香草
食堂にて。
くっくっく……と、腹を抱えたギルが笑っていた。
集会場でのやり取りを聞き、笑っているのだ。
送り出したときは、何かしら大乱闘でも起こして帰ってくるのではと思っていたらしい。
まあ、サヤの強さを示すとか、とんでもないやり取りして出て行ったものな……まさか宴会になって帰ってくるとは誰も思わない。
「上手いやり方だったな。村人全員に護衛をつけて身を守るわけにゃいかないんだから、村人達に好印象を植え付けるってのは、良い方法だったと思うぞ」
「いえ……意図していたことではなかったですし……村の皆さん方が、素晴らしかったんです。
あんなに沢山のご家庭で、歓迎の料理を用意して下さってるだなんて、思いもしていませんでしたから」
お茶を配りながらサヤはそう言うが、正直これも、サヤの所為だと思う。
収穫作業の時、差し入れを配ってたからな……あれが、皆嬉しかったのだ。だからきっと、同じように振る舞ったのだと思う。
前から優しい人たちだから、手段を得れば、利用するのだ。誰に言われずともそうする気風が、本当に好きだ。この村の人たちは温かい。
「で、サヤは本館の連中に見咎められたりは、しなかったんだな?」
「大丈夫です。注意してましたから。今は出立の準備があるみたいで、皆忙しなくされてますよ。こちらに意識は向いていないと思います」
「そうか。その調子で明日まで誤魔化せよ」
茶を飲みつつ、ギルがそんな風に労って、持ち帰った食事を摘んで食す。
俺たちも、机に並べられたそれらを、同じく口に運んでいた。
村人達の手料理も、美味なものが増えた。
胡椒など、高価な調味料は持っていないと思うのだが、風味豊かなものが多い。
コロッケをかじると、なんだか前食べた味と違うのだ。緑色の、何か別の食材が入っている。
トロリとしたこれは牛酪なのだろうが、緑のこれはなんだろうな……だけど爽やかな風味だ。美味いな。
俺が首を傾げつつも舌鼓を打っていると、同じくコロッケを食べていたサヤがフフフと笑う。
「美味しい、バジルの風味が豊かですね」
…………⁉︎
サヤを見ると、キョトンとした顔で、何か? と、首を傾げる。
えーと……さっきなんて言ったかな。
「バジル……っていうのは、この緑のもの?」
「はい。香草ですね。こちらではなんと仰ってたでしょう……? メ……目箒? でしたっけ」
「香草……俺、この食材知らないと思うんだ。食べたことない風味なんだけど……香草茶の葉なのか?」
「バジルはハーブの一種です。そういえば香草茶って、ハーブティーのことでは?」
「……ハーブって何?」
「え? 雑草の一種、草ですね。そこらへんに群生してますよ? 裏山にも見かけました」
……草⁉︎
唖然としていると、あれ? と、サヤが違和感に気付いたようだ。
暫し逡巡してから、確認する様に、聞いてきた。
「……あの……もしかして、香草や香辛料という概念は、こらの世界にありませんか?
でも、胡椒は使ってらっしゃいますよね? 香草茶だって……」
「ええと…胡椒も香草の一種? 香草茶は、香草って種類の植物の葉だよ」
「胡椒は香辛料ですけど、まあ、一種です。香草なんて種類の葉があるんですか……」
「草って、食べれるんだ……」
「え? 大抵の野菜が元々は草ですよね?」
二人で疑問点をぶつけ合うが、なんとなく、サヤと俺の考えているものがすれ違っている感じがする。なんか出会った当初も似たような感じに話が噛み合わなかった覚えが…。
「えっと……野菜は、野菜だよ。草は違うよね」
「野菜は、昔の人々が食べられると判断した植物を、自家栽培したものですよ。
山で木の実など取って来るのと一緒です。
野菜は、早く収穫できるものが選ばれてきただけかと」
「嘘⁉︎」
「ええ? 今までどうして疑問に思わなかったんですか⁉︎」
そこで、俺たちのやり取りを側で聞いていたギルが、困惑を表情に滲ませ、話に割って入る。
「サヤ、野菜とかは、神の恩恵。与えられたものなんだよ。そういうことになってる」
教典にそう書いてあるからと言うギルに、俺はホッとした。
そうそう、野菜は野菜。食物は神からの恩恵。そうなのだ。
それを聞いたサヤは、ああ。と、納得の顔。けれど、俺もある意味、心の奥底では納得していた。
そうか……食べられるものは、かつて誰かが見つけた草か。なんとなく、それはそれでしっくりしたのだ。
森や川で食べられる植物を採取することができる。それを持って帰って植えれば、確かに収穫できるようになるかもしれない……と。
「サヤの世界は、多様な食物があるのだろうな」
「というか、日々発見され、品種改良され、増えていってます」
「ヒンシュカイリョウ?」
「えっと……違う種類の野菜同士を掛け合わせたりして、新しいものを作る技術ですね」
「は?」
「ええと……例えば雨に強いけれど、味が悪い品種と、味は良いけれど、雨に弱い品種などを交配させて、雨に強くて味の良い品種を作り出せたり、するんです」
「えっ……、っ、待って。それは……」
もはや神の御業…………‼︎
肌が泡立った。一種の恐怖すら感じた。
ギルも身を引いて顔面蒼白だ。
サヤの世界が、怖い! なんなんだそれは⁉︎ 新しく作り出す? 人の手で⁉︎ そのような行いが許されているのか⁉︎
「食べられる草……。孤児をしていた時知っていれば、もう少し生存率が上がりましたかね」
ぼそりと、呟いたハインの言葉が無かったら、俺とギルは錯乱していたかもしれない。
あ……と、血の上っていた頭が、冷めた気がした。
この世は、決して、豊かではない。
その日の食事にすら有り付けない者は、沢山いるのだ。
食料は、行き渡っているわけではない。現にこの村だって、畑の恩恵だけでは生活できない場合が多々ある。だから、望郷の泉が有難がられ、大切にされている……。
ハインは孤児であったから、きっと、草でもなんでも、食べられるならば良かったのだ。
生き抜く為に、どんな手段でも、あれば欲しかったはずなのだ。
口を噤んだ俺に代わって、サヤが静かに、むしろ厳かにすら聞こえる、落ち着いた声音で言った。
「野菜が神の恩恵というなら……香草だって、きっとそうですよ。
神様は、ちゃんと与えてくださっているんです。自然の中に育っているって、そういうことですよね?
ただ、人が、まだそれを見つけていないだけ。そんな食べ物は、きっと沢山あります」
そう言ったサヤの言葉が、恐怖に強張っていた心を少しだけ解す。
神は与えてくださっている……ただそれを、見つけていないだけ……。
「私の世界では、情報の共有がかなり進んでいるのだと思います。
例えば今みたいな……ある家庭では食べていたけれど、他では食べれると思っていなかった食材。そういったものが、高い比率で、共有されていて、みんなが食材と知っているんです。
だから、バジルやローズマリーみたいな香草も、セイバーンではあまり知られていないだけで、他領や外国では、食しているかもしれません」
あと……と、ドキドキする心臓を抑える俺に、サヤは言葉を続ける。
「これは、父に聞いた話なのですけれど……麦の収穫倍率って、ご存知ですか? この地域では、計算されていますか?」
「? シュウカクバイリツ⁇」
言葉の意味が分からず、首を傾げた俺を見て、俺たちがそれを知らないのだということはすぐに分かったようだ。サヤは、少し考え込んだ。
「んー……。セイバーンは、麦の生産が、盛んなのですよね? 他の地域より、収穫量が、多いのでしょうか? 同じ面積に、同じ量の麦を植えて育てた時、どれくらいの量が収穫できるか……というのが、収穫倍率なんです。
10粒の麦を植えて、20粒の麦が収穫できれば、二倍です。
一粒の実に、何粒の麦が実るのでしょう……」
そんなこと、考えてみたこともなかった…………。
呆然とした俺に、サヤは慌てたようだ。ちょっと焦った様子で、手をパタパタとふりつつ、言い訳のように話し出す。
「す、すいません。これはその……品種改良の話に、関連することなんです。
私の世界では、かつて麦は、収穫倍率のとても低い食品でした。とはいっても、畑で管理して育てるということ自体が、ほぼされていないような時期の話らしいんですけど……、一粒の麦に対し、収穫できるのが三倍程度だった頃があったそうなんです。
それがある時、生産量が爆発的に跳ね上がり、それに伴って人口が急増した時代がありました。
すごく昔の話で……一体何が起こったのかとかは、まだ分からないみたいなんですけど……どんなことが起こったのかという推測は、幾つもなされてまして。
その中のひとつに、突然変異で発生した、粒の多くついた穂を選んで残し、翌年植えることを繰り返した。というのがあるんです」
サヤの話し出したことの意味が分からなかった。
久しぶりのやつだ。なんだか突拍子もない話が、実はとんでもない理由で繋がってくるのだ。
「人に個性があるように、食物にも個性があります。
強風に折れなかった苗。実を沢山つける苗。深く根を張る苗。虫に弱い苗…。たくさんの苗の中から、ある一定の特徴を集めるんです。つまり、実を沢山つける苗を、選ぶわけですね。
で、実を沢山つける苗だけを育てていくと、その中で、もっと沢山のを実をつける苗が、出てくるんです。それをずっと繰り返していくうちに、一番始めの段階とは、比べ物にならないくらい、沢山の実をつける苗が、選び抜かれていきます。
では、実が沢山実るようになったけれど、強風で折れやすかったとします。実が増えれば房が重たくなって、風に負けやすくなります。
それだと収穫量が上がりません。
だから、実が沢山実り、強風にも強かった苗を選んでいきます。すると、その特徴のものが厳選されていく……。
こういったものが、品種改良の一端です。
えっと……他にも、色々あるのですけれど、まあ、とりあえずはややこしいので、ここまでで。
これは、同じものを育てる中で、より良い収穫を得る為の、選別……つまり努力です。決して、悪いことではないと、思うんです……」
上目遣いに、こちらを伺いながら話すサヤ。
その瞳に、恐怖がちらついているような気がした。
いや、違うな……不安? サヤは、俺たちがサヤの話に、恐れを抱いてしまったことを、察したのだと、気付いた。
神の御業だと感じ、鳥肌が立ったヒンシュカイリョウというものが、決して恐ろしいことでも、神を冒涜する行為でもはないのだと、それを必死で伝えようとしているのだ。
「私の住む日本は島国です。しかも、山や森が地形の七割を占めていて、畑や田にできる場所が少なくて……。
更に宗教的な問題で、牛や豚などの肉食が禁じられてました。
その為に、同じ面積で、より多く収穫を得ることが必要で、その為の努力を、二千年繰り返して来たんです。
たくさんの人が、思考錯誤して得たものなんです」
「分かった。サヤ、分かったから……。
うん、ごめんな。ちょっと、びっくりしただけなんだ……」
慌ててそう言うと、サヤはまだ、不安を滲ませていたものの、一応は納得したようだ。
はい……と、返事をしたが、俯いてしまった。
傷付けた……。それが分かって、更に慌ててしまう。
そんなつもりじゃなかった。
サヤの国の技術が素晴らしく、フェルドナレンよりずっと進んでいるのは分かっていた筈なのに、それを利用して、川の氾濫を押さえようとしてすらいるのに、今更、こんな態度を取ってしまった。
なんて声をかければ良いだろう……? どうすれば、サヤの不安を取り除ける?
焦るだけで言葉が出てこない。
しかし、ハインは違った。
「飢えは、恐ろしいものです。
乾き、枯れていくあの感覚を知れば、手段がどうなどと言ってられません。
生きる為の努力をして、何が悪いのです。神にだって、とやかく言われる筋合いは無い。
ですからサヤも、そんな風に気にする必要はありません」
飢えぬほど豊かであるなら、その様な面倒なことせずに済むのですよ。と、ハインは鼻で笑った。
そうしておいてから、コロッケを手に取って口にする。
「おや、本当に美味なんですね。
これは面白い。確かに香草茶の風味とは全く違う何かですね。村では普通に使われていたのですか……今まで気付きませんでした」
「えっと……薪拾いとかのついでに、摘んでくるそうなんです。
私がここに来て見つけた香草はバジルとローズマリー、タイム、パセリですけど、ちゃんと探せばまだあると思うんですよね」
「ほう、香草には種類があるのですか」
「はい、相当数ありますよ。私が知っているのはほんの一部ですけど。
うーん……ややこしいから、こちらの世界の香草はハーブと呼び分けましょうか……。お茶と混合してしまいそうですし。
あ、もしかしたら、使ってらっしゃらないハーブもあるかもしれませんから、確認してみます。
あと……ハインさんも興味ありますか?なら今度、摘んできますね。料理の幅が広がりますし、食しての通り、美味しいんです」
にこりと笑って、サヤがそんな風に言う。
ハインのおかげで、不安は少し、解消された様だ。
俺はホッと、胸をなでおろし、ギルも少々バツが悪そうな表情ながら、改めて食事に手を伸ばす。
普段通り振る舞う様、意識しているのだと思う。少し、サヤの表情が硬い……。
サヤにそんな顔させるだなんて……。俺は、サヤの知識を得るということの覚悟を、改めて固めることにした。
自分にとって都合の良いものだけを。受け入れやすいものだけを。だなんて、都合が良すぎる。サヤの知識を利用するということは、サヤの不安も全て、受け止めるということだ。そうでなくてはならない。サヤの知識を恐れるのは間違っている。
だってサヤも、知識を与えることに少なからず恐怖を感じていて、それでも、俺たちの為にと、震えながら、勇気を振り絞り、差し出してくれているのだ。それを知っていた筈なのに、あれはない……。駄目だな、俺は。
ハインと楽しそうに、料理の話をするサヤ。でもきっと、少なからず傷つけた。
その事が、酷く気持ちを暗くした。
◆
昼食後の時間は、家具の大移動を行い、各部屋を整えた。
客間を使っていたマルも、ようやっと自分の部屋を利用出来るようになり、サヤの部屋にも寝台が入った為、お役御免となった寝台が、元の客間に戻された。
よって、ギルは本日、その客間に泊まることとなる。
ギルは、今日一日中とくにやる事も無いようで、家具の移動や掃除などを、暇つぶしがてら手伝ってくれた。此処ぞとばかりにハインがこき使い、ギルが途中で怒り出すという、まあ、起こるべくして起こった事件なども挟みつつ、概ね平和に時間を過ごした。
部屋の整理が終わってから、一旦現場から戻ったマルと共に、明日の準備に取り掛かることとなった。サヤにお願いしていた、土嚢に詰める土を測る為の器が、持ち出された訳だが……。
「……木枠……?」
「木枠ですね……」
まさか、器の状態でないものが大量に用意されているとは思わず、唖然とした。
底が無かったのだ。器ですらなかった。形状はただの木枠。
明日から必要なのに⁉︎ と、錯乱状態に陥った俺とマルだったのだが、サヤは俺たちの慌てぶりなどどこ吹く風で、きょとんとしている。特に問題を感じていない顔なのだ。
「さ、サヤ……これ、土が入れられない……」
「え? 入れられますよ?」
入れられないよ⁉︎
底が無かったら、土が全部落ちちゃうだろ⁉︎
なんで伝わらないんだ。一体どんな認識の齟齬が発生しているんだ⁉︎
頭を抱えた俺に、サヤは眉毛の下がった困り顔だ。そして、やはり「入れられますよ」と言い、麻袋を手に取った。
「実演しますね」
おもむろに、麻袋を裏返す。
土嚢を作る手順は、麻袋を裏返し、土を八分目まで入れ、袋の口を縛り、袋の余り部分をもう一度織り込んで縛る。というものだ。
この、土を八分目まで入れるという部分を、器に土を入れ、それを袋に移す。という風に変更する予定だったわけなのだが。
サヤは、麻袋を半ばまで折り返した。
問題の木枠を袋の中に差し入れ、その状態で床に置いた。
「これで、土を入れて、袋を伸ばして、木枠を引き抜けば良いんです。
箱をひっくり返して土を袋に移すよりも簡単ですし、失敗しにくいと思って」
………………ああ!
齟齬があったわけじゃなかったと分かり、一気に脱力した。
びっくりした……。どうしようかと思った……。それにしても、さすが効率化の民族。箱の底を用意しないだなんて、想像してなかった……。
そうか、袋の底を箱の底として利用するのか。その手があったかと感心するしかない。
「箱の状態で作らなかったので、費用が六割に削減できました。
あと、重ねて収納できる形にしてもらったので、送料も半額で済みました。
報告書に詳細は纏めてありますので、確認をお願いします」
そう言われて、木枠の形がやや台形になっていることにもやっと気付いた。
おおぉぉ。そんな細かな部分まで効率化……。
「サヤくんは天才ですねぇ」
そんな風には思い付きもしませんでしたと、マルも感心しきりだ。
しかしサヤは、私の国では、割と普通なんですよと苦笑い。なんでも、椅子やら小道具やらは重ねて収納できる形にするのが定番であるそうだ。
小さな島国の効率化民族は、土地の有効活用として、そんな細かいことまで気を使うのか……。それはまあ、チリも積もれば山となるわけで、こつこつと、まめに実績を積み重ねる姿勢は尊敬するが……。
本当にこれ、普通なのか……? サヤが気が利いているということではないのか?
「いやぁ、これは良い。地面に置ける。つまり、一人で作業ができますね」
「そうですね。
私の世界では確か……一人が袋を持ち、もう一人が土を入れるという二人一組の作業で、一日百袋の土嚢が作れると計算されていましたから、それよりは早く、多く用意できると思います」
ていうか、サヤの世界では二人一組で作業するのが一般的なのか?
なら、一人作業ができる様にしたこれって……サヤの考案……? それってやっぱりサヤの気が利いてるってことなのでは⁉︎
サヤは、凄い……効率化の鬼だ……。二人一組の作業すら、一人で出来るようにしてしまうとか……。
今後、作業効率を上げたい時は、サヤに相談しよう。
俺とマルの中でその様に決まった。




