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多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第四章
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馬術

 夕刻手前になり、サヤが賄い作りの為に別館を後にした。

 ギルは散歩してくると別館を出ていて、俺は個人的なことに時間を費やしていたのだが、戻ったマルが、今日の報告にやって来たので、ここ最近の決まり事である、お茶を入れることにした。

 人足たちも、杭などの木材加工や運搬で、今日の仕事を終えたそうだ。

 あの後、血気盛んな人足が、多少土建組合員とやり合ったりしたらしいが、大きな問題となるようなことは無かったらしい。

 警告二回の男は大人しくなり、むしろ積極的に仕事をしていたと、マルは笑った。


「いやぁ、サヤくんに助けられましたねぇ。

 正直びっくりしすぎて動けなかったので、あのままじゃ殴り飛ばされてましたよ」


 やはり、悠然と構えていたわけではなく、動けなかったのか……。

 ヘラヘラ笑うマルに、あまり無茶をしないでくれよと言っておく。

 あの状況であんな台詞を挟めば、喧嘩を売っていると思われても仕方がない。


「というかですね、レイ様がいけないんですよぅ。ルカに注意されてたのに、矢面に立たないで下さいよ。おかげで僕も姫役なのに、しゃしゃり出ちゃいましたし」

「サヤに下品な視線が集まるくらいなら、俺が矢面に立った方が良いと思ったんだ」

「レイ様……サヤくんは十四歳の少年設定なんですよ。それ、忘れてやしませんか?」

「忘れてない。けど、サヤはああいった視線や言動で、体調を崩す場合があるんだ。

 注意するべきだよ。前に一度、倒れたこともあるんだから」


 気を付けるにこしたことはないと思うのだ。

 サヤは少々のことは我慢して笑っているきらいがある。だけど、その少々が積み重なるのが怖い。

 サヤには頼れる人が居ない、天涯孤独の身の上なのだ。自分だけの問題は棚に上げて、余計無理を重ねそうに思えてしまう。

 サヤにもう少し、息抜きができる環境があれば良いのだけれど……事情を知る女友達もおらず、男に囲まれて、男装して過ごすというのは、やはり、かなり厳しい状況だと思うのだ。


「はぁ……。サヤくんですか。無体を働かれかけたことがあるんでしたっけ?」

「ああ。詳しくは知らないけどね……。すぐに助けが来たから、たいしたことはされていないと言っていたけど……かなり深く、心に刻まれた傷なのだと思うよ。あんなに強くなるまで鍛錬を重ねて、無意識に間合いを取るような癖が、身につく程にはね」


 視線や、言葉で、あんな風に震えてしまうくらいに、深く刻まれているのだ。

 そんな不安や恐怖を吐露できるような相手が居ない彼女は、溜め込んでおくしかない。

 それがどれほど身を削ることであるかは、俺が一番良く知っている。

 だから、極力守ってやりたい。

 不安や恐怖を溜め込みすぎると、いつか壊れてしまうかもしれないのだ。


 俺の話を聞いていたマルは、大袈裟だと思っているのか、あまり深くは考えていない様子だ。

 それでも、俺の考えは尊重してくれる気であるらしい。うーんと、悩んでから、ポンと手を打った。


「レイ様、サヤくんに馬術を教えたら如何です?

 メバックまでは馬車なら半日ですけど、馬なら三時間ほどで済みます。

 サヤくんが自在に馬を乗りこなせるようになれば、メバックへの日帰りだってできるわけです。

 休日に、遊びに行くくらいの気晴らしは、させてあげられますよ」


 馬か。

 そういえば、サヤは馬に乗れないのだった。

 サヤの世界には馬車が使われていないらしく、馬も乗ったことがないと言っていたのだ。

 メバックまでや視察では、基本が馬車だったので、そのまま馬車を利用していたけれど、馬に乗れるようになれば、行動範囲はずっと広がる。


「それは考えてなかったな……。

 そうか、馬か……良いかもしれない」

「ついでに、レイ様の息抜きにも、ハインの息抜きにもなれば良いんですけどねぇ。

 ここに来て改めて思いましたけど、ハイン……あれはもう中毒ですね。レイ様中毒です。

僕が見ている限り、生活のほぼ全て仕事に使ってますよ。あれだけくっついてちゃ、レイ様も気が休まらないでしょうに……。

しかも、護衛できないときは監禁って……。発想が怖いですよ」

「ああ、それはもう慣れたから。

 けど、仕事をし過ぎなのはずっと気になってるんだ……。過労死しそうで、そっちの方が怖い。

 サヤが来てくれてから、随分ゆとりは出来たんだけど、そうしたら普段できない仕事をまた組み込むんだよ。

 自分のことに時間を使えっていうのはそれこそ、嫌という程繰り返し言い聞かせてるのに……睡眠と鍛錬と趣味の時間は確保してるから大丈夫って言うんだ。

 違うだろ? やっぱりそうじゃないよな?」

「ハインの鍛錬ってどうせ仕事絡みですよね……。趣味って料理でしょう? それだって仕事みたいなもんじゃないですか……。

 他に何かないんですか、ハインには。仕事が絡まない時間は。これじゃあ寝ることまで仕事の為にしてそうで怖すぎます。

 このままじゃ、レイ様が例え結婚しても、レイ様の身の回り全部に手を出して来ますよ。どこの小舅かってくらいに」

「いや、その予定は皆無だから、安心して良いよ」

「……レイ様貴族ですよ。政略結婚の可能性を捨てないで下さい」


 いや、無いと思うよ。

 セイバーンは豊かだし、収入には困っていない。兄上すらまだ結婚していないというのに、俺が敢えて妻をもらう理由も無いだろう。

 婿に行くことも無さそうだ。ここの領地管理は特殊だし、父上が快復されない限り、俺はこの仕事から解放されない。

 そして、父上が快復した場合も、母がもういない以上、父上の補佐は俺が行うことになると思うのだ。

 そしてそうなれば、俺は貴族を辞める。政略結婚は無い。

 サヤが元の世界に帰れているならば……という前提はあるけれど。


「脱線してるから、話を戻そう。ハインの仕事中毒をなんとかしようって話だっけ」

「違います。サヤくんが気分転換できる様に、馬術を教えませんかって話ですよ」

「ハインに相談してみるけど……あいつ時間作れるかな……」


 そう、問題はハインなのだ。明日からなら、丁度サヤが戻って日常業務の分担ができる様になる。俺が少し仕事を手伝えば、都合が付けられるだろうか。

 俺が変われる業務、何かあったかな?

 そんな風に考えていたら、違いますって。と、マルが言う。


「ハインの仕事増やしてどうするんですか。レイ様が教えてあげれば良いんですって。馬、乗れますよね?」

「そりゃ、多少は乗れるけど……手綱を長く握ってられないからね……」

「何も駈歩を長時間できる様になるまで練習する必要無いでしょ。

 速歩ができる程度に乗れる様になれば、後は自分で勝手に練習しますよ、サヤくんのことだから。

 あの娘、運動神経抜群に良さそうですし」


 目が追いつかない動きするんですよ? と、マル。

 この世界に来て、力が強くなったと言っていたサヤだが、力が強くなると動きも早くなるのか、本気のサヤの動きは目がついていかない。消えているのかと思う程だ。

 工事を続ける間、俺は結構やることが無い。午前中に日常業務を終えてしまえば、午後からはほぼ監禁されつつ自由時間だ。

 何故なら、俺がうろつくことが邪魔になるからである。

 俺が動けば護衛が必要で、護衛ができるのがハインとサヤしかしないのだ。二人の仕事を邪魔しないようにと思うと、俺は別館内で大人しくしておくしかない。

 サヤの仕事は賄い作りが主だから、日常業務を終えれば、それ以外の時間は比較的空いている。

 午後にまとまった時間を作ることは可能な気がした。

 明日以降なら、異母様方もいらっしゃらないしな……。ハインとしていた見回りをサヤに交代してもらって、見回りついでに、馬の練習をすれば良いか……。


「そうだな。じゃあ、そうしよう」


 話がまとまった頃合いを見計らったかのように、コンコンと訪いの音がした。噂をすればというやつだ。返事をするとハインだった。そしてギルも一緒だ。

 サヤに頼まれたぞと、籠を差し出す。夕食の賄いかな。散歩途中に託されたらしい。サヤはまだ暫くかかる様子だそうだ。

 あんな外れにまで散歩に行っていたのか……。もしかして、サヤのことが気にかかっているのかな……。少し気になったけれど、敢えて聞くのも変な気がした。

 サヤに託された賄いが、折角まだ温かいのだし、それじゃあ食堂に行こうかということになり、席を立った。

 食堂に着いたら、ハインは準備を始める。汁物は一度温め直す様で、小鍋を調理場に持って行ってしまった。そうしてから一旦皿を持って食堂に戻り、残りの献立を皿に盛り付けていく。その作業の傍ら、本日の報告が始まった。


「今日の作業で人足たちに怪我人は出なかった様です。

 組合員との諍いは三件。一応どれも決着はつきました。詳細は紙面に纏めています。

 明日からは土嚢作りですし、集合時刻は異母様方の出発後が良いと思い、九時より雑木林前としました」

「うん、ありがとう。マル、明日の進行は?」

「まずは休憩所作りですね。それで土嚢の作り方を覚えて頂きます。

 ちょっとした遊戯感覚で行こうと思ってますから、楽しみにしておいて下さい」

「うん? 遊戯感覚…? それって、何をするの…」

「勿論土嚢を作るんじゃないですか!

 だけど、まずは練習をしてもらって、土嚢の練度を上げてもらうんです。そのための遊戯!

 あ、班別で対抗戦にしようと思ってます」

「うーん…?」


 全く分からない……。けどまぁ、マルが総指揮を取るって約束だしな……。口出しはすまい。マルのことだから、何か沢山の意味があった上での行動なんだろうし。


「分かった、任せるよ。

 俺からは……ハイン、明日から見回り、サヤにお願いしようと思ってるんだけど」


 俺がそう言うと、配膳をしていたハインの手が一瞬止まった。

 サヤが来てからも、見回りは基本、ハインと行なっていたのだ。二人で馬を利用していたから、乗れないサヤは留守番だった。


「さっきマルと話してて、サヤに馬の乗り方を教えようってなってね。

 見回りで馬を借りるから、その時一緒に練習しようと思って」


 俺は、俺個人の馬を持っていない。

 だからセイバーンの馬をいつも借りている状態なのだ。

 見回りは、雨が降らない限り毎日の日課だから、見回りのついでに練習するなら、改めて馬を借りる必要が無くなる。

 厩番の負担も増やさずに済むのだ。


「ああ、そういうことでしたら。では、明日からその様に致します。

 厩番へは後で伝えておきますが……工事が始まったので、見回り時間が長くなるとでも言っておきましょうか。その方が練習時間も取れますし」


 サヤが馬に乗れる様になるのは、ハインにとっても歓迎できることであるらしい。なにやら協力的だ。

 とはいえ、夕食用の賄い作りがあるので、そうそう遅くまで練習もできない。伸ばせて一時間かなと、頭の中で計算してみる。

 皆の前に皿が置かれ、ハインはまた調理場にもどり、汁物をよそった椀を、盆に乗せて出て来た。

 と、そこまでは、大人しく状況を見守ることの多かったギルが、早く食おうと声を掛けてきた。どうも空腹らしい。

 それじゃあと食事を始める。ギルに託したということは、サヤも早く食べる様にと用意してくれたのだと思うから、遠慮せず進めることにした。


「はぁ……昼も思ったけど……美味いなぁ、この村の食い物。前からこんなだったか?」

「サヤが賄い作りを指揮してるからね……。

 あの娘が作ると、何故か味が複雑化するんだよな。それが何だか美味なんだ」


 味が気になって仕方がなかったんだな。

 食事を始めた途端のギルの言葉に、俺はそう結論を出した。ギルって、結構美味なものに弱いよな。ハインも食には拘りが強いけれど、ギルも結構なものだと思う。

 だけど、サヤの作ったものを美味と言ってもらえて嫌な気はしない。そうだろうと自慢したいくらいだ。


「ありとあらゆるものを混ぜますからね、あの娘は。そんなものを混ぜるのかと、初めは信じられなかったのですが……やってみると美味なのですよね」

「この汁物……赤いけど……やっぱり赤茄子か……?」

「昼のトマトケチャップをリメイクしたのだと思いますよ。

 リメイクというのは、完成してた料理を再利用して、新しい料理に作り変えることらしいです。余り物が多く出た時にするそうですよ」

「……意味分からねぇ……出来上がった料理って、他のものに作り直せるものなのか?」

「なんか、出来ちゃってるから……直せるんだと思うよ」


 赤い汁物は、昼間のトマトケチャップとは随分味が違う。

 何故こんな風に変わるのか不思議でならないが、そういうこともできるらしい。

 出来る料理と、出来ない料理があるとは言っていたけれど、多分この献立を選んだ理由も、そういったことがしやすいから選んであるのではと思う。サヤはやはり、機転が効くのだ。


「うわー、しまった、サヤがいる間に料理を教えてもらっときゃ良かった」

「残念でしたねぇ。僕は今日から楽しみですよ。

 ハインの料理も美味でしたけど、サヤくんが教えた料理なんですよね?なら、サヤくんが作ればもっと美味かもしれませんよねぇ。

 僕、サヤくんの料理なら、ちょっと食べる意欲が湧く気がします」


 マルの言葉に、悔しそうにギルが懊悩するが、口に運ぶ手は止まらない。よっぽど美味なんだな。

 ギルの言った汁物を味わいながら、俺は斜向かいに座っている彼を盗み見た。

 俺が感情の暴走に飲み込まれていた時、貨幣の使い方を教える為、ギルはサヤを買い物に連れ出したらしい。その時のことは、ルーシーとの話や、休憩時の会話で伝え聞いているのだけれど、サヤはギルを『今が、先に与える影響を考えて行動している』と表現した。

 それに気付けたのは、サヤも少なからず、そういったことを意識しているからではと、俺は思っている。

 特に彼女には、この世界に無い知識がある。一歩間違えば、異端視されかねない様な、数百年先の世の知識があるのだ。

 彼女が聡明で、物事をよく見極め、先を考えている結果でもあるだろうが……。

 先のことを、嫌が応にも意識するのだと思う……。

 それなのに……。

 昼間、サヤを傷つけてしまったことを思い出し、胸が痛んだ。サヤ、遅いな……。


「明日からが本番か。

 散歩がてら色々見て回ってみたが……やっぱ凄い規模だよな……地形を変える工事ってのは」


 ぽつりとそう言ったギルの言葉に、俺は顔を上げた。

 ギルと視線が合う。

 その表情が、探る様に俺を見ていて、ギルの懸念はすぐに分かった。心配性だな。


「大丈夫だよ。ギルが思うほどの圧迫感は無いから」


 俺がそう言うと、視線を逸らしてチッと、舌打ちする。

 俺の言葉は信用ならない……どうせ無理してるくせに……みたいな感じに考えているのが透けて見えてしまい、苦笑するしかない。

 本当に大丈夫なんだって。そりゃあ、重圧はある。この工事を絶対に成功させなければならないし、異母様方に知られた後のことを考えたくない。それこそ、心臓が潰れそうになってしまうのだが……。

 サヤの痕跡を残すのだと。そう自分に言い聞かせると、少し楽になる。

 やりたくてやっているのだと分かるから。義務でもあるけれど、やりたいことなのだ。

 それに俺は、そこまで心配される程の仕事は出来ていないのだ。


「川の氾濫がなくなれば、時間も出来るしもっと自由もきくようになる。そうしたら、セイバーンの村周辺だけじゃなく、セイバーン全体をもう少し、しっかり見ていけると思うんだ。

 父上ほど、俺はちゃんと仕事ができてないから……周りにたくさん、負担を強いていると思う。そこがもう少し出来るようになれば、気持ちもずっと楽になる気がするしね」


 父上は多忙を極めていた。

 氾濫の時期はどうしても足止めを余儀なくされていたけれど、それ以外は、領地中を回っていたのだ。

 俺はこの村の周辺管理をするのに手一杯で、視察も馬車で二日程度の距離にしか行けていない。

 村の状況が改善したなら、二年以上も手を出せていない、地方の視察も行いたいなと思っていた。

 地方を預かってくれている士爵らや役人たちにも、負担を掛けている……。父上の状況を理解してくれて、こちらの負担にならないよう、きっと色々気を遣わせていて、迷惑を掛けている筈だ。


「馬鹿。今は、先に仕事を増やすことなんか考えんなよ。目の前の一大事業にだけ神経を使っとけ。

 お前も大概にしろよ。仕事仕事って……」


 なんだか急に不機嫌になったギルが、そんな風に言う。


「お前、まだ十八歳だぞ……。親父と同じ仕事が、しかも右も左も分からない状態で、急に押し付けられた仕事が、同じように出来るわけねぇだろ。

 成人してないんだから、それは周りだって分かってんだから……変に気負ってんじゃねぇよ」


 むっすぅっと、仏頂面で頬杖をつきながら、そんな風に言うのだ。困ってしまった。

 いや、未成年っていってもさ、二十歳から責任を担うと決まっているのは貴族社会限定なわけで、俺が貴族でなければ、もうずっと前から働いている年齢だよ。それを考えたら、やっぱりたいした仕事は出来ていないと思うんだ。


「レイ様もハインのこと言えませんよねぇ……。結構な仕事中毒っぷりです。

 もうちょっと息抜きすることを考えたら如何ですか」


 マルにまで言われてしまった。普通貴族の人って、生活の中の仕事割合、三割程度ですよと、よく分からないことを言う。

 メバックで、職場に住んでいる勢いで仕事していたマルに言われたくないな……。そう思ったのが顔に出てしまった様だ。


「あ、僕のはほぼ趣味なので。

 実益を兼ねた仕事ですから。実は純粋に仕事だけの部分って、二割にも満たないんですよねぇ」


 そんな風にヘラリと笑って返されてしまった。

 むうぅ……。

 俺だってだな、畑に関わっていくのは悪い気分じゃない。というか、むしろ好きなことだ。

 貴族を辞めたら畑仕事をしたいと思っていた時期もあった。

 まあ……手がこうなってしまったから……それは多分もう、無理なのだけど……。


 昔望んでいたことを、ふと思い出してしまった所為で、胸に痛みが走る。

 気が緩んでしまっているのかな……自滅してたんじゃ世話無いよな……。

 サヤは何も失くしてないと言ってくれたけれど、叶えられなくなってしまった望みはやはりあって、それを思い出すのはどうしても苦しい。

 そしてそんな俺を見て、ハインも苦しむ。

 ハインの所為じゃない。あれは、運が悪かっただけなのだけど、俺の望みを知ってしまったから、ハインはどうしても自分を責めてしまうのだ。


 いけない……。また落ちていく……。気持ちを切り替えよう。

 とりあえず目の前のことを片付けることからだ。


「そういえば、夜半の警備の件は、どうなった?」


 村に部外者が多く滞在することになるので、落ち着くまでは夜間警備を強化する予定であった。

 けれど、この村のは衛兵自体が少ない。そして、異母様方が不在となるとはいえ、俺との関わりはあまり好まれない。なので、数日だけ衛兵を数人借りられないか、交渉中だったのだ。


「二日間だけ、交代制で六人確保しました。

 今日は特にやり手が付かなかったので、臨時収入を倍額にして釣りましたが」


 ハインによると、夜間に集会場の前道警備を、二人組、三交代で雇ったそうだ。

 大勢は確保できないと分かっていたので、丘の上の集会場に至る道を押さえる警備にするという。

 二日間だけっていうのはちょっと心許ないな……もう少し奮発して、日数を伸ばしてもらえないものか……。そんな風に思ったのだが、マルから二日間だけで良いとの返答が返った。


「メバックの伝手を活用しましたよ。

 新人衛兵と、引退間近の熟練衛兵を計二十人、十日間ほど借り受ける予定です。引き継ぎを兼ねた課外訓練という名目なので、警備以外にも、土嚢作りを覚えてもらうつもりでいますから、警備担当日以外の面々は、現場でも働いてもらいます」


 土嚢作り、覚えて損は無いですからねぇ。と、マル。災害時や、山賊討伐の陣地作り等、使い道は沢山あるものな。

 その後は、また別の伝手で警備を請け負ってくれるものを確保しているという。

 賄いもお願いしてあり、食料も追加で確保したとのこと。

 きちんと準備できているなら良かった。しかし……。


「別の伝手って?」

「内緒です。楽しみにしておいてください。レイ様もきっと、喜んで下さいますよ」


 またもやにへらりと笑ってマルは言う。

 やっぱり、意味が分からない……。

 俺が喜ぶ伝手の警備担当……思い当たる人物も浮かばない……。

 まあいいか……。マルの言ってることが分からないのは、今に始まったことじゃないし。考えがあって内緒なのだろうから、あえて追求することもないだろう。


「じゃあ、マルに任せるよ。話せる段階になったら報告してくれ」

「はいはい、畏まりました」


 そんな風に時間は過ぎ、俺たちの食事が終わる頃、やっとサヤが帰って来た。

 夜間警備の者がやって来るまで、一応と思い、警備をしていたらしい。

 予定していない仕事までこなしていたとは……。


「お疲れ様サヤ。警備は仕事に含まれないのだから、気にしなくて良いんだよ?」

「いえ……、ちょっと気になることがあったものですから……」


 少々歯切れの悪い言い方が引っかかった。

 けれど、サヤは今から夕食だ。疲れたろうから、そちらを優先させよう。


「温め直してきますから、サヤは暫く休憩しておいて下さい」


 ハインがそう言い、席を立つが、サヤはかぶりを振る。


「いえ、今のうちに水を汲んでこようかと。あの、今日は……?」

「ああ、良いですよ。サヤは久しぶりでしょうから、入れましょう」


 ハインがそう言うと、サヤの表情が一気に明るくなった。

 とても嬉しそうに、弾むような足取りでハインに続き、調理場に消える。

 何を話していたかは一目瞭然だった。そうか……それこそサヤは、十日以上ご無沙汰だったな。

 と、今出て行ったばかりのハインが食堂に戻ってくる。ゆったりとお茶を楽しんでいたギルに、ギッと睨みをきかせ、宣った。


「ギル、暇でしょうからサヤを手伝って下さい」

「なんで暇前提だ」

「暇そうだからです」


「水を汲むだけなんですから手伝いなさい」と、拒否権は無い様だ。

 カチンときたギルの眉が釣り上がるが、俺はまあまあとそれをなだめる。


「手伝って損は無いと思うんだ。後でギルも利用するだろうから」

「一泊するだけなんだから、湯浴みはいらねぇよ」

「湯浴みじゃないんだ。風呂の準備だから」


 聞き間違えたとでも思ったのか、ギルは一瞬考え込み、暫くしてから「何って?」と、聞き返してきた。


「風呂。

 前、小部屋の一部を衝立として注文したろう?

 調理場に風呂を作ってあるんだ。まあ、形状は鍋なんだけどね」

「え……? なんか…変な想像しかできねぇんだけど……」

「多分想像通りだと思いますよぅ。ほんと、鍋ですから」


 マルにまで言われて、ギルは確認せずにはおれなくなった様だ。そわそわと立ち上がって調理場に向かった。そして、扉の向こうに消えた後、暫くしてから「マジで⁉︎」という驚愕の声が聞こえる。俺はマルと顔を見合わせて、くつくつと笑った。

 そういえば、ギルにも一度風呂を体験してもらおうと思ってたのだ。丁度良かったな。

 因みに、俺とマルは戦力外だ。俺は桶を一つしか持てないし、マルには体力が無い。


「使った後の感想が楽しみですねぇ」


 初め、風呂を面倒がっていたマルがそんな風に言うから笑った。

 使ったら病みつきだよな。気持ちがいいし、一気に洗えるし、凄くさっぱりするのだ。


 水汲みはあっという間に終わった様だ。サヤは手桶ではなく、樽に水を入れて運ぶので、凄く早い。重たいものが平気な利点を最大限活用しているのである。

 それでも一人より、二人でやる方が早い。樽に水を汲む速度が上がるからだ。


 サヤが席に着き、ハインが温めた料理を運んで来る。

 ギルも戻って来て、席に着いた。もう一度お茶を堪能するのかと思ったのだが、そうではないらしい。


「あー……サヤも、戻ったし……俺の用件の話、ここでして良いか?」

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