落とし所
事の顛末は、その日の夕食中、マルの口から語られた。
「ウーヴェは疫病神だったってことですよ」
意味が分からない。
その、謎の発言から始まった話を、ざっくり纏めるとこうだった。
執事は、セイバーンに派遣された当初から、資金調達が任務であったらしい。
セイバーンは男爵家ながら、結構裕福な土地だ。異母様の高級品志向にかこつけて、実家から高額な家具や調度品を購入すると言う形で、その役割を果たしていたという。
とはいえ、高額な金のやりとりに、彼は目が眩んだ。湯水の様に金を使う感覚に、溺れてしまった。
部下の一人が街人より賄賂をせしめていることを知り、出世をチラつかせ、その手段を譲渡させた。その賄賂をせしめていた先が、バルチェ商会であったのだ
その関係は、長い間続いた。
バルチェ商会も、貴族との伝手である執事との関係を、続ける意志があった様子だ。勿論、甘い汁はエゴン側にもあったということだ。店は急成長することとなるが、要求される賄賂も高額となっていく。
そして、問題の二年前だ。
高額の資金調達手段であった、氾濫対策資金の横領。これをあろうことか、押さえられた。
帰ってきたばかりの妾腹二子である俺に。
まさか手口が知られてしまったのかと思い、身を縮こまらせていたらしいが、それ以上の追求は無く、沈黙のまま時を過ごす。また、慣れない領地運営に疲弊している俺を見て、これは保たない。と、思ったらしい。その為、自滅を待つことにしたそうだ。
そして、二年目をむかえても、俺からは何も動きが無く、たまたま手口を抑えられただけで、横領はバレていないのだという結論に至る。
が、潰れるに至らず、歯噛みしつつ、時を待つ。
そして三年目。今年こそ潰れるだろうと思っていた。
氾濫が起こりそうだと、バタバタしだした俺たちを見て、ほくそ笑んでいたらしい。
ところが、今年は様子が随分と違った。
今までの様に、疲弊した様子を見せず、今までとは違うことすら始めた。
妨害するとエゴンは言っていたのに、それに失敗し、氾濫対策が実行に移され、邪魔をするよう指示するも、思う結果は出てこなかった。
イライラを募らせていると、更に、エゴンからとんでもないことを報告された。
ご子息様は全てをご存知だと。罪を認めて償う意思を示すことを、待っているのだと。
バレていないと思っていたことが、実は知られており、あえて泳がされていたのだと、勘違いした。
呆然とした後、考えたのは、横領を隠蔽せねば。と、いうことと、これ以上を知られてはならない。ということ。
その為に選んだ手段が、兇手だった。
「……なんというか……浅はかだな……」
「十数年間それでやれて来ちゃったんでねぇ。相当気が緩んでたんでしょ」
「ウーヴェ……なんつうか…間が悪い奴だなほんと……」
「見事なまでに引っ掻き回しましたね……」
今回の事件、というか……事件でもない気がする。全部墓穴を掘ったのはウーヴェだ。
バルチェ商会の悪事をバラしてしまったのも、父親に妙な勘違いを招く言葉を言ったのも。
それが混乱を招き、こんな状況まで拗れたという……なんともなぁな感じだ。
「ウーヴェが純朴すぎたってことじゃないですかねぇ。
どんな仕事であれ、灰色の部分というのは少なからずあるのだと思うのですけど、彼はそれを受け入れられずにいたわけですから。
それに心を痛めすぎていた結果、こんな事態を招いた。いやはや、金貸しに向いてないにもほどがありますねぇ」
「家業を継ぐことの弊害ってやつだな。
マル、お前だって、家業を継いでたら今頃死んでんだろ?」
「まさか。今まで生きてません。二年前に昇天してます」
「……そこ、胸張って言うとこかな……」
親の仕事は、子が継ぐのが道理だ。
けれど、向き不向きもあれば、子の意思だってある。俺だって……貴族なんてものにならなければと、思うこともある……。
ウーヴェを責めることはできない。彼は長く、苦しんでいたのだろうから。
「ウーヴェさん、死に金が嫌いだって、仰ってました」
それまで話を聞いていたサヤが、口を開いた。
死に金……って、あまり聞かない表現だな……どんな金なんだ。
「死に金というのは……ただ、そこに意味もなく積み上げられているお金だそうです。
お金は使われてなければ存在する意味が無いのだって。お金を貯めることに振り回されている人は、不幸にしか見えないでしょう?って仰ってましたよ。
お金は、手段であって、目的であってはいけないのだそうです」
なんだか難しいことを言う……。
ハインは早々に考えることを放棄した様子だ。ギルも若干、目が泳いでるな……。
けど、うん……なんとなく、分かるような気がする。
美味しいものを食べる為に、金を稼ぐのは意味があるけれど、お金を貯める為に稼ぐのは、本末転倒ってことだよな?
「死に金ですか。金貸しはまさに、死に金漁りのような生業ですからねぇ。
金を増やす為に金を貸すんですから。終始金ですもんねぇ。
けれど……ウーヴェは、金貸しの素質はあるのだと思いますよ。
彼が扱った仕事書類を確認しましたけど、利息の割合も、返済方法も、期間も、絶妙に計算されていて、美しいとすら思いましたからねぇ。
あれは結構な知識も必要ですよ。相手の職について深く知っておかなければ、ああは出来ない。
それに、あの様な貸し方は、信頼と忍耐を問われます。本当に長期に渡って返済をしてくれるか、相手を見る目も必要でしょうし、ずっと関わっていくことを、続けなければなりませんしね」
僕なら面倒だから絶対続きませんよ。と、マルが言う。
素質があるのに嫌い……世の中不条理だ。ほんと、ままならないよな。
まあ、なんにしても、金貸しという仕事は続けることが出来ない。
バルチェ商会の評判は地に落ちたろうし、財産だって没収となるのだ。
どこか新天地で、人生をやり直して貰うしかないが、ウーヴェなら耐えられる筈だ。
ひとつ、気掛かりがあるとすれば、友人のルカと、離れることになるのがな……。
ルカはバルチェ商会がどんなだろうと、きっと態度を変えない。ウーヴェには必要な友だと思うのだが……離れ離れにしてしまうな……。
うーん……俺が何か手助けできるものがあれば良いのだけど……何かないかな……生憎、何も思いつかない。だけど、このままこれでさようならっていうのはな……。なんのかんので結構関わってしまったし、サヤだってきっと、気にする。
それでふと、サヤに視線をやった。
あれ…………?
真剣な、表情。騎士のような、凛々しいサヤだ。
自分の手元を一身に見つめて、何かを考えている風だった。
あぁ、これは……。
「サヤ、何か、思いついた?」
俺にそう問われ、ハッと、顔を上げた。
「その顔、サヤが、何かやりたいと思ってるときの顔だなって、最近分かってきた気がするんだけど……当たってる?」
サヤは、そんな顔をよくするよね。
メバックでは、ルーシーの悩みを聞く時に、そんな顔をしてた。
一人で夜番をするって言い出した時もだし、獣人の話の時だって、そんな顔だった。
俺の問いに、サヤは暫く逡巡し、そしてちらりと俺を見る。
「あの……ご相談というか、聞きたいことが一つ、あるのですけど……」
「ん?」
「この世界には、投資家とか、コンサルティング会社とかは無いのでしょうか?」
……えっと……トウシカ? コンサ……何って?
「投資家は、誰かの経営に出資という形で援助を行い、収益から一部を報酬として得る生業で、コンサルティング会社は、企業の問題点や課題を見つけ出し、助言、改善を行い、報酬を得る仕事です」
「…………無いな。聞いたことがない」
「どこに金が発生するって? 出資はまあ、分かるが、コンサなんとかの方が全く分からん」
ハインは考える気がない様子続行中で、俺とギルは意味の半分も理解出来ていなかった。
しかしマルはポン! と、手を打つ。
「あぁ! そんなことも職業として成り立つんですか! サヤの世界は、随分と細分化が進んでるんですねぇ」
……お前、今の話で何をどこまで理解したんだ……やっぱり頭良いんだな。
俺たちが意味を理解出来ず、呆然としている間にも、マルとサヤは会話を進める。
「ウーヴェさんの仰ってたことが、投資家の考え方に似ているなと思って。ですけど、ただお金を出すというだけでは、きっと金貸しのお仕事と変わらないと思うんです。気分的にも、あまり好まれないかと」
「そうでしょうねぇ。正直、この世界の金貸しは、投資家も兼ねていると思いますよ。
というか、力のある金貸しというのは、得てして勝機に聡いものですからねぇ。結果的に投資をしているということです。ああ、あと、貴族もそうですね。後見人制度とか」
「それで、投資家を兼ねた、コンサルティング業務が、ウーヴェさんにとって理想的な、適性を活かせる職業なのじゃないかと思うんです。
えっと、仕事内容としては、客観的に経営方法を分析して、問題点の改善をしたり、新しいやり方を提案したり、場合によっては、新しい商品を開発したり、会社を立ち上げたりもするんです。ただ、それだけではなく、そこに資金の提供も兼ねれば良いのではと思って。
やる気とやれそうな計画を持っているのに資金が無い。そんな人を応援するんです」
「良いですねぇ……うん、それちょっと待ってくださいね。考えます。…………むぅ、資金……新事業か……ウーヴェに任せる?……うん。そう考えると結構貴重な人材ですね……ところでサヤくんは、何故ウーヴェにその仕事を提案しようと思うんです?」
「お店で、借り直しの手続きをしている時、ウーヴェさん、本当に親身になって話を聞いてらっしゃって、書類の説明も丁寧でしたし、分かる言葉で伝えようとされてました。人と接するお仕事には、向いてらっしゃるんじゃないかって思ったんです。
事業計画をきっちり立てて、その運営を手助けしたりしつつ、資金提供を行い、軌道に乗せる。うーん……話していると、コンサルティングでもない気がしてきました……新事業開発? ベンチャーキャピタリスト?
だけど軌道に乗せるまでをしっかり管理していくならやっぱりコンサルティングなのでしょうか……? 関わりを続けることに意味を持たせた方が、ウーヴェさんも、お金を借りる側も、関係を続け易いと思いますし、第三者からの分析は大切だと思いますし……」
「良いですねぇ。サヤくん、後で情報交換の時間を下さい。もう少し詳しく聞きたいです。そうしたら、ウーヴェを上手く使う手段を見つけられる気がするので」
ふ、二人の会話が、難しすぎて、まったくついていけない……。
経営とか運営とかならギルの方が分かる気もするんだけどな……。ギルはもう難しい話は聞こえないことにしている様子だ。
そんな俺たちを置き去りに、サヤとマルは、情報交換の時間をどこに取るかを話し合っていた。
「じゃあ、明日の、夜番までの間でしたら……」
「……夜番、まだ続けるんです?」
「もう安全ですってはっきりすれば良いんですけど……結局一人、行方不明なんですよね?」
そうなんだよなぁ。
例の執事が雇った兇手は四人。というか、四人組の兇手だったそうなのだ。
しかし、一度目の襲撃の際、そのうちの一人は手傷を負った。その為、昨日の夜は襲撃に加わっていなかった。
しかも、その一人は行方が知れない。一人となってしまった以上、兇手としてやっていくのも難しいのだという。
どこかの組織に加わるのなら良いのだけれど、俺を恨み、復讐を狙う可能性もあるというから、一人で眠るわけにはいかないのだ。
「特徴が分かれば情報収集できるんですけどねぇ。小刀の傷が身体のどこかにある。くらいのとっかかりじゃ、難しいですね」
流石のマルでも、お手上げらしい。性別も体格も年齢も、一切が不明だもんな。例の執事も知らないって言うし。
「とはいえ……ずっと長椅子で休むのじゃ、サヤの身体が心配だよ。
この際だから、ハインと交代制に……」
「嫌です。これは私の仕事です。もう金輪際、仕事を疎かにしたくありません」
「サヤ……サヤは仕事を疎かになんて、してないだろう? 忍の方の仕事だって必要なことだったんだし、マルの思惑もあったんだしさ……」
「それでもです。
私、もうあんな思いをするのは嫌なので、自分がやると決めた仕事は全うします」
譲らない……よなぁ……。まあ、夢のことを考えて言ってくれてるのは重々承知してるのだけど。
でも、狙われてるかどうかも分からないのに、兇手を警戒し続けるって、無理があると思うんだよ。
ギルだって近日中にはメバックに戻る。そうしたら俺の護衛はサヤとハインの二人だ。夜番が毎夜必要という状況が既に無理だと思うんだ。
「うーん、ウーヴェの心配する前に、レイ様の武官を確保する算段をした方が良いですかねぇ。まあ、でもサヤくんの夜番は、あと二日ほどでひと段落できますよ。そうしたらその間に、武官確保を考えましょう」
マルがまたよく分からないことを言い出した。あと二日の根拠が分からない。
疑問符を浮かべる俺たちに、マルは笑顔で「楽しみにしといて下さいって言ってたでしょう?」と言う。
そんなこと言ってたか?なんかもう、色々ありすぎて、記憶の彼方だな。
まあ、いいや。言われた通り、楽しみにしておけば良いのだろう。
「では、久しぶりに風呂を使いましょう。
襲撃されても相手が一人なら、さして苦労せず対処できます。一応念の為、レイシール様の入浴には、私かギルが護衛として同行しますが……」
「……ああぁ、風呂くらいゆっくり一人で入りたい……いつ迄この生活かなぁ……」
「知りません。仕方がないでしょう。こればっかりは」
なんかもう、窮屈だよ本当に。いつになったら気楽な生活に戻れるんだろう。せめて、見回りだけでも解禁にならないかな……日課になってたから、違和感が半端ないんだよ。しかも日中、することが無くてすっごい、暇だし。
気が滅入っている俺に、サヤの眉まで下がり気味だ。うう、サヤを心配させたいわけじゃないものな、空元気でもいい、出さなきゃ。そう思い、なんとか気持ちを切り替えようとしていたのだが。
「あっ、お風呂なんですけど、ちょっと、試してみたいことがあるんです」
ぱっと、笑顔になったサヤが、俺にそう言う。
気分転換になることでも思いついたのかな?何?と、聞くと、
「麦の糠でも同じかどうか分からないんですけど、糠袋を作ってみませんか」
「糠袋?」
「思い出したんです。昔、私の国では米糠を袋に入れて、身体や食器を洗うのに使っていたんです。糠、今の時期は沢山ありますよね?」
「うん……家畜の餌に売ったり、肥料に使っちゃうけど……少々なら」
「じゃあ、ちょっと袋を作りますねっ」
ニコニコと笑顔のサヤが、手頃な手拭いを切って良いですか?とハインに聞き、使用しているもので良いのですか?などと、会話を始めた。
裁縫道具を取りに行き、食堂に戻ってきたと思ったら、手拭いを鋏で切り、その場でチクチクと袋状のものを縫い始めてしまう。
その様子を見ていたギルが「お前、針の使い方も堂に入ってんな……。それもクラブカツドウで培ってんのか?」と、問うが「いえ……」と、サヤはかぶりを振った。
「私の国では、ミシンという機械を使って縫うのが一般的なんですよね。
手縫いは、祖母の指導で覚えました。
私、10歳の頃から毎年……自分の浴衣を……自分で縫っていたんですよ。祖母と一緒に」
チクチクと縫い進めながら、そんな風に話す。
サヤが、自分の生活のことについて語るのは珍しい。
一瞬、言葉が詰まった様に見えたけれど、気の所為かな……?
聴き逃すまいと、耳をそばだてていると、またギルが口を開く。彼は、サヤが特別なことを口にしているとは、思っていない様子だ。
「ユカタ…前も言ってたな。民族衣装だったか?」
「はい。夜着や、夏場に着る、単衣の着物です」
「へえ、じゃあサヤは、生地があれば、ユカタを仕立てられるのか?
見たいな、お前の国の民族衣装を、お前が着てるところ」
ギルの呟きに、サヤは少し、困った顔をする。
「うーん……難しいですね……。反物一反が、幅三十六〜三十九糎。長さ十二米程なんですけれど、その様な幅の布って、ありますか?」
「でかい布を切ったんじゃ駄目なのか?」
「駄目じゃないですけど…端の始末が結構大変で。
それに、和裁は寸法を事細かに計算したりしなきゃいけないので、ざっくりとは覚えているのですけど、全てちゃんと覚えているか、自信が無いんです。
糎や米とは違う、尺や寸といった単位を使って長さを計算するのですけれど、浴衣作りは、鯨尺という、それとまたちょっと違う単位を利用するので……うーん……一寸が三糎八粍でしたっけ……」
「ややこしそうだなぁ」
「そうですね……ちょっと、難しいかもです」
チクチクと針を進めつつ、そう呟く。
そこで急に、会話が途切れて静かになってしまい、俺は少々狼狽えた。
サヤ、何か、悲しんでいるのじゃ、ないだろうか。
祖母のことを思い出して、辛くなってしまったかもしれない。
あちらの生活を、恋しく思っているのかもしれない。
それとも……カナくんを、思い出してる?
手元を見下ろすサヤの表情が伺えなくて、何を思っているのかが分からない。
ど、どうしよう……何か別の話を振った方が良いだろうか……?
そんな風に焦っていたら、今度はマルが口を開く。
「麦糠……その袋に入れるのですよね?どうやって使うんです?」
「お湯に浸して、しっかり水を含ませてから、その袋で肌を撫でるだけです。汚れが吸着して、角質も取れ、肌がすべすべのツヤツヤになるそうです」
「サヤくんは使ったことないんだ?」
「はい。でも、古い方法なのに、未だ多く愛用者がいて、石鹸が多く出回っている私の国でも、使われているんです。
お肌に良いのだって、クラスで女子が話しているのを聞いたこともありますし。京都では有名な化粧品店が糠袋を扱ってたりしますし。
えっと……鶯の糞の粉末? を混ぜるとかも、聞くんですけど……鶯限定って、なんだか不思議ですし、もしかしたら覚え間違いかもしれませんから、とりあえず糠だけで」
チクチクと縫い進め、一枚の手拭いから二枚の袋を縫い上げた。
二重に縫ってあるのは、糠が溢れにくい様にということなのだと思う。
その縫い上げた袋を、ひっくり返すサヤ。
「ふふ、きっと、土嚢と一緒ですよね。ひっくり返した方が、溢れにくい」
そこではたと気付いた様だ。慌てて立ち上がり「糠を貰ってきます。水車小屋に行けば頂けますよね?」と、外に向かおうとする。
「こんな時間、もう人は居ないよ。閉まってるだろうし……」
「行く必要はありません。厩から貰ってきましたから」
調理場で洗い物でもしているのだとばかり思っていたハインが、そう言って戻って来た。手桶に、布で包んだ糠が入れられている様子だ。礼を言って駆け寄るサヤに、渋面で告げる。
「物凄く飛び散りますよ……」
「あ、じゃあ外で作業して来ます」
「手伝います」
二人で調理場に戻っていった。裏口から外に向かうのだと思う。
さして時間をかけず、二人は戻った。しかし、先程サヤが作った袋は、更に手拭いで包まれている様子だ。
驚きの表情で「本当に、凄く飛び散りました。物凄く細かいんですよ!」と、言う。麦糠を見たのは初めてであったらしい。そういえば、製粉するまでの工程には立ち会ったことがないんだな、サヤは。
「細かいので、布の隙間からも少し、出て来てしまう様です。
なので、袋に入れた状態で、更に手拭いを巻くことにしました」
これで一応、糠袋の完成ということだ。
「使い方を説明しますね。
これをこのまま湯につけて、水分を行き渡らせて下さい。少し揉むと湯が白濁します。この白濁が、すべすべの元です。
白濁した湯で髪を流したり、洗顔したり、袋の方で洗いたい場所の表面を、優しく撫でても良いです。擦らなくても汚れは落ちますし、やりすぎると糠が溢れますから、気を付けて下さい。使用後は、しっかりと身体を洗い流します。糠が残ると肌に良くないので。
そういえば、糠袋、湯が濁ってしまうので……どうしましょう?」
「濁ったって問題無いんだろう?」
「無いですけれど、お風呂の湯が全て濁ってしまうと、後で洗い流しにくいでしょう?」
「じゃあ盥を用意しましょう。糠袋は、外で身体を洗う際に、盥でのみ利用。ということで。
使用後は、湯で必ず身体を流してから、風呂に入る。で、良いのでは?」
「湯屋の規則って、そうやって出来たんですね、きっと」
「ちょっと待って、サヤくん、ユヤって何?風呂関連なの?僕初耳の単語なんだけど⁉︎」
「……後で、説明しますから……」
なんだかワイワイと楽しく盛り上がる。
こんな雰囲気久しぶりだ。順番に風呂を利用して、糠袋すげぇっ!と、大騒ぎした。今回、一人で入れないことは目を瞑る。この感動を共有できたからいい!
これ凄いぞ! どういった仕組みか知らないが、確かに肌がしっとりするというか……!
髪の汚れも落とす様で、風呂で流し、最近艶のある俺の髪が、より光沢を増した様に思えた。長いから自分の目でも確認しやすい。これはアレだな。まるで……。
「わぁ……椿油くらい、効果がありそう。
今度からこれを使えば、少し油を節約できるかも」
俺の髪を見て、ポツリと零したサヤの呟きに、俺は一も二もなく飛びついた。
「俺もそう思う! サヤ、あの油は、当面、櫛の手入れにだけ、使う様にしよう。
ずっと気になってたんだ……油が尽きてしまうと、サヤは櫛も失くしてしまうことになるだろう? 糠なら製粉の時いくらでも出る。安いのだから、買い取ったって良いし」
祖母から祝いに貰ったというサヤの柘植櫛は、定期的に椿油を使って手入れをしなければいけないらしい。
こちらの世界に来る時に、たまたまいつも持ち歩いていた櫛と、小さな小瓶に入った油だけが持ち込まれた。
この世界ではツバキアブラというものを聞かないし、ツバキという植物もまだ見かけていないという。だから、油が無くなってしまうと、サヤは櫛の手入れが出来なくなる。サヤの世界から持ち込まれた数少ないものが、サヤの大切なものが、失われてしまうのだ。
サヤは、俺の言葉に嬉しそうに、微笑んだ。
サヤが、心から安堵しているのが伝わって来る。
油が無くなってしまった時は、仕方がない。使うべき時に使うのだと、サヤは言っていたけれど、祖母との思い出の品を、大切にしたくないはずがない。
だから、本当は、苦しんでいたと思う。
いずれ無くなるにしても、これで少しは先延ばしにできる。そして、その間にツバキを見つけられるかもしれない。代わりの油に出会えるかもしれない。それは、そんな安堵の表情だった。
「はい…………ありがとう、ございます。
あ、でも、使うべきと思った時は、使います。それは、譲りません」
「分かってる。でも、サヤの大切なものは、俺も大切にしたいんだ。そこは、俺も譲れないから」
お互いそう言い、ふっと笑う。
うん。なんだかここ最近、気持ちの塞ぐことが多かったけれど、ちょっと、元気が出た。
少なくとも、問題のひとつは解決した。明日からまた、氾濫対策に身を入れられる。
不確定要素の兇手は気になるけれど、狙われていると決まったわけでもないしな。
「とりあえずみんな、ひと段落だと思おう。
ありがとう。沢山迷惑をかけたし、これからもかけると思うが……頑張っていこうな」
なんとなく、そんな風に声をかけたら、皆の視線が俺を向いた。
あ、改まって言ったから、なんか変だったか……? は、恥ずかしいんだけど……。
オドオドしていると、ギルの手が俺の頭をワシワシとかき回し、ハインが大きなため息を吐いた。マルがニマニマと笑い、サヤが言葉を返す。
「はいっ。みんなで、頑張りましょう!」
陽だまりのような、温かい笑顔で、そう笑った。
時間が、時間が無い……。いつも言ってるけどほんと時間が……っ。
そういいつつ一応はひと段落付いたのかな……?マルが何してきたかは今後語るってことで。
ていうか、感想の返事も書けず申し訳ありません。とりあえずこれ上げたら時間確保できるので!明日までになんとかっ。
これで命を狙われる日々はいったん終了?
でもって、次の更新も来週金曜日を予定しています。
今回も見て下さってありがとうございます。




