表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多難領主と椿の精  作者: 春紫苑
第十九章
511/515

オゼロ

 神殿の目的は、この国ごとを得ることだ。

 信仰が正しい秩序となる国を、構築し直すつもりだろう。

 まぁつまり、教典通りの社会を作ること。アレクはきっと、それを餌に神殿と交渉したんだと思う。

 その神殿の思惑に便乗して、自分の憎悪をエルピディオ様と国に叩きつけることを組み込んで計画を立てた。


 陛下の御世に、陛下の統治の象徴であった無償開示提案者(とらのこ)が裏切ったばかりか、異国の襲来を招き、大災厄を再来させた……。

 そんな噂が立つだけで、陛下の求心力も、国の治安も、一気に急落するのは必至。

 北の荒野からの侵略を阻止しただけでは終わりにならない。少なくとも俺たちはまだ、悪魔とその使徒だと定められたままだ。

 公爵様を殺されれば、その罪をなすりつけられる可能性もある。

 更に神殿が、王家は悪魔の誘惑に負け、尊き白を否定したから、アミの加護を失ったのだ! と、声高に叫べば、より一層世間はその流れに翻弄されるだろう。


 そこに救世主として、王家の血を引く、新たな象徴が現れる。

 尊き白を有した、公爵家出のアレクが、かつての名であるフェルディナンド・ディルミ・オゼロを掲げ、祖父の仇を討つと立ち上がる。

 司教という立場から、神の名の下、国に新しい秩序をもたらすと宣言すれば……。

 求心力を失った王家を退け、彼自身が頂点に立つことも、不可能ではない……。


「駄目です。分かっていますか⁉︎ ご自分が今、どういう立場なのか!」


 キッパリと拒否され、でもと身を乗り出すと、傷がズキリと軋んだ。表情を歪めた俺を、サヤが慌てて支えてくれる。

 そんな様子の俺をマルは、それ見たことかと見下ろし、頭ごなしに言葉を叩きつけた。


「公爵領のことは、公爵家に任せておけば良いんです!

 殺したはずの相手が復讐に来るですって? そんなの、貴方には何の関わりもないことでしょう!」


 万が一エルピディオ様が殺されたとしても、オゼロは次の領主を立てるだけだ。自領の尻拭いは自領でしてもらえば良い。

 アレクのことだって、オゼロが消すと決めた血だ。簡単には受け入れないだろうと、マルは吐き捨てた。


「貴方はまず、ご自分が決して軽傷ではないってことを自覚してください!

 そのうえ今はお尋ね者で、公にほいほい顔を出せる状況じゃない。

 この荒野に来る時だって、そのオゼロ領で貴方は……」


 ハインを失った。

 けれどその名を飲み込んだマルに、分かっているよと俺は言葉を続けた。

 少なくともオゼロは、俺を捜索していたのだ。俺が獣人を扱い、国の転覆を図っていたという神殿の主張を、受け入れているということ。

 それも当然だろう。北は元々信仰心が厚い。そのうえオゼロはセイバーンと強い縁を結んでしまった。だから俺を捕縛し国に突き出すことで、自らの潔白を証明したいと考えて当然。きっと同じく、アギーやヴァーリンでも、俺は同じような扱いだと思う。


「でも、行かなきゃならないだろ」


 アレクの目的を正しく理解しているのは俺たちだけだ。

 彼の正体にもっと早く気付けていれば、グラヴィスハイド様に危惧をお伝えしておくこともできたろうけれど、間が悪かった……。

 で、あるなら、俺たちが動くしかないんだよ。

 どちらにしろ、俺たちの目指しているものは、それを阻止した先にしか無いんだから。

 もし、アレクが国の簒奪に成功すれば、獣人の境遇はより一層厳しくなる。

 俺たちの状況だって、今以上に悪くなるだろう。

 なにより、今まで失った数多の命を、無意味な死にしてしまってはいけない。


「そんなこと心配せずともねぇ、死んだ者はもう苦しみやしませんよ!」


 心にもない言葉を吐いてまで、俺を止めようとするマルに頭を下げた。


「マル、行かせてくれ……」


 こんな形で恨みを晴らしても、アレクはきっと、気持ちひとつ晴れやしない。後戻りのできない余計暗く重く苦しい所へと、自らを追いやってしまうだけだ。

 それに、俺には沢山、差し伸べられた手があった。引いて導き、共に歩んでくれた人たちがいた。


 だけどアレクは、今もきっと独りなんだ。


 ずっと独りで、何にも縋れないで立っている。

 だから余計、関わった俺が止めてやらなければいけないと、そう思うのだ。今までの人生、彼にはそれすら無かったのだろうから。


「貴方はもおおおぉぉぉっ! 自分が何されたかほんと分かってるんですかねぇ⁉︎

 しかもなんか悪化していません⁉︎ そのいちいち肯定的に受け取る病!」

「別に、肯定的に受け取ってるわけじゃないんだよ……。

 例え命を奪う形になったとしても、止めてみせる。俺はその覚悟を口にしてるんだ」


 マルの懸念も分かるつもりだ。今まで彼に踊らされっぱなしだった俺が、今更アレクに敵うのか。アレクを目の前にしたら、また(ほだ)されてしまうのじゃないかって、そう思うんだろう?

 それと同時に、俺にアレクの命を絶つ決断をさせることを、(むご)いと考えてくれている。俺にそういったことをさせたくないと、思ってくれているんだよな。

 でも、だからこそこれは、俺がしなければならないことだと思うんだよ。

 彼を知っている者が、止めてやるべきだと思うんだ。


「大丈夫だ。もう、見誤らないし、これは俺の意思だよ」


 俺がそうしたいと望んでいるんだ。


「だから今、お尋ね者なんですよ、貴方は! なのにのこのこ出て行って命を取られちゃ、たまらないんですよ!

 万が一オゼロ領で貴方が拘束されでもしたら、オゼロの保身優先で、弁明も許されず殺される可能性だってあるんですよ⁉︎」

「ここで身の安全を優先しててもそうなるだろ。どうせ神殿に敵認定されてるんだから、それが撤回されない限り同じだよ」


 頭を掻きむしるマル。

 いや、申し訳ないとは思ってるんだよ本当……。でも俺は、ここの誰よりもアレクを見てきた自信がある。

 アレクの境遇を、他の誰よりも理解できると思うんだ。


「アレク司教の心情なんて知ったこっちゃないんですよー!」


 そこで、許す許さないの押し問答になってしまった。

 マルはどうにも俺を行かせたくないらしい。アレク司教は、吠狼で暗殺してしまえば良いなんて問題発言まで飛び出す始末。

 勿論、そんなものは悪手であると分かっているだろう。

 だけどあの地でハインを失ったということが、マルの中では大きな懸念事項になっているのだ。

 そうして暫くやり合っていたのだけど、黙って見守っていたサヤが、とうとう口を開いた。


「マルさん、私も行きます。

 私なら、レイ一人くらい担いだって走れますし、追手も耳で聞き分けられます」


 いや、それはちょっと待って⁉︎


「それは駄目だ! サヤは……っ」

「私、昨日はちゃんと、約束を守って留守番しました。今度は一緒に行きます」

「サヤ!」

「行きます。

 また留守番だと言うなら、レイをここに縛ってでも行かせません」


 真顔で淡々とそう言われた。いや、留守番したら次は言うこと聞くなんて約束を交わした覚えはないぞ……。

 今度は俺とサヤの押し問答かと思ったが、マルもサヤに反対した。


「サヤくんだって神殿に狙われてるでしょ!」

「なら、レイは留守番、私が行くでどうですか? 私は今後の役割は担っていませんし、怪我もしてません」

「それ今までと何か違います⁉︎ レイ様が無事でも、貴女に何かあったらこの人廃人ですよ!」

「俺は使徒、サヤは悪魔そのものだって言われてるんだぞ⁉︎ 命の危険で言えばサヤの方が危険なんだ!

 そもそも、どうやって公爵家と繋ぎを取るつもりだよ⁉︎」

「私なら侵入だってきっとできます」


 サラッとそう宣言するサヤ。

 火災真っ只中で館の三階に飛び込んできた実績があるだけに、その真顔が怖い。

 これは絶対譲らない気でいる、どうしたものか……っ。


「……マルクス、俺も行こう。お二人は必ずやお守りする。

 エルピディオ様は俺にとっても恩義のある方だ。むざむざ死なせたくない」


 オブシズまでそう名乗り出て、マルは絶望したように天を仰いだ。


「もうちょっと、自分の身の丈にあったことしてくださいよー!」


 それは俺も思う。

 何故しがない田舎男爵家の妾腹出が、国の大事にこうも絡んでしまったのか……。

 だけどこれが、俺が今日まで廻し、繋いできた、運命の歯車なんだろう。


「……分かった、一緒に行こう。

 この部隊は少数で良い。狩猟民らや吠狼は極力残そう。山脈越えをしてくる次の部隊が無いとも限らないしな。

 もし道中で、危険だと思えば引き返す。命を無駄にするようなことはしない」

「どうせ僕の言い分なんて聞いてくれないと思ってましたーっ!」


 結局、ユストの許可が出るまで傷が癒えてからというところで妥協となった。



 ◆



 早春。

 しかし北の地であるここには、まだまだ雪も多く残り、山間へと続く道は閉ざされている場所も多かった。

 そんな中の旅人だ。

 荒野が隣国からの侵略を受けていたと知らない、内地の住人たちは、この早い時期の来訪者に興味津々の様子。


「ねぇ、やっぱり戦かい?」


 痺れを切らしたのだろう。

 水の入った樽を荷車に積み込む様子を見守っていたら、近くの細道にあった店のご婦人にそう話し掛けられた。

 少し表情が強張っているのは、俺たちを怖いと思う気持ちもあるからだろう。

 命のやり取りを仕事にする傭兵は、その日暮らしの者も多く、野盗やごろつきまがいの者もいる。

 そして、戦や諍いがあると、どこからともなくそれを嗅ぎつけ、やって来るのだ。


 そんな輩にわざわざ声を掛けてきたのは、この先の不安が、それよりも大きいってことだな……。


「まぁそうですね……。でも、思ってたより状況は悪くないようですよ」


 にこりと笑ってそう言うと、ちょっと驚いたように瞳を見張るご婦人。

 どうやら話ができる相手だと思ったのだろう。ちょいちょいと手招きされ、温かい白湯を出してくれた。

 寒いからこれは嬉しい。有り難く左手で受け取って、頂いた。


「あんたら、北の方からきなすったね? あっちは酷かったのかい?」

「んー……」


 更に後方に、動く複数人の影があったから、少し声を大きく張り、そちらにも聞こえるように言葉を続ける。


「スヴェトランからの侵入はあったようですけど、そちらも対処はされているようで、ここに来る道中も特別荒れていた地域は無かったです。

 国軍の到着も随分早かったようだし……傭兵(おれたち)の仕事は無さそうでしたよ」

「そ、そうなのかい?」

「えぇ」

「そりゃ……せっかく足を伸ばしたのに、残念だったね」


 ほっとしたものの……。傭兵稼業の者からしたら、飯の種を逃したことになるわけで。

 気分を損ねてしまっては大変だと思ったのだろう。付け足された言葉に、なんのなんのと、言葉を返す。


「国同士の争いごとなど無いにこしたことはないですよ。我々だってほら、仕事は要人警護等の方が有難い」


 自分たちが旅の護衛中だと示すと、それはそうかとご婦人も笑う。ホッとしたように息を吐くのも聞こえてきた。

 命のやり取りを仕事としているからといって、傭兵も別に、死にたいわけではないのだと気付いたのだろう。

 そのついでに、どうやらこの男はそれほど怖くもないようだとも思ったようで……。


「……それにしても、あんたさんは斬り合いしてるよりは、役者でもしてる方が合いそうだけどねぇ」

「俺がですか? いやぁ、そういうのは考えたことなかったなぁ」

「切った張ったは役者さんもよくやるじゃないか」


 うーん……やっぱり俺は、傭兵には見えにくいらしい。旅の楽団とかに変装した方が、違和感無かったかもしれないな……。

 とはいえ片手で演奏できる楽器って何かあるだろうか……。

 そんなことを考えていたら「レイール、どこで油を売ってる」と、少し不機嫌そうな声が。


「あ、すいません」

「何か揉め事か?」


 そう言い来たのは十七、八の小柄な少年。ご婦人が首をかしげたのは、その少年が随分と身綺麗な格好をし、偉そうに振る舞っていたからだろう。

 いかにも豪商の子息か重役の使用人といった風情だ。

 そしてその少年の後方に、これまた綺麗な使用人風の少年がおり、ご婦人はあれまぁという驚きの顔。

 この子もまた綺麗な子だわ。女の子かと思った……と、そんな風に考えているのが、ご婦人の表情から見え、潮時かなと、湯呑みを近くの小机に戻した。


「水の確保はできましたよ」

「そう言うならさっさと戻れ」

「あー、はい。それではご婦人、ご馳走になりました。

 役者、この仕事にあぶれたら考えてみますよ」


 へらりと笑ってそう言い、身なりの良い少年に歩み寄る。

 横をすり抜けざま。


「ごめんアイル」

「あまり気安くうろつくな……」


 小声で添えられたのは、そんな言葉。

 アイルの左後方に控えると、隣の使用人風の少年が、少しむくれている。

 美しくて凛々しい我が妻は、やっぱり男装が良く似合うなぁと思わずにはいられない。本日は赤毛のカツラを被って、鼻から頬にかけてそばかすを描いているので、異国人風の顔も然程気にならないのだが、はて、何をすねているんだろう?

 そう思い顔を覗き込もうとしたものの、ふいと逸らされてしまった。うーん……。


 馬車に戻ると、留守番役を押し付けられた様子のオブシズが、やっと戻ってきたと息を吐いて、俺たちを迎えてくれたのだけど。


「なんでそうフラフラ歩き回る!」

「情報収集だよ。俺は下っ端傭兵役なんだから」


 水の買い出しついでだし、せっかく話し掛けてくれたならと思ったんだ。


「変でもなんでも一人で彷徨かない!

 一瞬で見えなくなるからヒヤッとしたろうがっ」


 彷徨くなって……通り一本入っただけなのに……。

 砂色の髪で目元を隠したオブシズは、まばらな無精髭をザリと撫でて、変装するといちいち大胆になるんだよなぁ……と、小言を吐く。

 こそこそしてる方が目立つと思うんだけど……。


「手配書が出回ってないからって、俺たちを探している者がいないと決まったわけじゃないんだから。

 いっときでも目の届かない場所に入らないでくれ。行くなら言ってからだ」

「心得ました。以後気をつけます」


 そう言うと「うん、まぁそうしてくれ」と、オブシズ。


「俺たちの顔を知った者がいるかもしれないし、とにかく慎重にだな……」

「なら余計、一人で歩く方が目立たないのじゃ……」

「…………今の話をどう聞いた?」


 はい……。一人で彷徨かないようにします。

 神経質になってピリピリしてる方がバレやすいと思うのだけど……。仕方がないかなと肩を竦める。

 なにせここはもうオゼロ領内。奇しくも、ハインを失う切っ掛けとなった街だ。

 神経質になるなと言う方が難しいのだろう……。


 それにしても……俺の手配が回っていないのは、何故だ?


 ここはオゼロのなかでも重要な位置づけとなっている街で、物も人もよく出入りがある、賑やかな所だった。

 まだ春も走りだというのに、街にはそれなりに人の往来もある。

 セイバーンで言うところのメバックと同じ位置付けなのだが……まぁ、規模は三倍以上なので、もう街というより都だな。

 そして現在ここは、オゼロ公爵家の主要人物が滞在中とのこと。

 公にはされていないが、隣接領地とのやり取りがしやすいよう、この地に赴いているのだと思う。なにせここから距離にして三日ほどの場所が荒野となるのだ。

 荒野からの侵略を開始したスヴェトランが、まず狙っていたであろう重要拠点でもあった。


 そのためオゼロもここに、前線基地を設けたのだろう。

 道中も、交易路沿いには土嚢が積まれ、侵略に備えた準備が進められていた。

 おそらくグラヴィスハイド様が、何かしら手を打ってくれたのだろうと思う。荒野からスヴェトランと獣人が攻めてくるなんて荒唐無稽な展開、普通なら歯牙にもかけてもらえないだろうから。


 越冬前の逃走中、手配が回っている様子はあったと聞いている。

 国からの急使であろう騎士隊を見かけて道を変更したとも聞いたし、神殿騎士団に襲われたことを考えると、ここに話が届いていないとは考えられない。

 スヴェトランとの戦に備えて……か? いや、伏せる理由が無いよな……。それとも、もう死んだと思われている?

 でも俺だけでなく、サヤや共に逃走した仲間の手配も無いし……?

 まぁ、貴族の失態だから、公にはしていないだけだったり、陛下の進めてきた政策の要だから表沙汰にしなかった……とか、その辺りが理由だとは思うのだけど。


 山間の死闘が噂にすらなってないのが気になる……。


 神殿騎士団とは、殺し合いになる以外の道が無い。

 なにより、最後にハインと別れた獣人らも、それが不可避であった雰囲気を感じていたし、微かだが剣戟の音も聞いているのだ。

 それとも、隣国との戦の予感で、それどころではないということなのか?


 …………ハインが埋葬されているなら、墓を探したかったんだがな……。


 望みは薄いだろう。

 罪人の死体など、名すら残さず捨てられても文句は言えない。

 だからせめて、噂を拾って埋葬の有無だけでも、調べたかったんだが……。


 その辺りのことは、エルピディオ様の件を片付けてからとなりそうだった。



 ◆



 街の中の、比較的上質な宿に、俺たちは滞在していた。

 実在するが遠方の商会の使用人一同に変装しているため、下町等では目立ってしまう。

 それに、前回その下町で俺たちの情報を売られてしまったかもしれず、金の出し惜しみをしてられる状況では無かった。

 その割り振られた部屋の一室で……。


 買い出しのふりをして情報収集に回っていた一同が、戻っての情報交換。

 情報を掴んできた吠狼は、皆が口を揃えた。


「……情報が操作されている」

「操作?」

「越冬前の神殿騎士団の動きが、残されていない……」


 冬の社交界を早々に切り上げたオゼロは、即座に戦備えを始めたそうで、スヴェトランとの関係悪化は誤魔化せない状況になっているよう。

 実際何も発表されていないにも関わらず、街中では戦の気配を感じ取り、傭兵を警戒している様子があったのだが、変化と言えばそれだけで、食料等の流通が滞る様子も無かったし、水も普通に買えた。まだせいぜい噂の段階……といった様子なのだ。


 それに加え、悪魔の使徒と神殿騎士団の動きに関する情報が、悉く消されていたそう。

 街の様子を調べて回った吠狼らがそう言うのだから、確かだろう。彼らは情報収集の専門家だ。


「やっぱりマルの留守番は痛かったなぁ……」


 マルがいれば、集めた情報からも、もっと色々を分析できたと思うのだけど、北の地の統括に残ってもらっていた。

 マルの故郷の襲撃から、更に半月ほど経っているのだが、山脈越えの連合部隊は、ほぼ殲滅したと言えるだろう。

 だがまだ東寄りの地域ではスヴェトランの残党狩りが続いており、山脈沿いの状況も移り変わっているため、指示者は必要だった。

 そのため、今回同行しているのはオブシズ・サヤ、アイルに加え、吠狼から選りすぐられた十名のみ。

 ウォルテールもその中に含まれていたが、彼は外見の特徴が目立つため、普段は狼姿で荷車に紛れ、こういった街の中では、貴重品扱いで箱に収納されて部屋に運ばれていた。


 情報収集できる人員も限られていたけれど、これは仕方がない。

 そして集めた情報からきな臭さしか感じない……。


 でも、真偽を確認しようと思うならば尚のこと、避けて通れない以上、危険を承知で踏み込んでみるしかないんだよなぁ……。


 これだけ何も聞かないとなると、情報操作が無かったはずがない。神殿と悪魔の使徒との乱闘なんて話題性のあるネタを揉み消せるのはオゼロ等、上位貴族が動いた以外が考えられない。

 神殿と俺たちのいざこざを揉み消したということは、オゼロも当然、俺たちが獣人と連んでいたって話も耳にしたうえで、敢えてそうしてるはずなんだが……。

 その意図が、どうにも見えない。

 まるで俺たちを庇っている風にも見えてしまう。

 けれどそれは、オゼロには不利益としかならないことだ。自領を守るために身内すら切り捨てたオゼロが、情や柵で領地を左右するような選択を誤るとは考え難い。

 グラヴィスハイド様がスヴェトランの情報を伝えてくれたにしても、対応が早すぎる……よな。

 オゼロ公爵様が、彼の方の異能をご存知とも限らないし……。

 で、そうなって来るとあと考えられるのは……。


「主を釣るための罠ではないかと思う」


 アイルの言葉に、吠狼の一同が頷いた。

 まぁそれしか出てこないよな。俺もそれは思うのだけど……もっとマシな罠はいくらでもあると思うのだ。


「俺を釣りたいなら……ハインが生きてどこぞに幽閉されているとかって噂を流す方が、引っかかりやすいのにな」


 冗談のつもりでそう言うと、気温まで下がった気がするほどに場が鎮まって慌てた。

 俺がまだ、その望みを捨てきれていないと思ったのかもしれない。

 でもまぁ、そうであるならハインは這ってでも俺の元に戻ってくれたろうし、こんな風に存在から消されることなど無かったろう。それくらいの冷静さは、保っているつもりだ。


「大丈夫。例えそんな餌がばら撒かれてたとしても、食いつきはしないから」


 それくらいの理性は、もう保てる。

 まぁそれはそれとして、もうひとつ。

 ここにエルピディオ様が滞在なさっているという情報は確かであるようだ。

 元々重要な街でもあるから、オゼロ公爵家所有の屋敷も置かれていて、通常は夏場の避暑地として利用されているそうなのだけど、そこに季節違いの滞在をされているとのこと。

 また、越冬中もお身内の方が逗留されていたという。

 まぁそれは、俺の捜索のためと、情報操作のためなんだろうな……。


「神殿は?」

「アレクセイ司教が滞在という噂は無いが、神殿関係者の出入りは例年より激しいようだ」

「まぁ、地位そのままでは来てないだろうな……」


 彼の統括地域は南の一区画。だから本来この時期ならば、アギー領にいなければならない。

 しかし、アギーで初めてお会いした時も、下位の司祭に変装していたし、彼にはその辺の抵抗も無いのだろう。何より作戦指揮を担っているのがアレクならば、彼は必ずここに来ている。


 エルピディオ様の死を、人任せになんかしない……。必ず自ら手に掛けにくるだろう。


 その確信があった。


「情報収集先は絞った方が良さそうだな……。神殿より、エルピディオ様の動向を優先しよう。

 少しでも神殿に関わっている人物と公爵家が接触するようなら、それを徹底的に当たってほしい」

「無論」


 とりあえず今できることはそれだけか。

 できれば俺たちも情報収集に出向きたいところだけど、素人じゃ足手纏いにしかならないだろうし……。

 そうなると、俺とサヤは留守番だろうか……と、そう考えていたのだけど。


「では奥方は、俺の護衛兼使用人として、共に来てほしい。

 主とオブシズはここで貴重品(ウォルテール)の警備。吠狼からも二人残そう」


 と、アイル。


「サヤだけ⁉︎」

「オブシズの瞳は目立つし、使用人が連れ歩くには少々物騒だ。

 主も傭兵に見えない……。それに商人なら、使用人くらいしか連れ歩かない」


 それは重々承知しているけども! サヤとアイルだけって危険じゃないか⁉︎


「万が一があれば、笛で知らせる」

「万が一なんて言うなよ!」


 途端に落ち着かなくなった俺を見て、吠狼らはどう思ったのかホッと胸を撫で下ろす。いや、なんで落ち着く⁉︎

 そして口々に「サヤさんは変装お上手ですし、バレませんよ」「年季入ってますし」「強いですし」と、擁護の声が飛んだ。いや、それも分かってるけど!


「奥方の耳が欲しい。情報収集にはうってつけだからな。

 それに主は人目を惹きすぎるから連れ歩き難い……」


 右手を見てそう言われると、文句も引っ込んだ。

 それは、確かにそうだし……何より俺は何かあった時、足手纏いになりかねない。街中では籠手も身につけておけないしな。


「……分かった……」


 結局そう言うしかなく、そこからまたジリジリと、数時間を待機したのだけど……。

 無事に戻ったアイルとサヤが酷く渋面で、また……おかしなことを言い出したのだ。


「アヴァロンの噂が何ひとつ入っていない」

「……それはそうだろ。越冬中だったんだし……」


 入る方がおかしいと思う。

 しかし、それに対しアイルは、再び大きく首を振った。


「違う。ブンカケン所属の職人の元にだ。この街には幾人か、研修を終えて戻った職人がいる。

 そこを巡ってきたが、そこにも何も、報せが無い……。アヴァロンでは、何も起こっていなかったことになっている」


 は?

今週……というか、今話最後の更新を開始しますになりますね。

最初から見ていただいていたとしたら、三年と四ヶ月です。長々とお付き合いいただき、本当にありがとうございました…………が。


まだ書けてませーん! どうしよ全然書けてなーい、今日のを書くので精一杯くらいの感じでーっ。

なので、とりあえず今月いっぱいかけて、話を終わり持っていこうと思います。なので今週は、イレギュラー更新重なりそうです。三話で終わらない可能性大!

全部が終わって連載終了となるまで何話掛かるか……。分からん。分からんが、今月終わりだけは成し遂げる!

というわけで、最後までお付き合い頂けると有り難いです。

頑張りますので、応援よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっと読めない時間があって感想が書ききれない………!! 一気に読むとどうしたらいいかわからなくなりますね。 オブシズとシザーは生きてて良かったし、好きな人といちゃつく時間なんていくらあっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ