表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第四章
70/515

異話 追想 1

ギル目線 学舎時代をお送りします。

ギルが二年、9歳 レイが一年、6歳です。

 学舎って……つまらねぇ……。

 入学して一年で、俺はそれを悟った。悟りきった。


 何がつまらねぇって、まず座学が多い。勉強自体はそこそこ出来たが、詰め込むもんが多すぎて気が滅入る。

 そして大好きな武術が極端に少ない!

 体格に恵まれ、容姿に恵まれ、騎士になるに相応しいと思って入学したのに、剣の腕はさして重要視されていなかった。最低だ。

 そして何より、女っ気が無い‼

 目が霞むほどに潤いが無い。

 同学年に女はおらず、上級生とは接点が無い。

 こんな環境で俺は何を学べばいい⁉︎

 美意識もへったくれもない男に囲まれて、俺の美意識すら歪みそうだ。辞めよう。もう学舎はいい、充分だ。


 二年目の春。夏の長期休暇が来たら、父に土下座してでも辞めようと思っていた俺の耳に、一年に妖精のような美少女が入学して来てると教えてくれたのは、町人の友人だった。


「えー……それ本当かよ……入学者名簿に女の名前なんかあったか?」

「でも俺見たんだよ! 人形みたいな、妖精みたいな、なんかこう、消えてしまいそうな……儚い感じの美少女が、一年の寮に入っていったんだよ!」

「……女っ気無さすぎて目が腐ったんじゃねぇの」

「マジだって!」

「マジなら女子寮に入るだろ……なんで一年の寮なんだよ……」


 女は少ない。滅多に入ってこない。だから、男は学年ごとに寮があったが、女の寮は一つきりだった。そして女子寮に入らない女は皆無だ。


「でも見たんだってばあああぁぁ、だから覗きに行こうって誘ってんだろおおおぉぉ?」

「やだよ。めんどくせぇ……」

「あ、それ本当だぞ。マジで美少女。弟が言ってた。男だけどな」

「えっ⁈」

「美少女に見えるけど男。小さいのは六歳だから。

 なんか変な奴らしいぞ。貴族だって。人形みたいに顔が動かないって」


 どんなだ。

 男と知って打ち拉がれる友人とは逆に、俺はその想像できなさ加減に、逆に興味が湧いた。

 意味が分からん。けど面白そうだ。人形のような、妖精のような、美少女のような貴族の男。

 通常、八歳から入学するこの学舎に、たかだか六歳で入るとは。頭が良いのか、結構な金持ちなのか、家庭の事情ってやつか……。なんにしても、一度見てみるかと思った。


「よしっ、じゃあ見に行こう。その面白い奴」

「俺はもういい……女じゃないなら興味ない……」


 結局、言い出しっぺは興味を無くしてしまったので、俺は一人で一年の寮に向かった。

 どうせ男しかいないのなら、せめて見た目だけでも女っ気が欲しい。そして面白いなら尚更良い。

 貴族はあまり好きではないが、将来のお客様だから、せめて慣れてこいと兄貴に言われていたこともある。兄貴はどうせ、学舎なんてすぐ辞めると言っていた……くそっ、なんかそこだけは負けた気がして嫌だな。


 家族は、俺になんか、何も期待していない。

 まさかの高齢出産で授かった俺だ。兄は余裕で成人し、既に娘までいる。当然家も継いでいたから、後継の心配は済んでしまっている。

 だから、俺には、期待するものが無い。急に騎士になるといい出しても、反対は一切無かった。結構な額の金すら出して、じゃあやってみなさいときたもんだ。

 服と一生関わって生きていく一族の中で、俺にはそれが、求められていない……。

 …………いいけどな。別に。なら好きなことを好きな様にするまでだ。

 そんな風に、脈絡のないことをつらつら考えながら歩いていたのだ。

 すると、一年の寮に向かうまでもなく、目当てらしき人物を発見した。

 寮の手前。花壇の前に。


「うわっ……マジで男? 女にしか見えねぇ……」


 横顔だけでも、それは充分、分かった。美しい。確かに美少女だ。

 友人を馬鹿にしていたのに、俺はそう、納得するしかなかったのだ。

 胸にかかるほどの灰色の髪を、括るでもなく垂らしたまま、夜空のような、磨かれた瑠璃のような瞳の美少女が、何故か空を見上げてた。

 長い睫毛が、頬に長く影を落とす。鼻筋は通っていて、唇はやや薄いが、柔らかそうな桜色だ。まだ幼さの強く出た、丸みのある顎の輪郭……。

 視線の先に、小さな蝶が、ひらひらと彷徨うように飛んでいて、それが何処か、遠くの方に消えていくと、何事もなかったかのように踵を返し……⁉︎


「おい!」


 腕を掴んで止めたのは、見えていなかった顔の反対側……髪の毛で隠されていた部分が、風の悪戯で見えてしまったからだった。

 右半分の顔は、確かに美少女だった。でも、左半分……こめかみ上部から、頬にかけて、赤紫に変色した、尋常じゃない顔。

 明らかに、暴力を振るわれたのだと子供の俺でも分かった。腕を掴んだ途端、その美少女は火鉢を押し付けられたように身を竦ませて、手で顔を庇ったのだ。


「お前、それどうしたんだ。誰に殴られた⁈」

「ちが……、ごめんなさい……ちょうが、こわれちゃうと、おもって……」


 急に腕を掴まれたことが怖かったのだと思う。

 抑揚のない声で何か分からないことを言い、頭を庇うように腕を上げて座り込む。

 掴んだ部分にも変色を見つけ、俺は慌てて手を離した。

 なんなんだこいつ……痣だらけだ……。めくれてしまった袖に隠されていたのは、緑がかって消えかけた痣と、紫の濃い痣。皮膚に染み込んでしまったかの様な黒ずみ。肘までの小さな面積に、幾つも刻まれている……っ。

 俺が手を離しても、そいつはその体勢で動かず、そのまましばらく時間だけが過ぎた。

 何も降ってこないことを訝しく思ったのか、腕と腕の間から、怯えた目が俺を見た。瞳にはありありと恐怖が張り付いているのに、何故か顔は……表情は……微動だに、しない……。


「…………だれ……?」

「……急に掴んで悪かった……。俺はギルバート、二年だ。

 お前、それどうしたんだ。誰に殴られたんだ?」

「ちがう……。だれも、なぐったりしない……。みえた……きもちわるいの……ごめんなさ……」

「謝るなよ。別に、気持ち悪くねぇし……。痛そうだとは思うけど……。なあ、上級生が殴ったのか? それなら、先生に相談しろ。俺がかわりに言ってやってもいい。

 そのままにしておくのは良くない。学舎は、貴族に文句言っても怒られねぇぞ。学ぶ場だから、ここでは対等だ」

「ちがう……。まえからある……。ここのひとは、なぐらないよ……」


 前からある……。入学して二週間近く経つのに、それでも残っているような痣……。

 そして、ここのひとはなぐらない……ここの前は、殴られてたって、ことだ。

 なら身内か……。こんな綺麗な顔を、こんな色が残る程、殴るなんて……どんな身内だ。しかも相手は六歳の子供だ。子供同士の喧嘩じゃない。大人の力じゃなきゃ、こんな風になんてならない……。

 出会ったばかりの、痣の美少女めいた子供に、俺は自分がたかだか九歳の子供であるにもかかわらず、同情した。そして、もともと騎士に憧れていたなんてのもあり、小さな子供や姫は守らねばと思った。

 男だが。

 子供だし。

 姫みたいな顔だし。


「なあ、俺は名前を教えた。ギルでいい。お前、名前は?」


 守るなら、名前を知らなきゃ話にならない。そう思ったので聞いた。

 痣の美少女めいた子供は、首を傾げてしばらく考える。


「なまえ……レイシール・ハツェン……セイバーン」

「あ、そっか。貴族だっけな。レイシール……様?」

「きぞく……ちがう。レイで、いい。ニセモノだから……」

「え? なにそれ、意味わかんねぇ。なんの偽物?」

「きぞくの、ニセモノ……。うすぎたないめかけばらのにせものきぞく」


 六歳の子供の口から出てくるとは思えないような言葉に耳を疑う。

 そこだけはすらすらと。まるで耳に馴染んだ言葉であるように言ったのだ。

 動かない表情で、たどたどしい口調で、なのに毒のある言葉だけ流暢な、子供。

 俺は背中に氷を突っ込まれたような寒気を感じた。

 おかしい……こいつはなんか、おかしい。


「あのさ、貴族に偽物なんてねぇから。妾から産まれても、認知されたら貴族。

 だからお前……レイは、偽物じゃねぇよ」

「ニセモノだよ……いぼさまはただしい。あにうえはただしい……。しにぞこなって、ひろわれただけ……うすぎたな……」

「待った。それはいい。もう聞いたから、言うな。……あのさ、それは人に言うべきじゃない。お前以外にも妾の子の貴族は沢山、いるんだ。そいつらが不快に思うから……な?」

「……うん……」


 素直だぞおい……。

 今までの一連のやりとりの中で、一度も表情は動いてない。


 なんかほんと人形みたいできみ悪いな……、配色の失敗した蝋人形だ。


 そう思ったけれど、コクリと頷いたその素直さと、痣の隠れた顔の可愛さで、俺はそのきみ悪いと思ってしまった部分を振り捨てる。

 まだほんのちょっとしか知らない相手に、きみ悪いもなにもない。知ってみなきゃ、分からないのだ。


「なあ、もう一個聞いていい? さっきは、何してたんだ?」

「さっき……? りょう、に、ちょうが、きたから……。つかまると、こわされる……」


 蝶を、逃してた……のか?

 風が吹いて、俺とレイの髪が、大きく掻き乱される。

 優しい子だと、思った。貴族が虫を嫌うのは知ってる。それこそ、蛇蝎の如くってヤツだ。見るのも嫌ってくらい嫌悪してる。どこにでもいるんだから、嫌うだけ無駄な気がするのにだ。

 授業中も、虫が入ってきただけで阿鼻叫喚だ。最終的に、箒で叩き潰されたり、どさくさで逃げていったり、結末は様々なのだが、基本的に、貴族は虫を触らない。穢れると言って、近寄ろうともしないのだ。

 なのにこいつは、蝶を逃した……。貴族なのに、貴族らしくない……。

 ふいに、俺とレイの間を蝶がかすめて飛ぶ。レイはそれに気を取られたように横を向き、痣のある顔を、少しだけ歪めて……「もうきちゃ、だめだよ……」と、言った。

 逃した蝶と、一緒とは限らない……そう思ったけれど、一瞬だけ動いた顔、口元が、少しだけ微笑んだように見えた。

 痣がなければ、きっととても可愛かった……。そう思うと、なんだか、それを見れないことが、とてももったいないことの様に思えて……気づけば俺は、また口を開いていたのだ。


「なあ、甘いもんは好き?」

「あまい……?」

「今度持ってきてやる。そうだな……明日。授業の後、この辺にいろ。俺また来るから」

「……うん……」

「じゃあな、また明日、レイ」

「うん……ギル……」


 無表情だった。

 でもなんかこそばゆかった。

 そのうちまた笑うかもしれない。しばらく構ってみよう。痣が消えたらきっともっと可愛い顔だ。

 そんな風にして、その日は別れた。それが、俺とレイの、最初。


 出会いだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ