のうち、たった五百枚程度とは言え、何千、何万と過去の時代の人から、引き継がれてきた設計図が、サヤの中に五百枚も残されているというのだ。

 ずっと過去に滅んだ種の記録が、サヤの中にある……。


「一度や、二度の交配では、その様にはならないでしょうね……」

「そうですね。私の沢山の先祖が、何人も何人も、種を超えて結ばれてきた証です。

 だから、たまたま、偶然、何かの事故……なんてものではなく、愛し合って、結ばれてきた結果なのだと……あっ、その……し、幸せな結婚だったのだと、思いたいですよね」


 何に照れたのか、サヤが急に赤くなってしまった。

 交配とか、結ばれるとか、その手の言葉に反応したのかな……。

 そして、視線を巡らせた拍子に、ハインが、真っ青になっている姿が視界に入り、ギョッとする。


「ど、どうした⁉︎」

「……な、なんでも、ございませ……」

「なんでもない顔してないからな⁉︎ 獣人の話が、辛かったのか?」


 前も、こんな顔になっていた。死を選ぼうとしたあの瞬間の。そう思ったから、咄嗟に手を、ハインの頬にやった。


「なんでもありませんから‼︎」


 声を荒げて、振り払われた。

 自分から振り払っておいて、俺に触れてしまったことを悔やむみたいに、顔を歪める。

 そのまま両手を握りしめ、俯いてしまった……。

 そんなハインの様子に、俺と、サヤは顔を見合わせる……。だが、マルは意に介さず、話を続けて来た。


「サヤくん、設計図は、必ず半分ずつ、引き継がれるのですか」

「はい。両親からは必ず、半分ずつと決まっています。これは、絶対なんです。ただ、親の中の設計図の半分なので、祖父母のもの九割、それ以外の先祖のもの一割、みたいになることも十分考えられます」

「……ということは、僕の場合も、確率的に考えれば、祖父の要素は四半。曽祖父の要素は八半引き継いでいるということですね。設計図を、何がしかの方法で選び、選別することは可能ですか」

「それは……多分、できないのじゃないかと……。性別や、髪の色や、つり目、タレ目などの特徴を、選んで生み分けるなんてこと、できないですから」

「そうですか。残念です。

 似た設計図を持つ者同士が交配した場合、一部要素が重複する……先祖返りの構造……。

 設計図の量、人が二万、獣人が五千と仮定して、それが顕著に現れるならば交配によって特徴の多いものを選び掛け合せれば、より獣人化の進んだ人種が作……」


 ブツブツと呟くマルは、いつの間にやら頭の中の図書館に移動していた様子だ。

 その呟きを耳にしたハインが反応し、顔を上げる。

 怒りに歪んだ鬼の様な形相で、そのままマルの襟首を掴み、乱暴に引き寄せた。


「五月蝿ぇ‼︎ その耳障りな話を、これ以上俺の前ですんじゃねぇ‼︎」

「は、ハインさん⁉︎」

「重要なことですよ。あなた方獣人が、人の一部だと証明できる可能性が……」

「そんなもんは、どうだっていい! 糞尿まみれの汚ねぇ話を、俺に聞かせるな‼︎」

「ハイン、落ち着けって……」

「何をそんなに……ああ、貴方は番号……」

「黙れって、言ったろうが‼︎」

「⁉︎‼︎」


 ハインが、マルの傷口を掴んだ。

 痛みに悲鳴も上げられず、マルが肩を抑えて蹲る。あまりにあまりな所業に、俺は咄嗟に、何も言えなかった。

 足元に蹲ったマルを、ハインが犬歯をむき出しに、威嚇するように唸りながら、見下ろす。

 ブルブルと震えているのは、怒り? 恐怖? ああ、違う。俺が兄上に斬られた時の、怒り方だ。怒りや悲しみや恐怖が全身を支配して、自分の気持ちが整理できない、衝動のままに、暴れてしまいたくなっている顔だ。

 だが、そこでハインは、動きを止めた。

 自分の腕を、両手で拘束するかの様に、爪を立てて握りしめ、歯を食いしばる。

 顔を伏せ、荒い呼吸を繰り返し、自分を抑え込もうと必死で足掻いているのが、俺の目には明らかだった。

 だってこの姿も、前よく見ていた。学舎にいた頃に……。


「獣人の、話は、するな……っ。俺の耳のないところで、好きなだけやりやがれ。

 今は、……今は、クリスタ様の、病の話でしょう。

 ルオード様に、サヤを疑われている。それをどうするかという、話のはず。

 職務を遂行して下さい」


 絞り出すそうにそう言って、ふらりと足を扉に向け「お茶を入れて来ます」と、執務室を出て行った。

 サヤが慌てて、マルを助け起こし、長椅子に再度座らせる。


「だ、大丈夫ですか……っ、傷が、また出血を……ハインさん、なんで、あんな……」

「あぁ、いぇ……尋常じゃなく、痛いんですけど、あれは、僕が不味かったので……仕方ないです」


 呻きながらもマルは、そう言った。頭の図書館には居座れなくなってしまったらしい。うーあー呻く姿は、いつもの陽気なマルだ。痛そうだが。

 俺もマルの横に移動し、肩の傷を確認する。包帯はずれたりはしていないが……念の為一旦外し、傷の具合を確認することにした。


「……大丈夫だ。少し開いてしまったけど、それだけだよ。

 ごめんな、マル……ハインには……」

「いえ、あれは僕が悪いんで、ハインには何も言わないで下さい。

 失敗しましたね。僕も、見境なくなるくらい興奮してしまってて……ハインを気遣うことすら忘れてましたから、おあいこです。

 ああ、サヤくんの話は、とても興味深く、素晴らしいものでしたよ。

 僕が考えていた仮説が、存外的外れではないことが分かりましたからね。あそこまで具体的に聞けるとは思っていませんでした……。本当に、君は凄いんですねぇ。

 あの、遺伝子という設計図の数。二万五千としたのにも、きっと根拠がありますよね。

 君はそういうの、適当には口にしそうにありません……って、またやってる。ごめんなさい。もう、今日この話はやめておきます。ハインの言う通りだ。仕事しなきゃ……」


 そう言ってから、眉間を指で揉みほぐすようにして、息を吐く。

 顔を上げたマルは、いつものどこかとぼけた様な、飄々とした態度に戻っていた。


「で、サヤくん。その紫外線を防ぐのに、暗色の絹地とは、どんな根拠が?」

「あ、はい……光と色の特性です。白は光を反射、黒は光を吸収しますよね。

 部屋の帳を黒くしておけば、部屋の中に反射して入ってくる光を極力減らせると思って。

 あと絹は、紫外線を吸着する性質があるんです。

 絹は太陽光で変色するでしょう?あれは、紫外線を吸着してるから起こります。

 帳が紫外線を吸着すれば、当然クリスタ様に届く量が減りますし、あの手の病の方は、視力も弱いですから、眩しさがただでさえ目の負担になるので、部屋は少し暗めの方が、落ち着くはずなんですよね」

「……気になったんですが、陽の光を毒とする病は、一つではない?」

「ええ、あまり詳しくはありませんが……私の国で難病に指定されているものなら、私は三つほど知ってます。軽い症状の病も多々ありますし……」

「ああ、そうなんですか」


 息を吐き、肩の力を抜くマル。

 陽の光を毒とする病がひとつきりではないことに、何故かホッとした様に見えた。

 先程、俺の気の所為でなければ、マルはサヤの話の矛先を逸らしている。俺やサヤには触れて欲しくないと思うものが、この話には含まれていたということか?

 気になったけれど、わざわざそうやって誤魔化したからには、指摘したところで教えてはくれないように思えた。今は言えないと思ったのか、それとも知られてはまずいことなのか……。


「ルオード様の誤解を解く方法、僕の方でちょっと、検討してみます。

 あの方は聡明ですし、思慮深い方ですから、きちんとした風な理由があれば、ちゃんと納得してくれると思いますよ。

 それに、疑いだけで暴力に訴えたりする方でもないので、サヤくんは少し、居心地悪いでしょうけど、普通にしてれば良いですから」

「は、はい。お手数をお掛けしますけど、宜しくお願いします。

 あっ、マルさん、明日の朝一に、早馬を出す予定なのですけど、メバックに送る書類等あれば、一緒に送りましょうか?」

「ああ、じゃあ後で持って来ますね。あ、それとサヤくん」


 マルに呼び止められたサヤは、首を傾げて振り返る。


「きっと君は、他のことに集中してても聞こえていたと思うので、言っておきます。

 先程、君を怖いと言ったこと、謝ります。すいませんでした。

 僕は臆病者なんで、レイ様みたいには出来ませんが……君が、僕の為に身体を張ってくれたことに感謝出来ない程、狭量ではないつもりです。

 君が傷つく様な態度を取ることもあるかもしれませんが、大目に見てくれると、有難いなと」


 その言葉に、サヤが微笑む。

 気にしてませんよ。と、言って、ハインさんを手伝って来ますと、部屋を出た。

 ふう。と、息を吐くマルを見る。視線が合うと、少し苦笑した。


「何か、言いたそうですねぇ」


 う……。やはり、顔に出てるか……。


「……ハインが、心配だからね……。

 マルは、ハインが怒る理由も、獣人を拒絶する理由も、知っているのだろうなと思うと、ズルをして聞いてしまいたくなるんだよ」

「僕に聞くのはズルですか?」

「うん……一度目はハインの意思を無視した形になったから……次は待ってあげなきゃと思うんだけどね……。でも知らないと、気のきかないこと言っちゃうんだよなぁ」


 獣人の話が辛かったのかって……あの状況でそれ以外であるわけないのにな。

 ハインの表情が気にかかる。知られたくない、触れられたくないと、全身で訴える様な……それでいて、何かに縋り付きたくて仕方がないと、思っている。

 酷く、怯えているのだ。

 不安を口にする俺に、マルはまた少し、頬を緩める。そして、


「……ハインはねぇ、肉体的なものは、あまり獣人寄りではないんですが、精神的な部分は、とても獣人らしいと思うんですよねぇ。

 直情だし、難しいことは考えるのすぐ放棄しますし、習慣化された作業に強いでしょ?主人を決めたらひたすら尽くそうとする辺りなんか、ほんと獣人の習性よく出てますよ。

 肉体的な部分で獣人的要素が強く出ているのが胡桃なのだとしたら、精神的な部分での獣人的要素が強く出ているのは、ハインですよ。本人が気付いてるかどうか知りませんが。

 正直あそこまでだと、感情制御はもっと、難しいと思うんですけど……。レイ様が上手く躾けちゃったんですかねぇ。あれだけ怒って、傷口を掴まれる程度で済みましたし」


 胡桃だったら僕、半殺しで済んでますかねぇ。と、ケタケタ笑う。

 痛い思いをしたのに懲りないな……。しかもあの状況で、ハインの観察は怠ってない……。

 でもまあそれはともかく、躾とか、動物の調教みたいな表現は、嫌だ。過去の俺を言われているみたいだし。


「……マル、その言い方は、あまり好きじゃない……」

「知ってます? 獣人ってね、主人がいる方が、精神的な部分は安定するんですよ。もしくは集団での生活。基本的に、自分で決めて行動するというのは、彼らには負担みたいなんですよね。

 だから、レイ様がハインを心配に思うならね、彼のことを、ある程度縛ってあげれば良いんです。レイ様が決めてあげて下さい。人から生まれ、人と同じように話し、感情を動かすから、つい同じ様に考えてしまいがちですが、サヤくんの言葉を借りるなら、種が、違うんです」


 マルの言葉に、少し反発を覚える。

 種が違う。

 それは、拒絶の様に聞こえたのだ。

 けれど、マルの表情は、ハインを突き放している風ではなく、ただ俺に、ハインというものを教えてくれているのだと、分かる。

 精神的部分が、強く獣人らしい……か。

 獣人らしいって、なんだろ。神話や書物で獣人はよく出てくる。基本的に、排除すべき対象としてだ。

 だが、九年という歳月、俺はハインを、獣人だなんて思わず過ごして来た。全く重ならなかった。ハインの様に、獣人と気付かず接している人間が、俺の周りには、まだいるのかもしれない。本人すら、気付かずに。

 …………獣人って、なんだ。人って、なんだ。俺はもっと、そのことを知らなきゃならない気がする。

 マルは、何故獣人に、拘りがあるのだろう……。気の所為じゃないよな……知識欲の塊であるマルだけれど、獣人のことに関しては、ただ知識欲だけで動いているようには見えない……。

 だけど……これを聞くのも今度にしよう。今は、教えてくれそうにない。

 マルはまだ、俺を値踏みしているみたいだから。


「……とりあえず、獣人の話は保留。今はクリスタ様の話だ。

 あの人、何の目的で来るんだ? 体調を考えたって、無理矢理すぎるだろ」

「痺れを切らしたんじゃないですか? あの方、レイ様が大のお気に入りでしたし。

 今までだって、何度も近況確認が来てましたよ。僕の所に」

「はぁ⁉︎ そんな話聞いてないぞ⁉︎」

「言わなかったですから。遅かれ早かれ、こうなってたと思いますよ。

 けどまあ、分かってあげて下さいよ。あの方、レイ様が本当にお気に入りなんですって。……色々な意味で」

「なっ、なにその、意味深な……怖いんだけど⁉︎」


 そんな日常会話の延長が戻る。お茶を持ったハインとサヤが帰り、明日以降の予定を話し合っているうちに、ルオード様も戻られた。

 夜番の近衛を連れ帰って来て下さったのだが、それは私がしますからとサヤが却下し、連日それじゃ休めないじゃないかと怒る俺に、自分の役目ですからと突っぱねるサヤ。

 そんなふうに一悶着あったものの、結局押し切られ、サヤの夜番は続行となった。

 結局近衛の方々の仕事は、日中の俺の護衛のみに落ち着いた。

 ううぅ、だからさ、女性なんだよサヤは。口には出来ないけど! だからいい加減、男の俺と同室で就寝は、おかしいんだって気付けよ⁉︎ こっちの精神的な部分にももうちょっと配慮をだな……っ。


「そんなにサヤが長椅子で就寝するのが気になるのでしたら、物置にしている部屋を片付けては? そちらに夜番用の寝台を置けば良いと思うのですが……。サヤの能力なら、壁一枚くらい挟んだとて、何とかするのでしょうし」


 冷静に戻ったハインの一言に、それだ‼︎ と、俺は食いついた。

 なので翌日の早馬に持たせる手紙に、寝台の追加注文が加わった。

 そして密かにへこんだ……。何で気付かなかったんだろ、俺……初めから隣室を夜番用にすれば良かったのに……。


 そんな感じで、細かく問題は孕みつつも、間近に迫る雨季を迎える準備は、ほぼ平和に進んでいくこととなる。表面的には、なのだが。

今週もなんとか無事、進みました。次回更新も金曜日を予定しております。

ごちゃつきだしました……。獣人問題とか経過観察とかルオード様とかクリスタ様とか異母様方とか。

サヤの問題置いてきぼりです。

それぞれの思惑やらあるので、正直混沌としてきますが、なんとか進めようと思います。

次回はクリスタ様出てくるかな……出てくると良いな……。

今回も、読んで下さってありがとうございます。

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