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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第四章
67/515

大切

 結局賊は捕まらず、現場には俺の投げた小刀と、少量の血痕が残っていたのみだった。

 マルは、俺が襲撃を受けたと言う報告を聞くとぽかんと口を開け、しばし呆然とした後、「レイ様って、凄いの引き当てますよねぇ……。誰かがこじれてそういう手段で来る可能性、三割以下だと思ってたんですけど……」と、関心しきりに呟いた。


「話を聞く限り、兇手なんでしょうねぇ。

 あんなもの雇うってことは、レイ様を始末するのが目的に間違いありませんけど……三匹目の虫ですね。手段に差がありすぎる。今までとは別口……? まあ、ちょっと情報収集が必要かな。明日はメバックに行ってきますよ」


 どうせ僕がここに残ってても、レイ様の護衛の足しにならないですし、川の方はルカたちに任せておけますしね。と、そう言ったマルは、今朝早くにメバックの衛兵を一人御者役に引っこ抜いて、馬車で出かけていった。

 一応、土建組合のルカと、副隊長的な立場にある者にだけ、襲撃を受けたことと、それによりしばらく外出が禁じられたことも伝えたのだが、当面現場は任せとけと請け負ってもらえた。勿論、他言無用と言い含めてあるが……どうだろうな。


「雑務は私が請け負いますから、サヤは極力、レイシール様のお傍を離れないで下さい」


 ハインは昨日、寝なかった。

 さすがに今日は襲撃して来ないんじゃないかなと説得したけれど、聞き入れてもらえなかった。

 サヤには日中をお願いしなければいけないのでと言い置いて、寝ずの番として俺の寝室に張り付いた。おかげで俺も寝たふりで一夜を明かすはめになった。

 あの調子だと今晩もなんだろうか……それは嫌だ。万が一、寝落ちして夢を見てしまったら、魘されているのが知られてしまうのだ。

……しかし、それもそれとして問題だけど、こっちもこっちで……。


 い、居た堪れない……。


 昼食の賄い作りを終えて帰ってきたサヤが、ハインと交代して、今は俺に張り付いている。

 普段なら嬉しいくらいのことなのだが、昨日からずっと、サヤは沈み込んでいる様な状態で、いつもの笑顔はなりを潜めていた。

 食事中も、普段の和やかな雰囲気など微塵もなく、終始無言で終わってしまった。

 執務室にもサヤはついてきて、書類仕事の手伝いをしてくれはしたものの、業務関係以外の会話は一切無い。


 もうホント、謝るから許してって言いたい……。

 だけどサヤは、謝ってほしいわけじゃ、ないんだよな……。


 何度も謝り、何度も言い聞かせたのだ。

 実力でなんとかできる相手ならともかく、敵わないと思ったなら逃げろと。別に、職務放棄しろと言ってるわけではなく、命を大事にって言ってるだけなのに。

 サヤは、その話をする度、頑なに拒む。

 聞きたくありません! と、時には泣いてしまうのだ。


「お茶どうぞ」


 物思いに耽っていると、俺の前にことり湯飲みが置かれた。


「あ、ありがと……」


 そのまま一礼して、サヤは今日雑務に利用している、ここ最近マルの机と化した執務机に戻っていく。

 俯き気味の視線は、俺を見なかった。

 目が充血していて、なんだかとても、疲れている様に見える……。

 サヤも昨日、眠れていないのかもしれない……。それとも、身体を冷やしたまま長時間過ごしていたから、体調を崩しているんだろうか……?

 心配でたまらないけれど、拒絶されいるのは雰囲気で分かる。今は何を言っても、サヤを逆撫でしてしまうことになるだろうと分かってしまうので、手が付けられない……。


 溜息を咬み殺す。

 朝から何十回そうしていることか。

 もう一回、駄目元で謝ってみようかな……。そんなことを考え出した時だった。サヤがぴくりと反応し、窓の方に視線を向けた。

 襲撃か? サヤの耳に、何かの音が届いたらしい。

 緊張した俺に対し、サヤの行動は予想できないものだった。


「レイ、行こ!」


 急に立ち上がって、俺の元に駆け寄ってきたかと思うと、そう言いながら俺の右手を取った。

 そのまま引っ張られる様にして執務室を連れ出される。


「ちょっと、サヤ! 行くってどこに⁉︎」


 やっぱり襲撃⁉︎ に、しては……泣きそうな顔で、迷子が親を探すような表情なのが気にかかる。

 玄関広間に引っ張り出された時、表から馬の嘶きが聞こえた。そのまま玄関扉が押し開けられ、ギルが飛び込んでくるから驚いた。


「サヤ! レイが大変って何をどうした⁉︎」


 早すぎないか⁉︎


 まだ夕方にも届かない時間だ。

 開け放たれたままの扉から、手綱を繋ぎもしていない馬が行儀良く待っているのが見える。

 いつも馬車なのに、馬で早駆けして来たっていうのか⁉︎ どれだけ心配性だよ。

 ちょっと呆れてそんな風に思ったのだが、次の瞬間頭が真っ白になった。


 俺の手を離したサヤが、そのままギルに駆け寄って、ギュッとしがみ付いたのだ……。


「おわっ? サヤ⁉︎ 相手間違ってないか⁇」

「ギルさん、ギルさん、もう私、どう言うたらええか、どうしたらええのか、分からへん!私、わたし……、……ぅうううぅぅ〜……」


 ギルの腰に手を回し、胸に頭を押し付けたサヤが、声を殺すようにして泣き出した。

 俺にしか触れようとしなかったサヤが、ギルに縋り付いていることも相当な衝撃だったのだが、それよりも、ギルに助けを求めるように縋る姿が、心臓に刺さった。


 俺、サヤがそんな風になるほど酷いこと、したのか……?

 まさか⁉︎全然身に覚えがないのに?


 だけどサヤは、今こうしてる……。


 俺…………何を、間違ったんだ?



 ◆



 サヤが落ち着きを取り戻すまで、ギルはサヤにされるがまま、黙ってただ待っていた。

 普段のギルなら女性に甲斐甲斐しく世話を焼くのだけれど、サヤの場合、下手に触れたら逆効果かもしれないと考えた様だ。

 触れようとしなかったサヤが、自らギルに触れたとはいえ、逆が許されるかどうかは別だと思った様子。だから、縋るサヤに根気強く声を掛け、慰めていた。


「レイ、お前そっちの隅行ってろ。サヤに話聞く。

 けど、視界から外れるなよ」

「あのさぁ……ここに兇手が来るとでも? 心配しすぎだと思う」

「お前が心配しなさすぎてるだけだ。窓に近付くなよ。できれば階段の陰に入っとけ」


 サヤの手がやっとギルの腰から離れたので、ギルはそう言って俺を追いやった。

 サヤに一声掛けて、対角線上にある玄関横に移動する。

 だから俺も、言われた通り、階段裏で壁に寄り掛かった。


 二人の会話は聞こえない。

 ただ、サヤの話をギルが、顔を歪め、聞いているのが気にかかる……。

 サヤはギルに何かを語り、時折涙を見せた。

 ギルが、サヤに手を伸ばしそうになってハッと止まるのを何度も見かけた。

 玄関前にはギルの乗って来た馬が、繋がれてもいないのに、のんびり草を食んで待っている。

 玄関閉めに行ったら駄目かな……などと、ちょっと現実逃避をしてみたりしつつ、ただ待った。


 …………………………くそ……なんか凄く、イラつく……。


 サヤに何かをしてしまったんだろうことは、重々理解した。そうしてしまったことを謝る気もあるし反省する気もあるのに……っていうか、もう何度もそれをしているはずなのに、なんで、こんなことになってるんだろう……。

 なんでギルに助けを求めたんだ……。

 サヤのあの行動……サヤが、呼んだんだよな……ギルを。

 たぶん、マルに頼んだんだろう。

 わざわざメバックにいるギルを、呼ぶほどのことか?

 俺、そこまでされる様なこと、本当にした? してたのだとしても、こんなに、全く、俺に自覚が無いなんてこと、あるんだろうか……。


 何か、もやもやとした気分が、サヤと話すギルを見ていると、キリキリとしたものに変わっていく気がした。

 俺には気付けないような何かが、ギルには通じる。ギルとは共有できているのだと思うと、気分が良くない……。

 そんな風に思っていた時、ギルがポンと、サヤの頭に手を乗せたものだから、俺の中のイライラがグッと一気に質量を増した。


 触れるな……。

 それは俺だけだった筈なのに。


 サヤは一瞬だけピクリと反応したものの、抵抗しなかった。

 少し肩がが強張っている様にも見えたけれど、拒まなかった。


「それはそうと、ハインはどうしたんだ。まずハインには相談したのか」

「ハインさんは……その……それどころじゃない風です…………」

「……あー……分かった。言わなくていい、想像できた。相談できないわな……」


 一通りの話を聞き終えたらしいギルが、そんな会話をしながらこちらに二人で連れだって戻ってくる。

 だがその途中でピタリと足を止めた。

 サヤが、玄関の方へ視線をやっている。


「すいません……何か用事があるみたいです。ユミルさんが、走ってきてるみたいで……」

「ん? 行ってこい。レイの護衛なら俺がしとくさ。悪いが今日もまた泊めてもらうぞ」

「はい……その、本当にすいません、お忙しいのに……」

「馬鹿。呼ばれない方が腹立つっつーの。サヤが行ってる間に、話しとくから、とりあえず先に、化粧直してこい」


 ギルにそう促され、はにかみながら礼を言ったサヤが、ほんの少し微笑んだ。


 痛い……。


 階段を駆け上がっていくサヤを見送ったギルが、玄関に向かう。

 放置していた馬を適当な場所に括り付けて、やって来たユミルに少し待っている様に言い含めているのが、途切れ途切れに聞こえた。

 俺の役割が減っていく……。

 サヤが、ギルでも良いなら、ギルの方が良いに決まってる……。

 だって、存在の価値が違うから。望まれない俺と、そうではないギル。まあ、そもそもの問題か。親にすら、必要ないと思われる様な人間が、生きているだけで、誰かを犠牲にしてしまう様な人間が、一体なんの役に立つって言うんだ? 役に立つ気でいたことの方が、おかしいのかもしれない。


「サヤさん、ごめんなさい、切り方を間違えちゃった人がいて……。薄切りで良かったのに微塵切りにしてしまったんです」

「どれくらいの分量?」

「全部です! 夜の賄いぶんを全部刻んじゃったんです」

「ああ、大丈夫ですよ。それは一旦、炒めておきましょう。明日の調理に回せば良いです。

 代わりに、明日の材料の玉葱を至急薄切りにしてもらえますか。私も手伝いますから、みんなで分担して……」


 化粧を直したサヤが、階段を駆け下りて来て、そのままユミルに捕まった。

 連れだって別館を出ていく。その様子を、ギルが見送ってから、くるりとこちらを振り返った。


「……はぁ……お前の馬鹿さ加減には、正直ちょっと絶望するぞ」


 そんな風に言われ、イライラが爆発しそうになる。


「そう。申し訳ないね、不甲斐なくて」

「…………その様子だと、本気で分かってねぇんだな……サヤが泣くわけだ」


 そう言われてカッとなった。怒りのまま声を荒げようかと口を開く俺に、ギルはズンズンと大股で近寄って来てから首根っこを引っ掴む。


「離せ!なにすん……っ!」

「お前の部屋行くぞ。玄関前で大騒ぎすんな、サヤに届く」


 俺の返事など聞く気もないという様子で、そのまま階段に足を向けた。


「サヤが何に怒って、何に泣いてたのか、教えてやる。

 まずは、お前の意味不明な言動の理由を教えてもらうからな」

「離せっ! 自分で歩く!」

「はいはい」


 まるで子供を相手にする様な態度に腹が立った。

 そのまま先に進んだギルが、勝手に俺の部屋に入って行く。俺も後に続くと、ギルはそのまま長椅子まで行き、そこにどかりと腰を下ろした。


「サヤはお前の従者だ。お前を守るのも仕事の一つだ。なのに、なんで開口一番が、逃がす算段だったんだ?」


 前置きなしに、唐突に切り出したギルの言葉が、どこを指しているのかはすぐに検討がついた。


「そんなの、当然だろ。サヤに飛び道具の相手させろって? 無手のサヤに?

 あの時は、まさか素手で矢を叩き落とすなんて真似ができると思ってなかったから、無茶だと思ったんだ。だから助けを呼びに行けと言った」

「無茶でもなんでも、それが従者の仕事だ。

 お前を守るためにサヤは傍に居るんだ。

こんな言い方はしたくないが、貴族であるお前は、サヤを犠牲にしてでも、生き残る算段をすべきだった」

「はっ?何言ってるの?」


 あまりの違和感に笑ってしまった。

 なんで俺を残して、サヤを犠牲にするの。あの兇手は、俺が目的だったんだよ?

 何それ、なんでギルがそんなこと言うんだ。そんな、そんな……。


「俺を狙っている相手に、なんでサヤを差し出す必要が?

 俺一人で済むのに、そんなことする意味がどこにあるの」

「あるだろ。お前は貴族。守られるべき立場だ」

「守る価値があればね、それで良いんだと思うよ。だけど、この俺を? 何、言ってるんだよ?」


 守られるべき立場……。ここは、そんな場所じゃない。守ってるんじゃない、閉じ込めてるんだ。

 ドロドロとした、黒いものが胸の奥で渦巻いている。

 いつもなら気持ち悪くて仕方がないそれが、今の俺にはどうでもよかった。そんなものよりもだ。


「俺一人で良いって言ってるんだ。なのになんで、他を差し出す必要が?

 ああ、俺はそういう産まれ方したからか。俺の所為だって、なんでもかんでも……こっちの気持ちなんて関係なしに、勝手に供物にしていくのか。

ギルも、それを俺に強いるっていうのか?

 ふふ……そんなの…………そんなのは、まっぴらなんだよ!

 俺は誰も巻き込みたくないし、自分で支払える対価は自分で支払う!

 それがなんで許されないんだ! ふざけるなよ‼︎」


 あの人みたいにしたくない。

 あんなのはもう、ごめんなんだ!

 誰かを壊されるくらいなら、俺は自分が壊れた方がいい。

 こんな、必要とされやしない人間なんて、居るだけで誰かを不幸にする人間なんて、いなけりゃいいんだ‼︎


「要らないんだから、もうそれでいいんだよ‼︎

 俺はもう間違わない! 俺の所為で誰かが壊れる、後いくつ、俺のために壊されるんだ、もう、一つだってごめんなんだ、何ひとつ嫌なんだよ‼︎」


 嫌な顔をして笑う、兄上。

 何度間違えば覚えるんだ? あと何人、必要だ?

 そう言ってまた笑うんだ。ギルや、サヤに視線をやって、餌を見つけたとばかりに、楽しそうに……!

 ほんと性悪だな、悪魔そのものだよ。これで幾つ、お前のためになくなったんだ?


「ぁぁぁああああ、嫌だ、いやだ、ちゃんとやります、だから、どうか、もうまきこまないで。

 ぼくは、いうとおりにする。ぼくがいやなら、ぼくだけとって! ぼくだけこわせばいいじゃないか‼︎」


 嫌な顔をして笑う兄上に、それが言えなかった。言えていたら、あの人は死なずにすんだかもしれないのに。

 僕だけにして。僕が嫌いなら、僕だけ壊せばいい、なんでそうしてくれない、ずっとお願いしてるのに、なんでそうしてくれないんだ‼︎


「…ィ、レイ!」


 全身を圧迫されて息が詰まった。

 全力で暴れて、少し緩んだ隙に息を吸い込むと、汗の匂いがした。


 あ…………。


 あのひとも、こうしてくれた……。


「悪かった。すまん! そんなつもりじゃなかったんだ!

 お前が、生きる算段をしてなかったって、サヤが言うから……また自分を犠牲にすりゃ済むとでも思ってんだと……すまん!」


 必死に謝るギルの声が、頭の上の方からした。

 気がついたら、頬がギルの胸板に押し付けられていて、俺はどうやら、抱き締められていた。

 直前の、ぐちゃぐちゃしていた思考と、引きずり出してしまった嫌な記憶に吐き気がする。

 これ以上圧迫されたら吐くっ!

 なんとかギルを押しのけて、込み上げてくる吐き気を必死で抑えた。

 落ち着け、落ち着け、あれは昔のことだ。俺はもう間違わない。誰も犠牲になんてしない。あの人みたいにしない。俺はもう、何もできない子供じゃない……。


「悪かった……、ちょっと、混乱、しただけだから……」


 なんとかそう言えるようになって、俺はその場にへたり込んだ。

 ヤバかった……。また崩れてしまうかと思った……。

 工事が待ったなしで、刺客に狙われてるって状況で、部屋に引き篭もってられるわけがない。

 安堵から盛大なため息を吐いていると、ギルが湯飲みに水を注いでくれた。

 それを震える手で受け取って、一口だけ飲んだ。


「ほんと悪かった……。

 あれは別段、お前を責めるつもりで言ったんじゃなかったんだ……。

 兇手に襲われた時、お前が、身を守ることを、一切考慮していない様に見えたとサヤが言うから……いつもの悪い癖が出てんだと思って、ついあんなことを口にした。

 サヤを犠牲にしてでもなんて、言うべきじゃなかった」

「……いいよ……俺もおかしかったんだ……。

 ギルが本心から、そんなことを言わないことくらい、分かってる」


 分かっていたのに……重なってしまったんだ。


 居心地悪く二人して沈黙した。

 お互い何を言えば良いのか迷っている感じ。

 俺は、今、晒してしまった醜態が、どうせギルに話さなきゃならないことの一部だということを、どう伝えようかと考えていた。

 崩れてしまいかけたばかりなのに、あの人のことを口にするのが怖い……。

 だが、言わなければギルは心配するんだろうし、気に病むだろう。

 良い機会であるのかもしれない……。そういえば、サヤにも言いかけて、言えないままでいた。

 そんな風に思っていると、頭を抱えていたギルが、先にぼそりと、言葉を吐いた。


「……あんなこと言った直後に、お前にまた不快な思いさせたらごめんな。

 けど、俺は、サヤがお前の傍に居てくれて、本当に良かったと、心底思ったんだ。

 サヤが逃げないでいてくれたから、お前が今ここに居る。

 さっきのお前見ると、そうとしか思えねぇよ……。

 お前さ……サヤを逃した後、自分は、どうするつもりだったんだ?」


 そんな風に聞かれて、あの時の俺が何を思っていたろうと、思考を巡らす。

 サヤを上手く逃すことができたら……。

 俺は木立の中に身を投じだろう。兇手の持つ飛び道具を無効化する為には、それしかない。

 そして、サヤが行ったと逆方向に逃げるつもりだった。

 川には飛び込まない。俺を確実に追ってもらう為に。

 兇手は逃げる俺を優先して追う。

 正確に息の根を断つことを目的にしている筈だから、俺の身体を確保するために、俺を取り囲もうとするだろう。

 そうして、息絶えたことを確認したら、俺の、髪と眼を、証拠として持ち帰るだろう。

 暗殺ではなく、山賊や盗賊だと思わせる為に、残りの身体は処理されるだろう。顔を潰して川に流すのが妥当か。

 だからせいぜい足掻いて、時間を稼ぐ。

 時間を稼いだだけ、サヤはより安全になる。

 俺は誰も犠牲にせず、相手も目的を達することが出来る。

 そうなれば、もう、サヤは大丈夫だ。


「……………………」


 おれ、は、俺の助かる道は、思い描いていなかった。


「ほらな……。

 それをサヤは感じたんだな。だから怯えた。

 兇手が追いついてきたら、お前が自分を囮に使いそうで怖かったから、腕をベルトで繋いだそうだぞ。

 衛兵が護衛をすると申し出てくれたのに、まるで頓着しないで、いらないと断って、戻る道すがら、次にあんなことがあった時は、ちゃんと一人で逃げるようにと説教されて、自分が狙われたことを分かってるのかと問い詰めたら、分かってる。サヤじゃなくて良かったって、言ったんだよな。

 自分が死ぬのを、当たり前みたいに受け入れていて怖いって、サヤは言ってたんだ……」


 サヤの表情の意味がそんなことだったなんて……考えつきもしなかった。

 サヤは、俺を心配して、怒って、泣いて、ギルを呼んでくれたのか……。

 結局また、全部、俺の為……。


「……俺はサヤに感謝してる。

 お前に逃げろって言われたのに……逃げずに、お前を護ってくれた……あの娘は、俺たちからお前が奪われるのを、護ってくれたんだ……」


 そう言ったギルが、急に泣きそうな顔をして、俺の頭をぐしゃりと掻き回した。

 そのまま首に手が回されて、引き寄せられて「無事で良かった……」と、すぐ耳元で声がして、これじゃあまるで、俺がいなくなると困るみたいだと思った。

 ギルは優しいから、こんな俺でもいないと困ってくれるのか……?

 与えてばかりで、ギルは何も得ていないと思うのに……。


「ギルは、俺が死ぬのが、嫌?」

「当たり前だ!」

「十二年の投資が無駄になるから?」

「ああもう、お前ほんとバカだな! 今俺そんな話ししてたか? してないよな⁉︎」


 首に腕を回されたまま、ギルは最低だ! と、耳元で叫ぶ。

 グイグイと力を入れられて首が苦しい。


「そんなの、お前が大切だからに決まってんだろうが!」


 言われたことの意味が理解できなかった。

 出来なかったけれど、大切だと言われたことに、身体が勝手に反応し、ブワッと顔が熱くなる。


「は? え? 何言ってるんだ?」

「お前なぁ……親友だって言ってんのに……なんでそこんとこにその反応なんだ……」

「や、だってな……お、俺はギルに助けられてばっかで、何かしてやれたためしがないのに、大切ってことは無いって……」

「はぁ? あのなぁ、お前は損得関係で友情が成立するって解釈してんのか? そう思ってんなら殴るぞ」

「思ってないから! けど……」


 どうにも釈然としない。ギルに大切だと断言される理由が……。

  だけど、ギルは仕方ないなという風に笑う。


「まあ、どうせ自覚してないよな。

 けど、お前は俺たちを救ってるよ。だから、大切だって思うのは、当たり前なんだぞ」


 そんな言い方されると、顔を上げられない……。

 顔の熱が落ち着くまでギルが見れなかった。

五日間って早い…。なんとか書けた…でもきっとまた誤字とか多そう…。

しばらく、金曜日を更新日としてやっていきたいと思ってます。状況や要望によっては戻すかもしれません。

時間帯は九時くらいになるかなと。

曜日が変わっても気長に付き合っていただけたら嬉しいです。

今回も見て下さってありがとうございます。

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